ニュース

2016年6月17日 (金)

マスゴミ現象

舛添東京都知事が辞任に追い込まれた。

テレビを見ていると解説者が、都民(国民)は彼の不正を許さなかった。都民の強い意志を感じた。ということを話していた。

そしてチャンネルを変えても、どの情報系番組でもまずは氏の辞任をトップニュースとして大々的に扱っていた。


何だか大きな違和感があった。


確かに氏の行った公用車の私的利用、公費による家族のお泊り付き会議など、公費・公物を私的に使用したことは知事の立場を悪用した私的乱用だ。

都民の汗水流して働いて稼いだお金の中から納めた税金を、私的なことで使ったのだから都民は大いに怒っても良いと思う。


でもだ、

宿泊した部屋の金額等は、僕たち庶民からすれば驚くような金額であろうけど、

それでも正直その金額とは大した額ではない。


僕が感じた違和感はここにある。

今回の氏の私的利用をこうして大々的に追求するよりも、もっと大きな金銭が動いているヤマがあるだろう!ということ。

甘利の利権
オリンピックの利権
パナマ文書etc

これらはどこに行ったんだ!?


今回の舛添氏の件に関しては、短期間のうちにマスコミが大騒ぎし、都民へのインタビューも随時使って、更には都議会での追求の様子もガンガン流し、事件をどんどんエスカレートさせ、世論を誘導し、辞任に追いやったともいえる。

その戦略とスピードは見事なものだ。(でも改めて都議会集中審議での追求の様子を見て欲しい。追求している内容は実にショボ過ぎる…。)

だったら氏のケースと同じように、甘利・オリンピック・パナマ文書なども追求し、大々的に報道すべきではないだろうか?

こっちの方がもっと大きなお金が動いている。

きっとその闇も大きいだろう。

そして何よりこちらも元をただせば国民の税金であり、その額は遥かに大きい。


今回の事件、裏では氏が韓国利権に手を付けようとしたために、その元締め巨悪が激怒したからと言う噂もある。

あるいはオリンピックへの東京都の支出に対する対立により元締めの仕返しとも…。

何が本当かは分からないけれど、もしそうならばマスコミは見事に巨悪の言う通りに動いたこととなる。

そしてその成果は想定以上でボーナスものだ。

何故なら、一連の出来事は、あくまでも知事の座を居座ろうとする小悪の大将の首を「都民の力」で刈り取ったぞ!と言う思いを抱かせ、格差や貧困に不満を持つ大衆に対するとても良いガス抜きとなったと思えるからだ。

けれども実はそれはトカゲの尻尾切りに過ぎなかったという…悪いジョークだ。


今回のマスコミのちっぽけな真実を暴いて、都民や国民により大きな真実は隠すという一連の働き。

もしマスコミが真実を追求することを使命にしているならば、次は上記の利権問題などに手を付けるという動きになっても良い筈だ。

けれどもそうなることはまずないだろう。

何故ならこの国は今や報道の自由度世界72位の国…。

現在のマスコミは巨悪の手下にしか過ぎず、マスコミではなく完全なるマスゴミなのだろう。

日本の闇は相当深いのかも…。

                     合掌



2016年6月13日 (月)

入居者募集中ストリート

このところ仕事で様々な企業を訪問しているのだが、最近何だか増えたなあと思う職種のひとつが建築事務所(&住宅会社)

つい先日まで犬も歩けば介護施設に当たると思っていたのが、今は美容院・エステ・整体、そして建築事務所に当たると言える。

特に最近は一級建築士と言う言葉もよく耳にする…。

同時にそれに呼応して増えているのが、新築の戸建て住宅。

田畑だったところが次々と宅地化され、新しい家があっという間に建てられていく。

それを見て、日本は人口減少社会となったのに、何故こんなに次々と立てる必要があるの?

という疑問をずっと抱いていたのだが、そしたら次のような記事を見つけた。


(転載開始)
このままいくと我が国の多くの街は文字通り「空き家だらけのゴーストタウン」になる可能性が高い。

住宅市場ではこのところ毎年90万戸ペースで新築住宅が量産されているが、今後アベノミクスが奏功して新築着工が120万戸ペースに回復すれば、2040年に全国の空き家率は43%、60万戸ペースに激減しても36%になるといった恐ろしいシミュレーションがある。

都市の空き家率が30パーセントを超えると都市環境が悪化し、居住快適性が著しく低下することが研究者の間で知られている。空き家への侵入、放火などの犯罪の温床になり、何より街が荒れてくるとそこに暮らす人の心も荒む。かつてベルリンの壁が崩壊したとき、旧東ドイツの人々が旧西ドイツに大挙して押し寄せ、東ドイツでは空き家率が30%、40%いった都市が続出、街の荒廃が大きな社会問題となった。

空き家が増加する根本的な原因は世帯数でも人口減でもなく「新築の造り過ぎ」だ。前回お伝えしたように、西欧では多くの国で、10年間の「住宅需要」「住宅建設見込み」を推計し、それを基に住宅政策を決定する。2003年から10年間の各国の世帯数当たりの新築建設をみると、低いのがスウェーデンの5.6%、イギリス7.2%、イタリア8.3%。多くが10%以下で見込む。

本にはこうした目安がない。今も90万戸程度の新築住宅を量産する日本に空き家や増大するのは自明なのだ。適正な新築数はおそらく45万戸程度だろう。イギリスと同じ7.2%なら年間着工は35.9万戸程度。イタリアと同じなら41.47万戸。10%にするなら49.9万戸程度が適正だということになる。

  Forbes 「ゴーストタウン化!? 日本都市の空き家が社会問題に[日本の不動産最前線 第2回]」より

(転載終了)




これを読んで、やっぱり…と思うと同時に、結局今の日本の経済政策は将来のことなど何も考えていない、

とにかく今の景気をよく見せろ!ということだけなのだと思った。

同時に、企業側も今の利益を上げることしか考えておらず、その筆頭が建築会社ということだ。

確かに田畑をしていた農業従事者は高齢となり、それを引き継ぐものもおらず、どうしたものかと困ってしまう。

更にはそこが市街化区域にでも指定されていたならば税金も絡んで耕作放棄地として放置するわけにもいかず、結局は売るかアパートを建てるしかないのだろう。

そこを狙って○○建託やら△△建設などの営業マンが「お困りごとはないですか~?」と次から次へとやって来る。


けれども本来ならば、現在の日本や世界の状況~新興国の所得上昇、世界人口の増加、そして日本の農業従事者の高齢化~を考えると、

今後世界の食糧不足は深刻になること、日本の食料自給率はこの先もっと下がると予想されることなどからして、

いかに自給率をあげる政策をとるかということが大切なんじゃないだろうか?

もっと突っ込めば現在家庭のエンゲル係数は上昇し、6人に1人の子供は貧困層に属する。

だったら例えば宅地化するのではなく、家庭菜園をもっと推進する政策を進めるなど、

少なくとも地方の自給率100%以上を目指すことが必要ではないだろうか?


何だか後世につけばかり残すのが今の日本の政治経済。

自分達の欲を満たすことばかりで、未来の子供たちのことなどこれっぽっちも考えていないのだろうな…。

いい加減にそろそろそういう社会を変えていかなければならないのではないかなあ。


皮肉な唯一の希望として、現在の日本の住宅会社のほとんどは、30年しかもたない家しか作っていないということ…。

空家になったら崩れるのがもっと早いかも(タメ息。。。)




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2016年5月18日 (水)

バナナショック!

現在世界中のお金持ちの顔を引きつらせているのがパナマ文書。

税金払わぬお金持ち、裏金作っているお金持ち、正義面しているお金持ち、みんなヒヤヒヤしているのかも…。

この先どんな人の名前が出てくるのだろう?

正直僕には全く無関係な世界なので、どちらかと言うと野次馬根性丸出しの興味本位。

それよりも僕に直接関係するのが、パナマ文書ではなく、バナナ問題。

何でも世界中でバナナにカビが生えるという病気が広がっているらしい。

日本が一番多く輸入しているフィリピンやエクアドルにはまだ感染が広っていないようだけど、この先は???

そうなると世界中がバナナ不足に見舞われるかも⁉

僕も毎日バナナとリンゴと豆乳ヨーグルトをスムージーとして食べているのでこの先バナナが手に入らなくなったらどうしよう???

パナマショックならぬ、バナナショック!


けれどもバナナを食べるのを止める時がやって来たのかもしれないとも思う。

というのも今回のニュースを見てまず思ったのは、バナナにこんな病気が流行っているのはきっと人間のせいだろうと思ったから。

バナナは世界中の人々から愛され食べものだ。

バナナが嫌いって人は少ないんじゃないかと思う。

その主な栽培地域と言えば熱帯。

そこで世界中に供給するために熱帯雨林が伐採され、バナナ農園となる。

(今もプランテーションっていうのだろうか?)

そして少しでも早く大きくするために化成肥料をバンバン施され、更には農薬を何度もかける。

そのお陰で僕らはバナナを安く購入できているわけだ。

けれどもそんなことが永遠と繰り返されているから、細菌類に耐性が備わったり、突然変異を起こし新たな病原体となったりする。

それが世界中に広がっているのが今回の実態だと思う。

結局は人間の欲望の結果なのだ。

もしかするとバナナは病院に入院見舞いとして持って行くもののままの方がよかったのかもしれない…。

この先再びそうなるかも…。


そして僕は最近つくづく思うのだ。

それは今人為的に作られたものが次々と崩壊していく時を迎えているということを。

一番分かりやすいのが政治。

パナマ文書も含めて世界中の政治が崩れようとしている…。

その次が原子力システムに経済システム。

これらも言うまでもないだろう。

そして分かりにくいながらもこれから最も人間に大きなインパクトを与えるであろう崩壊が「お金」と言うシステム。

まもなくそのことも世界中の人々が知ることになるのだろう。

バナナ問題もそのひとつ。


さてここで考える。

バナナが手に入らなくなり困るのと、お金が崩壊してしばしの間困るのと、どっちが大きな問題だろう?

やっぱバナナかな?




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~


2016年3月 9日 (水)

スポーツを考える

元プロ野球選手の清原の覚せい剤取締法による逮捕から1カ月以上が経つ。

テレビやネットでは今も彼とその周辺の状況などがニュースとして流されている。

逮捕されて以来、これまで隠されていたことがどんどんと表沙汰となり、スポーツ界だけでなく芸能界にも飛び火し、その使用が疑われる人が続出している。

業界の汚染はもしかするとかなりのものなのかもしれない。


そんな中で彼の現役時代からの使用には多くの人が驚いたのではないかと思う。

スポーツ界のみんながみんなではなく、ごく一部ではあろうが、それ(覚せい剤、あるいは禁止薬物としてされているもの)を本当は体に良くないもの、使ってはならないものであると分かっていながら、痛み止め、筋肉増強、精神安定等として服用しているのだろう。

(中には本人は分からずに、トレーナー等の指示に従って、サプリメントか何かとして飲んでいる人もいるのだろう…。)


誰もがその頂点を目指して生きる世界。

その歓喜の瞬間。

手に入れる栄光と(巨額)マネー。

そして同時に生き残りをかけて争う世界。


そのプレッシャーは想像を絶するものがあるのだろう。

もちろん最高のパフォーマンスを披露したいという想いもあるだろうが…。

それを逃れるため、あるいは和らげるための誘惑…。

落とし穴。


そんな彼らの表舞台の世界を僕らは固唾を飲みながら見て、時に一体感を味わいながら応援し、興奮する。

誤解を招く言い方かもしれないが、実はそれは薬で肉体改造し、命を削りながら戦っている人々を見て応援し、楽しんでいるだけかもしれず、また僕たちはそのことを彼らに無言のうちに強制しているのかもしれない。

そしてそれはローマ時代のコロッセウムで猛獣と戦う戦士、あるいは戦士と戦士(奴隷同士)が戦い殺し合う姿を見て興奮する観客と変わらないのである。


オリンピックにしろ、サッカーのワールドカップにしろ、メジャーなスポーツ界ではその裏で利権目当てに巨額の札束(マネー)が動いている。

表立ったマネー、闇のマネー。

その両方に渦巻く人々。

世界中に派手に宣伝し、人々を煽り立てる。


3S政策というものがあるとされる。

Screen(スクリーン=映画)、Sport(スポーツ=プロスポーツ)、Sex(セックス=性産業)を用いて大衆の関心を政治に向けさせないようにする愚民政策である。

それらに目を向けさせることにより、民衆が感じている社会生活上の様々な不安や、政治への関心を逸らさせて大衆を自由に思うがままに操作し得るとされる。


現在の日本はかつてこの上ないほどの不安社会、格差社会がはびこっている。理不尽な政策がまかり通っている。

そのガス抜きのひとつとしてスポーツが用いられ、選手も観客も目をそらすためにうまく踊らされているに過ぎないと言われても、まんざら嘘でもないように思える。


今回の清原も結局はその政策とマネーに踊らされた一人であり、その結果としての姿があれなのかもしれず、そしてそのニュースを見て噂し合う僕らもうまく乗せられ、操られている愚か者に過ぎないのかもしれない。


確かにスポーツは人々を感動させる力もある。

かつて清原が西武時代優勝を目前にし、涙を流しながら守備をしていたシーンには、彼のそれまでのしてきた経験と想いを考えるとジ~ンと来た。

浅田真央のオリンピックでのフリーの演技、昨年のラグビーワールドカップの日本など、これまで練習を積み重ねてきた成果を見た時は、感動し涙もするし、そして元気ももらえる。

その純粋で懸命なる姿には文句の付けどころがない


それでも、そろそろ行き過ぎたところがあるのではないかということを、一度冷静に見直すべき時が来ているのはないだろうか?




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~


2016年2月 3日 (水)

量的緩和

先週日銀がマイナス金利を導入すると発表した。

マイナス金利って何???って思い、マイナスだから

お金を預けると、お金(手数料)を取られて

お金を借りると、利息をもらえるのか?

訳分からんなあ~

などと思ったりもしたのだが…。


結局金融機関(つまり銀行)が、日銀にお金を預ける時に、その総額が一定以上になると手数料を課すということで、まずは国民の貯金がどうこうなるというわけではないらしい。

それでも貯金の利率は下がり、金利をあてにしている人は益々しんどくなるだろうし、逆にローンがある人は金利が下がってホッとするのかもしれない。

日銀としては、金融機関が日銀に預けるの一方ではなく、市場への貸し出しを増やしたり、株の購入を期待したりして、そしてかねてからの目標の物価上昇率2%の達成、そして経済成長を促すことを狙いとするようだが、果たして一体どうなることやら。

(結局国債に走るのでは???)

やっぱりマイナス金利という概念自体が分からない…。


いつも思うのだが、本当に物価を2%上昇させること、そして経済成長をしていくことが本当に正しいのだろうか?

GDP600兆円にするという。

それで国民は本当に豊かになるのだろうか?

それを望んでいるのはかつてバブルで美味しい思いをし、今でもその味が忘れられない過去の亡霊に囚われた人たちではないだろうか?

若い人たちはそんなことを望んでいないのではないだろうか?


日本はこの先否応なしに人口が減少していく。

高齢化は進行し、若者はどんどん減っていく。

このことは当然ながら国内マーケットの縮小を意味する。

そのような社会の中でGDPを増やし、経済成長をさせることが本当に必要で、正しいことなのだろうか?

1人当たりの生産性を増やすこと。

それは若い人たちにとって、今以上にストレス社会の中で神経質に生きろということではないだろうか?

若い人たちが希望を持て生きていけることこそ、この国は健全であるということである。

(それは高齢者が元気な姿でいるということでもある。)

その為には、マーケットが縮小していく中で、いかに人々が豊かに生活していけるかということではないだろうか?


経済成長を叫び続ける一方で、国内の貧富の格差は開いているのが現状。

かつてはオール中流ということで、ものすごい贅沢ができるわけではないけれど、人々はそれなりの幸せを感じて生活することができた。

もちろんその中にも様々な問題はあったのだろうけれど、夢を見ることもできた。

それが今では生活苦を訴える人々がどんどん増えている。

物質的に飽和し、国民の消費意欲が減退する中で、中国などからやって来る観光客の爆買いに頼らなければならない経済は、結局は物質主義と資源浪費としか思えない。

そして国民のニーズを満たしていない。


新興国はかつての日本のたどった後を追いかけ、夢を見ている。

それ故にパワーがある。


けれども人口減少、物的飽和を迎えたこの国がすべきことは、先にも書いたマーケットの縮小する中でいかに豊かに暮らしていくかということを追求して行くことであり、それは同時にこれまでの価値観の転換を意味する。

まさに世界も天もそれを求めているのではないだろうか?

日本の未来はそこに拓けてくると思う。




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



2015年12月 2日 (水)

生き抜く力

現在の日本は酷い国である。

平成24年の日本の年齢別死因を見てみると、

15才から39才まで5才ごとすべての年齢層において死因の第1位は自殺である。(40代は死因第2位。)

自ら命を絶ち、死を選ぶことが死因の1位なのである。

本来ならば楽しいはずの高校生までもが、まだほんのわずかな世界しか知らないにも関わらず絶望し、未来を見ることもなく命を絶ってしまう。

ひとこと「異常」である。

そして、40才から64才までの死因の第1位は癌。

社会の中で、仕事において、精神的に追い詰められつつもそれに何とか耐え抜き、さあこれからだと思ったら、そのころには身体は癌にむしばまれている。

まあ生まれてからずっと化学物質・遺伝子組み換え品を身体に取り込み、環境破壊・環境汚染により知らず知らずのうちに有害物質を吸い込んでいるのだ。そうなっていても何の不思議もないのだが…。

悲惨

これが日本の現状だ。


既存メディアは洗脳のための道具と成りはて、今や国民を無能化・無気力化するばかり。

最近は更にそこに放射能の影響、テロの恐怖、戦争の足跡、猟奇的殺人etcで国民は不安を増すばかり。

けれども国家=政府(政治家)や官僚は、国民を守るどころか、いかに(国民から)搾取し、自分たちの権力態勢を維持するかということのみに明け暮れている。

どうしようもない!

こうしてみると現在の日本は、実に生きにくい社会であり、正直国家の体を成していないと言っても良いかもしれない。


そんな社会の中で僕たちは生き抜かなければならないのだ。

自分自身で身を守り、生きていかなければならない。

何が正しいか判断し、どう行動していくかが問われている。



追伸
今かつての支配層(戦争屋)は追い詰められている。

自分たちの利益と欲のためならば人の命を何とも思わなかった勢力は次々と白旗を上げ出している。

最後の勢力が中東を中心に各地でテロや紛争を繰り広げている。

残念ながら彼らに加担してきた日本の政府と官僚機構、そして大企業群。

この先日本はもっと大変なこととなるのかもしれない。

けれどもそれはこれまで隠されてきた真実が世に出るとき。

それが大きなチャンスとなる!

正しい判断をして、生き抜かなきゃ!




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



2014年10月 1日 (水)

オートリバース BombBEAT

 新聞の記事で知ったのだが、現在東京の秋葉原などで「JKビジネス」が広がり続けているらしい。お散歩や占い、カウンセリングと称して女子高生が道行く男に声をかけているのだが、その裏では性的サービスが行われることもあり、それを目的とした客もいるとのこと。

 女子高生の小遣い稼ぎとされているが、その裏には「貧困」や「虐待」があり、食べるものがない、あるいは高校に通う学費がないが故に、入る子もいるらしい。

 それを読んでもう15年ぐらい前になるが、カンボジアにいた時のことを思い出した。

 当時のカンボジアはまだポルポトが生きていた頃なのだが、プノンペンの夜は10時頃になるとほぼ毎晩銃声が聞こえ、それがそろそろ寝ろと言うおやすみの合図で、宿の1階にあるカフェでみんなで話をするのをやめ、部屋に戻って本を読むというようにしていた。

 今はどうか知らないのだが、そのころのカンボジアは東南アジアでも最貧国のひとつで、当時農村地帯から売られた子供たちの売春が(外国からは)問題視されていた。僕がいた時も同じ日本人の若い男性が「今日12歳の女の子と…」と、さもあらんとばかしに話し、ぶん殴ってやろうと思ったことを今でも覚えている。(売春反対派ではないのだが、少女売春は反対。)

 おそらくカンボジアは今でも貧しい国には違いないのだろうが、数カ月前テレビで、日本人の若い人たちがカンボジアのこれからの発展に期待して、プノンペンやアンコールワットのあるシェムリアップで起業した番組を見た。きっと現在のカンボジアは貧しいけれども経済発展を夢見る戦後や高度成長期前の日本のような状態なのだろう。

 それに対して現在の日本は、僕がカンボジアに行った時のような状況になりつつあるのではないかと思った。貧困層は増え、遂には少女が売春にまで走らなければならないという…。

 日本の表面の世界は相変わらず消費を煽り立てるメディアが氾濫している。世間の物質的な発展は止まらない。3.11で一時薄暗くなった街も、今では再びネオンとスクリーンに映し出される映像だらけ。(まるでアーノルド・シュワルツェネッガーのトータルリコール)ITスピードはますます勢いづくばかり。その技術を使って夢のような(?)世界が広がっていく。

 当時の東南アジアは物価もかなり安く、いろいろなものが安く買えた。庶民はその中で生活し、一方金持ちはどこまでも金持ちで、当時の日本人よりも何十倍もお金を持っている状態。まさに富裕層と貧困層の格差の激しい頃だった。

 そして今日本もそれに向かっている。格差は広がるばかり。かつては国民総中間層と言われ、中流意識の人がほとんどであり、それがよかったのか悪かったのか分からないが、平等の時代だった。それが実力主義、資本原理主義となり、大競争時代に入り、崩されていく。今では貧困層と富裕層の格差はいかほどか!中間層は時代の中でどちらかに振り分けられる。大半が貧困層に突き落とされるのだろうが…。

 政府は経済成長、経済成長とオウムのように繰り返す。まるで経済成長こそが貧困から抜け出せる唯一の手段であるかのように。本当にそれで貧困問題が解決されるのか?

 そんな時ふと気がついた。まるでこれは日本の戦後じゃないかと言うことに。日本は今どんどん逆戻りしているじゃないか。

 バブルがはじけて25年、崩壊後からずっと停滞していた日本が急速に動き始めているが、それは逆戻りを始めたのではないか。思えば国民の新たな期待でもって生まれた民主党が、途中で方向転換したころから逆戻りを始め、そして現政権で更にそのスピードを加速させ、遂には太平洋戦争後の日本に戻っているのではないか。

 バブル後の20年停滞はしていたが、その中から様々な価値観が生まれてきた。多様性が育てられたといってもよいかもしれない。その中で二つに分かれた「豊かさ」。一方で「心」が重視され、スピリチャルが求められた。その一方では従来通りの物質的発展が追求されていった。

 振り返れば戦後は物質的社会の追求で発展をしてきた。そして今その物質社会が逆戻りして、今がもし戦後の時代にいるならば、その次起こりうることは「戦争」。

 秘密保護、集団的自衛権…。

 太平洋戦争は一方で第二次世界大戦。現実を見てみると、何者かが中国と日本の対立を煽り、北朝鮮と日本とのぎくしゃくを仕掛ける。そして世界ではウクライナや中東で戦争を煽る。と同時に世界に広下られる経済問題と金融問題…。

 下地はできつつある。このまま逆戻りし続けるならば…。

 では回避する方法は…?

 そのひとつはバブル後停滞期に生まれたもう一つの方向。物質主義から距離を置き、精神面での世界を求めていくことではないだろうか。少なくともその要素を取り入れなければ…。

 秋の夜長に垣間見た妄想かもしれない。けれども多くの人々が戦争への道を歩みだしているのではないかとの疑念を持っていることは確かなことだろう。

 我々は賢くならなければならない。



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2013年11月27日 (水)

幕開け

 ニュースでカリフォルニア大バークリー校のチームが太陽に似た恒星のうち5個に1個が、地球と同じようなサイズと公転距離を持つ惑星を従えているという研究結果を発表したとあった。更には大気を持ち温暖で、地球上の生命に必要な液体の水が存在しうる惑星が意外に多いかもしれないとのこと。

 キター!都市伝説。地球外生命体の存在を一般ピープルに公開するための第一(二)段階に入ったか!

 なぜなら、これってイコール宇宙には地球以外にも生命が存在するってことを言ってるじゃん。更にもっと言うならば宇宙人の存在を間もなく認めますってことじゃん。

 これまで様々な映画でその存在をある意味恐怖やファンタジーとして(暗に)知らせていたけれど、遂に現実の段階へと入って来たか。

 地球と同じ大気もあり、気候条件も整った星がたくさんあるってことってことは、誰が考えても人間と同じような生命が存在するのでは?と思うのは当たり前のことだろう。ましてや地球のように生命体のいる惑星がこの宇宙で10億分の1という唯一の存在であるという方が驚きだ。

 僕らはこの宇宙に存在する唯一の生命体ではないのだ。

 「スライヴ」が宇宙人の存在を説き、「シリウス」が宇宙人に関する情報公開を迫った。政府やNASAがその存在を認めることに対する圧力はどんどん高まっている。一般レベルの科学の発達はその存在にどんどん迫り、これまでのように隠し続けることが難しくなってきている。

 数多くの宇宙の生命体がどのような姿なのか、人間と同じような姿なのか、それとも映画ETのような姿なのか、あるいはエイリアン…。そして彼らが友好的なのか、敵対的であるのか…。いずれにしても地球にやって来ているならばその知性や技術力は高いものを持っているのだろう。

 もし意識がその存在を生み出すならば、僕的には人間と同じような姿で、美しき女神さまのような姿を希望するな。もちろん友好的。そして宇宙旅行が現実となる!少なくともエイリアンやプレデターの姿は遠慮したい。そちらはSFファン・ゲテモノマニアにお任せする。

 それにしてもこうして宇宙時代がどんどん迫っているのは間違いない。心の準備をしておかないと、いざ宇宙人とご対面した時にはおしっこチビちゃうかも…。そして何より心をきれいにしておかないと。今のままでは地球人こそが他の惑星の人々にとって侵略者となってしまいかねない。もしかして宇宙人から見るとエイリアンやプレデターの姿=地球人(人間)だったりして。(一部爬虫類型の人間がいるようだけど…。)

 とにかくワクワクして次なるニュースあるいは現象を待ちましょう。時代の幕開け・夜明けがやって来てます。僕らは観客なのかステージの上にいるのやら。あるいはその舞台を創りだしているものかもしれない。どれを選ぶかはあなたの自由。なぜなら~

 意識が現実を創造する~のですから。

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2011年12月 7日 (水)

コンタクト

 僕のよく見る「In Deep」や新聞でも取り上げられていたが、太陽系外で地球と同じように液体の水が存在できる惑星を見つけたという記事が掲載されている。その大きさは地球の2.4倍。温度も22℃ということで快適ではないか。いずれ僕たちの移住地候補になるのかな。

 さてこれらの記事は一体何を意味しているのか。「第2の地球」探しということで、僕たちはそこに生命の可能性を期待する。生命すなわち僕たちが期待するのはまずは人が住める場所であり、緑あふれ小川が流れ…そして最終的には宇宙人の存在である。

 実はNASAは既に宇宙人の存在を知っているし、コンタクトを取っていると僕は思っている。けれども、それをいきなり、一般の人間に知らせるとパニックに陥ってしまう可能性がある。だからこうして少しずつその存在を期待させる、そして徐々に慣れさせるためのモノの提供を行っているのだ。だから今回の発表も一般の人間への「慣らし」の第2弾か、3弾ぐらいではないかと思うのだ。
 ハリウッド映画は未来に起こる出来事(これから一部の人間が画策している事件)を人々に知らせるため、(慣れさせるために)使われていることはよく言われている。テロリズムの映画も戦争映画も大衆へのプロパガンダとして使われる。
 そして最近よくつかわれるのが、宇宙との関係。もうずっと前からのことであるが、宇宙人とのコンタクトはしばしば題材に取り上げられるし、最近は特に地球崩壊のテーマが取り上げられていることも多い。もちろんその中には純粋にエンターテイメントとして作られたものもあるのだろうが、人々へのメッセージとして作られているものも多いはずだ。
 2012年が間近に迫りつつある現在。映画「2012年」もそうだし、先日テレビ放映された「ノウイング」もそう。そしてEUの金融不安。イスラム諸国の状況等、来年に向けての不安を煽る要素は事欠かない。

 そんな中で僕たちはきっともうすぐ、宇宙人の存在を告げられる。いきなり宇宙人そのものが出てくるのか、それとももう少し慣れささせるという意味で、単細胞生物のようなものから知らせるのか分からない。けれどもその存在を知らせる速度はどんどん速くなっている。そのための設備は整い、機運も上昇している。

 だからUFOが現れ、そこから宇宙人が降りてくる様子を僕たちが現実としてみるのは、そう遠くはないはずだ。できればその時友好的な宇宙人であってほしい。人間が意識を大きく向上できる、あるいは地球をもっと大切にしたいと思えるような出会いであって欲しい。

 僕たちはいよいよ宇宙時代を迎えようとしているのだ。この3次元の世界としての宇宙の接近。そして5次元の世界での宇宙の接近。どちらもワクワクする。どちらにしてもキーポイントは僕たちの意識の向上にあるに違いない。
 おっかないエイリアンに遭遇するか、それとも心やさしいETに遭遇するのか、それは僕たちの心がけ次第なのかもしれない。

心のレベルを向上させましょう!!