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2017年8月16日 (水)

新しい日本を創ろうよ⑨~この世に生まれてきた理由を考える~

私たちはなぜこの世に生まれてきたのでしょうか?

ただ自然の法則のまま命が与えられ、この世に誕生し、今世一世限りの人生なのでしょうか? それとも何らかの生まれてきた理由があるのでしょうか?


もし一世限りの人生ならば、一生の中でいかに欲しいものを手に入れるか、競争に勝ち、少数の者が勝ち組としてうらやましがられ、大多数は成功者をうらやましく思いながら、そして人生を終えていく。それも仕方のないことなのかもしれません。


けれども石器時代から現代までの歴史は物語っています。小集団グループから始まり、国家ができ、王政となり、そして民主主義となった現在。自然にあるものの利用・人力から始まり、手工業から科学が発達し、機械やコンピューターが開発され、自動化され、便利化してきた社会。それらの発達とともに人々は自由と豊かさを手に入れて今日の私たちがあります。けれども一方でその過程の中で失ったものがあり、今私たちはその記憶を頼りに反省し、必要なものと不必要なものの選択を迫られています。


歴史を振り返ると、私たちはその時代の発展を次の世代につないでいき、そこに新たな発展があり、それをまた次の世代へとバトンを渡す、その繰り返しの上に現在があるということが分かります。いわゆるご先祖さま方から受け継いできたものと、それらを進化発展させたところに私たちの社会の基盤と未来があるのです。もちろん中には間違ってしまったものもあります。奴隷制度、核兵器の使用、共産主義などがそれに当たるのでしょう。間違いを犯し、それを修正しつつ、発達させているというのが人類史といえるでしょう。


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人間一人ひとり、生まれてから死ぬまでの数十年間に、ものごとや知恵を学び、成長していきます。その人生の舞台は過去からの積み上げのものと同時に、時代が進むごとに進化・発展していきます。そして次の世代へとその舞台を引き継いでいきます。


まずここで私たちは次の世代に繋いでいく、バトンを渡していくということが分かります。もしバトンを渡すことができなければ、この地球における人類史は終わりを迎えることになります。すなわち私たち人間としての役割のひとつは、次の世代につなげていくということです。


先に人類は間違いを犯しつつ、それを修正しつつ、発展させていくということを書きましたが、その言葉を表すもののひとつに「温故知新」があります。温故知新(おんこちしん)~故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る~昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること。よく人々がこの先未来がどうなるかということ推測するにあたって、「歴史から学べ」といわれるのは、まさにこの言葉にも当てはまるのではないでしょうか。もちろんここには過去の過ちから学ぶということもあれば、過去の成功事例から学ぶという両方があります。


現在ではほぼ使われなくなった言葉のひとつに「袖振り合うも多生の縁(そでふりあうもたしょうのえん)」というのがあります。その意味は、「知らない人とたまたま道で袖が触れ合うようなちょっとしたことも、前世からの深い因縁である」ということです。多生の縁、あるいは前世からの因縁とは、いわゆる輪廻転生、生まれ変わりのことです。江戸時代まではこの故事、そしてこの言葉は日本人みんなが持っていた当たり前の感覚・考えでした。それが明治以降の近代化、そして物質時代の進行により、今ではすっかり忘れ去られ、それどころかオカルトの域ともされるようになりました。


けれども現在、量子や意識についての研究、そして、子供の胎内記憶、臨死体験など、まあこれもオカルトといわれてしまいそうですが、これらの研究が進むにつれ、どうやら私たちはこの世に自然の法則のまま今世限りの命が与えられるようではないことが明らかにされつつあります。だから私は思うのです。今こそ温故知新で「袖触れ合うも多生の縁」をもう一度学ぶべきだと。そして輪廻転生の考えを現代社会に取り戻すと同時に、この先、未来の生き方に生かさなければならないと思うのです。


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そろそろ直球で行きましょう。私たちはたまたま与えられた命、今世一世限りの命ではないのです。今世この世に生まれてきたのには理由があります。それは私たちの持つ永遠の生命(いのち)、すなわち「魂」を磨くために生まれてきたのです。魂を成長させること、「愛」を学ぶために生まれた来たのです。そしてそれらは生まれてくる前に自分自身が決めてきた使命を果たすこと、自分自身の課題の解決(カルマの解消)することで、最もその目的を果たすことができるのです。


そして私たちは魂を成長させること、愛を学ぶことをこの星、この地球に生れ、この地上を舞台に行うのです。そうこの地球を舞台として、魂を磨いていくのです。生まれてから死ぬまでの数十年間私たちは地球の恵みを頂きながらそれらを行うのです。そしてまた次の世代へとつなげて、次なる時期が来れば再度この地上に降り立ち、再び魂磨きを行うのです。ならば私たちはまた戻って来る時のためにもこの地上を、この地球を大切にしなければなりません。数十年間魂磨きの修行をさせてもらい、そのことを感謝して、生まれた時よりも美しい状態で次世代へバトンを渡さなければならないのです。


さて、これまでの人間のレベルは、争い、助け合い、分かち合い、そして競争し合いetc、そんな中で悩み、苦しみ、ときに喜びがあり、それらを糧とし、自分自身(の魂)を成長させてきました。どちらかというと辛さや苦しみの中にこそ成長があるとされてきました。


これまでは競い、争い、より多くを手にしたものが豊かな者とされてきました。ピラミッドの頂点にいる者が一番の勝者であり、そこにどれだけ近づけるかが価値あるものとされていたのです。そしてその勝者がこの地上を支配し、果てはこの地球をも支配するものとの意識を私たち人間は思うようになっていました。けれども時代は(心の)豊かさから成長していく時代へと大きく変わろうとしています。その豊かさの形成も、これまでと大きく違い、分かち合い、助け合い、そして赦し合いの中から生じるものとなるのです。


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現在私たちは価値観の大きな転換期にいます。新たな流れへと時代は向かいつつも、これまでの価値観で君臨し、エゴを満たしてきたもの、いわゆる古い世代は、これまで通りがよいと、そこにしがみつこうとしています。一方で新たな時代に乗ろうとする新しい世代がおり、多くの子どもたちはその流れの中で成長していこうと生まれてきています。それ故私たちの足元は揺れ動いています。政治、企業社会を始め、お金、競争に対する価値観が揺らぎ、社会基盤が根底から揺らいでいます。そこには古い価値観と新しい価値観が交差し、入り乱れ、私たちは肉体と心のバランスを取らなければならなくなっています。この先しばらくはますますその揺れは激しくなってくるでしょう。ある意味大変難しい時代であるといえるでしょう。けれども少し見方を変えると、今の時代はたぐいまれな貴重な時代とも言えます。なぜならこの時代ほど心を鍛えられる、魂を鍛えられる時として最高の時代はないからです。


しかし時代の揺れが大きいということは、足をすくわれ転びかねないということも確かです。それは大波の中にいる小舟のようなものかもしれません。下手をすると船の中を転げ回り、船から転落しそうになり、あるいは船ごとひっくり返ることもあるかもしれません。未来は見えるようで見えない、そんな状態かもしれません。明かりはどこにあるのか、灯台の明かりは???見えるかもしれないし、見えないかもしれません。


実は今外に明かりを探しても、それを見つけることができるかどうか分からないのです。おそらくほとんどの人が今の方向(外の世界の状況)を正確に言える人はいないものと思えます。なぜなら大きな流れは見えていても、世界は人間一人ひとりの自由意志が集合意識となり、世界を動かしている面もあるからです。そのような状況の中でどのように生きていくか?そこで私は思うのです。大きな流れを見つつも、変わらぬものをしっかりとらえておくことが必要だと。


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まず大きな流れとは、先にも述べた豊かさの概念が変わってきていること。すなわち競争し、勝者の独占、いわゆるWinner takes it all(勝者の総取り)から、分かち合い、助け合い、赦し合いに変わりつつあることです。現在多くの若者がシェア(分かち合う)ということをよしとする価値観となっており、今後生まれくる子どもたちはますますこの傾向が強くなってくるでしょうし、この傾向を発達させていくでしょう。


そして変わらぬものとは、まずひとつは、私たちはこの世で果たす使命(成し遂げること)、今世で解決すべきカルマ(カルマの解消)の人生プランを立てて生まれてきたことです。そこから外れなければ、どんな時代も乗り越えていけるようになっているのです。なぜなら私たちの魂はこれまでに何度も何度もこの世に生れ、経験を積んできています。それ故魂は今世の脳の認識力よりもはるかに大きな認識力・思考力・感知力を持っています。それによって計画されたプランなのです。時代の動乱はあらかじめ織り込み済みです。ただ問題は私たちの自由意志がどこに向くかということです。時代に流され、飲みこまれてしまえば、闇へと落ちてしまうかもしれません。けれども自分の使命を果たそうとする限りは乗り越えられるようになっています。ではどうやって自分の使命を知るかということが問題となってきます。それが紙に書かれて渡されることはありません。あるいは誰かが告げてくれることもありません。それはただひとつ、自分の使命は何なのかを意識し、問いかけ続けることです。


そしてもうひとつ変わらぬものとは、未来につないでいくということと、すべてこの地球でなされるということです。どんな時代が来ようと私たちは次の世代へ未来をつないでいくという役割があります。それ故に子どもたちは生まれてきます。そして私たちの人生も、次の世代の人生も、この地球でなされます。そしてこの地球の恵みを受けながらそれらはなされます。もし地球の恵みが得られなければ、私たちは生きていくことができません。地球を脱出して別の星で、などともいわれますが、残念ながら今の人類の意識ではまだ不可能でしょう。(ただし、新しい世代では可能となるかもしれません…。)当面はこの地球が舞台なのです。ならば私たちはこの地球を大切にしなければなりません。けれども今の私たちの社会はどうでしょう?その反対の地球を傷めつけることばかりをしているのではないでしょうか?私たちはもう一度今の生活と地球のあり方を見直す必要があります。


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時代そして人々の価値観が大きく揺れ動いている今、私たちはもう一度私たちの暮らしを見直すとともに、自分自身の内側を見て、一人ひとりが何をなすべきなのか、もう一度考えなければならないのではないでしょうか。私たちは未来をつくらなければなりません。私たちの使命を果たせる未来、カルマを解消できる未来、そして次の世代に残せる未来。それらをこの地球でつくっていかなければならないのです。それがもしかすると私たちが今世この地球に肉体を持って存在している誰もに共通の使命であるのかもしれません。さあ、みんなで考えて明日ある未来をつくっていきましょう。





らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2017年8月 9日 (水)

新しい日本を創ろうよ⑧~人類みな兄弟~

さてこれまで7回にわたり書いてきた「新しい日本を創ろうよ」シリーズですが、気づけば第8回となりました。前回は西欧社会の根底にあるものは、恐怖と屈辱(リベンジ)であることを論じてきましたが、今回は都市伝説を是として述べたいと思います。


その都市伝説とは日ユ同祖論です。これは日本人(大和民族)とユダヤ人(古代イスラエル人)のルーツが同じであるという説です。


古代イスラエルには、もともと12の支族が存在し、10支族による北王国(イスラエル王国)と2支族による南王国(ユダ王国)に分かれていました。このうち北王国は紀元前8世紀にアッシリアに滅ぼされ、そこにいた10支族の行方が分からなくなり、「失われた10支族」と呼ばれてその行方が問われているのです。その10支族の一部(あるいは全部)が古代日本へと辿り着き、日本人に同化したというのが同祖論となります。


これは明治時代に貿易商として来日したスコットランド人のニコラス・マクラウドは日本滞在中に、日本と古代ユダヤの類似性に気付き発表したことから日ユ同祖論が始まりました。


日ユ同祖論の経緯についてはネットで検索すれば、日本とユダヤの何が似ているのか、さまざまなものが詳しく述べられているので、詳細はそちらに譲ります。(私は日ユ同祖論は間違いないと思っているので、)ここでは都市伝説通り日本人とユダヤ人は同祖であることを前提に進めて行きます。(同祖論の都市伝説以上に奥が深いのが真実です!)


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縄文時代の終わり、大陸からの渡来人により弥生時代が始まります。以降定期的に大陸から人々が渡来し、彼らによって大陸の文化が大和の国に持ち込まれ、古墳時代、飛鳥時代、そして奈良、平安時代と移ります。この間の渡来人その一部が古代イスラエル人であったと思われます。その代表格が秦氏でしょう。一方陸路だけでなく海路からも日本へとやってきた士族もいます。十支族の中のレビ族などがそうではないかと思います。


いずれにせよ縄文時代からの日本人とユダヤ人が作り上げたのが大和の国であり、現在の日本へと続いているののです。そしてこれまでに何度も述べてきましたが、江戸時代後半の日本は西洋人から見てパラダイスのように思われた国でした。庶民は粗末な着物を着てモノこそ持ってはいませんが、人々はよく笑い、どの顔も幸せそうに見え、日々の暮らしに満足しているように思われたのです。更に国土の風景は、江戸の都会も田園風景も世界まれにみる美しさであり、よく整備されていることから日本人の几帳面さもうかがえるのです。それだけではありません。当時の日本人は西洋人からすると驚異的な体力も誇っていたのです。自然と一体化し、質素ながら誰もが幸せで、体力もずば抜けている。几帳面で、器用で、手仕事・ものづくりをさせれば超一級品を生み出す。これ以上の民族と文化があるでしょうか?


この江戸時代を作り上げたのは、弥生時代から渡来してきた渡来人、つまりは朝鮮系やユダヤ人と1万年以上続いた縄文時代における中和と調和のDNAであったのです。


そうすると江戸のパラダイス社会は、日本古来の人々と、渡来してきた人々の共同により造り上げたものとなります。


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古代イスラエル人たちは中東イスラエルの地を離れ、何世紀もかけはるばるユーラシア大陸極東の地の向こうにある“日出ずる国”日本へとやってきたのです。この間途中途中でさまざまな民族と交りあってきたことでしょう。それでも伝説の地とされる東(イースター)を目指して移動し続けてきたのです。もちろん日本にやってきたのはそれだけでなく、朝鮮系の人々、ペルシャ系の人々、あるいは海路(黒潮)を通じてやって来たイスラエルや南国系の人々もいたことでしょう。それらの人々が混ざりあい、それぞれの性質を受け継ぎながら日本人となっていったのです。ならばそれらの人々がみんなで江戸パライスを協働して作り上げたということとなります。それならば私たちはみな同朋であり、争う必要はないのです。ただ分かち合えばいいのです。


一方西洋諸国の歴史をふりかえると、それは争いと奪い合いの歴史であり、その根底にあるものは恐怖と屈辱(リベンジ)であることを前回述べました。けれども西洋の歴史とはユダヤ人との交わりあいの歴史であるとも言えます。そして現代の西洋文明をつくりあげたのは両者の関わりあいの結果であるのです。



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ならば江戸のパラダイス社会、現代の西洋文明、そのどちらにもユダヤ人が絡んでいることとなります。ユダヤ社会にはタムルードと呼ばれる聖典があり、知恵の書伴っています。そしてそれがユダヤ教徒のの生活基盤・信仰となっています。ユダヤ人がどのような考えを持つかで世界は大きく変わってくるともいえます。一方で共生するパラダイスをつくりだし、一方で争い、奪い合うというこの両極端ながら、彼らはその場に応じた知恵を発揮したともいえます。


けれどももし世界の人々が日ユ同祖論を認め、私たちは同朋であることを確認し、抱き合うことができたならば、世界は大きく変わっていくことでしょう。


ここ数十年で作り上げたグローバリズムとは、争い合い、奪いあう「恐怖」と「屈辱(リベンジ)」を根底にしたものです。もしそれを共存していく「共生き」主義に変えたならば、地球はこれ以上破壊されることはなくなることでしょう。


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真のグローバリズムとは、「助け合い」「分かち合い」「赦し合い」から成るのです。これらの精神と縄文時代からある自然に寄り添う中和と調和の精神を発揮し、「人間は地球の恵みでもって生きている」ということを理解することができたならば、経済開発、技術開発のいずれも、地球と人間が共生し、共発展していくものとなると思うのです。その土台となるDNAを持つのが日本人(縄文からの日本人、ユダヤ系日本人、さまざまな国からの日本人)なのです。私たちはそのスイッチをONにしなければならないのです!







らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2017年7月 5日 (水)

新しい日本を創ろうよ⑥~現代から未来へ!~

世界で相次ぐテロ事件、北朝鮮のミサイル発射問題、中国の東シナ海への進出、アメリカ・ヨーロッパの混乱、そして国内では貧困格差、大企業の波乱、商品価格の上昇、ストーカー事件に親殺し子殺し、感染や疾病、更には放射能、地震に異常気象など。私たちはまるで不安の中にいるようです。


健康、子育て、老いなど生活に関する不安、異常な事件による社会に対する不安、そして世界や地球規模の不安など、次から次へと不安ごとが生じ、まるで不安を背負って生きていきなさいと言わんばかりです。庶民である私たちはもちろんのこと、例え権力者や名誉のある人、あるいは有名人などお金持ちというような人たちであったとしても不安を持って生活しているようにも思えます。一体どうなっているのでしょうか?

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「健康と満足は男女と子どもの顔に書いてある。」(ティリー)

「日本人は毎日に生活が時の流れにのってなめらかに流れていくように何とか工夫しているし、現在の官能的な楽しみと煩いのない気楽さの潮に押し流されてゆくことに満足している」(ジョージ・スミス)


「誰もがいかなる人々がそうでありうるよりも、幸せで煩いから解放されているように見えた」(オズボーン)

 逝きし世の面影」渡辺京二著平凡社ライブラリーより


幕末に日本を訪れた西洋人たちは、日本人を見て上記のような印象を持ちました。何だかそこには現在とは正反対の世界があったように思えます。現在の日本人を外国人が見るとどのように思うのでしょうか?上記のような印象を持つでしょうか?これまで見てきた自殺率、貧困率などそこからは上記の感想を持つことはとてもできはしません。


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前回幕末から明治、昭和の敗戦からバブル経済、そしてその崩壊後の今日までをみてきました。経済戦争・金融戦争の結果、利益争奪一辺倒の世界、エゴむき出しのハイエナ社会となり、今では日本だけでなく世界各国が崖っぷちに立たされています。そしてそれが生活の安定を脅かし現在の不安となって現れていると思われます。



さてこの不安の原因を探っていくと、ハイエナ社会の結果生み出されたことももちろんなのですが、その奥には2つの要因があることが考えられるのです。ひとつは「人為的に生み出された不安」であり、もうひとつは「日本人の土台に反する生き方によって生み出された不安」です。


まず人為的に生み出された不安とは、例えば現在世界中でテロが発生し、日本でも起こるのではないかという不安にさらされています。テロといえば多くの人が思い出すのが911のニューヨークの貿易センタービルでの事件だと思います。これをきっかけにテロに対抗するとして中東での戦いが始まり、そこから世界中にテロが広まったと言えます。けれどもこの911事件に関しては発生後から数多くの疑惑が出てき、今では権力者たちによるヤラセであったことが明らかにされつつあります。更に現在世界中のテロの根源となっているISIS集団。これもまた権力者たちにより世界に混乱をもたらすために生まれたものであることが明らかにされつつあります。そしてその根底にあるのは、それによりお金を儲けようとする権力者たちのエゴです。権力者たちの限りなきエゴの追求の結果私たちの不安は生じているのです。これが人為的に生み出されている不安です。


そしてもうひとつの日本人の土台に反する生き方によって生み出された不安とは、放射能問題もそうですが、明治以降の主たる政策となって来た物質主義の極致による不安です。現在の社会は利益争奪戦のハイエナ社会であることは先ほども書きました。そこには日本人の土台となる縄文時代のDNA「自然に寄り添う」というものは全くありません。この150年間日本が取ってきた政策は自然と相反するものがほとんどでした。それ故に何度も公害が発生し、人々の健康が害され、同時に自然も破壊されてきました。今では地方でも都市化が進み、県庁所在地を中心に多くの人々が自然とかけ離れた環境の中で暮らしています。

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この2つの不安の要因ですが、どちらもいわば人間のエゴから発生しているものです。なのでどちらも人為的といえば人為的です。けれどもひとつめの人為的要因とは一握りの人達(大なり小なりの権力者たち)の欲望から生じているものであり、もうひとつは民衆を含めた多くの人、つまりは人間の持つ欲望(エゴ)から発生しているものです。


ひとつめの人為的要因には現在大きな変化が生じてきています。それはこれまで(権力者たちの力によって)裏の世界に隠されて決して表には出てこなかったものが、ウィキリークスなどによって暴露され、世間に知らされるようになってきたことです。アメリカの世界各国への盗聴、ISISの秘密などが次々と暴露され、それらはネットを通じてアッという間に広がるようになりました。日本でも一時大きな話題となったのがスノーデンファイルでしょうし、あるいはタックスヘイブンのパナマ文書などでしょう(但しパナマ文書に関しては更なる疑惑がありますが…)。国内問題では加計学園の問題、豊洲市場の問題などもそうであると言えます。この傾向はこの先益々大きくなり、これまで裏で行われていたことがどんどん表に出てくると思われます。


そしてもうひとつの日本の土台に反する生き方ということですが、こちらもその変化の兆候は少しずつ現れてきています。「自然に寄り添う」ということは、これまでに述べてきた中和され、調和するということであり、更に言えば共存・共生していくということにつながってきます。現在アウトドアブームが日本中でブームとなっていますが、それもそのひとつの徴候といえるでしょうし、前回書いたシェアをするという概念もそのひとつであると言えるでしょう。その他数年前から大きく広がり始めた共感による資金調達クラウドファンディングもその関連といえます。

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さてこの2つのうち、ひとつめの人為的要因はこの先これまで秘密裏にされていたことが次々と明らかにされていくことでしょうから、秘密を抱える権力者や国民を欺いてきた人たちはその居場所が徐々に狭められていくことでしょう。その為自己の欲望を満たすために人々を欺くことはこれからは難しくなっていくと思われます。故に自然淘汰されると言ってもよいのかもしれません。ただしそこには権力者にすべてを委ねるという庶民のこれまでの姿勢ではなく、1人ひとりの自立と自覚が求められるのは言うまでもありません。


そしてもうひとつの土台の上で生きていく、自然に寄り添って生きていくということですが、これは人間のエゴ=物質的所有の欲望、あるいは便利さを求める欲望から生じ、そこから外れていった結果が現在の状況となり不安を生じているものです。現在シェアの文化が広がり、自然回帰への傾向が見られてはいます。けれどもそれ以上のペースで人々は欲望を追い求め自然を破壊しています。日本人にはその傾向は減少しているのかもしれません。けれども世界をみれば圧倒的に欲望を追い求めているのが現状です。このことに関して私たちは意識しなければなりません。そしてどこかで歯止めをかける意志を持たなくてはなりません。

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現在あらゆるメディアはこぞって人々の欲望を駆り立てようとしています。テレビもネットも消費を促すものを垂れ流し続けています。政府も消費することを奨励し、中央銀行と組み、お金をばらまき続けています。それでも消費は思うように伸びていません。何故でしょう。それは日本人の持つDNAが働き始めているからです。バブルが崩壊して以降、停滞期を経て、そのDNAが少しずつ働き始めているのです。だから縄文時代の生活が明らかになりつつあり、そしてまた江戸時代の日本人の暮らしが注目されているのです。


私たちはこのDNAの働きを意識するべきです。そしてどのように未来を築いていくべきなのか考えていくべきです。決して何も縄文時代や江戸時代の生活スタイルに戻れというのではありません。この150年間に入ってきた豊かさもあります。それらを一度整理し、中和し、調和させ、そして自然に寄り添う新しい生活スタイルを確立しなければなりません。それができるのが日本人なのです。


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らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2017年6月28日 (水)

新しい日本を創ろうよ⑤~明治から現代を紐解く~

前回は縄文時代から江戸時代までの歴史を振り返り、江戸時代にジャパンパラダイスが作られたのは、弥生時代から戦国時代までに流入してきた文化を、1万年以上続づいた縄文時代に形成された遺伝子~自然に寄り添いながら生きていく平和的DNA~が、それらをミックス・中和し、縄文DNAと調和させていき出来上がった暮らしがそれであるとの考えを述べました。当時の日本人の幸せそうな表情や暮らしぶりを見て、(幕末に日本を訪れた)西洋人は驚かずにはいられなかったのです。
             
さて今回は幕末・明治維新から現代までの日本の変換を見ていきたいと思います。
幕末から明治・大正にかけて日本を訪れた西洋人たちは、その日本人の幸せそうな暮らしが、彼らの来訪により破壊されていく(いった)ことを知っていました。
             
「いまや私がいとしさを覚えはじめている国よ。この進歩は本当にお前のための文明なのか。この国の人々の質樸な習俗とともに、その飾りけのなさを私は賛美する。この国土の豊かさを見、いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができなかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳をもちこもうとしているように思われてならない。」(1857ヒュースケン)
             
「日本人は宿命的第一歩を踏み出した。しかし、ちょうど、自分の家の礎石を一個抜きとったとおなじで、やがては全部の壁石が崩れ落ちることになるであろう。そして日本人はその残骸の下に埋没してしまうであろう。」(1855リュードルフ)
             
「古い日本は死んで去ってしまった、そしてその代わりに若い日本の世の中になったと。」(1905チェンバレン)
             
「明日の日本が、外面的な物質的進歩と革新の分野において、今日の日本よりはるかに富んだ、おそらくある点ではよりよい国になることは確かなことだろう。しかし昨日の日本がそうであったように、昔のように素朴で絵のように美しい国になることは決してあるまい。」(1925ウェストン)
             
とあるように、当時の西洋人は日本の西洋文明の流入により、物質的には豊かになるであろうが、その国土の美しさや人々の素朴さや純粋さは失われてしまい、最終的には(国ごと)全部が崩れてしまうことを予感していたのです。
             
幕末の西洋人の来訪、開国、国内の動乱、そして明治維新となり日本は西洋文明(物質文明・科学文明)を続々と導入し始めます。もちろんそれは西洋各国の植民地政策への対抗策であったと思われます。幕末に下田に現れた軍艦を初めて見た時、日本人はきっと腰を抜かしたでしょうし、その後彼らの持つ軍事力、科学文明、そして中国、東南アジア各国の(悲惨な)状況を知れば知るほどこのままではいけないと思い、立ち上がる人々がいたのは当然であったことでしょう。
             

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ここで西洋諸国の歴史を振り返ると、それは民族間の争い、そして宗教間の対立の2つが大きく占めてくると思うのです。ヨーロッパ大陸はアジア大陸と接しており、アフリカ大陸とも近く、その歴史は各民族間の争いであったと言えます。古くはギリシャ文明の時代から、ローマ帝国、そしてゲルマン人の大移動、ペルシャとの戦い、英仏戦争を始めヨーロッパ各国同士の争いと、民族間の争いの歴史を遡れば3,000~5,000年、あるいはそれ以上になるのではないでしょうか。同じく宗教の対立となると、誰もが思い浮かべるのがキリスト教とイスラム教の争いであり、610年のイスラム教の成立からともいえますし、それ以前にもユダヤ教とキリスト教の対立、キリスト教の各宗派の争いがあったのも確かですし、こちらも遡れば同じく2,000年以上宗教間の対立がるともいえます。このように西洋諸国の歴史は、対立や争いが切っても切れない関係であり、そこには争いのDNA、勝ち抜くためのDNAが形成されているとも言えるでしょう。
             
この対立・争いの本質を見てみると、強いものが勝つ、あるいは独占するということであり、領土、財宝、そして人々の命の取り合い・奪い合いともいえます。より多くを殺し、降参させ、奪い、奴隷とする。オールオアナッシングの世界といってもよいのかもしれません。それが故に西洋人は勝つため、生き抜くために戦いの知恵を磨き、科学を発達させてきたと言えるでしょうし、もしかするとその正当化やその意味を見いだすために哲学を発達させてきたと言えるのかもしれません。
             

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さて日本の歴史に戻り、明治以降の日本は列強諸国に対抗するためにパラダイスを捨て、富国強兵政策を取り、日露戦争を戦い抜き世界にその強さを知らしめます。思えば江戸末期の日本人は驚異的な体力を誇り、武士道の精神からも、そのころの日本人の強さとは途轍もないものがまだ残されていたのでしょう。その後日本はアジア各国へ進出し、いくつかの戦いを繰り広げ、遂には太平洋戦争で敗戦を迎えます。ある意味開国から太平洋戦争までに日本は西洋諸国の文明を取り入れると同時に、日本古来のものを失っていった、その上で3000年以上の争いのDNAをもつ民族の土俵で戦いを挑んだのですから負けて当然といえるのかもしれません。
             
戦争に負けはしましたが、ここでひとつ面白いことが分かります。太平洋戦争の間鬼畜米兵だったのが玉音放送で敗戦を知らされた直後、日本人は親米となります。と同時に焼け野原となった東京を立て直していくのです。それは前にも紹介しましたが、幕末に西洋人によって描かれている(江戸末期の)日本人そのものではないかと思うのです。
             

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「日本人とは驚嘆すべき国民である!今日午後、火災があってから三十六時間たつかたたぬかに、はや現場では、せいぜい板小屋と称すべき程度のものではあるが、千戸以上の家屋が、まるで地から生えたように立ち並んでいる。…女や子どもたちが三々五々小さい火を囲んですわり、タバコをふかしたりしゃべったりしている。かれらの顔には悲しみ跡形もない。まるで何事もなかったように、冗談をいったり笑ったりしている幾多の人々をみた。かき口説く女、寝床を欲しがる子供、はっきりと災難にうちひしがれている男などはどこにも見当たらない。」(ベルツ)
             
「いつまでも悲しんでいられないのは日本人のきわだった特質の一つです。生きていることを喜びあうという風潮が強いせいでしょう。誰かの言葉に『自然がいつも明るく美しいところでは、住民はその風景に心がなごみ、明るく楽しくなる。』というのがありましたね。この国の人たちはまさにそれで、日本人はいつのまにかそういう自然に感化され、いつも陽気で見た目によいものを求めながら自分を深めていくのです。」(マーガレット・バラ)
             
これらを読んだ後、敗戦後の日本を想像すると、「ギブミー チューインガム」と米兵に向かってかける声や「東京ブギヴギ」の曲を思い出さずにいられないのです。
             

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そしてその後高度経済成長期を経て、途中何度かの停滞もありはしたものの日本経済の躍進は凄まじく、遂にはアメリカの魂といわれるロックフェラーセンターを買収するまでに至り、経済繁栄を謳歌するに至ります。いわゆるバブル経済ピークであり、この頃の日本は明治以降の物質主義を取り入れた新しい日本、その結果生み出された日本(物質ジャパン)の最高潮にあったともいえます。さて戦後からこの間に出来上がった日本の企業スタイルといえば終身雇用制度であり、年功序列であり、いわゆる家族的経営スタイルです。この家族的経営制度は今思えば、物質主義と経済を縄文時代からの遺伝子が中和させ出来上がったものではなかったかと思うのです。
             
しかしこの頃の日本は「自然に寄り添う」という一番大切なものを忘れていたことも確かです。物質主義に溺れ、お金にまみれていました。お金がお金を生み出し始め、お金で何でもできるという風潮が生まれたのもこの頃ではないでしょうか。そしてそれは日本人の驕りとなり、西欧諸国、特に米国から反感を買い~同時に恐怖も煽り立てたことでしょう~、そこから経済戦争、金融戦争というこれまでの目に見えて殺し合う争いとは違った戦いが始まります。ただし今では、そこに(裏では)見えない暴力が介在していたことも今では明らかになりつつあります。そして日本はこの経済戦争、金融戦争に見事に破れ、搾取され続け、バブル崩壊からの停滞状態が四半世紀過ぎた現在も続き、立ち直れずいます。
             

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この30年間市場原理主義が導入されてグローバル化は加速し、ITの発展は益々進み、金融経済は過激さを増していきます。世界はインターネットでつながれ夜も昼もない世界となります。そして競争が更なる競争を煽るようになっていきます。10年ひと昔と言われたものが、ドッグイヤー、マウスイヤーといわれるようになり1分1秒を争うようになりました。企業の在り方は一変し、社会も凄まじい勢いで変化していきます。それと同時に精神が壊れる者は増え、自殺者も増え、そしてこれまで考えられなかったような事件が起こり始め、人々の社会への不安は増していく一方です。
             
そして今では日本ではなく世界中が競争にさらされ、喰うか喰われるかの争いを繰り広げています。それは企業間の競争だけでなく、宗教間、国家間の争いともなり、人も企業も宗教も己の利益追求一色となり世界はまるでハイエナのような社会となっています。その結果日本だけでなく、世界中がボロボロとなりっています。経済基盤、金融基盤も崩壊寸前です。人間社会も同様です。更には地球も破壊尽くされ、今や大地も水も空気も汚染されています。その為に気象変動は起こり、この先地球はどうなるのか誰も分からないのが現状です。
             
日本は先に記した礎石を1個抜きとった状態から、今やすべてが崩れ落ちた状態になっているともいえます。そして間もなく世界も同じような状況を迎えようとしているように思えます。いま世界中は各国の経済も金融もそして政治システムも騙し騙し維持しているのがやっとの状況です。この先日本はどうなるのでしょうか?世界はどうなっていくのでしょうか?明るい未来がやって来るのでしょうか?それとも…。
             

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ここから先はまだ誰にも分かりません。けれども今のままでは益々地球は破壊されていくことは確かです。それは益々人間の生存環境が脅かされていることを意味します。だから私はこのままで流されていくならば暗い未来になってしまうと思います。それが故に歴史を振り返って来ました。そして今こそ江戸を学び、縄文のDNAを復活させ、新しい日本を生み出していく意思をしっかりと持つべき時だと思うのです。
             
私たちの中には縄文時代にしっかりと組み込まれた、自然に寄り添い生きていく、中和させ、調和させるDNAが組み込まれています。そして一度はそれを江戸時代に見事に外から入って来た文化を中和させ、調和させ西洋人から称賛される暮らし、そして国を創りあげました。それから150年を迎えた現在、今度はそれを意識して心がけ、新しい日本を作ろうとするときだと思うのです。現在科学は150年前と比べると凄まじい発展を遂げました。
その科学によって人間の意識の研究も盛んになってき、人間の意識が大きく社会形成にも関係していることが明らかになってきています。それ故に意識することはとても重要です。
             

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更に現在縄文の中和要素が再び働き始めているように思います。人々は、特に若い人々の間で、シェアすることを良しとする考えが増えてきました。また地方においては、経済的効果を狙ったものですが、地域おこしが活発となり、各地域で昔からあるものをよしとし始めました。外国人も日本の歴史や風景を求めてやって来る人が増えてきました。これらはすべて物質主義や経済を中和していく過程ではないでしょうか?私たちは今これらのことを意識し、次なる未来をイメージして、育てていくべきだと思うのです。
             
「古い日本は妖精の棲む小さくて可愛らしい不思議の国であった。」(チェンバレン)
             
              もしかするとアニメもコスプレも中和過程の最中なのかもしれません。そして今度の中和過程は日本国内だけでなく、世界へと発信し、世界を中和していくことになるのかもしれません。世界は益々混乱を深めていく様相です。そして彼らの持つ歴史からして「中和」よりも争いの遺伝子が今も表に出ています。中和できるのは縄文の遺伝子を持つ日本人です。それを彼らに事実として示すしかありません。だから私たち日本人の手に世界の未来・地球の未来がかかっているのです。争いの遺伝子をやさしく包んで、新たな未来を築いていきましょう!


             
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参考文献:「逝きし世の面影」 渡辺京二著 (平凡社ライブラリー)

             
             
らいふあーと~僕らは地球のお世話係~
             
             
             

2017年6月21日 (水)

新しい日本を創ろうよ④~日本を紐解く~

さて前回は幕末に日本を訪れた西洋人の日記や旅行記などから、江戸時代(末期)の日本人がいかに幸せに暮らしていたかということを書きましたが、今回はその生活(時代)を築き上げるまでを見ていきましょう。

             
江戸時代は徳川家康が征夷大将軍となり、江戸に幕府を創設してからおよそ260年間続くわけですが、この260年間に日本人はパラダイスジャパンを築き上げたともいえます。何故なら江戸時代の前はどうだったかというと戦国時代と呼ばれるいわゆる日本を統一しようと各地域の武将たちが争いを繰り広げていた時代だったからです。更にその前を見てみると、室町時代があり、鎌倉時代の武士の時代があり、その前の前は、平安時代、奈良時代…弥生時代、そして縄文時代と遡ることができるわけです。


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さて現在この日本の始まりとされる縄文時代の研究が進み、当時の生活が徐々に明らかにされてきています。一般に縄文時代とは狩猟採集生活の原始的暮らしであったと教えられてきましたが、調査研究の結果、実はそうではなく、(もちろん狩猟採集もありましたが、弥生時代とは違う自然に寄り添うカタチの)農業が営まれ、土器が作られ、煮炊きがされ、村の中では、建築がされ、道路さえも作られており、非常に文明的な暮らしが営まれていたことが分かってきています。そしてそれはナント1万年以上も続く驚異的な時代であったことが明らかとなっているのです。
             
ひとつの文明が1万年以上続くということは、それは現在の私たちとは全く違う価値観に基づく文明であり、それだけ平和裏に暮らしていたのだと思われます。その農業スタイルや出土した土器などから日々の暮らしぶりは自然と共にあったものと思われます。この1万年続く驚くべき時代は、今の日本人には全く想像もできないことでしょう。けれどもそのDNAは日本人に強固に埋め込まれているものだと思うのです。何故なら、何度も繰り返しますが100年や1000年でもなく、10,000年も続いたものなのですから! そしてこのDNAがあったからこそ日本は江戸時代のパラダイスジャパンを創りあげられたと思うのです。


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再度縄文時代から江戸時代までをもう一度振り返ってみましょう。大陸からの人々の移入が始まり、稲作が開始され弥生時代へと変わっていきます。そして古墳が作られ、飛鳥・奈良時代となり、漢字が持ち込まれ、仏教という宗教が入ってきます。この間ずっと大陸からの移住者とそして彼らの持ち込んだ大陸文化が日本に入ってきたことが分かります。そしてそれらが花開くのが平安時代であり、日本独特の文化が作られていきます。空海により密教がまとめ上げられ、神道と融合されていきます。ひらがなが生まれ、物語が記述され、平安雅といわれる貴族を中心とした華やかな文化が花開くこととなります。
             
それから武士が台頭し、鎌倉時代、室町時代と武士の納める社会が形成され、禅の流入と共に、質実剛健の文化が築かれていきます。それはこれまでの貴族を中心とした文化であったものが武士階級へと移ると共に、仏教の庶民化など、大陸からの流入文化が庶民の間に広がり土着化していく過程であることが分かります。
             
続いて応仁の乱を経て、下剋上の世の中が始まると共に、ポルトガル船が訪れ、日本人が初めて西洋人に直接会うこととなり、同時にキリスト教、鉄砲などの西洋の文化と科学が入ってくることとなります。ちょうどこの戦国時代の頃は日本においては農業技術の進化により、開墾され、生産性が向上しており、新しい技術を受け入れられる素地ができていたともいえます。けれども日本が統一され江戸時代となり、幕府はキリスト教流入の阻止、西洋の植民地政策に対して危機を覚え、長崎の出島にオランダ船と中国船(明・清)のみの出入りを許可する鎖国を行います。
             
この鎖国によって極度に海外からの文化の流入が制限される260年間に日本独自の文化が形成されていき、質素な暮らしながら、陽気で純粋にして、そしてそのほとんどが満足した顔、幸せそうに見える極東のパラダイスと呼ばれる日本が出来上がったと言えます。


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縄文末期から大陸の人々が移住を始め、大陸文化が持ち込まれる弥生時代、飛鳥・奈良時代が約600年ほどです。そしてそれらを基に日本の貴族文化が花開く平安時代が約360年、そして同じく大陸文化を取り入れつつ鎌倉、室町、戦国時代と武士を中心とした文化が約500年、計1,500年あまりの文化が中和され、そして縄文時代のDNAと調和されたのが江戸時代の260年ではないかと思うのです。
             
弥生時代から戦国時代までの約1,500年間に流入してきた文化を10,000年の縄文時代に間に形成されたDNAの中に取り込まれていく。10,000年のDNAはそれほどのものだと思うのです。もちろんそれは日本の自然豊かな国土との関係も大いにあると思います。縄文文化は日本の自然と切っても切り離せない、自然に溶け込んだ、自然と一体化した文化だからです。それ故に江戸末期に訪れた西洋人はその風景の美しさ、人間により開墾された田畑と自然が一体化した風景、道々を飾る花々、そして人々の暮らしを見て絶賛するのです。


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「日本人はいろいろな欠点を持っているとはいえ、幸福で気さくな、不満のない国民であるように思われる。」(オールコック)
             
「乗組員一同は眼前に展開する景観に、こんなにも美しい自然があるものかと見とれてうっとりしたほどであった。」(ポンぺ)
             
「この時われわれが通ったような魅惑的な道に、私は他の国々を遊歩した際に出会ったことはなかった。それは時折、英国の田園地帯のいくつかで出会った道を思い出させたが、最初は先入見があったにもかかわらず、英国にはこれと較べられるようなものがないと認めないわけにはいかなかった。広い並木道や、松やとくに杉の木立としばしば出会ったが、その木立は道を縁どって素晴らしい日蔭をつくり出していた。時折みごとな生垣も目についた。それはときにはさまざまな種類の常緑樫、ときには杉などの常緑樹でできていた。丁寧に刈りこまれ、ある時は英国貴族の庭園でよくお目にかかるヒイラギやイチイの丈高い生垣を思い出させるほど、高くのび揃えられていた。どこでも小屋や農家はきちんとしており清潔に見受けられた。こんな様子はほかの東洋諸国では見たことがない。・・・風景はたえず変化し、しかもつねに美しい―丘や谷、広い道路や木蔭道、家と花園、そこには勤勉で、労苦におしひしがれておらず、明らかに幸せで満ち足りた人々が住んでいる。」(フォーチュン)
             
「誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったりと融けあう。彼らは何か目新しく素敵な眺めに出会うか、森や野原でもの珍しいものを見つけてじっと感心して眺めている時以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている。」(ヘンリー・S・パーマー)


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この10,000年間の縄文時代に形成されたDNAが、新たなものを中和し、調和させる。それらが江戸時代に働き、弥生時代から戦国時代の1500年が取り込まれ、調和され、新たなカタチを生み出し、結果上記のような感想が述べられる日本が生み出されたと思うのです。そしてこの力こそが日本の根底にある力であり、これからの新しい日本を形成していく力となると思うのです。
             
先進国の中で子供の貧困率が高い国、自殺率の高い国に位置する日本であるよりも、世界中の人々から「美しくて、みんな笑って幸せそうで、まるでパラダイスみたい!」といわれるような日本を取り戻したい(創りたい)と思いませんか?
             
             

(参考文献:「
逝きし世の面影」 渡辺京二著 平凡社  )    


    
             
らいふあーと~僕らは地球のお世話係~




             
             

2017年6月14日 (水)

新しい日本を創ろうよ③~江戸時代から学ぶ~

江戸時代の暮らしというとどのような生活をイメージするのでしょう。
             
江戸幕府、武家社会、参勤交代、士農工商、鎖国、米騒動、一揆や打ちこわし、あるいは歌舞伎、浮世絵、元禄文化などを思い浮かべ、概して江戸時代とは、武家を中心とした社会体制の下、400年間続いた平和な時代でありつつも、一部の人々を除いて、多くの人々はどちらかと言うと不自由であり、質素で貧しい暮らしを強いられてきたと思われる方が多いのではないでしょうか?
             
もちろんそれも真実の一面なのでしょう。けれどもそれだけではないようです。例えば渡辺京二さんの「
逝きし日の面影」を読むとそれとは別のイメージを思い浮かべずにはいられません。この本は幕末の日本に滞在した外国人の感想記を素材として、それらを集めて1冊の本としているのですが、そこからイメージできるのは抑圧された世界ではなく、まさにタイトルにある「失われた日本の面影」であり別世界なのです。

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庶民は粗末な服装を着ています。家も質素なつくりです。中にはほとんどモノがありません。けれどもわずかにある家具や食器類は外国人からすると信じられないほどしっかりしたものなのです。また大人も子供も好奇心が大変強く、西洋人の後ろをみんなこぞってついてきます。そして何かあるとすぐに笑い大変人懐っこくもあり、かつ礼儀正しさも持ち合わせているのです。
             
一例をあげてみると、人々の陽気さについて、
「この民族は笑い上戸で心の底まで陽気である。」(1867年<慶応3>ボーヴォワル)


「日本人ほど愉快になり易い人種は殆どあるまい。良いにせよ悪いにせよ、どんな冗談でも笑いこける。そして子供のように、笑い始めたとなると、理由もなく笑い続けるのである。」(1859年(安政6)頃リンダウ)
             
簡素さについて、
「日本人が他の東洋諸民族と異なる特性の一つは、奢侈贅沢に執着心を持たないことであって、非常に高貴な人々の館ですら、簡素、単純きわまるものである。すなわち、大広間にも備え付けの椅子、机、書斎などの備品がひとつもない。」(1859年頃カッティンディーケ)


「日本で貧者というと、ずい分貧しい方なのだが、どの文明人を見回しても、これほどわずかな収入で、かなりの生活的安楽を手にする国民はない。」(1884年(明治17)頃イライザ・シッドモア)
             
礼節について、
「われわれの部屋には錠もなく鍵もなく、解放されていて、宿所の近辺に群がっている付き添いの人たちは誰でも侵入できる。またわれわれは誰でも欲しくなるようなイギリスの珍奇な品をいくつも並べて置く。それでもいまだかつて、まったくとるに足らぬような品物さえ、何がなくなったとこぼしたためしがない。」(1858年頃オリファント)
             
もちろん日本の風景の美しさにも西洋人は驚かずにはいられません。美しく整備された郊外の田園風景、港の風景、どれもが西洋人にとっては母国以上に美しい景観であったようです。その風景と日本人の人柄から彼らはこの地をまるでパラダイスであるかのように思えたそうです。
             
「5マイルばかり散歩をした。ここの田園は大変美しい―いくつかの険しい火山堆があるが、できる限りの場所が全部段々畑になっていて、肥沃地と同様に開墾されている。これらの段畑中の或るものをつくるために、除岩作業に用いられた労働はけだし驚くべきものがある。」(1856年(安政3)ハリス)


「市街から田園へと気づかぬうちに映ってゆき、道路は次第に花咲く藤のしたかげの径となった。ついさっき天守閣の濠をみたしていた水は、曲がりくねった小川となり、つつじのトンネルの下から流れ出ていた。緑の楽園のただ中の、この蛇行する川ほど愛するべきものはない。ああ、日本のなんと美しくのどかなことか。」(ボーヴォワル)
             
その他いくつか抜き出してみると、
「日本の幕府は専横的封建主義の最たるものと呼ぶことができる。しかし同時に、かつて他のどんな国民も日本人ほど、封建的専横的な政府の下で幸福に生活し繁栄した所はないだろう。」(パンペリー)


「この独特で、比類するものもなく、スポイルされず、驚異的で魅惑的で、気立てのよい日本を描写しようとつとめながら、私はどんなにそれが描写しがたいか実感している。彼らのまっただなかでふた月暮らしてみて、私は日本に着いて二週間後に大胆にも述べたことを繰り返すほかない。すなわち、よき立ち振る舞いを愛するものにとって、この“日出ずる国”ほど、やすらぎに満ち、命をよみがえらせてくれ、古風な優雅があふれ、和やかで美しい礼儀が守られている国は、どこにも他にはありはしないのだということを。」(アーノルド)


「この風景の全体を見ても、細部を見ても、すべてが精神を鎮静させ、やさしい夢想で精神を和らげ、うっとりした休息の楽しみ以外の印象を与えない」(アンベール)

                      
さて彼の本を離れて、また別の面を見てみると、日本人は陽気さ礼節さだけでなく、外国人からすると相当小柄であった日本人が持つ力は相当のものであったようです。外国人が見たものではありませんが、(ネットでも話題になっていますが、)山形県の酒田市には米俵5俵を担ぎ上げる女性の写真と人形が展示されているそうです。その写真は昭和14年頃の写真だそうですが。それでは一体江戸時代農村の女性はどれほどの力があったのだろうかと思うのです。

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その証言等は(まだ)見つかってはいないようですが、もうひとつ
外国人によって記録されていることがあります。それは明治時代ドイツ人医師のベルクに記録されています。彼は東京から日光へ観光に行くことがあったのですが、1度目は馬で行き、途中馬を6度乗り換え14時間かかったそうです。2回目日光に行った際には、今度は人力車に乗って行ったのですが、その車夫は1人で14時間半で行ってしまったとのことです。当時の日本人は馬より凄い体力を持っていたのです。東京(駅)から日光(東照宮)までは直線距離にして約120キロあります。時速8キロ以上のスピードで(人を乗せた)人力車を走り続けたことになります。
             
             
このように江戸時代の日本は、(外国人から見ると)人々は欲望や執着とは程遠く、簡素な暮らしの中で、常に陽気で笑いが絶えない上に力持ち! 更には(西洋諸国よりも)美しく心和む風景を持つ国、まさに極東のパラダイスであったのです。
             
「古い日本は妖精の棲む小さくてかわいらしい不思議の国であった」(チェンバレン)


「この町でもっとも印象的なのは(そしてそれはわれわれ全員による日本での一般的観察であった)男も女も子どもも、みんな幸せそうで満足そうに見えるということだった。」(オズボーン)

            
それから150年。
江戸時代に比べると、日本人の平均寿命は驚異的に延び、誰もが長生きするようになりました。東京大阪間も3時間ほどで行くこともできます。世界中のものが手に入り、世界中の料理が食べられます。便利なグッズも100円で買えます。スイッチひとつでいつでもお笑い番組を見ることができます。遠くの友人といつでも話しをすることもできます。
             
信じられないほどの経済性と科学の発展をしてきた今の日本。男も女も子どももみんな幸せそうで、満足そうに見える国なのでしょうか?
            

日本の自殺率は世界各国でワースト6位(女性は3位)だそうです。アジアではワースト2位だそうです。国内で見ると15才~39才の5階級で死因の1位は自殺です。(2017年版自殺対策白書より)
             

日本の子供の貧困率は先進国(と呼ばれる国の中)では最悪レベルだそうです。6人に1人が貧困にあるとされます。(2012年子供の相対的貧困率16.3% 27年度版子ども・若者白書)
             
             
何だか夢も希望も持てなくなってしまった国のように思えます。本当に「逝きし世」「逝きし国」となってしまったのでしょうか。

             
それでも日本人には太古からの遺伝子、江戸時代の遺伝子が今も引き継がれていると信じたいです。だからもう一度「逝きし世の面影から」いくつか抜き出します。
             
「いつまでも悲しんでいられないのは日本人のきわだった特質の一つです。生きていることを喜びあうという風潮が強いせいでしょう。誰かの言葉に『自然がいつも明るく美しいところでは、住民はその風景に心がなごみ、明るく楽しくなる。』というのがありましたね。この国の人たちはまさにそれで、日本人はいつのまにかそういう自然に感化され、いつも陽気で見た目によいものを求めながら自分を深めていくのです。」(マーガレット・バラ)
             
「日本人とは驚嘆すべき国民である!今日午後、火災があってから三十六時間たつかたたぬかに、はや現場では、せいぜい板小屋と称すべき程度のものではあるが、千戸以上の家屋が、まるで地から生えたように立ち並んでいる。…女や子どもたちが三々五々小さい火を囲んですわり、タバコをふかしたりしゃべったりしている。かれらの顔には悲しみ跡形もない。まるで何事もなかったように、冗談をいったり笑ったりしている幾多の人々をみた。かき口説く女、寝床を欲しがる子供、はっきりと災難にうちひしがれている男などはどこにも見当たらない。」(ベルツ)
             

もしかすると現在はこの150年の膿だしなのかもしれません。そして、膿み出しのあとは再生です!
             
             

             
らいふあーと~僕らは地球のお世話係~
             

             
             

2017年6月 7日 (水)

新しい日本を創ろうよ ②

前々回の記事では障がい児の特別支援学校や学級の増加、そして障がい者の支援事業所が増えていることをお伝えし、これからは障がい者を活かすことで社会を変えていかなければならないのではないかということを提案したのだが、それではどのようにそれを行うか考えてみたいと思う。
             
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もう7,8年前になるのだが「1/4の奇跡~本当のことだから~」というドキュメンタリー映画を見た。この映画は当時養護学校(現在の特別支援学校)で教師をしていた山本加津子先生を主役に障がいのある子が持つ能力や純粋さを伝えるとともに、彼らも同じひとりの人間であることを教えてくれる映画だ。
             
             
その映画の中でペルーの古代博物館に展示保管されている(古代の)布織物の話が出てくる。その布にはたくさんの手が描かれている(編まれている)のだが、中心にある手ひとつが、なんと6本指の手なのだ。
             
             
余談となるが手足の指が生まれつき多いひとはまれにいるようで多指症(たししょう)、逆に少ないのは欠指症(けっししょう)と言われ、あの豊臣秀吉も右手の親指が2本あったらしい。(ウィキペディアより)
             
             
映画の中で博物館の館長は、6本指の手が真ん中に置かれている理由を、当時は障がいのある人を異端視するのではなく、特別な人として、つまりは神の使いとして崇められていたのではないかと推測している。
             
             
この話がとても印象に残り、その後もずっとこの映画を思い出すときはいつも古代布が浮かんできて、その意味を自分なりにその都度考えていた。そんなある日よくお世話になっている人と飲む機会があり、その際に縄文時代に狩りの方法の話が出てきた。当時狩りに出かける際に自閉症の人を連れていくのだが、その人をどこに配置したかということだったのだが、真中に配置していたとのこと。その理由は、自閉症の人は周囲の異変等に最初に気づく能力を持っていたかららしい。
             
             
この話を聞いて、古代布の話しと重なり凄く感激した。同時に障がいのある人の位置づけにビビッと来るものがあった。そう、障がい者を真中に位置づけて考えるのが本当なのだ!
             
            
もちろん歴史の中では障がいのある人を見せものにされたりした時代もあるのだろう。けれども明治以降合の近代化の時代の中で、合理的思考が重視されていくようになり、彼らは不完全な人間として、差別され、隔離されるようになって来たと思うのだ。そんな中で本人やその家族、そして支援者の力で、今日の障がい者福祉が制度化され、彼らの居場所がつくられ、権利が保障されるようになってきた。その成果が特別支援学校であったり、障がい者の支援事業所である。
             
             
けれども現在それが新たなる転換期を迎えていると思うのだ。先にも書いたが特別支援学校・学級は増加、不足の事態にあり、支援事業所は増え続けている。そして障がい者支援だけでなく日本の社会保障費は莫大に増え続け、国の財政を圧迫している。それ故に医療保険も自己負担額は上がり、最近では介護保険制度などは利用者負担の増加がすすんでいる。正直このままではもたないと思うのだ。両者が共倒れになるのではないかと懸念する。
             
             
そこで思うのが、障がい者を活かす社会をつくるということであり、その方法が障がい者を真中において考えるということである。
             
             
障がい者を真中において考えるとは、ひとつはインクルーブデザインと呼ばれる手法がある。これは子供、高齢者、障がい者などマイノリティ、いわゆる社会的弱者といわれる人たちをデザインする段階から積極的に調査し、そこから出た課題をや気づきをアイデアに変換し、それらにも対応できるデザインを考えるという手法である。もっと簡単にいえば障がい者や高齢者なども含めてだれもが使える(使いやすい)ものづくり・ことづくりを行うための手法である。ただそれも重要かつ必要な手法であるのだけれども、今回ここで提案するのは、デザインプロセスよりも、一般企業の障がい者雇用という面から「障がい者を真中において考える」ということである。
             
            
一般企業における障がい者の雇用において、現在は従業員50名以上の企業には、2%の障がい者の雇用(法定雇用率)が義務付けられている。つまり50人の従業員(正社員)がいれば、1人は障がい者雇用をしなければならない。そして従業員が100人以上の企業においては、法定雇用率に満たない場合は、納付金(いわゆる罰金)をその不足人数に応じて支払わなければならない。そこで企業は障がい者を雇用することになるわけだが、現状を見る限り、ほぼ義務だから雇用するという考えであり、多くの企業が最低賃金、あるいはそれに近い金額で雇用するのが通常となっている。
             
             
けれども最近障がい者雇用により、その職場環境が良くなったとか、従業員のやる気が向上した、あるいは業績が上がったということがよく言われるようになってきた。それが書籍にもなっている。例えば「なぜ障がい者を雇う中小企業は業績を上げ続けるのか」影山摩子弥著(中央法規)などがある。そこに書かれていることは、障がい者雇用で得られることとして、
             
    ・人材育成のノウハウができる
    ・社内の業務の流れが改善できる
    ・職場環境が改善できる
    ・健常者社員が前向きに取り組むようになる
    ・適材適所のノウハウが形成される
    ・戦略的観点が身につく
      以上の6点が挙げられている。
             
             
まずはこの観点から障がい者雇用に取り組めばよいと思うのだ。いきなり障がい者を真中において企業経営をしろと言っても、現時点ではどうすればよいかも分からなければ、よほどの企業でしかそれで経営が成り立つとも思えない(例えば日本理化学工業)。そこから少しずつ障がい者を理解しながら、障がい者のできる能力を見極めていけばよいと思う。
             
             
現在における企業経営は利益第一主義であり、いかに成長・拡大していくかということに主眼が置かれている。グローバル経営の中で、大量生産・低コストが求められる中では仕方ないことではないかとも思う。けれども時代は少しずつ変わりつつあり、これまでのグローバル主義に疑問が呈されるようになり、また手作りの製品が見直されるようにもなっている。(手作りの)雑貨が人気であり、DIYが人気となっているのもその一つだろう。そこにはこれまでの大量生産・均一製品に対する価値観の変化が読み取れる。やがて人々に大きな変化をもたらし、それはいずれ企業にも大きな変革を迫ってくると思うのだ。もしかするとそれは社会情勢にも大きな変化を強制してくることがあるかもしれない。その時こそ障がい者を真中に考えることが出てくるのではないかと思うのだ。
             
             
まだまだそのような変化が来るように思えないかもしれない。そこは世界中が金融ジャブジャブ政策をとり、日本でも補助金ジャブジャブ、中央銀行による株価吊り上げ政策でその状況を維持しており、そのように見えるが、それも限界に近づいている。企業においては徐々にであるが、そこから抜け出し、あるいはそれを頼りとせず、御用達に徹しようとする企業が現れ出している。同時に若者の働く概念、中堅どころの仕事に対する意義も変わりつつあり、報酬よりも働きやすさや、意義を求め始めている。また人々に「持続可能性」であったり、「ロハス」ということも徐々に浸透し始めている。これらの認識がもう少し進めば障がい者への認識も改められはじめ、そこで初めて障がい者を真中において考えるということが出てくると思うのだ。
             
             
そして障がい者を真中において考えることが人々に認識されたときにはじめて、人々の社会に対する認識の変化、そして地球に対する認識の変化が生じてくると思うのだ。人々の意識の変化が生じると思うのだ。今はまだ利益、自己利益=エゴが渦巻いているけれど、そこから抜け出し他者意識が出てくると思うのだ。
             
            
まだまだ時間はかかるのかもしれない。けれども残された時間も少ないのかもしれない。どちらが早いのか勝負なのかもしれない。どちらにせよそこに留まっているのではなく、私たちは一歩を踏み出すしかないのだと思う。
             
             
             
             
             
             
らいふあーと~僕らは地球のお世話係~
             
             
             
             

2017年5月24日 (水)

僕らは地球のお世話係を目指して

 らいふあーと~僕らは地球のお世話係~で伝えたいことのひとつは、物質やお金一辺倒の世界から「心」や「精神」を大切にする「心の豊かさ」を求めていきましょうということです。

行き詰まり
 バブル経済が崩壊して25年以上、四半世紀以上が経つにもかかわらず、いまだ日本は社会の停滞にあえいでいます。これまでにニュース等でいざなぎ景気を超える景気拡大期間であるとか、つい最近では「(経済)成長」「景気拡大」と連呼されていますが、それを実感する国民はいったいどれほどいるのでしょうか?ほとんどいないのではないでしょうか?

 思えば戦後の高度成長期から文明の利器はどんどん進化を続け、人々の生活を一変してきました。日常生活、仕事、学習環境をはじめありとあらゆるものがそのスタイルを変化してきたと言ってもいいでしょう。と同時にそこには常に「お金」がついて回るようになり、それを著しくエスカレートさせたのがバブル経済であり、そしてその後の金融経済でしょう。

 けれどもこの文明の利器=物質主義は人々に便利をもたらすと同時に自然などの環境を破壊してきたことは誰もが認めることでしょう。今や放射能に汚染され、大陸からはPM2.5などの大気汚染が海を越えてやって来ており、海洋資源は減少し、そして国土は乱開発されてきました。

 また科学技術の進化は便利さを手にすると同時に、私たちの生活スタイルを否応なく変化をもたらし、そこには生きづらさも生み出され、人々に精神的不安定をもたらしたことも否めません。社会的に追い詰められ、精神が蝕まれ、遂には自らの命を絶つ人が増加していることも誰もが認めるところでしょう。

 こうしてバブル崩壊後より四半世紀以上日本は立ち直れず、社会の行き詰まりに面したまま今日に至ります。


科学の進歩
 江戸末期から明治にかけ、日本は自国の存亡をかけ、国家体制の大転換を成し、西洋科学を取り入れ、科学文明を進歩させてきました。科学に進歩により私たちの生活は便利になり、楽になり、そして豊かになったことはこれもまた誰もが認めることでしょう。今ではボタン一つでご飯が炊け、洗濯ができ、遠くに離れた人とコミュニケーションがはかれ、またあらゆる面で時間の短縮が可能となってきました。

 けれども科学の発達と同時に失くしてしまったもの、忘れてしまったものがあることも否めないのではないでしょうか。今私たちはかつての不便さは、人とのつながりをもたらしており、あるいは体力や忍耐を養っていたことを思い出しつつあります。

 そこで私は思うのです。この失くしたもの、忘れてしまったものを、何らかの方法で取り戻すことができれば、この25年以上感じ続けた社会の行き詰まりを突破し、新たな世界を手にすることができるのではないかとうことを!


宇宙へ!
 現在世界で唯一多くの人々に夢をもたらしているのは「宇宙世界」ではないでしょうか?科学の進化により、宇宙がどんどんと身近なものとなってきています。かつては宇宙に地球のような星はないと考えられてきたものが、今では地球と同じような環境を持つ惑星が宇宙には無数にあることが分かってきました。そしてそこには生命が存在するのではないかという期待、果ては私たち人間と同じような高等生命が存在するのではという期待も高まってきています。その答えが分かるのもそれほど遠い先ではないことでしょう。そこでこの宇宙が身近に迫る今だからこそ地球と人間の関係をもう一度見直すことが必要ではないでしょうか?


日本の文化
 元来日本人は自然と共生してきた民族といえるでしょう。あらゆるところに神様は宿っている「八百万の神」の思想などは、自然を崇めて生きてきたことを物語っています。

 考古学の調査の進展により、縄文時代は一万年あまり続いてきたという驚異的な事実が明らかになってきました。そしてそこにはこれまで考えられてきた以上の、想像をはるかに超える文明があったことが分かりつつあります。

 縄文時代の終わりには大陸からやってきた人々により弥生時代が始まり、そして奈良、平安、鎌倉、戦国時代へと続いていきます。もともといた人と文明、やってきた人々とその文明は時に争いももたらしますが、時代とともにそれらは統合され編成され、日本独自の文化となります。そしてその結果は江戸末期西洋から来た人々により、極東の地にパラダイスがあったと評されるものとなっていたのです。


間違える
 日本が作り上げたパラダイスは、日本はグローバル化を目指す上で一旦捨てなければならなくなります。科学文明を取り入れ、それを進化させ日本は、世界の中での国を歩んでいきます。それは日本ばかりではなく、西洋を中心に世界の国々がそうなっていきます。そして科学はますます進化し、それにより地球はどんどんと小さくなってきたといえるでしょう。けれどもここで人間は傲慢になってしまい、間違いを犯してしまいます。科学は自然を超越できるものであり、それを発明し使う人間は自然(地球)を支配するものと思いあがってしまうのです。それは日本(人)も同様です。かつてものを最後まで使い切り、ものを大切にするという心は捨て去られ、使い捨てられ、次から次へと消費・消費となってしまいます。そこには自然を崇拝する精神も失われ、それが故に環境破壊がもたらされるようになりました。


思い出す
 けれどもどんなに科学が進化しようと、暮らしが変わろうと、わたしたち人間の生活は、生命は地球上で行われていることには違いありません。そしてその暮らし、生命を繋いでいるものはすべてこの地球の恵みによってもたらされています。水、大地、空気(酸素)、食べ物等すべて地球の恵みです。宇宙からの恵みもあります。太陽の光、星々さまざなものが人間の生活に影響を与えています。それを人間が生きていける程度にしてくれているのが地球です。科学文明がここまで発達した今、宇宙が目の前に迫ってきた今こそ私たちは地球との関係を見直すべき時ではないでしょうか。そして地球の恵みで生きていることを再確認するべきだと思うのです。


宗教を超えて
 歴史の中でさまざまな宗教が生み出されてきました。それらは時代を超えて人々の生きる支えとなってきたことは確かです。けれども同時に今日までそれが原因で人間の争いとなっていることも明らかです。

 人間誰もが平和に暮らしたいという願いを持っています。生きる支えを必要としています。残念ながら今の宗教ではこの目的を全面的には果たせていません。いろいろな宗教がある中人類共通のもののひとつが「地球という惑星に暮らし、地球の恵みで生きている」ということではないでしょうか。

 私たち人間は地球のお世話係りであるということ。それは人間を傲慢さから解放し、謙虚さをもたらし、共通のものをもたらしてくれるものだと思うのです。宇宙へ飛び出す前の今だからこそ地球人に必要な根本思想だと思うのです。




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



2017年5月17日 (水)

どうなる日本?~新しい日本を創ろうよ!~その①

 (日本の)子供の数が減り続けていることは誰もが知っていることだろう。総務省によると外国人を含めて14歳以下の子供の数(平成29年4月1日)は前年よりも17万人少ない1571万人で、36年連続の減少であるとのこと。それ故に地方のまた地方においてよく学校が閉校となり、次からスクールバスで通うようになるとか、あるいはその跡地をどう活用していくかなどの声を聞くことも多い。
             
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              (愛媛新聞  平成29年5月5日)
             
             
 ところが、子どもの減少により学校が減り続ける一方で、増え続けている学校(学級)もある。それどころか深刻な不足の事態に陥っている。多くの人がそういうと保育園のことかと思うかもしれないが、そうではない。障がいのある子供が通う学校、いわゆる特別支援学校、あるいは特別支援学級だ。
             
             
 特別支援学校小、中学部の1学級は6人が上限で、重複障害の場合は3人。幼稚部から高等部までの在籍者は15年に13万8千人で、10年で1・36倍になった。特に知的障害のある子が増え、全体の9割を占める。比較的障害が軽い子が通う小中学校の特別支援学級の在籍者も15年に20万1千人で、10年で約2倍になった。(朝日新聞デジタル2017年4月30日より)
             
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              (朝日新聞デジタル2017年4月30日より)
             
             
 子供の数が減り続けている中で、特別支援学校、特別支援学級に通う子供たちの数は急増している。その背景には、障害の診断が普及したこと。障害があると診断されると、支援が得やすい教育を望む保護者が増えたとみられ、「特別支援教育への理解が深まった」(文科省担当者)との見方がある(同朝日新聞デジタルより)とのこと。最近発達障がいという言葉をよく耳にするようになったが、脳科学や医学の発達とともに、それらが障がいとして診断されるようになったのだろうが、それにしてもその上昇は多いと思わざるを得ない。(ただ今回この原因についての考察は次回にする。)
             
             
 子供に関するものではないが、最近どんどん増えているな思うものがひとつある。それは、障がい者を支援する事業所だ。18歳以上の障がいのある人たちが通う、デイサービスのようなところ(生活介護)、あるいは軽作業などの仕事をする事業所(就労継続支援事業所A型、B型)があるのだが、特にB型の事業所の増加を感じずにはいられないのだ。そこでは障がいのある人たちが、職員(支援員)の指導の下で、さまざまな仕事を行っている。
             
             
 先ほど特別支援学校や学級に通う子供の増加を示したが、彼らの高等部を卒業しての行き先の多くがそことなる。もちろん中には一般企業へと就職していく者もいるが、多くが支援事業所に通うようになり、軽作業などをして日中を過ごすようになる。
             
             
 彼らの障がいの程度は重度から軽度までさまざまであるが、それぞれ障がい者手帳を持っている。だからその多くが障がい者年金を受給するようにもなっている。それに日中支援事業所での軽作業で賃金(工賃)を得て、年金と工賃が彼らの収入となっている。一方で事業所は彼らが日中そこに来ることで、国から給付費をもらい、それによって職員(支援員)の給料を賄い事業を運営している。
             
             
             
 さて、現在日本は、障がい者の数は増え続け、その年金の支払いや事業所への給付費はそれに比例して増え、また高齢化率の上昇とともに国民の医療費は年々増え続け、さらに介護に関する給付費も増え続け、日本の社会保障費は上昇し続ける一方だ。いくらそれらを抑制しようにも、社会保障・社会福祉は国の義務である限り、それをなくすことはできないし、その上昇は当面は上昇し続けるだろう。更に現在の日本は、社会保障費の給付以外にも、あらゆる分野で補助金などを出しまくっており、日本の借金(債務残高)は増え続ける一方だ。このままでは日本はいったいどうなってしまうのだろうかと思わざるを得ない。
             
             
 そこで私が思うのは、少なくとも障がいのある人たちをもっと活かす社会をつくっていかなければならないのではないかということだ。これまで彼らの居場所・働き場所をつくることを目的として、その結果支援事業所が増え続けてきた。けれどもこの先障がいのある子が増え続けていく中で、事業所をそれに比例して増やしていくことがよいとは思えない。これだけ障がいのある人が増えていく中で、ある意味それはこの先隔離にもつながるのではないかと思うのだ。だからこれからは彼らを含めて考えていく社会にしていかなければならないと思うのだ。それは障がい者だけでなく、高齢者やマイノリティの人々も含まれてくる。まさにバリアフリーやユニバーサルデザイン、あるいはインクルージョンと呼ばれるものであり、ダイバーシティと呼ばれる社会だと思うのだ。そこを行うための第一歩が障がい者を活かす方法を考えるということだ。
             
             
 障がい者を活かす社会にしていくためには、社会の価値感が変わっていく必要がある。大きく言えば経済至上主義、物質主義の転換として捉えないといけないかもしれない。ところが現在社会はそれらこそが中心に居座っているようにも思える。政府の言うこと、企業人のいうこと、メディアもそれらを煽ることばかりしている。けれども社会はそこから抜け出そうとしているのも現実だ。だからこそ彼らは国民をつなぎとめるために補助金を出しまくり、メディアで持って消費欲をくすぐろうとしているとも言える。彼らの悪あがきに惑わされず、社会の価値を変えていくための一手を行うか。それこそが今問われており、取り組む価値のあるべきものと思うのである。
             
             
             
             
   らいふあーと~僕らは地球のお世話係~
             
             
             

2017年5月10日 (水)

ミツバチがいなくなり沈黙の春がやってくる農薬問題を実感

ゴールデンウィーク前からミカンの花が咲き始めました。いよかん、レモン、デコポン、カブス、温州みかんと次々と咲いています。木によってほとんど蕾がついていないものから、花が付きすぎている(着花過多)なものまであり、自然界の不思議さを思わずにいられません。


着花過多なものは養分が花に取られすぎるような気がして、「付きすぎや~!」と蕾を取り除きつつ、「お前らな~、もうちょっと加減ちゅうものがあるやろ…」と文句を言ったり、木を見ては喜んだり、悲しんだりと、喜怒哀楽と独り言を言いいながらいよかんの木を世話している自分がいます。我ながらよほどのミカン好きだと思います。


この時期みかんの花が咲くと、花の香りが付近一帯に漂います。近隣は住宅街であり、家の方まで香りが届くようで、みかんの香りがするね~との声が聞こえたりもします。畑の前の道路を通る人たちはその香りに癒されているのです。ミカン畑は地域の癒しでもあるのです。


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ここから本題です。このゴールデンウィーク中にひとつ気づいたことがあります。みかんの花咲くころ、その香りに誘われるのは人間だけではありません。虫たちも誘われてやってきます。その代表がミツバチです。毎年ミツバチがやってきてせっせと蜜をかき集めています。ところが今年はそのミツバチがいないのです。


いつもなら自然に目に入ってくるミツバチが今年はほとんど見当たりません。耳を澄ましてあのブンブンいう音を聴こうとするのですがその音もしません。一体なぜ???その日は夕方6時過ぎで暗くなりかけておりそのせいかとも思い次の日もう一度確認することしました。


そして翌日朝再び訪れると、やはりいないのです。木に近づき耳を澄ましたところかすかに音がします。眼を凝らして音のする方を探してみると一匹いました!探さないと見つからないとは…。昨年も少ないなと思ってはいたものの、今年はもっと少ないのです。心配度が増すばかりなので翌日今度は昼間訪れると、昨日よりはおり、ブンブン音も増えていました。少し安心しました。それでもやはり少ないなと思わざるを得ないのが実情です。


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かつては田畑だらけで、あぜ道が小中学校への通学路とされていたこの一帯も、時代とともに田畑はつぶされ、宅地化され、今ではほとんど田畑がなくなり住宅街となってしまいました。ミツバチが少なくなったのはその影響もあるのでしょうが、頭の中には、もっと別の理由~とある物質~が浮かびました。


ネオニコチノイドです。


ネオニコチノイドとは、ニコチンに似た成分(ニコチノイド)をベースとする、現在世界でもっとも広く使われている殺虫剤で、昆虫 に対して選択的に強い神経毒性を持ちます。1990年代から市場に出回り始め、現在このネオニコチノイド系農薬がミツバチを殺すとして世界で問題になっています。けれども日本ではその認識が低く、現時点でネオニコチノイドの使用そのものに対する規制がない上、使用量の規制緩和が行れるなど他の先進国とは逆の動きも見られています。また、ネオニコチノイド系農薬の残留基準もヨーロッパの数倍から数百倍に達する場合が多いため、日本の生態系に大きな影響を与えている可能性があります。


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日本の農薬使用量は世界トップクラスなことはよく知られています。日本人の清潔志向、きれいなモノ好きが原因で、農作物も虫食いのないものが選ばれます。それ故に農家、農作物生産業者はそういうものを作るために農薬を使用します。その農薬は害虫だけでなく益虫も殺してしまいます。そのひとつがミツバチです。


ミツバチを見ていると、次から次へと花へ移り、花の奥まで頭を突っ込み蜜をかき集め、本当に働き者だなあと思わずにいられません。お陰で受粉が進みます。他の昆虫を見ていると正直ミツバチに比べると怠け者…と言われても仕方がありません。


そのミツバチが減少してきているのです。先日花と風景を撮影するためにダム周辺を写真撮影しながら歩くことがあったのですが、そこでもミツバチを全く見ませんでした…。その後農業を営む友人らと話す機会があったのですが、みな口を揃えたかのように最近はミツバチがめっきり少なくなったといいます。もしこのままミツバチがどんどん減少し授粉が十分に行われなくなったら、農作物はどうなってしまうのでしょう?農作物だけでなく花や木の植物事態が…。


 
幸いなことにミカンはミツバチがいなくても自家受粉するので実はなるのですが、それでもやはり花咲く時期にミツバチがやってきてブンブン音を立てながら蜜をかき集める。それが自然だであり、そこに安心があるのです。


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このままでは本当に「沈黙の春」がやってくるかもしれません。 見た目にこだわりすぎるあまりに、周辺のものに害を与えているかもしれない。あるいは自分自身の体内に有害なものを取り入れることになっているかもしれない。そして周りも自身も害がもたらされているかもしれない。そろそろ日本人もこのからくりに気づかなければならないのではないのではないでしょうか?



(平成29年8月一部修正)


参考HP:act beyond trust








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