心と体

2018年2月 7日 (水)

障がい者体験(?)からその気持ちを学ぶ

障がい者の一般企業における雇用支援をしていることから現在野菜の加工場で週2回(15時間程度)働いています。もともとはそこで障がい者を雇用することができないかと思い、まずは自分で体験してみようと思ったのがきっかけなのですが、現在思いがけず私自身が障害がい者状態となり、身をもって障がい者の状況や気持ちを実体験する日々を送っています。


その加工場には野菜の前処理部門、カット部門、サラダ部門、運送部門などあるのですが、現在私は袋詰め部門に属しており、カットされた野菜を袋詰めする作業を行っています。勤務している間ひたすらカットされた野菜を袋詰めしており、、一見すると単純作業に見えるのですが実はそうことは単純ではないのです。


加工場では多くの野菜がカットされています。ひとつの野菜でも注文に応じて様々なカットの仕方があります。例えばニンジンひとつにしても扇型に切るものもあれば、短冊形に切るのもあります。またその厚みや長さも変わってきます。千切り、角切りもあればみじん切りもあります。そしてそれらを詰める袋も様々なものがあるのです。袋の大きさはもちろんのこと、袋の厚みが違うのもあれば、真空用の袋もあったりします。更に注文先によっては袋を閉じるシールを指定するところもあれば、袋の綴じ方を指定するところもあります。そのため作業自体は「袋詰め」というひと言なのですが実はいくつも覚えなければならないことがあるのです。


しかし年齢的に中年域の上になりつつあり、かつての記憶力はドンと低下しています。更に週2回(火・木)の10時間程の仕事であること、注文に応じての作業ため毎回同じものをするとは限らないことなどから(ほとんど)覚えることができません。せっかくなんとか覚えたとしても次その作業をするのが時には数週間後ということもあり、その頃には抜けてしまっていることが多々あります。メモを取ってもそれを見直す間もありません。


そのような状態なため毎回聞きながら行わなければなりません。その為加工場の上司の人からよく怒られます。忙しく働いている中で毎回同じことを聞くわけですからイライラされます。もともとおっちょこちょいなところもあり、更には作業をしているときは超無口になることもあり余計にイライラされています。


そうするとこちらもひとつの作業を終え、次の作業をする際に何をすればよいか指示をもらう際に、きっとまた怒られるのだろうな、イライラされるのだろうなと思ってしまいます。


以前やったことのある作業であるということは分かるのですが、どうやってすればよいか細かいところ~材料がどこにあって、どの袋を使うのか、どの注文書を見ればいいのか等~を全部覚えていないので聞かざるを得ません。そうすると何回同じことを言わせるのかと思われるわけです。私自身もその上司に対して「悪いな~」とも思いつつも、(そこに作業マニュアルがあるわけでもなく)こればかりは仕方がりません。そしてまたイライラされ、怒られるということが繰り返されるわけです。


いくら鈍感な私でも怒られることを繰り返すと嫌になってしまいます。と同時に仕事において何の自信も持てないままであると(先の見えない)不安な気持ちにもなります。そして出した結論がこれは今のままでは障がい者が働くのは無理なので今回は見送ろうということでした。けれどもある時ふと思ったのです。それはこの状態こそ障がい者の状態であり、気持ちではないだろうかということです。


例えば知的に障がい者やある種の発達障がい者が毎日この袋詰め部門に通ったとするとこれだけのことを一度に覚えることはまず不可能でしょう。その為毎回どうしてよいのか分からず聞かなければなりません。けれどもその都度怒らると、また怒鳴られると思ってしまいます。そして怒られないために聞かずにしたことがやはり間違いがあったり、やはり失敗してしまったりして今度は余計に怒られる…。怒られることが繰り返され、それは記憶へとインプットされ続ける。そんな日々が繰り返されると大抵の場合心が折れてしまうことでしょう。(怒られることが分かっているならば)行きたくなくなります。そんな心の状態では鬱にもなります。


けれどもその中で唯一の救いとなることがいくつかあります。ひとつは優しく教えてくれる人の存在です。この人に訊けば怒られずに教えてもらえる。同じことを聞いてもきちんと指示してくれる。そのような人がいればある程度安心して働くことができます。私も今日はAさんがいるので分からなければなるべくAさん訊こうと思ってしまいます。


そしてもうひとつ(その加工場で)安心できる時は、同じことの繰り返しです。私の場合白菜の葉っぱ1枚ものの袋詰めと大根けんの袋詰め作業のですが、これだけはある意味体で覚えたので安心して行えます。それを何時間もした時には単純作業ながらこの加工場の役に立てたかなともいます。また今日は働いたという気になれます。


知的障がいの人などまさにそうではないでしょうか?中には意識はしっかりしているけれど、(記憶などの部分で)脳が働かない、あるいは身体がそのように動いてくれない人もいるでしょう。そのような人たちができることをすることができたならば、そしてそれが誰かの役に立つならば、それこそが自分の存在意義を感じられるときなのではないでしょうか。


そしてもしずっと同じことを繰り返し身体で覚え自信が持てたころに、ひとつ新たなことに挑戦しそれができた時、それはまた新たな喜びと自信となるのではないでしょうか。そのような一つひとつの成功体験の積み重ねがやがては1人前の仕事をすることにつながるのではないでしょうか。そういう意味でかつての徒弟制度は1年間皿洗いなど知的に障がいのある人でもできるシステムだったのかもしれません。(怒られるとか、ひっぱたかれることは別として…。)


ということで私なりに障がい者の実体験(?)をして思うことは、障がい者が一般企業で働くことにおいて必要なことのひとつは、灯台となる人をつくるということです。この人に訊けば怒られずに教えてもらえる。同じことを聞いても(懲りずに)きちんと指示してくれる、失敗を受け止めてくれる、修正してくれる人。もちろん時には怒られることもあるでしょう。それでも自分を基本的に受け入れてくれ安心できる人。そんな人が必要です。


正直そのような器の人をつくるのも、見つけることも大変なことだと思います。ましてや誰もが忙しく働いている現代社会の中ではほとんど不可能かもしれません。それでも障がい者の状況を伝え、そのことを理解して受け入れてもらう人づくりをしなければなりません。実際のところ障がい者雇用は少しずつ増えているのですから。もちろんそれと同時にそのような人づくりだけでなく周囲の理解を促していくことも必要でしょう。


その為にまずはやはり私自身がそらだけの器となれるように努力したいと思うのです。今回このような身を持っての体験は貴重です。いくら理論で学んだとしても実体験に勝るものはありません。そして何よりも相手を変えるためにはまずは自分が変わらなければです!
 


らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~




2017年11月22日 (水)

目の前に繰り広げられる世界は自身の意識の現れである。

現在私は精神障がいのある人をひとり支援しています。いえ、争っているといってもよいでしょう。詳細は省きますが、かなり手ごわい相手です。


けれども彼を見るたびに自分自身の心(意識)が現実世界に現れたものではないかと思うのです。なぜなら彼の言動を見るたびに、私自身と重なることがあることに気づかされたからです。彼の姿は私自身の姿なのです。


彼を打ち負かしたいと思います。けれどもそれが自分自身に「克つ」ことなのかと考えると、例え彼に「勝った」としても自分自身に「克った」とは言えないのではないかと思います。


勝つでもなく、負けるでもなく、包み込む。善や悪を超えたところの部分に答えはあるのではないかと思うのです。ただし私はこの世界(天)の究極は「絶対善」「絶対愛」であると確信していますので、最後はよい方向に向かうと信じています。


だから私は今回彼に送ったメールをここに書こうと思います。なぜなら彼は私の意識の現れです。だから私自身の心に宣言したいと思うからです。


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一部修正しています。)
≪転載始め≫


話を変えます。

ここからはあなたの顕在意識ではなく潜在意識に向けて書きます。


あなたを見ているとかっての私を見ているように思えます。いえ、今現在の私の中にもあなたと同じようなのがいます。

私はかっての自分自身の正義をふりかざし多くの人を斬ってきました。そして多くの職場を渡り歩いてきました。

それが自分自身の中で正しいと信じていました。けれどもその結果私が得たものは孤独です。誰からも愛されない自分です。

唯一例外として家族です。親はどんなにダメな子供であろうと愛してくれます。

そのことにようやく気がつきました。


今も私は自分の中に自分の正義は持っていますし、それを貫きたいと思います。

 けれどもそれと同時に人との信頼を大切にしたいと思いますし、信頼してくれる人を増やしていきたいと思っています。

お陰で最近ようやく少しずつ(今の自分の)信頼を得つつあると思います。だからこの先も人との信頼を大切にして、できれば愛される人間になりたいと思います。

あなたは愛されることを欲しているのではないですか?

それゆえに顕在意識と潜在意識に分離が起きて精神を患うことになったのではないですか?

いくらか薬を飲んだからといって心の分離はなおりません。あなたの心の奥にある気持ちに正直にならない限りその状態は続くでしょう。


確かに世の中は理不尽なことだらけです。どんなに正しいことでもそれが通らない事があります。身近な所から世界に至るまで。みんなその中で矛盾も感じながら、折り合いをつけながら生きています。

けれどもそこに救いがあるのは(人から)愛されること、(人を)愛することではないでしょうか

表面(意識に言っているの)ではありません。心の奥底に愛されたいとの思いが訴えてませんか?


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人との信頼は1日や2日でできるものではありません。1ヵ月でも足りないです。長い年月をかけて少しずつできます。積み重ねていった結果です。

子供の頃ならすぐにできるのかもしれませんが、大人になって、年を取るにつけ、益々その日数が必要です。それなのに一瞬にして、しかも簡単に失ってもしまいます。

私は今その事を実感しています。きっとこれから残りの人生全てをかけてやっていかなければならないのだと思っています。

正直それができるかどうか自信はありません。それでもやっていかなければと思います。

なぜなら人からの信頼や愛を感じて初めて孤独が癒されるからです。

だから私は今自分が大切にしたいと思う人も会社も守ります。どんなことがあっても守ります。

そしてその数を増やしていきます。それが自分の人生だからです!

≪転載終わり≫


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彼は具体的に言わなければ理解できないところがあります。だからこの文章が分かるかといえば分らないと思います。けれどもきっと心の奥(深層心理)では分かってくれるものと信じます。


更にこれは私自身へと送った文章(宣言)でもあります。きっと私自身もすぐには分からないと思います。この想いを積み重ねていって、実践して、人生を終える時に初めて感じるものなのかとも思います。

彼の支援をするのはもう嫌だ、早く終わりにしたいとばかり思っていました。けれども彼の支援はこれからが始まりなのかもしれません。そしてそれは私自身の意識とようやく本当に向き合うこととなるのかも知れません。


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さあどうなるか!?チャレンジです!!





らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2017年11月15日 (水)

スピから考える:統合失調症になった理由

統合失調症の彼と出会って半年が経過します。彼を支援しているうちに彼が統合失調症となったのは必然であり、それによって彼は救われたのではないかと思うようになりました。


彼は若き頃世間で言う(手がつけられないほどの)やんちゃものであったようです。高校時代の彼は人を人とも思わず、何かあるとすぐにキレ喧嘩に暴走を繰り返していたそうです。


そんな彼も高校を卒業し就職はしたものの、その性格は変わらず、傲慢なままですぐに会社の人から大前は外の人間(よそ者)だといわれたそうです。彼は心の中の苛立ちを晴らすために時に高速道路を200キロで突っ走っていたこともあったそうです。ちなみに彼の話によると当時の監視カメラは200キロのスピードので走る車のナンバーを写すことができるほどの性能ではなかったがゆえに捕まらなかったそうです。


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そんな彼は20代前半の時に統合失調症になります。それからというもの体調はすぐれず、力も入らなくなります。これまでなら腹を立て、相手を威嚇していたのが、それをすることもできなくなります。大声を出そうにもその力もなくなったそうです。けれども基本的性格は変わらず、生意気なままであり、それ以降仕事を転々とし始めます。どこへ行ってもしばらくすると首を切られたり、あるいは契約が更新されることはなかったそうです。



仕事を続けようにも続けられない、叫びたくても叫べない、そのような状況の中で彼は年を重ねて行きます。気づけば40代となっていました。そしてこの状況を何とかしたい、きちんと仕事を続けて、そろそろ落ち着いて生活したいと思うようになり、主治医のアドバイスもあり、彼は障がい者の就労支援事業所に通うようになります。そしてそこでの就労を通じ指導と訓練を受けて行く中で私と出会い、私が彼の就職とそこで働き続けられるように支援することとなりました。


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彼は今再び一般企業で働いています。当初は彼のもともとの性格や同じ部署の人との関係からいろいろなゴタゴタがありました。ある日電話の向こうから「こんなところでやってられるか~!」叫んできたこともあります。その都度彼との面談や周囲の調整を行いひとつずつ課題に取り組んでいきました。その甲斐あってかもう辞めるといっていた彼は落ち着き始めました。


つい最近彼との面談で、統合失調症になったことは必然であり、それによって救われたことを話しました。もう一歩突っ込んで統合失調症になったことを受け入れ、感謝できるようになればそれはよくなっていくとも話しました。


なぜなら私はこれまでの彼との話しを通じてこれまでの彼の経歴や行動を知り、彼が統合失調症となったのは彼自身の心がSOSを発したか、もしくは彼の守護霊が彼を守るためにそのスイッチをONにしたのではないかと思ったのです。もし彼が統合失調症を患うことがなければ、きっと彼は今この世にいないか、あるいは塀の中での生活を余儀なくされていることでしょう。それを防ぐために彼自身の心が、もしくは彼の守護霊がそうなるようにしたのだと思うのです。彼の表面的性格は子供時代からの環境によって暴力的となったのでしょうが、心の奥底(潜在意識)ではそれをしてはならないことと認識していたのではないかと思うのです。そしてスピリチャルな面も含めて支援をしようとする私と出会った…。(引き合わされた…。)のではないでしょうか。


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彼がそれを理解したかどうかは分かりません。コイツはなにを言っているんだオカルトかと思ったかもしれません。けれども彼はそれから仕事に対してこれまで以上に積極的になってきました。


先日彼から相談がありました。統合失調症の人でも上(の立場、ポジション)を目指せるのでしょうか?というものでした。そこで私は、私の知っている統合失調症の人でNPO法人を立ち上げている人もいることを伝えるとともに、ひとつアドバイスを送りました。


統合失調症となり人間の弱さ、自分の弱さを知ったと思います。それを活かしていけばよいのです。


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彼はこれまでの人生の半分を統合失調症として生きてきました。そこにはずっと悔しさと情けなさがあったと思います。きっと不遇の20年として自分の人生を嘆いたことでしょう。けれどもこれからはきっとゆっくりでも前に向かって進んでいくと思うのです。そしてもしかするといつか彼も部下を持ち、人の弱さの分かるいい上司となるかもしれないと思うのです。



もうしばらく彼の人生に付き合いたいと思います。






らいふあーと~僕らは地球のお世話係~


2017年6月21日 (水)

新しい日本を創ろうよ④~日本を紐解く~

さて前回は幕末に日本を訪れた西洋人の日記や旅行記などから、江戸時代(末期)の日本人がいかに幸せに暮らしていたかということを書きましたが、今回はその生活(時代)を築き上げるまでを見ていきましょう。

             
江戸時代は徳川家康が征夷大将軍となり、江戸に幕府を創設してからおよそ260年間続くわけですが、この260年間に日本人はパラダイスジャパンを築き上げたともいえます。何故なら江戸時代の前はどうだったかというと戦国時代と呼ばれるいわゆる日本を統一しようと各地域の武将たちが争いを繰り広げていた時代だったからです。更にその前を見てみると、室町時代があり、鎌倉時代の武士の時代があり、その前の前は、平安時代、奈良時代…弥生時代、そして縄文時代と遡ることができるわけです。


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さて現在この日本の始まりとされる縄文時代の研究が進み、当時の生活が徐々に明らかにされてきています。一般に縄文時代とは狩猟採集生活の原始的暮らしであったと教えられてきましたが、調査研究の結果、実はそうではなく、(もちろん狩猟採集もありましたが、弥生時代とは違う自然に寄り添うカタチの)農業が営まれ、土器が作られ、煮炊きがされ、村の中では、建築がされ、道路さえも作られており、非常に文明的な暮らしが営まれていたことが分かってきています。そしてそれはナント1万年以上も続く驚異的な時代であったことが明らかとなっているのです。
             
ひとつの文明が1万年以上続くということは、それは現在の私たちとは全く違う価値観に基づく文明であり、それだけ平和裏に暮らしていたのだと思われます。その農業スタイルや出土した土器などから日々の暮らしぶりは自然と共にあったものと思われます。この1万年続く驚くべき時代は、今の日本人には全く想像もできないことでしょう。けれどもそのDNAは日本人に強固に埋め込まれているものだと思うのです。何故なら、何度も繰り返しますが100年や1000年でもなく、10,000年も続いたものなのですから! そしてこのDNAがあったからこそ日本は江戸時代のパラダイスジャパンを創りあげられたと思うのです。


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再度縄文時代から江戸時代までをもう一度振り返ってみましょう。大陸からの人々の移入が始まり、稲作が開始され弥生時代へと変わっていきます。そして古墳が作られ、飛鳥・奈良時代となり、漢字が持ち込まれ、仏教という宗教が入ってきます。この間ずっと大陸からの移住者とそして彼らの持ち込んだ大陸文化が日本に入ってきたことが分かります。そしてそれらが花開くのが平安時代であり、日本独特の文化が作られていきます。空海により密教がまとめ上げられ、神道と融合されていきます。ひらがなが生まれ、物語が記述され、平安雅といわれる貴族を中心とした華やかな文化が花開くこととなります。
             
それから武士が台頭し、鎌倉時代、室町時代と武士の納める社会が形成され、禅の流入と共に、質実剛健の文化が築かれていきます。それはこれまでの貴族を中心とした文化であったものが武士階級へと移ると共に、仏教の庶民化など、大陸からの流入文化が庶民の間に広がり土着化していく過程であることが分かります。
             
続いて応仁の乱を経て、下剋上の世の中が始まると共に、ポルトガル船が訪れ、日本人が初めて西洋人に直接会うこととなり、同時にキリスト教、鉄砲などの西洋の文化と科学が入ってくることとなります。ちょうどこの戦国時代の頃は日本においては農業技術の進化により、開墾され、生産性が向上しており、新しい技術を受け入れられる素地ができていたともいえます。けれども日本が統一され江戸時代となり、幕府はキリスト教流入の阻止、西洋の植民地政策に対して危機を覚え、長崎の出島にオランダ船と中国船(明・清)のみの出入りを許可する鎖国を行います。
             
この鎖国によって極度に海外からの文化の流入が制限される260年間に日本独自の文化が形成されていき、質素な暮らしながら、陽気で純粋にして、そしてそのほとんどが満足した顔、幸せそうに見える極東のパラダイスと呼ばれる日本が出来上がったと言えます。


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縄文末期から大陸の人々が移住を始め、大陸文化が持ち込まれる弥生時代、飛鳥・奈良時代が約600年ほどです。そしてそれらを基に日本の貴族文化が花開く平安時代が約360年、そして同じく大陸文化を取り入れつつ鎌倉、室町、戦国時代と武士を中心とした文化が約500年、計1,500年あまりの文化が中和され、そして縄文時代のDNAと調和されたのが江戸時代の260年ではないかと思うのです。
             
弥生時代から戦国時代までの約1,500年間に流入してきた文化を10,000年の縄文時代に間に形成されたDNAの中に取り込まれていく。10,000年のDNAはそれほどのものだと思うのです。もちろんそれは日本の自然豊かな国土との関係も大いにあると思います。縄文文化は日本の自然と切っても切り離せない、自然に溶け込んだ、自然と一体化した文化だからです。それ故に江戸末期に訪れた西洋人はその風景の美しさ、人間により開墾された田畑と自然が一体化した風景、道々を飾る花々、そして人々の暮らしを見て絶賛するのです。


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「日本人はいろいろな欠点を持っているとはいえ、幸福で気さくな、不満のない国民であるように思われる。」(オールコック)
             
「乗組員一同は眼前に展開する景観に、こんなにも美しい自然があるものかと見とれてうっとりしたほどであった。」(ポンぺ)
             
「この時われわれが通ったような魅惑的な道に、私は他の国々を遊歩した際に出会ったことはなかった。それは時折、英国の田園地帯のいくつかで出会った道を思い出させたが、最初は先入見があったにもかかわらず、英国にはこれと較べられるようなものがないと認めないわけにはいかなかった。広い並木道や、松やとくに杉の木立としばしば出会ったが、その木立は道を縁どって素晴らしい日蔭をつくり出していた。時折みごとな生垣も目についた。それはときにはさまざまな種類の常緑樫、ときには杉などの常緑樹でできていた。丁寧に刈りこまれ、ある時は英国貴族の庭園でよくお目にかかるヒイラギやイチイの丈高い生垣を思い出させるほど、高くのび揃えられていた。どこでも小屋や農家はきちんとしており清潔に見受けられた。こんな様子はほかの東洋諸国では見たことがない。・・・風景はたえず変化し、しかもつねに美しい―丘や谷、広い道路や木蔭道、家と花園、そこには勤勉で、労苦におしひしがれておらず、明らかに幸せで満ち足りた人々が住んでいる。」(フォーチュン)
             
「誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったりと融けあう。彼らは何か目新しく素敵な眺めに出会うか、森や野原でもの珍しいものを見つけてじっと感心して眺めている時以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている。」(ヘンリー・S・パーマー)


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この10,000年間の縄文時代に形成されたDNAが、新たなものを中和し、調和させる。それらが江戸時代に働き、弥生時代から戦国時代の1500年が取り込まれ、調和され、新たなカタチを生み出し、結果上記のような感想が述べられる日本が生み出されたと思うのです。そしてこの力こそが日本の根底にある力であり、これからの新しい日本を形成していく力となると思うのです。
             
先進国の中で子供の貧困率が高い国、自殺率の高い国に位置する日本であるよりも、世界中の人々から「美しくて、みんな笑って幸せそうで、まるでパラダイスみたい!」といわれるような日本を取り戻したい(創りたい)と思いませんか?
             
             

(参考文献:「
逝きし世の面影」 渡辺京二著 平凡社  )    


    
             
らいふあーと~僕らは地球のお世話係~




             
             

2017年6月14日 (水)

新しい日本を創ろうよ③~江戸時代から学ぶ~

江戸時代の暮らしというとどのような生活をイメージするのでしょう。
             
江戸幕府、武家社会、参勤交代、士農工商、鎖国、米騒動、一揆や打ちこわし、あるいは歌舞伎、浮世絵、元禄文化などを思い浮かべ、概して江戸時代とは、武家を中心とした社会体制の下、400年間続いた平和な時代でありつつも、一部の人々を除いて、多くの人々はどちらかと言うと不自由であり、質素で貧しい暮らしを強いられてきたと思われる方が多いのではないでしょうか?
             
もちろんそれも真実の一面なのでしょう。けれどもそれだけではないようです。例えば渡辺京二さんの「
逝きし日の面影」を読むとそれとは別のイメージを思い浮かべずにはいられません。この本は幕末の日本に滞在した外国人の感想記を素材として、それらを集めて1冊の本としているのですが、そこからイメージできるのは抑圧された世界ではなく、まさにタイトルにある「失われた日本の面影」であり別世界なのです。

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庶民は粗末な服装を着ています。家も質素なつくりです。中にはほとんどモノがありません。けれどもわずかにある家具や食器類は外国人からすると信じられないほどしっかりしたものなのです。また大人も子供も好奇心が大変強く、西洋人の後ろをみんなこぞってついてきます。そして何かあるとすぐに笑い大変人懐っこくもあり、かつ礼儀正しさも持ち合わせているのです。
             
一例をあげてみると、人々の陽気さについて、
「この民族は笑い上戸で心の底まで陽気である。」(1867年<慶応3>ボーヴォワル)


「日本人ほど愉快になり易い人種は殆どあるまい。良いにせよ悪いにせよ、どんな冗談でも笑いこける。そして子供のように、笑い始めたとなると、理由もなく笑い続けるのである。」(1859年(安政6)頃リンダウ)
             
簡素さについて、
「日本人が他の東洋諸民族と異なる特性の一つは、奢侈贅沢に執着心を持たないことであって、非常に高貴な人々の館ですら、簡素、単純きわまるものである。すなわち、大広間にも備え付けの椅子、机、書斎などの備品がひとつもない。」(1859年頃カッティンディーケ)


「日本で貧者というと、ずい分貧しい方なのだが、どの文明人を見回しても、これほどわずかな収入で、かなりの生活的安楽を手にする国民はない。」(1884年(明治17)頃イライザ・シッドモア)
             
礼節について、
「われわれの部屋には錠もなく鍵もなく、解放されていて、宿所の近辺に群がっている付き添いの人たちは誰でも侵入できる。またわれわれは誰でも欲しくなるようなイギリスの珍奇な品をいくつも並べて置く。それでもいまだかつて、まったくとるに足らぬような品物さえ、何がなくなったとこぼしたためしがない。」(1858年頃オリファント)
             
もちろん日本の風景の美しさにも西洋人は驚かずにはいられません。美しく整備された郊外の田園風景、港の風景、どれもが西洋人にとっては母国以上に美しい景観であったようです。その風景と日本人の人柄から彼らはこの地をまるでパラダイスであるかのように思えたそうです。
             
「5マイルばかり散歩をした。ここの田園は大変美しい―いくつかの険しい火山堆があるが、できる限りの場所が全部段々畑になっていて、肥沃地と同様に開墾されている。これらの段畑中の或るものをつくるために、除岩作業に用いられた労働はけだし驚くべきものがある。」(1856年(安政3)ハリス)


「市街から田園へと気づかぬうちに映ってゆき、道路は次第に花咲く藤のしたかげの径となった。ついさっき天守閣の濠をみたしていた水は、曲がりくねった小川となり、つつじのトンネルの下から流れ出ていた。緑の楽園のただ中の、この蛇行する川ほど愛するべきものはない。ああ、日本のなんと美しくのどかなことか。」(ボーヴォワル)
             
その他いくつか抜き出してみると、
「日本の幕府は専横的封建主義の最たるものと呼ぶことができる。しかし同時に、かつて他のどんな国民も日本人ほど、封建的専横的な政府の下で幸福に生活し繁栄した所はないだろう。」(パンペリー)


「この独特で、比類するものもなく、スポイルされず、驚異的で魅惑的で、気立てのよい日本を描写しようとつとめながら、私はどんなにそれが描写しがたいか実感している。彼らのまっただなかでふた月暮らしてみて、私は日本に着いて二週間後に大胆にも述べたことを繰り返すほかない。すなわち、よき立ち振る舞いを愛するものにとって、この“日出ずる国”ほど、やすらぎに満ち、命をよみがえらせてくれ、古風な優雅があふれ、和やかで美しい礼儀が守られている国は、どこにも他にはありはしないのだということを。」(アーノルド)


「この風景の全体を見ても、細部を見ても、すべてが精神を鎮静させ、やさしい夢想で精神を和らげ、うっとりした休息の楽しみ以外の印象を与えない」(アンベール)

                      
さて彼の本を離れて、また別の面を見てみると、日本人は陽気さ礼節さだけでなく、外国人からすると相当小柄であった日本人が持つ力は相当のものであったようです。外国人が見たものではありませんが、(ネットでも話題になっていますが、)山形県の酒田市には米俵5俵を担ぎ上げる女性の写真と人形が展示されているそうです。その写真は昭和14年頃の写真だそうですが。それでは一体江戸時代農村の女性はどれほどの力があったのだろうかと思うのです。

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その証言等は(まだ)見つかってはいないようですが、もうひとつ
外国人によって記録されていることがあります。それは明治時代ドイツ人医師のベルクに記録されています。彼は東京から日光へ観光に行くことがあったのですが、1度目は馬で行き、途中馬を6度乗り換え14時間かかったそうです。2回目日光に行った際には、今度は人力車に乗って行ったのですが、その車夫は1人で14時間半で行ってしまったとのことです。当時の日本人は馬より凄い体力を持っていたのです。東京(駅)から日光(東照宮)までは直線距離にして約120キロあります。時速8キロ以上のスピードで(人を乗せた)人力車を走り続けたことになります。
             
             
このように江戸時代の日本は、(外国人から見ると)人々は欲望や執着とは程遠く、簡素な暮らしの中で、常に陽気で笑いが絶えない上に力持ち! 更には(西洋諸国よりも)美しく心和む風景を持つ国、まさに極東のパラダイスであったのです。
             
「古い日本は妖精の棲む小さくてかわいらしい不思議の国であった」(チェンバレン)


「この町でもっとも印象的なのは(そしてそれはわれわれ全員による日本での一般的観察であった)男も女も子どもも、みんな幸せそうで満足そうに見えるということだった。」(オズボーン)

            
それから150年。
江戸時代に比べると、日本人の平均寿命は驚異的に延び、誰もが長生きするようになりました。東京大阪間も3時間ほどで行くこともできます。世界中のものが手に入り、世界中の料理が食べられます。便利なグッズも100円で買えます。スイッチひとつでいつでもお笑い番組を見ることができます。遠くの友人といつでも話しをすることもできます。
             
信じられないほどの経済性と科学の発展をしてきた今の日本。男も女も子どももみんな幸せそうで、満足そうに見える国なのでしょうか?
            

日本の自殺率は世界各国でワースト6位(女性は3位)だそうです。アジアではワースト2位だそうです。国内で見ると15才~39才の5階級で死因の1位は自殺です。(2017年版自殺対策白書より)
             

日本の子供の貧困率は先進国(と呼ばれる国の中)では最悪レベルだそうです。6人に1人が貧困にあるとされます。(2012年子供の相対的貧困率16.3% 27年度版子ども・若者白書)
             
             
何だか夢も希望も持てなくなってしまった国のように思えます。本当に「逝きし世」「逝きし国」となってしまったのでしょうか。

             
それでも日本人には太古からの遺伝子、江戸時代の遺伝子が今も引き継がれていると信じたいです。だからもう一度「逝きし世の面影から」いくつか抜き出します。
             
「いつまでも悲しんでいられないのは日本人のきわだった特質の一つです。生きていることを喜びあうという風潮が強いせいでしょう。誰かの言葉に『自然がいつも明るく美しいところでは、住民はその風景に心がなごみ、明るく楽しくなる。』というのがありましたね。この国の人たちはまさにそれで、日本人はいつのまにかそういう自然に感化され、いつも陽気で見た目によいものを求めながら自分を深めていくのです。」(マーガレット・バラ)
             
「日本人とは驚嘆すべき国民である!今日午後、火災があってから三十六時間たつかたたぬかに、はや現場では、せいぜい板小屋と称すべき程度のものではあるが、千戸以上の家屋が、まるで地から生えたように立ち並んでいる。…女や子どもたちが三々五々小さい火を囲んですわり、タバコをふかしたりしゃべったりしている。かれらの顔には悲しみ跡形もない。まるで何事もなかったように、冗談をいったり笑ったりしている幾多の人々をみた。かき口説く女、寝床を欲しがる子供、はっきりと災難にうちひしがれている男などはどこにも見当たらない。」(ベルツ)
             

もしかすると現在はこの150年の膿だしなのかもしれません。そして、膿み出しのあとは再生です!
             
             

             
らいふあーと~僕らは地球のお世話係~
             

             
             

2017年5月31日 (水)

エンジェルナンバー現る!

数字には古くから神秘的なものとつながりがあると考えられているそうです。それぞれの数字にはそれぞれの周波数があり、私たちに影響を与えていると考えられているのです。万物は数字でできており、その数の法則で、その人の性格や欲求までも予知できるともいわれているのです。その代表的なものがカバラ数秘です。占いなどでカバラ数秘術占いとして出てくるので聞いたことのある人も多いのではないでしょうか。その他にエンゼルナンバーというものがあります。これは、私たちの周りには常に天使がおり、その天使が数字を通じて私たちにメッセージを送ってくれているというものです。


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さて、先日、このところテンションが低い日が続いており、この先どうしよう~仕事も含めてこのまま続けた方が良いのか、それとも思いきって切り替えた方が良いのだろうか~と、将来をネガティブにとらえてしまう自分がいました。そこで先日ご縁をいただき「(私が)この人すごいな」と思った人の下に(人生)相談に行きました。その際話の中で私の波動を測ってもらうことがありました。左手の人差指を紙に書かれてある数字の上に乗せ、右手の親指と人差し指をつなげて輪っかを作り、いわゆるOリングテストで調べていくのですが、そこで出てきた数字が、444と222でした。(Oリングテストについてはコチラを参照ください。)


私の(潜在的に)持ち合わせている周波が444、現在までの周波が222とのことです。その解説として私が持ち合わせている周波(=持っている可能性の引き出し、あるいは救うべき人の数)は444であり、これまでに自分の持ち合わせている引き出しの222を開けてきたとのことで、残りの222を開けていく努力をしなさい。そしたら444は次に1000、あるいはそれ以上にもなりうるとのことでした。


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その解説を聞いてその時はなるほどと思ったのですが、けれどもそのあとこのゾロ目の数字444222には何か意味があるのではないかと感じたのです。なぜなら波動の値はゾロ目である必要はなく、例えば423でも、227でも構わないのです。けれどもなぜかテストの結果見事にどちらもゾロ目がでてきました。そこで私の中でひらめいたのがエンゼルナンバーでした。


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そこでエンゼルナンバーを調べてみたところ、


エンゼルナンバー444
あなたの周りに何千もの天使がいます。あなたは完全に天の存在から愛され、サポートされ、導かれています。あなたはとても強くはっきりと天使の領域とつながっていて、あなた自身が地球の天使となっています。なにも恐れることはありません。すべてうまくいっています。

444はなにも恐れることはないというメッセージです。すべては起こるべき時に起こり、うまくいきます。あなたのやっていることは成功します。あなたの手の届くところに、愛とサポートを与えてくれる魂がいつもいます。


エンゼルナンバー222
関わっている全ての人に神の恩恵があるので、想像どおりに全てうまくいくことを信じてください。心配を手放し信じる心を持ってください。

長期的に見てすべては一番ベストな形で現れます。あなたのエネルギーをネガティブなものに費やさないでください。すべてが含まれた最高の善のために、全てのことがうまくいくように魂が働いていてくれます。222はまた今あなたがやっていることをこのままやり続けてくださいというメッセージでもあります。あなたが明示したことが結果として現われようとしています。


ということでした。余りに素晴しいことが書き綴られており、ビックリ仰天するのですが、私は地球の天使(お世話係り)になりたいなーなんて思ってもいるものの、まだまだ遥か彼方であり、そこには至らないのが現状だったりもします。それでも「222」のメッセージの中には、「あなたのやっていることをこのままやり続けてください。」とあり、今回今後の活動についての相談に行ったのでドンピシャ!でもあります。そしてどちらの数字にも「恐れるな」「ネガティブになるな」というメッセージがあり、自分の中にある不安を指摘したものとなっています。


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その方との話を終え、家に帰り、ひと仕事しようとミカン畑に行ったところ、今度は3匹のモンシロチョウが現れました。普段なら(人が近寄ると)すぐに逃げていくところを、いつまでも自分の前をじゃれ合うように舞っているのです。初め1匹はみかんの葉に止まっており、2匹がその付近をひらひらと舞っていたのですが、しばらくすると葉に止まっていた蝶も飛び立ち、3匹が一体となって舞い始め、その姿はいかにも楽しんでいるようでもあり、自由自在でもあり、とても不思議な光景が目の前に現れたのです。


もしかしてこの3匹の蝶にも意味があるのではないかと思い、エンゼルナンバー「3」の意味を調べたところ、


エンゼルナンバー3の意味
アセンデットマスターがあなたの近くにいます。あなたの祈りに応えて、助けてくれています、とのことでした。ちなみにアセンデットマスターとは、イエスやブッダのように、以前いた聖職者やヒーラーのことです。


更になぜ「蝶」なのか気になったので調べてみたところ、蝶には、魂や輪廻転生、復活、あるいは美や喜びの意味があるそうです。こう調べていくと何か全てがすごく意味深の世界が広がっているように思えてきました。やはりこの現実世界(3次元世界)とあの世(5次元以上)はつながっているのです!

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ちなみに話しが逆戻りするのですが、相談中に出てきた話しの中には、守護霊は変わりうること、守護霊は直接何かをすることはないが、間接的に知らせてくれること、感謝と実践が大切であること。好奇心を持ち続けること。出逢い、縁を大切にすることなど様々な話しをしていただき、こちらもものすごくためになるものでした。「求めよ!さらば与えられん」の如く、今の私に必要なことをダイレクトに、間接的に、そしてスピリチャル的に与えてくれた頂いた時でした。人生求めて、願い、祈れば、その答え(ヒント)を何らかのカタチで与えてくれるものですね。きっと守護霊さまは大忙しな一週間だったことでしょう。この一週間だけでなくこの先も大忙しかもしれません…(^^)


数字には周波数があり、神秘的なものとのつながりがあります。それを信じるか信じないか人それぞれなのでしょうが、私は信じたいと思いますし。今回は信じます!そういえば相談しに行った方との話しに最初に出てきたことは、「宇宙は数字でできている。」ということでした。これもまた不思議なことです。ふと目覚めて時計を見ると同じ数字が並んでいたとか、いつもこの数字が現れるよなとおもう時など、その数字は天使(守護霊)からあなたへのメッセージである可能性があります。数字が気になった時、その数字の持つ意味を調べてみることが、人生を変えることにつながるかもしれません。

 

ちなみに相談に伺った先は、龍源先生 です。すごい方です!

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(実際にみかん畑で出会った蝶、一匹はみかんの葉にとまっているところ。)



エンゼルナンバー参照HP:「Timeless Edition エンジェルナンバーとは?
             

            
             
らいふあーと~僕らは地球のお世話係~
             
             

2017年5月24日 (水)

僕らは地球のお世話係を目指して

 らいふあーと~僕らは地球のお世話係~で伝えたいことのひとつは、物質やお金一辺倒の世界から「心」や「精神」を大切にする「心の豊かさ」を求めていきましょうということです。

行き詰まり
 バブル経済が崩壊して25年以上、四半世紀以上が経つにもかかわらず、いまだ日本は社会の停滞にあえいでいます。これまでにニュース等でいざなぎ景気を超える景気拡大期間であるとか、つい最近では「(経済)成長」「景気拡大」と連呼されていますが、それを実感する国民はいったいどれほどいるのでしょうか?ほとんどいないのではないでしょうか?

 思えば戦後の高度成長期から文明の利器はどんどん進化を続け、人々の生活を一変してきました。日常生活、仕事、学習環境をはじめありとあらゆるものがそのスタイルを変化してきたと言ってもいいでしょう。と同時にそこには常に「お金」がついて回るようになり、それを著しくエスカレートさせたのがバブル経済であり、そしてその後の金融経済でしょう。

 けれどもこの文明の利器=物質主義は人々に便利をもたらすと同時に自然などの環境を破壊してきたことは誰もが認めることでしょう。今や放射能に汚染され、大陸からはPM2.5などの大気汚染が海を越えてやって来ており、海洋資源は減少し、そして国土は乱開発されてきました。

 また科学技術の進化は便利さを手にすると同時に、私たちの生活スタイルを否応なく変化をもたらし、そこには生きづらさも生み出され、人々に精神的不安定をもたらしたことも否めません。社会的に追い詰められ、精神が蝕まれ、遂には自らの命を絶つ人が増加していることも誰もが認めるところでしょう。

 こうしてバブル崩壊後より四半世紀以上日本は立ち直れず、社会の行き詰まりに面したまま今日に至ります。


科学の進歩
 江戸末期から明治にかけ、日本は自国の存亡をかけ、国家体制の大転換を成し、西洋科学を取り入れ、科学文明を進歩させてきました。科学に進歩により私たちの生活は便利になり、楽になり、そして豊かになったことはこれもまた誰もが認めることでしょう。今ではボタン一つでご飯が炊け、洗濯ができ、遠くに離れた人とコミュニケーションがはかれ、またあらゆる面で時間の短縮が可能となってきました。

 けれども科学の発達と同時に失くしてしまったもの、忘れてしまったものがあることも否めないのではないでしょうか。今私たちはかつての不便さは、人とのつながりをもたらしており、あるいは体力や忍耐を養っていたことを思い出しつつあります。

 そこで私は思うのです。この失くしたもの、忘れてしまったものを、何らかの方法で取り戻すことができれば、この25年以上感じ続けた社会の行き詰まりを突破し、新たな世界を手にすることができるのではないかとうことを!


宇宙へ!
 現在世界で唯一多くの人々に夢をもたらしているのは「宇宙世界」ではないでしょうか?科学の進化により、宇宙がどんどんと身近なものとなってきています。かつては宇宙に地球のような星はないと考えられてきたものが、今では地球と同じような環境を持つ惑星が宇宙には無数にあることが分かってきました。そしてそこには生命が存在するのではないかという期待、果ては私たち人間と同じような高等生命が存在するのではという期待も高まってきています。その答えが分かるのもそれほど遠い先ではないことでしょう。そこでこの宇宙が身近に迫る今だからこそ地球と人間の関係をもう一度見直すことが必要ではないでしょうか?


日本の文化
 元来日本人は自然と共生してきた民族といえるでしょう。あらゆるところに神様は宿っている「八百万の神」の思想などは、自然を崇めて生きてきたことを物語っています。

 考古学の調査の進展により、縄文時代は一万年あまり続いてきたという驚異的な事実が明らかになってきました。そしてそこにはこれまで考えられてきた以上の、想像をはるかに超える文明があったことが分かりつつあります。

 縄文時代の終わりには大陸からやってきた人々により弥生時代が始まり、そして奈良、平安、鎌倉、戦国時代へと続いていきます。もともといた人と文明、やってきた人々とその文明は時に争いももたらしますが、時代とともにそれらは統合され編成され、日本独自の文化となります。そしてその結果は江戸末期西洋から来た人々により、極東の地にパラダイスがあったと評されるものとなっていたのです。


間違える
 日本が作り上げたパラダイスは、日本はグローバル化を目指す上で一旦捨てなければならなくなります。科学文明を取り入れ、それを進化させ日本は、世界の中での国を歩んでいきます。それは日本ばかりではなく、西洋を中心に世界の国々がそうなっていきます。そして科学はますます進化し、それにより地球はどんどんと小さくなってきたといえるでしょう。けれどもここで人間は傲慢になってしまい、間違いを犯してしまいます。科学は自然を超越できるものであり、それを発明し使う人間は自然(地球)を支配するものと思いあがってしまうのです。それは日本(人)も同様です。かつてものを最後まで使い切り、ものを大切にするという心は捨て去られ、使い捨てられ、次から次へと消費・消費となってしまいます。そこには自然を崇拝する精神も失われ、それが故に環境破壊がもたらされるようになりました。


思い出す
 けれどもどんなに科学が進化しようと、暮らしが変わろうと、わたしたち人間の生活は、生命は地球上で行われていることには違いありません。そしてその暮らし、生命を繋いでいるものはすべてこの地球の恵みによってもたらされています。水、大地、空気(酸素)、食べ物等すべて地球の恵みです。宇宙からの恵みもあります。太陽の光、星々さまざなものが人間の生活に影響を与えています。それを人間が生きていける程度にしてくれているのが地球です。科学文明がここまで発達した今、宇宙が目の前に迫ってきた今こそ私たちは地球との関係を見直すべき時ではないでしょうか。そして地球の恵みで生きていることを再確認するべきだと思うのです。


宗教を超えて
 歴史の中でさまざまな宗教が生み出されてきました。それらは時代を超えて人々の生きる支えとなってきたことは確かです。けれども同時に今日までそれが原因で人間の争いとなっていることも明らかです。

 人間誰もが平和に暮らしたいという願いを持っています。生きる支えを必要としています。残念ながら今の宗教ではこの目的を全面的には果たせていません。いろいろな宗教がある中人類共通のもののひとつが「地球という惑星に暮らし、地球の恵みで生きている」ということではないでしょうか。

 私たち人間は地球のお世話係りであるということ。それは人間を傲慢さから解放し、謙虚さをもたらし、共通のものをもたらしてくれるものだと思うのです。宇宙へ飛び出す前の今だからこそ地球人に必要な根本思想だと思うのです。




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



2017年4月26日 (水)

お金のアファメーション

いつの頃からかお金に対してネガティブなイメージを持っている。

貧困や格差の拡大、政治家のばらまき、そしてパワーエリートによるマッチ戦争の引き起こしとマッチポンプの強奪などを知るたびにますます近寄りたくないものとなっていた。


一時期自分なりにお金とは何かということで、人間を豊かにもするものとして

・人間間のコミュニケーションのアップ

・モノの循環の向上

を掲げ、お金に近づこうとしたが、それでもやはり自分の中で分離したものであった。


そのお陰で(?)今ではすっかりお金と縁がなくなり、アララ状態…。

(それでもちゃんと生きているのが不思議だし、生きていけるのだ!)


多くの人が現代社会を憂い、都会から離れ、地方の里山エリアに移り住み、自給自足的な生活を行いつつも、今の社会においてお金はまだまだ必要なのが現状である。

また多くの人がお金のその正体を理解し始め、更にはエリート層の乱用から、その価値が揺らぎはじめてはいるが、それでもまだしばらくお金はモノやサービスの売買に必要であり続けるだろう。

それに今もしそれが突然なくなったら、社会は更なる混乱となり、新たなる争いが生じることにもなりかねない。

お金とどう付き合っていくかが課題だ。


さて、ここでもう一度初心に戻って、お金について考えてみると、お金があればものは買える。

けれども(人の)心を買うことはできない。

一方でお金で人の心までもは変えないけれど、お金でモノやサービスを買うことによって、(一時的にしろ)心が満たされたり、豊かな気分を味わえるのも事実である。

そして今の社会、現代人の今の概念ではお金は必要である。

いくら田舎に引っ越したといえ、地方都市ではやはり生活の上でお金は欠かせないし、山村エリアで自給自足に近づけてもある程度のお金は必要である。

その中で、お金に対してどのような感覚、考えを持つか?

そんな時出会ったのが1冊の本だった。

はせくらみゆきさんの「リッチマネーの秘密」(徳間書店)である。

(ひとこと断っておくと、この本は本屋での立ち読みで、買っておりません…。申し訳ありません。)

その本をパラパラめくっていると、ひとつのフレーズが目に飛び込んできた。

それは「お金は旅する神様」という言葉。


元バックッパッカーで、旅好きの自分、

山川草木悉有仏性、八百万神を信ずる自分

そして、お金は人間を豊かにもするものを理論的に分かっている自分。

お金はさまざまなな人々の間を行き来し(旅し)、(人々を豊かにもする)神様である!

これなら受け入れられる!


そして更に「リッチマネーの秘密」に書かれているお金の考え方を自分なりに変えて、

お金

お金の「お」は、お陰様の「お」

お金の「か」は、感謝の「か」

お金の「ね」は、ネイチャー(自然)の「ね」

(本ではお金の「か」は感謝の「か」、マネーの「ま」はまごころの「ま」となっている。)

お陰様の感謝をネイチャーに! お金は旅する神様。神様今日もありがとう!!

ということで自分なりのお金のアファメーションができた!


そして更にこの本を見た後、すぐそばにあった小林正観さんの「ただしい人から、たのしい人へ そしてありがとうの人になる」という本を手に取った。

同様にパラパラめくり、目に止まったページには、

「人間は学問(教育)を通じて学ぶのではなく、楽しいから学ぶ。」ということが書かれていた。

ネガティブからポジティブへと変わりゆく時代

お金に対する考えもポジティブにしていく必要がある。

ならば「お金は旅する神様」とは、まさにピッタリだと思った。

いいことに使って循環させれば、旅する神様もきっと喜んでくれるに違いない!

お金をネガティブにとらえている人達、自分なりにポジティブに変えていきましょう。




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



2017年4月19日 (水)

使命を問う:混乱期の生き方

情報が錯乱しています! 一体何が本当なのか分からない状況です。 これまで信頼できる情報を提供してくれていた人々の間でも見解の食い違いが見られており、誰が正しいのか、何が本当なのか分かりません。 今の時代誰か特定の人の見解を一方的に信じることが難しいのではないでしょうか。ただし大手メディアからの情報をうのみにしてはならないことは確かです。


果たしてこのまま行くと戦争が起こるのでしょうか?それとも起らないののでしょうか??? 戦争を起こしたいがために煽る勢力がいることは確かです。けれども大半の人は武力よりも対話を求め、そして平和を求めています。そこで戦争勢力はひたすらプロパガンダを流し続け、不安定な情勢を作ろうとしています。 ニュースで報道される人々の言動を深読みすれば、それは表の言葉と裏の意味は全く違うことを述べているのかもしれません。 今や何が起こっても不思議ではない情勢です。よほど次元をあげて物事を俯瞰しないことには本当のところは分からないのではないでしょうか?


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このような状況の中でひとつ思うことは、これは人間同士の争いを超えて、天と地(光と闇)のせめぎあいがあるようにも思えるということです。人智を超えた世界の中で大きな動きがあり、それが私たちの3次元世界に大きく影響を及ぼしているように思うのです。見えない世界では現在とてつもなく大きなプランが進行されているのではないでしょうか。


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それではこの混沌とした情勢の中で私たちはどのように生きていけばよいのでしょうか? 時代に翻弄されつつも、真面目にこれまでどおりに生きていくのがよいのでしょうか? それとも自分なりに先を予測して動いていくのがよいのでしょうか? あるいは何も考えずにただ淡々と生きていくことがよいのでしょうか?



淡々と生き続けられるならばそれが一番よいのかもしれません。けれどもこの先そうして生きていける人は少ないでしょう。どう生きればよいかの答えは出しかねますが、ただ一つ、この混乱の中で、地球上に暮らす人間の浄化が見え隠れしているように感じます。 更に一部の人々には意識の急激な変化が起こっているようにも思います。だからこの先は理論がどうこうというよりも、自分自身の直感を信じていくのがよいのではないかと思うのです。(もちろんそのためには直感を鍛えないといけませんが。)そしてこのような時こそ自分の今世この世に生まれてきた意味、今世何をすべきなのかの使命を問うのがよいと思うのです。


なぜなら私たちは生まれてくる前に、今世どのような課題をクリアし、どのようなことを成し遂げるかということをプランニングして来ているからです。この世に生まれてくる前の世界(5次元世界)は、この3次元世界よりもずっと認識力では勝っています。その中でプランニングしたものなので、現在の状況等もきっと見越しているはずです。故に使命を問い、それに従がうことが一番正しいと思うのです。




ただし私たち人間には今世この世での自由意志が与えられてもいます。それ故にあの世で計画したプランは顕在意識ではなく深層意識の中にあります。だから今世この世の人生がプランニング通りに進むこともあれば、そうならないこともあります。その答えがわかるのはあの世に戻った時です。もし社会情勢と自由意志だけに身を任せてしまえば、混乱の渦に振り回されてしまうことになり、計画したものとは正反対の結果となって終わってしまうかもしれません。


故に自身の心に今世この世での使命を問い続けることがより大切となります。そうすれば使命を心の中で感じながら自由意志でもって選択していくことができます。そして使命に基づいているときはきっと深い部分で納得することができます。それがきっとこの混乱期を乗り越えていくための一番の対処法であると思うのです。



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(平成29年8月一部修正)



らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

             

2017年4月12日 (水)

現代における宗教の役割

宗教について考えてみた。

最初に言っておくと、自分の宗教に対する考えは、もうずいぶんと前からキリストも仏(ブッタ)もイスラム(マホメット)も見たもの、見た世界は同じであり、ただ表現の違いであること。

それぞれの個性がそこに現れたというもので、根源は同じであるということである。


ただ今回はその部分を題材とするのではなく、別の観点から、つまり宗教の役割という点から捉えてみたいと思う。


自分が思うに、宗教をひと言でいうと、その役割は「(生きていく上での)心のよりどころ」であると思う。

けれども歴史上、そして現在も続くイスラムとキリスト間の争い、そしてこのところ特にクローズアップされるイスラム(過激派)によるテロ、

更に我が国日本においては、数々の新興宗教が設立され、その中には盲信により人生を狂わせたり、他者に危害を加えたりするということも起こり、

多くの人が宗教に対し、その一般的な歴史的価値を認めつつも、レッテルを張り、敬遠しているのが現状だと思う。


それが故に日本人の多くは(戦後)無宗教社会を選び、その代わりに宗教的行事を宗教とせず、生活の中のイベントとして捉えることを選択した。

実際のところそれを仕掛けている企業もあるが…。


宗教という心のよりどころを捨て、その代わりに社会に、そして人々の暮らしの中に大きく台頭してきたものが、物質であり、お金である。

けれども物質はカタチあるモノであり、それは、いつかは壊れ、失われていく。手中にあるようでないもの。

またお金においては数えられるものであり、1億あれば、5億あれば…とその欲望は膨らむ一方である。

そしてその枚数(金額)が減っていくと、今度は逆に心配が膨らんでゆく。


更にそこにプラスして、近頃は権力者・エリートたちのその乱用によりその価値、そして信頼性が揺らいでいるのが現状である。


宗教の信頼が失われ、物質主義の限界が露呈され、お金の信用と価値は揺らぐ。

このような状況の中で、人々は一体何を心のよりどころにすればよいのだろうか?

科学?スピリチャル?芸術?

科学…その進歩は凄まじい。情報のスピード、情報量、どちらも科学の力による。けれども人々はモラル無き科学の進歩を恐ろしく思う。

スピリチャル…ブームである。(個人的に自分もはまっているし、信じている。)けれどもまだまだいかがわしく思う人も多いし、実際にいかがわしい人も多い。

芸術…その可能性あり。けれどもどうやって心のよりどころに?心に余裕は与えるだろうけれど…。それにアートのセンスなんてないわという人も多い。


自分達は今すべてが不透明な時代にいる。

そこに輪をかけて情報過多により混乱は増す一方である。

このような時代の中で人々は生きていかなければならない。

如何に生きるか、何のために生きるか。

そのために何を持って心の拠りどころとするか、何を信じていくか?

生きていくための自信はどうやってつけていけばよいのか?

そこに宗教が再び入りこむ余地はあるのか?

別の役割があるのか?

答えは「分からない。」である。

けれどもその答えをこの先考えていきたいと思う。



らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



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