スピリチャル

レポート

2019年4月 8日 (月)

ヒーラーと巫女

  瞑想中に入って来たパッケージです。

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日本人は、縄文系ヒーラーと弥生系巫女、そしてElse(エルス)の3つに分けられます。
 
 
縄文系ヒーラーは大地、弥生系巫女は天です。
 
すなわち縄文系は大自然であり、弥生系は神です。
 
縄文系は種をまき、実りをもたらします。
 
一方弥生系は神を降ろします。
 
言いかえれば縄文は多神であり、弥生は一神です。
 
縄文系は大自然によってもたらせられる恵みです。
 
一方弥生系は(神を降ろすが故に)力ある存在と思われ、人々(エルス)を導き、新たな世界へといざないます。故に弥生系は目立ちます。

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縄文系は大自然の恵みが故に、日常人々(エルス)からは当たり前にとらえられます。けれども実はそれがなければ人々は生きていけません。
 
人々(エルス)は神を崇め称えますが、それは大地の恵みがあってこそ神を信じ日々心豊かでいられるのです。
 
もし大地の恵みがなければ救いを求めるばかり、あるいは争い、奪い合う中で(神に)救いを求めることになります。

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縄文は豊受であり、豊穣、そして縁の下の力持ちです。
 
弥生は天照であり、太陽であり、象徴です。
 
天照なければ世界の進歩はなく
 
豊受なければ足元がぐらつきます。
 
ではどちらが重要かというと
 
どちらも同等に必要です。
 
目立つ、目立たない
 
先導する、縁の下の力持ち
 
どちらも必要なのです。

 

 

らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~

 

2018年1月24日 (水)

縄文からの絵巻物語~未来の課題解決~その⑤

民族同士の対立とは、憎しみは憎しみを生み、その憎しみは代々引き継がれていくのでしょうか?歴史を見てみるとそのように思えます。けれども時に私たちは歴史的和解を目にすることもあります。憎しみでもってそれをエネルギーとして生きているものもいます。その魂の安らぎは憎しみや権力でしか癒されないのでしょうか?いつかその魂もそこから解放される日が来ることを願いたいものです。


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カムヤマトイワレビコとその兄は筑紫を出発し、瀬戸内海沿岸を次々と征服していきます。村々は概して穏やかな人々が多く、彼と兄の手にかかればその村を配下に収めることはそれほど困難なことはありませんでした。しかしながら徐々に彼らの噂は広まり警戒する村が増えてきたことも確かでした。


時に彼らは支配下に治めた地に何年もの間滞在し、その一帯を仕切ると同時に、村人たちに開墾させ兵糧を蓄えると同時に、若者を兵士へと育てていきました。そして力ある彼らこそがこの地を治める者であること、そしてその配下にて従い、協力するならばその地の統治を任せること、兵として多大な貢献をしたものにはそれ相応の権力を渡すことを約束したのでした。それ故に先んじて彼らに近づき、協力する代わりに便宜を図るよう求めて来る者も増えてきたことも確かでした。そうして彼らは徐々にその勢力を増しながら東へと向かっていくのでした。


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さて内海は概して穏やかな海ですが、時に潮流の速いところや時化る時もあります。海を渡り慣れた者に先導させはしますが、さすがに彼らも慎重にならざるをえませんでした。中には操作を誤り潮流に飲み込まれてしまった船もありました。もともと彼らは大陸を馬やラクダで旅してきた一族でしたので船での進行は得意ではありませんでした。それ故に海上を進むには地元の者に頼らざるを得なかったのでした。無事にそこを通り抜け再び穏やかな内湾に入った時彼らはホッとしたのでした。しかしそれも束の間であり彼らの目の前には彼らのことを聞きつけていた登美毘古の軍が待ち構えていたのでした。


登美毘古軍は暗闇のうちにカムヤマトイワレビコとその兄の眠る船に近づき、夜明けと同時に襲撃を開始したのでした。彼らの奇襲により軍は混乱に陥りました。二人は必死に反撃を試みますがその地の地形を知り尽くした登美毘古の方が俄然有利でした。応戦一方になりながらも兄は敵方の大将登美毘古の姿を前方に見つけます。しかしそれと同時に朝陽が昇り、その眩しさに一瞬前が見えなくなったその時、登美毘古の弓から放たれた矢が彼の腕に突き刺さりました。それによって片腕が使えなくなった兄をみた登美毘古とその軍はここぞとばかり攻め込み、カムヤマトイワレビコとその兄の軍は撤退を余儀なくされたのでした。
 


兄は登美毘古の姿を見ると同時に朝陽で目の前が見えなくなったことを悔い、朝陽に向かって戦うのではなく、背にして敵を討つようカムヤマトイワレビコに伝えます。そうして一軍は湾沿いに東へ進むのを止め、湾を大きく迂回し南へと船を進め登美毘古のいる湾を回り込み陸地から攻めることとしたのでした。



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兄の腕に刺さった矢には毒が塗られていたため兄の腕はみるみると腫れ上がっていきました。と同時に彼の身体は熱を発しました。大陸時代から伝わる毒抜きも効果を発揮することなく、兄は日に日に衰弱していきました。紀国の陸地でしばらく養生しますが、兄は何も口にすることができず遂に力尽き果ててしまいます。国造りの途中で果てることの無念さをつぶやきながらカムヤマトイワレビコに看取られて息を引き取ったのでした。


兄を失ったカムヤマトイワレビコのショックは相当のものでした。これまで兄と大陸から海を渡り東の果てのこの地へ入り、何世紀にも渡る支族の悲願である国造りに向けて動き始めたところでした。その兄がこのようなところで息絶えるとは思いもよりませんでした。もともと武力に関しては兄よりもカムヤマトイワレビコの方が勝ってはいましたが、思慮深さにおいてはずっと兄の方が上でした。その兄が今まさに彼の腕の中で永遠の眠りに就いたのです。彼の頬を一筋の涙が伝いました。


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けれども彼はすぐに泣き止みます。そのショックを周囲に見せしまえば軍が動揺し、不穏が増します。彼はこれまで祖父を殺され、父母が息絶え、そして多くの仲間が果てていったことを思い出しました。そしてその無念を晴らすためには千年王国の礎を築かねばなりません。彼がこの先進めなければなりません。彼は兄を大樹の下に葬り、その際に兄がしていた腕輪を彼の腕にはめ、そして立ち上がったのでした。


我らは神に選ばれし一族、ガト族。神の住むこの地(イースター)に千年王国を築くことこそわが一族の悲願であり、神からのお告げ

カムヤマトイワレビコは天を仰ぎその成就を誓うのでした。そして兄の腕輪に手をやり兄の死ぬ間際に彼に言った言葉を思い返しました。


我が魂はお前を導くカラスとなり現れるであろう。


彼は兄が再び彼の下に現れ、一族の悲願の成就に向けて力を貸してくれることを確信したのでした。
 

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らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~

2018年1月10日 (水)

縄文からの絵巻物語~未来の課題解決に向けて~その④

カムヤマトイワレビコは日本に渡り次々と武力でもってその一帯を制圧していきました。彼にとって力(武力)こそが正義であり、剣こそが彼の唯一の頼りとするものでした。彼の体の中には長年流浪の民としてさ迷い続け、時に虐げられてきた、民族の血が流れており、彼の身体には無数の傷跡があり、その一つひとつが彼のこれまでの戦闘を物語っているのでした。同時にその傷一つひとつが彼の想いを熱くさせてきたのでした。


東の果てのその向こうにある日出ずる地で国を治めよ。そこで我らの旅は終わる。


わが父が、わが祖父、そしてわが先祖が常に唱えてきた言葉。我らは神の民。彼がまだ小さな子供のころ祖父は彼の目の前で殺され、父も旅の途中で息絶え…、時には一族ごくわずかの人数となった時もありました。それでもその言葉に支えられながら彼らは旅を続け、さまざまな屈辱にも耐えてきたのです。わずかばかりの食料でもって幾日もしのいだこともありました。また子供のころ他の民族の同年代の子から投げつけられた言葉と暴力を思い出すと今でも心が痛みます。けれども我が背中に託された一族と誇り。そして預言の成就。それでもって彼は今日まで生き延び、そして遂にこの地へとたどり着いたのでした。


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しかしながら彼は最初この地に着き、しばらくすると当惑しました。なぜならそこにいた者たちは言葉のすみずみに同じ響きがあり、ほぼ同じ意味を持っていたのでした。また彼らは同じような習慣を持っていたのでした。小さな村々は水田を営み、その村の外れには祠があり、そこで人々は彼の一族と同じようなしきたりが行われていたのでした。


彼はまだ幼き頃に祖父からわが支族は10支族の中の一支族であるという伝説を聞いたことがありました。しかしながら彼らの国が他民族に滅ばされ、それぞれが離散し消えていったことまでは聞いていましたが、まさかこの地に彼らが先に来ていたとは夢にも思いませんでした。しかも彼と同じように陸伝いに来た一族もいれば、海伝いにやってきた一族もいるようです。
 


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しかし先にこの地に来た者たちは明らかに彼とは違うところもありました。彼らは概して穏やかなのです。彼がこれまで歩いてきた大陸の文化と同じようなものが見受けられつつも、人々はどこか大陸とは違った穏やかさを持っているのです。それはこれまでの彼の境遇や生き方とは全く違う不思議なものでした。それに彼は一瞬拍子抜けさせられたのでした。


しかしながら彼は改めて祖父、父が語り続けていた言葉が頭の中に蘇りました。「国を治めよ、我らは神の民、選ばれしガト族。千年王国を築きあげよ。」その言葉とともに旅を続け、その途中で死んでいったわが祖先たち。そこで彼は改めて気を引き締め剣を握りしめ、村の代表として出てきたものの首を斬りおとしたのでした。そして村々の者に服従を要求し、それに従わなければ容赦なく斬りつけ、時には住民全員を殺害し村自体を滅ぼしたのでした。そうして彼はその地域を制定したのでした。


さてこの地は人々が概して穏やかであるだけでなく、日出ずる地であるだけに風土も穏やかでした。季節は四季折々に移ろい、大陸とは全く違った穏やかさがありました。そして制圧した村々も大陸に比べるとずっと穏やかでした。しかし彼は制圧したこの地は西の一端にすぎないことが分かっていました。そこで再びあの言葉が浮かびあがります。「この地を治めよ。千年王国を築きあげよ。」そこで彼は再び立ち上がり更に東へと向かうことにしたのでした。


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内海の波は穏やかです。彼はこれまでの日々を思い出しながらも、この地で新たな国をつくり統治すること夢見ます。兄の船は夕日と重なり併走しています。父を亡くしてから兄と一緒に一族を守るために戦ってきました。兄は剣を杖にして船の先頭に立ち海を眺めているようです。その姿は影となり夕陽に溶け込んでいくように思えました。このとき彼は兄が間もなくいなくなってしまうことなど知る由もなかったのでした。




らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~


2017年12月27日 (水)

縄文からの絵巻物語~未来の課題解決に向けて~その③~

ヨーロッパの貴族の紋章や企業のロゴ(マーク)を見たことがあると思います。そこにはライオンや鷲が描かれていることもあれば、蛇やトカゲなどの爬虫類が描かれているものもあります。一見すると爬虫類など気持ち悪いと思われますが、それは爬虫類の(獲物を狙うと)絶対にあきらめないところ、喰らいついたら絶対に離さないところ、そして(なかなか)死なない・生き延びるところにあやかっているとのことです。すなわち爬虫類の執念、そして勝つ(獲物を獲る)ための知恵にあやかり、それをシンボルとして取り入れているとのです。そして彼らには勝つことこそが(唯一の)正義につながるという思想もあるそうです。それは勝つためには手段を択ばないこともあります。また何十年、何世紀と時間をかけて勝ちを取ることもあります。それはその世代だけでなく一族の名誉をかけての戦いでもあるようです。


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さて第1回にも書きましたが縄文の暮らしは自然に即したものでした。大自然こそが偉大なるものであり、人間はその中のひとつに過ぎず、その法則に従って生きるというものでした。それ故に自然に手を加えるのは最小限度にとどめ、人びとは自然を崇めて暮らしていたのでした。そして人々は大なり小なり自然の声を聞きいていたのですが、その能力が最も高く偉大なる自然の声、多次元の声を聞く存在がトベであり、そのトベを中心に集落は形成されていたのでした。


けれどもいくらすべては自然の中の循環物であろうとも、人間は喜びもあれば悲しみもある存在です。また智恵を働かせ、争いや困りごとの問題を解決できる存在でもあります。それ故に子供が生まれると喜び、その子の成長を願います。そして亡くなれば自然に返ると言えど悲しみます。日本は四季豊かな国です。豊富な食べ物に恵まれつつも、季節やその年によっては食料が乏しい時もあります。そんな時病が流行れば子供は死に、時には村の存続の危機ともなり得ます。トベはその解決方法はないものかと願っていたのでした。


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ある時トベはいつものように夜明けとともに禊ぎを行っていました。それは代々のトベから引き継がれた儀式であり、その地と身体を清めるためのものでした。禊ぎが終わった後トベはしばらく水の精霊たちと戯れていました。水はすべての生命の基であり、それ自体もまた生命です。朝陽と共にすべてが輝きだし、新たなる生命が芽生え、その中に身を浸していると、何やら気配を感じました。そしてそこに現れたのが西からやって来たという男であり、その手には稲穂が握られていたのです。そうしてその男の持つ稲穂により、水田技術がもたらされ、それにより栄養価が高く、かつ長期の保管がきくトベにとっては願ったり叶ったりの物が得られたのです。


トベが出会った西から来た男たちは平和と安住を求めて何世紀にも渡り、東へと移動してきたものでした。彼らは戦いの愚かさを知り、争うことを止め、その土地その土地の風習を受け入れながら、共存しつつ移動し続けてきたのでした。それが彼らが何世紀にも渡り移動してきた中で得てきた知恵でもありました。故に彼とその集団はトベとその村の人々とも共存することを第一としつつ永住の地にたどり着いたことを喜んでいたのです。


しかしながら時と共に風習の違いなどそれぞれに折り合いのつかない者たちが出てきたことも確かでした。その者たちはそれぞれに分かれ、一方で従来の暮らしを続け、一方は低地で水田技術を発達させていったのでした。けれども水に恵まれた土地においては水田技術を使う方が食べ物には恵まれていました。その分生存率、出生率ともに高く、繁殖力・繁栄力共に従来の人々よりも大きかったのです。


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さてトベと出会った西から来た男は失われた十支族の一支族であり、彼こそが最初に日本にやって来た(再び戻って来た)一族でしたが、日本にやって来た支族はそれだけではありませんでした。アッシリアよって国を失い、再び流浪の民となった十支族はそれぞれに各地をさ迷うこととなりました。支族の中には儀式を専門とする集団もありました。彼らにとって儀式の主となる棺を守ることこそが一族の使命でした。彼らもまたその棺を安全に場所へと移動させるために、東へと向かい、陸地の果てにある海を超えた向こうということで海伝いに伝説の地を求めたのでした。


こうして海を渡ることとした支族もいれば、新たな国を作ろうとした支族もいました。それぞれが各地をさ迷いつつ移動していく中で、他の民族と出会い、受け入れられることもあれば、戦うこととなったこともありました。時に戦いに勝つこともあれば、負けることもありました。負けた時には捕虜となり、奴隷の如くひどい虐待を受けたこともありました。そのような中で戦いの方法を磨く者たちもいれば、生き抜く知恵を磨くものもいました。また支族の中にはどのような手段であれ、生き延びることを第一とした支族もありました。そしてその支族の多くが子供のころから言い伝えられた東の国を意識的に、あるいは無意識のうちに思い出し、東へと向かって行くのでした。


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(
続く)



らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2017年12月20日 (水)

縄文からの絵巻物語~未来の課題解決~その②

権力者たちは自分たちを正当化するために、歴史を塗り替えようとします。正義は我にありとし、その存在を神格化しようとさえします。人々に強要し長い年月を経てやがてそれは真実の如く神話や伝説となり、歴史化されていきます。


例えばアダムとイブの話。それは旧約聖書の「創世記」に記された最初人間の話です。そこで生み出されたエデンの園はまるで砂漠化する前の中東の地のようにも思われがちですが、それはもしかすると時の権力者がそうした話かもしれません。もともとはシュメールが生み出した物語ともされていますが、もしもそれがシュメールでは東の国とされていたならば…、そしてそれが旧約聖書で書きかえられたならば…。さらには新約聖書でも書きかえられたならば…。そして現在でもそれが唯一残されているものが復活祭=イースターであるならば…。空想は広がっていきます。


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紀元前7世紀ごろアッシリアに追われた北イスラエル王国の10支族は各地に離散を余儀なくされました。それぞれの支族は各地で奴隷とされたり、苦役を負わされたりもしました。中にはひどい虐待を何世紀も渡って受けた支族もありました。そのような中で国を追われたときから東方を目指した士族もありました。


かつて我々の先祖は何千年も昔に日の出ずる東の果てからやってきた。そこは遙かなるこの陸の向こうの更に海を渡った島である。そこは誰もが平和に暮らす地であり、この世はその東の地から始まった。我々もそこからやってきたのだ。そのような伝説を長老から聞かされていたのです。そこで彼らはアッシリアに追われた後、その伝説を信じて東へと向かっていくこととしたのです。


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ユダヤの歴史は、神に選ばれた民族とされながらも、争いの歴史です。これまで安住の地を求め移住を繰り返し、時に捕えられ捕虜となったり、時に領土を構えてきましたが、そこには絶えず争いや支配が繰り返されていました。そのような日々を終わらせ、争いのない平和の地、わが先祖イースターの住む東の地へと彼らは向かうこととしたのです。


しかしながらそれは何世紀にもわたる過酷な旅でもありました。何世代も世代を交代しながら彼らは東へと向かいました。時に捕えられ苦役を強いられ終える世代もいました。時に再び分散することもありました。また時にはその地の人々と融合することもありました。それでも彼らは先祖の言葉を信じ、それを達成するするために東の地を目指して移動し続けて行ったのです。


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移動していく中で各地の民族との接触を通じて、彼らは様々な知恵や技術を教え、また身につけていきます。もともと移住の民族でもあることから、交流や交渉は得意とするところでもありました。そして彼らはひとつ自分たちに課していたことがあります。それは争いのない平和に暮らす東の神の国に行くために、決して争いはしないということです。それ故時にその地に住み続け、知識や技術の交流を通じて、新たな知恵を獲得し、それをまた新たな地へと伝えて、彼らは東へと向かったのです。


彼らが獲得した知恵や技術のひとつが水田による稲作という農業でした。それまで寒冷地帯や乾燥地帯では野菜などが少ない時期、あるいは天災により採れない時期を干し肉やドライフルーツなどの乾燥させたものでしのいできましたが、稲作により高栄養のものが長期間保管できるようになったのです。


ある日支族の長は夢を見ます。それは朝陽に照らされる中で身を清め祈りを捧げる女性の姿でした。その姿は彼がこれまでであった女性の中で最も美しく神々しい姿でした。その女性は振り返り、彼の姿を見つけはじめは驚いた様子でしたが、やがてゆっくりと右手を彼に向けて差し出したのでした。目が覚め起き上がった彼はそれは正夢であり、その日は近いと確信したのです。


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それから数か月。彼らは遂に陸の(東の)果てにやってきます。そこにいる誰もが手を取り喜びます。その中で彼はこれまでの苦労、そして何世代にもわたって続いた旅、かつての長老たちの姿を思い出したのです。それと同時に夢に現れた女性の姿を浮かべるのでした。


そして翌日、彼は海の向こうに朝日とともに光の陰として浮かびあがる島を見たのです。それはまるで黄金の島のようであり、まさに伝説の神宿る地であったのです。


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次回へ続く)









らいふあーと~僕らは地球のお世話係~


2017年12月13日 (水)

縄文からの絵巻物語~未来の課題解決~その①

私たちが習う歴史とは強者の歴史です。勝った者がそれを正当化し、正義とします。例えそれが殺戮と強奪の末あれ、それは正当化され、時にはなかったことともされ、勝者はその地、その収奪物を謳歌するようになります。そして年月をかけ人々はその正当化された、ある意味捻じ曲げられた歴史物語を信じるようになっていくのです。その典型的なのがアメリカ合衆国なのでしょう。先住民の歴史は現在の多くのアメリカ人にとってタブーのひとつです。時の流れと共に消え去るのを待っている状態といってもよいでしょう。けれどもそこには負けた者(排除された者)達の歴史があるのも確かであり、例えその視点は抹殺されつつも、その場所に静かに眠り続けます。そしてそれは人々の意識の奥深くに横たわってもいます。何世代経とうとあります。それを目覚めさせるものの一つがスピリチャルというものなのでしょう。


数カ月前本屋を訪れたところ、「ニシキトベの復活~太古の記憶の解放、根源的な生への回帰~」佐藤シューちひろ著(ナチュラルスピリット)という本が目に飛び込んできました。直感的にこの本に何かがあると感じ、その場でパラパラとめくったところ現代社会の混沌や崩壊状態を立てなおすヒントが詰め込まれており、ワクワクしたのですが、その時は買わずに立ち読みで済ませました。けれども先日どうしても欲しくなり、購入してしまいました。そして改めて読んでみるとそこには、日本の歴史の陰の部分となってしまった神武天王(カムヤマトイワレビコ)以前の世界がスピリチャルに展開されており、私の中に縄文時代の暮らしの想像が次々と広がっていったのです。


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縄文時代トベ(戸畔)と呼ばれる女酋長が村の長として各村をまとめていました。トベとはシャーマンであり、現在でいう巫女であり、天と交信できる人でした。熊野地方ではかつて熊野のことをニシキ(丹敷)と呼んでいたので、熊野のトベはニシキトベ(丹敷戸畔)と呼ばれていました。


トベは代々宇宙のエネルギーや地球のエネルギーを感知し、そこに自然物を配置したり祠を立てたりして、その地のエネルギーを増幅させ、その地域一帯をそのエネルギー体で守護してくれるように祈りを捧げていました。時にトベは精霊たちとコンタクトを取り、その時々の村や村人達の課題の解決に当たっていたのでした。


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トベは女性であり、その地その村を守るため、ありのままを受けいれることがその特徴でした。そのため大自然に人間が手を加えることは必要最小限とし、その循環の中で生きていくことを基本としていました。人間は大自然の中の一循環物であり、自然の声に耳を傾けながら生きることを良しとしていたのです。その為狩猟採集を中心としつつ、自然を破壊せぬ程度に土地を改良し、作物を育て村の生活を行っていました。


男たちは狩猟に出かけ、必要な分だけ獲り、そして必要最低限の建物を建て、道をつくり、道具を作り、そして酒をつくり、踊り、神へと捧げていたのでした。時に男たちはその男性性の持つ未知なるものへのあこがれとして冒険心が湧き上がり、家族や仲間を連れて新たな世界へと旅立つこともあったのです。時にトベはそれを認め、その中の女にトベの能力を授け、その一団を送りだすのでした。それは自然を最小限度での改良を良しとしていたため、大集落と成すことはそれに反することともなりうるためトベは仲間たちを送りだすことを意味してもいました。


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さて自然の循環の中での生活であったため、時にはどうしても食料が枯渇する時期も出てきます。その際には人々は最低限度の食生活となり、辛抱を強いられました。そんな時に病気が出た場合は多くの人が犠牲となることもありました。時には村が全滅状態となることもありました。自然の循環の中に生きることは仕方がない事でもあり受けいれるしかなかったのですが、それを悲しみ、何とかならないものかと思うのも人間であり、ニシキトベはその課題を何とか解決できないものかと、神に祈りを捧げお告げを待っていたのでした。


ある時ニシキトベは夢を見ます。それは西から(神のような顔をした)男がやって来て、ニシキトベの抱えるその課題を解決してくれるというものです。それからというものニシキトベはその男を待ち続けるようになります。


次回につづく









らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



2017年9月13日 (水)

混乱期の中で生み出されていく文明の終焉と誕生

地球文明史
巫女であるアマーリエさんの霊言によると、この地球上ではこれまでにゴンドアナ文明、レムリア文明、ムー文明、アトランティス文明の4回文明が勃興しては滅び、現在の文明は5度目の文明であるそうです。


これまでの4つの文明とは、アフリカ大陸南部(南アフリカ)と南アメリカ大陸南部をつなぐようにして大西洋に存在したゴンドアナ大陸を中心とし霊能力でもって栄えたゴンドアナ文明、インド洋に存在したレムリア大陸を中心とし芸術でもって栄えたレムリア文明、太平洋上に存在し知性・理性・感性を霊的にとらえ栄えたムー文明、そしてヨーロッパ大陸そばの大西洋上に存在しそれまでの3つの文明の総括し取り入れつつ科学の進歩で栄えたアトランティス文明です。これら各文明は終焉とともにその中心となった大陸は海底へと沈むこととなり、多数の死者を出し、そして再び人間の文明は原始的時代からやり直してきたとのことです。


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現代文明
これまで4つの文明が地球上で展開されてきたわけですが、それでは現在の文明の発祥地(中心地)はどこかというと、それは日本だそうです。おそらく1万年以上続いた縄文時代からのこととなるのでしょう。現在縄文時代の研究が進みその実態が徐々に明らかにされつつありますが、今後もしかするとその確たる証拠が見つかるかもしれません。


先日テレビで放送されていたのですが、1万2千年前の縄文土器に漆が塗られていた形跡があるそうです。現在も茶碗等に塗られている漆ですが、これらは日本に元来ある漆(の木)でそのようなことをするのは不可能であり、中国産の漆(の木)でなければならないそうです。しかもその(中国産の)漆は、きちんと管理してやらなければ漆(の樹液)が取れるまでに育つことができない上に、採れるとしても1回限りなのだそうです。一体そのような木をどのようにして確保し、管理していたのでしょうか。そのことを考えただけでも縄文時代とは謎だらけです。


さて日本から今回の文明が発症し、そして世界各地へと広がっていき、これまでに世界の様々な地点が今文明の中心地となってきたわけですが、今回の文明史を振り返ると人類文明の焦点は、地球上を1611年ごとに経度にして22.5度移動するそうです。現在の焦点の中心はロンドンにあるのですが、ちょうど今は焦点移行期に当たり、次の焦点は日本の兵庫県明石市となるそうです。またその移動焦点は、正反する陰陽の対関係によって進展するそうで、約26千年で地球を一巡するようになる(※1)そうです。その点からすると縄文時代とは26千年前までさかのぼれるのかもしれません。もしかすると今回の文明の焦点移動で地球上の一巡を終え、日本に戻ってくることとなるのかも知れません。


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マネー文明の終わり
今回の文明の現状を見てみると、世界はマネー主義がはびこり、いかにマネーを獲得するかということが至上命題となり、科学の発展もその手段となってしまっているかのようにも思えます。そしてマネーの獲得があらゆる生命よりも重んじられ、更には私たちが住むこの地球よりも重視されるという、まさに自然の法則に反した状況となっています。すなわち今回の文明の行き着いた先は、科学とマネーが我欲によって渦を成すようになってしまった文明ということになるのかもしれません。


しかしいくら人間が自然に反することでもって(世界を)制覇しようにも、そこには限度があります。自然に反することで永続するものはありません。現在のマネー主義「今だけ、金だけ、自分だけ」は、まるでバベルの塔の如く天まで届きそうな高さとなっていますが、それは崩れ落ちる前の大いに揺れている状況となっています。


ではこのマネー文明が崩れると同時に今回の文明は過去4つの文明と同じように終焉を迎えることとなるのでしょうか。過去4つの文明を振り返ると、その中心大陸の沈没と同時に終わりを迎えることとなります。となると日本の沈没と同時に現文明が終わることとなります。けれども日本列島は過去のものと比べてあまりに小さな島でしかありません。もしかすると地球の磁極の反転(ポールシフト)等が起こり、すべての電子機器が作動しなくなるのかもしれませんし、実際ポールシフトが起こる兆候もあるようですが、今回の文明の終焉方法は過去4つのものとは違うカタチとなるのではないかと思うのです。


なぜなら今回地球はこれまでの文明以上に人間にボロボロにされても耐え続けています。大地は削られ、水は毒され、空気は汚されてしまっています。そしていかなる生命よりもエゴを優先とし、人間自身が傷を負う状態となり、更には世界中に蔓延するマネー主義による貧富の格差の拡大し、本来ならばとっくに天変地異に襲われてもおかしくない状況です。それにもかかわらず地球が耐え続ける理由は何なのでしょう。そこに意味が隠されているのではないでしょうか?


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天の助けとお力添えをいただく
現在世界における支配者たちやマネー猛者のあぶり出しが行われています。これまで公にはされなかったマネーシステムの裏側、そしてそこにいる人々が次々と暴かれるようになっています。ロックフェラー、ロスチャイルド、イギリス王家、あるいはバチカンという巨大な権力を持つ者たちから、911の裏側、タックスヘイブンの利用者たち、そして世界各国の権力者達にいたるまでの裏側の世界が表沙汰となっています。それらはウィキリークスやスノーデンの暴露を始めとして次々と表の世界へと出てきており、それらの情報はインターネットやSNSを通じて世界中に広がるようになっています。それにより私たちはこれまで掛けられていたマインドコントロールから解かれつつあります。


更に科学の発展等による古代史研究の進展、あるいは世界中でスピリチャルな能力を持つ者が通じ合うようになり、世界各国の古代の様子、地球の歴史が明らかになりつつあります。セガリア・シッチン氏によるシュメール文明の解明もそうですし、一番の驚きは先にも書きた縄文時代の生活文化でしょう。そこにあったのはこれまで誰もが考えていた原始的生活ではなく、1万年以上続く自然に沿って生きる高度に発達した文明だったのです。


そして近年の日本の歴史はこれまで以上に掘り下げられ、江戸時代は封建主義社会の中で、庶民の多くが質素な生活ながら満足した顔をしており、笑いの多い生活を送り、幕末に訪れた西洋人から見ればまるでパラダイスであるかのように思えた国であったことが明らかにされました。


その国が一転して明治時代から富国強兵の下軍事の道を走り、一時はロシアに勝ちはしたものの、世界で唯一の核兵器による被爆国家となり、太平洋戦争に敗れました。そしてそこから経済国家と生まれ変わり、エコノミックアニマルと揶揄されつつも一時は世界を圧巻するだけの勢いを持つまでとなりながら、これもまたバブルの崩壊とともに崩れ去りました。その後四半世紀低迷を続ける中で原発事故が起こり、大惨事となったことは多くの人々の記憶に残っているところです。


しかしこうして振り返ってみると日本ほど不思議な国はありません。自然との共生、1万年以上続く歴史、パラダイス国家、そして被爆国家と世界で類を見ない歴史と体験を積み重ねている国であることが分かります。この歴史的経験の積み重ねには何らかの意味があるのではないでしょうか?


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立て直しの始まり
今世界は混乱の最中にいます。世界中がマネー獲得争奪戦を繰り広げ、無理やりにでも利益を生み出し、バブル状態が形成されています。そしていまにもそれははじけてしまいそうな危険な状況となっています。また中東では争いが絶えず、多くの難民を生み出し、ヨーロッパ各地へ逃げ込み、それがまた新たな対立を生みだしています。アメリカはトランプ大統領誕生後国内は内戦状態を呈しています。そこに輪をかけるように自然災害が多発し、二進も三進も行かない状況なってきています。


そんな中日本も同様に政権スキャンダルは起こり、国会議員の不祥事は続き、日銀は莫大な額の国債と債権を抱え、更には大企業も揺れ動いています。一時は政権がその強権でもってメディアを取り込み抑え込んでしまったかのようにも見えましたが、徐々に綻びが見えてきています。


結局世界も日本もこれまでのマネー主義、権力主義が終わりを迎えようとしているのが現状ではないでしょうか。そのような中で日本にはひとつ世界とは違ったところがあります。それが先ほど書いた世界に類を見ない日本の歴史的経験の積み重ねです。バブルの崩壊、封建社会の中のパラダイス国家の構築、自然との共生の歴史など、世界にこれから起こるであろう歴史上はじめての経験、そしてその後の課題を日本はすでに経験しているのです。ここに今回の文明の中心は日本が中心であること、そして文明の一巡後の立て直しの秘密が隠されているように思うのです。


すなわち今回の文明は中心地の沈没による終焉ではなく、一巡後の立て直しがメインとなるのではないかということです。ボロボロとなってしまった地球、エゴが際立ち人間自身を破壊し始めた人類、これらに調和と秩序を再びもたらすことがこれから新たな世界の焦点となる日本の役割となるのかもしれません。


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調和と秩序
アマーリエさんによると、日本こと大和の地はアマテラスを中心とした紫のオーラを持つ地であるそうです。そしてこの紫色とは調和や秩序のシンボルであるそうです。これからの世界に必要なのはまさに調和と秩序です。それを日本は基礎とした国であり、歴史的にも成し遂げてもいる地なのです。


科学はこの150年で相当の発展をしてきました。それと同時に物質主義がはびこりましたが、その振り子が降り戻されるように意識についての研究が進むとともに、スピリチャルが台頭し、再び精神が見直されるようになって来ています。現在の文明の行き過ぎを見直すととともに、何が必要で、何が不必要かの選択を行い、新たなる秩序と調和を生み出し、人類の新たなる発展につなげていくのがこれからの日本の役割ではないかと思うのです。


世界は混乱の真っ只中ですが、そこに生み出されているのはひとつの世界です。そのひとつの世界に調和と秩序をもたらし宇宙時代へと突入していけるかが今回の文明の終焉と新たな文明の誕生の鍵となっているように思います。そしてその鍵は日本が持っているのです。




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(※1)参考文献:「ガイアの法則」千賀一生 (徳間書店)より










らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2017年7月26日 (水)

三度のアセンションプリーズ!

「地球は生きている。」といっても誰も驚かないでしょう。地球内部はマグマが活発に活動しており、大陸プレートは動き、それらが原因で火山の噴火や地震が起きます。また地球は自転し、太陽の周りを公転し、それによって風が吹いたり、海流が生まれ…と、誰もが「地球は生きている」ということに納得すると思います。


けれども地球は意識ある生命体というと、多くの人が「意識?」であったり、「何言ってんの?」とか、「地球は物質にすぎない。」となるのではないでしょうか。地球は人々に話しかけてくるわけでもなく、宇宙の中を自由自在に動くわけでもありません。しかし地球は人間よりもはるかに高い意識を持つ生命体であるということが真実なのです。


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地球は、「テラ」という男性(陽)意識と、「ガイア」という女性(陰)意識の2つがひとつとなった神霊によってできています。男性意識のテラは地球の自転や公転を調整して、生命が存在できる環境を整え、どのような生物を生み出すかというビジョンを決めます。女性意識のガイアは雨や海、川といった水を通じて、テラの描いたビジョンに命を吹き込み、地球上に生命を誕生させます。このふたつの意識がそれぞれの役割を通じて地球を様々な生命ある惑星としているのです。


つまり人間はこの二つの大いなる意識がひとつになって生み出された地球上に住んでいるのです。それはちょうど人間の腸内にいる微生物のようなものといえるでしょう。腸内の微生物は人間全体のことは分かりません。例え自分が今いるところが人間の体内であることは分かっったとしても、それが意識ある存在とまでは分からないでしょう。彼らはただその場所で自分の生命活動をひたすら行っているだけです。人間が口にするものが彼らの栄養源となり、それを自分たちの生命活動に使い、その老廃物を出しているだけです。また人間の感情や気分が、彼れらにとっては晴れの日であったり、雨の日であったりします。その天気に応じて彼らの排出物も変わってくるのです。それによって人間は生き続けられているのです。それと反対のカタチとなりますが、がん細胞もそれと同じようなことが言えます。彼らは自分たちの生命活動により、自分たちの生命を増やしていくことに専念しているのですが、まさかそれが自分たちの命取りとなることなど全く思ってもいないのです。


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さて腸内には、善玉菌、日和見菌、そして悪玉菌がいます。腸内に善玉菌が多ければ、日和見菌もそっちの方へと導かれ、悪玉菌は少量のままでいます。そうすると腸内は、腸内フローラ、お花畑といわれるように、それはそれはきれいなお花畑(腸)となります。もちろんその人は健康でいられます。ところが反対に悪玉菌が多くなると、日和見菌もそちら側へと付き、腸内は今度は薄汚いお花畑とは到底言えないようなドロドロしたものとなります。例えばヘドロの溜まった用水路を想像してみてもらうといいでしょう。その人は当然ながら不健康であり、何らかの疾患、あるいは複数の病気に悩まされることでしょう。


この善玉菌と悪玉菌のバランスによって腸内環境は変わっていくのです。では悪玉菌を全部排除してしまえば、最高にきれいな世界ができるかというと、そうとも言えません。悪玉菌は良好な環境においてはO157のような毒性を持ち人間に害を及ぼすような菌が侵入して来た際には、それを退治する役割を担っています。もし悪玉菌が全くいなければ、O157のような菌が侵入して来た際には、あっという間に腸内はO157だらけ、毒だらけとなり、即人間は死んでしまうことでしょう。そこで人間はO157などの侵入者が入ってきて、広がってしまった場合には緊急手段として抗生物質、いわゆる殺菌剤を服薬します。そして毒素菌を殺してしまおうとするのですが、それは同時に善玉菌などの元からいる菌にも作用してしまうのです。


同じようにように、地球にも、善なる人間、悪なる人間、そして日和見な人間がいます。腸内と同じように、善なる人間が多ければ、日和見的人間はそちらの方について行き、地球は全体として善寄りとなり、お花畑の星となることでしょう。けれども悪なる人間が多ければ、日和見な人間は今度はそちらに追随します。悪なる人間は自己のエゴを満たすことに一生懸命となり、日和見菌をうまくコントロールしながら、世界を支配しようとし、この地球は荒れ果てた星となることでしょう。(日和見菌は悪玉菌に使われているのです。)では今の地球はどうかといえば…。


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話は変わりますが、人間は地球が誕生してから、長い長い生命進化の上に地上に誕生した高等生命(霊長類)であり、その線上の最先端にいると私たちは思っています。ピラミッドがどのようにしてできたか、ナスカの地上絵がどのようにしてできたとか、あるいはマヤの遺跡など現代の科学技術では成せないことがあったとしても、それは例外、学問外として処理されています。見て見ぬふりをすることにしているのです。そしてもしそれに注目する人がいれば、その人はキチガイとして無視するようにされたり、あるいは異端視され潰されているのです。けれども実はこれまでに地球上には何度も文明が生まれては滅んできたというのが事実なのです。レムリア文明、ムー文明、アトランティス文明など人間はこれまでに幾度も文明を興し、そしてそれらは滅んできているのです。それは何故かというと悪なる人間が増え、それになびく人々も増え、地球が真っ黒な状態になりつつあるがゆえに、人間が抗生物質を飲み、殺菌し、緊急事態を脱したように、地球も意識的にそれを行ったからです。それが大地震、大津波であったり、北極南極の磁場が変わるポールシフトなのです。それらは伝説として伝えられたり、旧約聖書に描かれたりしています。あるいは科学調査によって地球の変動の歴史として明らかにされてもいます。


さて先の話題に戻り、現在の地球といえば、明らかに悪なる人間によって引っ張られているといえるでしょう。現在の地球環境を見てみると、放射能で大気も、陸も、そして海も汚され、資源の乱開発、都市開発、あるいは経済競争により地球環境は破壊されています。更には戦争やテロなどの争いは続き、多くの人間の命が奪われてもいます。科学の進化は人間の便利さを向上させはしましたが、一度に大量の命を奪ったり、命の源である水を毒するようになりました。今まさに地球はテラもガイアもボロボロな状況なのです。本来ならば今回の文明も、抗生物質投入の事態となっているのが本当のところです。けれども宇宙は無数の銀河団がら成り立っており、それらは相互に影響を及ぼし合っています。現在我々の太陽系の属する銀河は魚座からの影響を受ける時代から水瓶座の影響を受ける時代へと変わってきています。魚座時代の物質従属の域であったものが、そこから解放され精神の世界を重視する水瓶座の時代に入ってきているのです。そこでこのタイミングを機に人間の精神性を向上させ、美しき星にしたいとの願いから地震や火山噴火による文明のリセットを延期してもらっているというのが現状なのです。


けれどもその猶予期間がどれほどのものなのかは分かりません。もしかするとまだ何百年とあるのかもしれませんし、あるいはもうほとんど残されていないのかもしれません。ただ現在の地球の破壊状況からするとそれほど残されてはいないというのが正解と思えます。残念なことにそのような状況であるにも関らず、多くの人間は知らず知らずのうちに更なる破壊活動に参加しているのが現状です。いや、うまくコントロールされ、参加させられているといってもいいでしょう。まさに日和見菌の悪への傾倒状態にあるのです。


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しかし一方で善玉菌も増えつつあるのも事実です。悪玉菌のやり過ぎゆえに人々が真実に気付きはじめ、善なる想いを持つ人々が増えてきています。それと同時に水瓶座の影響が大きくなるにつれ、精神的要素が重視されてくる時代へと入ってきてもいます。故に現在の地球は大変なアンバランス状態となっています。精神を重視した生活をしたいものの、現実的には物質主義のあがきでそれを実施するのが容易ではない状況になっており、その両方をうまく行き渡る人の数はまだわずかでしかないのが現状です。


しかしながら確実に時代は精神の拡大の域に動いています。科学の発展の勢いには劣りますが、人々の精神の見直しは徐々に始まっています。若者たちのシェアの考え方がそれであり、またそれを後押しする新世代の子供たちも続々と誕生しています。それは宇宙の作用であり、また地球意識の望むところでもあります。更には人類を発達させたい高次元の人々の願いでもああります。ただし宇宙の法則として人間には自由意志が与えられています。様々な要素に影響を受けつつも最後に決定するのはこの地球上の人間の意志なのです。故に進化の道を歩むのか、それとも滅びの道を選び、もう一度初めからやり直すのか、それは一人ひとりの人間の意志に委ねられているのです。このまま「我」を優先し「エゴ」を追求していくのか、あるいは「我」の意識から「地球」に寄り添う意識に転換するのか、それは私たち一人ひとりが決め、それが集合意識となり人間の総意となっていくのです。その総意を地球意識がどのように判断するのか。それによって私たちの未来が変わっていくのです。


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さあ、みなさんはこの先どのような意思を持ち、どのような意識でもって未来を歩まれますか?



参考文献:アマーリエ
「光ある愛の星にアセンション―ガイアの祈り」
「ガイアその愛その光 地球シフトアップ計画」
「アセンション最後のハードルついに明かされた宇宙シフトアップ計画」
いずれも5次元文庫







らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2017年7月12日 (水)

車と魂:イメージゲームから魂の実態を考える

「あなた、車と家族、一体どっちが大切なの?」なんて言ったことある奥様方、あるいは言われたことがある男性陣もいるかと思うのですが、同じような質問をさせてください。


あなたは車と人間(命)どちらが大切ですか?

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もしそう質問したならば、ほとんどの人が「人間(命)です。」と答えるのではないでしょうか? まあ1,000人に1人ぐらい「俺は自分の命よりも、車が大切なんだ~!」という人も例外的にいるかもしれませんが…。


車は単なる(鉄の塊の)乗り物に過ぎず、値段も少々するけれど、命には代えられない。車は買い替えられるけれど、命は買い替えることはできない。命が大事!と大抵の方は考えるのではないでしょうか。



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ではここで一つの仮定として、人間のBODY(身体)は魂の乗り物(にすぎない)とします。



そうするとあなたは身体と魂どちらが大切と答えますか?



魂など信じないという人も多いかもしれませんし、身体と答える人も結構いるのではないでしょうか?


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ではもうひとつ仮定に加えさせてください。魂は永遠であり、何百、何千回も身体を乗り換えているとします。



あなたは身体と魂どちらが大切ですか?



そうすると魂と答える人が増えてくるのではないでしょうか?



私の場合「魂」です。ですが80年生きるとなると、できることならBODY(身体)も大切にしたい、できれば傷つけたくない、健康でいたい、と思います。車の場合も同じく、「命」が一番ですが、できれば傷つけたくない。きれいなままであって欲しい。だから安全運転しようと思います。欲張りですかね?



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さて少し話を変えて、といってもまた仮定の話しですが、今度は人生100年として20才から70才までの50年間車を運転し、また乗り換えられることもできることにしましょう。ただしこの間に乗り換えられる車は5台までとします。あなたはどのような計画を立てますか?



20代の頃はスポーツカー、30代、40代はファミリーカー、もしくはワンボックスカー、50代は高級車、60代、70代は趣味の車という人、あるいはとにかく大事に乗りたいから1台当たり20年間乗り続けて3台でいいという人もいるかもしれません。そのパターンは十人十色で様々なものがあると思います。ただしその計画通りに行くとは限りません。途中で事故に遭い、車を廃車にしてしまうかもしれませんし、ひどい事故を起こしてしまい、免許を失い、車の運転ができなくなるかもしれません。




さて今度はまた身体と魂に戻りましょう。魂は1万年生き続けられるものと仮定します。そしてあなたはこの1万年間に10回まで転生できるものとします。1回の転生は最大100年間3次元界(この世)に生きていられるものとします。(少しややこしくすると、10回の転生の平均年齢は50年とします。)あなたはどのようなプランを考えますか?



1万年のうち、この世に出て来られるのは1,000年(平均年齢を50歳とすると500年)です。あなたはどのようなプランを立てますか?


中には1,000年(500年)しかこの世に出てこられないのであれば、思いっきり遊ぼう!好きなことをしようと思う人もいるかもしれません。あるいは貴重な1,000年(500年)だから大切に生きようと思う人もいるでしょう。

 


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更にここでもうひとつ条件を付けると、1万年後にあなたは1つの惑星の管理者になるとします。(地球でも構いません。)管理者となることができれば、更に1万年の命が与えられます。(管理者になれなければ10万年間荒野の岩となります。)惑星の管理者となったあなた、そこには1億人がいます。そしてあなたはその1億人をあなたと同じように管理者になれるよう育て上げないといけないとします。さあ、あなたはどのようなプランにしますか?



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更に更に条件を付けます。あなたは10,000年のうち9,0009,500)年間は、管理者になるための勉強をしているとしましょう?そしてこの世はその勉強が本当に身に付いたかどうかの試験であるとしましょう。そしてこの世で勉強したことが身に付いていることを証明することができれば、管理者になるための次のステップに上がれるとしましょう。さあ、あなたはどうしますか?



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車と命とどちらが大切であるかということから、どんどんエスカレートしてしまいました。けれども、もしかすると見えない世界の仕組みとはそのようなものかもしれません。私たちは常日頃見えるものを中心に考えて生きています。けれども見える世界をたどっていけば、所詮は脳の機能が私たちに映し出した限られた世界に過ぎません。そして更に目に見える物質をミクロの世界に迫っていけば、そこは空間だらけのスカスカの世界となります。見える世界とはほんのごくわずかでしかありません。そのごくわずかの世界を追いかけて生きているのが通常の私たちであると思うのです。



見えない世界において、何が真実なのかは、この世にいる限り分からないのかもしれません。けれどもその見えない世界に私たちの本体はおり、見える世界の私たちはその一部に過ぎないように思います。その中でどのような生き方を選ぶのか、私たちの意志にゆだねられているのでしょう。



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解説図




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~


2017年5月31日 (水)

エンジェルナンバー現る!

数字には古くから神秘的なものとつながりがあると考えられているそうです。それぞれの数字にはそれぞれの周波数があり、私たちに影響を与えていると考えられているのです。万物は数字でできており、その数の法則で、その人の性格や欲求までも予知できるともいわれているのです。その代表的なものがカバラ数秘です。占いなどでカバラ数秘術占いとして出てくるので聞いたことのある人も多いのではないでしょうか。その他にエンゼルナンバーというものがあります。これは、私たちの周りには常に天使がおり、その天使が数字を通じて私たちにメッセージを送ってくれているというものです。


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さて、先日、このところテンションが低い日が続いており、この先どうしよう~仕事も含めてこのまま続けた方が良いのか、それとも思いきって切り替えた方が良いのだろうか~と、将来をネガティブにとらえてしまう自分がいました。そこで先日ご縁をいただき「(私が)この人すごいな」と思った人の下に(人生)相談に行きました。その際話の中で私の波動を測ってもらうことがありました。左手の人差指を紙に書かれてある数字の上に乗せ、右手の親指と人差し指をつなげて輪っかを作り、いわゆるOリングテストで調べていくのですが、そこで出てきた数字が、444と222でした。(Oリングテストについてはコチラを参照ください。)


私の(潜在的に)持ち合わせている周波が444、現在までの周波が222とのことです。その解説として私が持ち合わせている周波(=持っている可能性の引き出し、あるいは救うべき人の数)は444であり、これまでに自分の持ち合わせている引き出しの222を開けてきたとのことで、残りの222を開けていく努力をしなさい。そしたら444は次に1000、あるいはそれ以上にもなりうるとのことでした。


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その解説を聞いてその時はなるほどと思ったのですが、けれどもそのあとこのゾロ目の数字444222には何か意味があるのではないかと感じたのです。なぜなら波動の値はゾロ目である必要はなく、例えば423でも、227でも構わないのです。けれどもなぜかテストの結果見事にどちらもゾロ目がでてきました。そこで私の中でひらめいたのがエンゼルナンバーでした。


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そこでエンゼルナンバーを調べてみたところ、


エンゼルナンバー444
あなたの周りに何千もの天使がいます。あなたは完全に天の存在から愛され、サポートされ、導かれています。あなたはとても強くはっきりと天使の領域とつながっていて、あなた自身が地球の天使となっています。なにも恐れることはありません。すべてうまくいっています。

444はなにも恐れることはないというメッセージです。すべては起こるべき時に起こり、うまくいきます。あなたのやっていることは成功します。あなたの手の届くところに、愛とサポートを与えてくれる魂がいつもいます。


エンゼルナンバー222
関わっている全ての人に神の恩恵があるので、想像どおりに全てうまくいくことを信じてください。心配を手放し信じる心を持ってください。

長期的に見てすべては一番ベストな形で現れます。あなたのエネルギーをネガティブなものに費やさないでください。すべてが含まれた最高の善のために、全てのことがうまくいくように魂が働いていてくれます。222はまた今あなたがやっていることをこのままやり続けてくださいというメッセージでもあります。あなたが明示したことが結果として現われようとしています。


ということでした。余りに素晴しいことが書き綴られており、ビックリ仰天するのですが、私は地球の天使(お世話係り)になりたいなーなんて思ってもいるものの、まだまだ遥か彼方であり、そこには至らないのが現状だったりもします。それでも「222」のメッセージの中には、「あなたのやっていることをこのままやり続けてください。」とあり、今回今後の活動についての相談に行ったのでドンピシャ!でもあります。そしてどちらの数字にも「恐れるな」「ネガティブになるな」というメッセージがあり、自分の中にある不安を指摘したものとなっています。


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その方との話を終え、家に帰り、ひと仕事しようとミカン畑に行ったところ、今度は3匹のモンシロチョウが現れました。普段なら(人が近寄ると)すぐに逃げていくところを、いつまでも自分の前をじゃれ合うように舞っているのです。初め1匹はみかんの葉に止まっており、2匹がその付近をひらひらと舞っていたのですが、しばらくすると葉に止まっていた蝶も飛び立ち、3匹が一体となって舞い始め、その姿はいかにも楽しんでいるようでもあり、自由自在でもあり、とても不思議な光景が目の前に現れたのです。


もしかしてこの3匹の蝶にも意味があるのではないかと思い、エンゼルナンバー「3」の意味を調べたところ、


エンゼルナンバー3の意味
アセンデットマスターがあなたの近くにいます。あなたの祈りに応えて、助けてくれています、とのことでした。ちなみにアセンデットマスターとは、イエスやブッダのように、以前いた聖職者やヒーラーのことです。


更になぜ「蝶」なのか気になったので調べてみたところ、蝶には、魂や輪廻転生、復活、あるいは美や喜びの意味があるそうです。こう調べていくと何か全てがすごく意味深の世界が広がっているように思えてきました。やはりこの現実世界(3次元世界)とあの世(5次元以上)はつながっているのです!

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ちなみに話しが逆戻りするのですが、相談中に出てきた話しの中には、守護霊は変わりうること、守護霊は直接何かをすることはないが、間接的に知らせてくれること、感謝と実践が大切であること。好奇心を持ち続けること。出逢い、縁を大切にすることなど様々な話しをしていただき、こちらもものすごくためになるものでした。「求めよ!さらば与えられん」の如く、今の私に必要なことをダイレクトに、間接的に、そしてスピリチャル的に与えてくれた頂いた時でした。人生求めて、願い、祈れば、その答え(ヒント)を何らかのカタチで与えてくれるものですね。きっと守護霊さまは大忙しな一週間だったことでしょう。この一週間だけでなくこの先も大忙しかもしれません…(^^)


数字には周波数があり、神秘的なものとのつながりがあります。それを信じるか信じないか人それぞれなのでしょうが、私は信じたいと思いますし。今回は信じます!そういえば相談しに行った方との話しに最初に出てきたことは、「宇宙は数字でできている。」ということでした。これもまた不思議なことです。ふと目覚めて時計を見ると同じ数字が並んでいたとか、いつもこの数字が現れるよなとおもう時など、その数字は天使(守護霊)からあなたへのメッセージである可能性があります。数字が気になった時、その数字の持つ意味を調べてみることが、人生を変えることにつながるかもしれません。

 

ちなみに相談に伺った先は、龍源先生 です。すごい方です!

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(実際にみかん畑で出会った蝶、一匹はみかんの葉にとまっているところ。)



エンゼルナンバー参照HP:「Timeless Edition エンジェルナンバーとは?
             

            
             
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