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2018年1月

2018年1月24日 (水)

縄文からの絵巻物語~未来の課題解決~その⑤

民族同士の対立とは、憎しみは憎しみを生み、その憎しみは代々引き継がれていくのでしょうか?歴史を見てみるとそのように思えます。けれども時に私たちは歴史的和解を目にすることもあります。憎しみでもってそれをエネルギーとして生きているものもいます。その魂の安らぎは憎しみや権力でしか癒されないのでしょうか?いつかその魂もそこから解放される日が来ることを願いたいものです。


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カムヤマトイワレビコとその兄は筑紫を出発し、瀬戸内海沿岸を次々と征服していきます。村々は概して穏やかな人々が多く、彼と兄の手にかかればその村を配下に収めることはそれほど困難なことはありませんでした。しかしながら徐々に彼らの噂は広まり警戒する村が増えてきたことも確かでした。


時に彼らは支配下に治めた地に何年もの間滞在し、その一帯を仕切ると同時に、村人たちに開墾させ兵糧を蓄えると同時に、若者を兵士へと育てていきました。そして力ある彼らこそがこの地を治める者であること、そしてその配下にて従い、協力するならばその地の統治を任せること、兵として多大な貢献をしたものにはそれ相応の権力を渡すことを約束したのでした。それ故に先んじて彼らに近づき、協力する代わりに便宜を図るよう求めて来る者も増えてきたことも確かでした。そうして彼らは徐々にその勢力を増しながら東へと向かっていくのでした。


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さて内海は概して穏やかな海ですが、時に潮流の速いところや時化る時もあります。海を渡り慣れた者に先導させはしますが、さすがに彼らも慎重にならざるをえませんでした。中には操作を誤り潮流に飲み込まれてしまった船もありました。もともと彼らは大陸を馬やラクダで旅してきた一族でしたので船での進行は得意ではありませんでした。それ故に海上を進むには地元の者に頼らざるを得なかったのでした。無事にそこを通り抜け再び穏やかな内湾に入った時彼らはホッとしたのでした。しかしそれも束の間であり彼らの目の前には彼らのことを聞きつけていた登美毘古の軍が待ち構えていたのでした。


登美毘古軍は暗闇のうちにカムヤマトイワレビコとその兄の眠る船に近づき、夜明けと同時に襲撃を開始したのでした。彼らの奇襲により軍は混乱に陥りました。二人は必死に反撃を試みますがその地の地形を知り尽くした登美毘古の方が俄然有利でした。応戦一方になりながらも兄は敵方の大将登美毘古の姿を前方に見つけます。しかしそれと同時に朝陽が昇り、その眩しさに一瞬前が見えなくなったその時、登美毘古の弓から放たれた矢が彼の腕に突き刺さりました。それによって片腕が使えなくなった兄をみた登美毘古とその軍はここぞとばかり攻め込み、カムヤマトイワレビコとその兄の軍は撤退を余儀なくされたのでした。
 


兄は登美毘古の姿を見ると同時に朝陽で目の前が見えなくなったことを悔い、朝陽に向かって戦うのではなく、背にして敵を討つようカムヤマトイワレビコに伝えます。そうして一軍は湾沿いに東へ進むのを止め、湾を大きく迂回し南へと船を進め登美毘古のいる湾を回り込み陸地から攻めることとしたのでした。



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兄の腕に刺さった矢には毒が塗られていたため兄の腕はみるみると腫れ上がっていきました。と同時に彼の身体は熱を発しました。大陸時代から伝わる毒抜きも効果を発揮することなく、兄は日に日に衰弱していきました。紀国の陸地でしばらく養生しますが、兄は何も口にすることができず遂に力尽き果ててしまいます。国造りの途中で果てることの無念さをつぶやきながらカムヤマトイワレビコに看取られて息を引き取ったのでした。


兄を失ったカムヤマトイワレビコのショックは相当のものでした。これまで兄と大陸から海を渡り東の果てのこの地へ入り、何世紀にも渡る支族の悲願である国造りに向けて動き始めたところでした。その兄がこのようなところで息絶えるとは思いもよりませんでした。もともと武力に関しては兄よりもカムヤマトイワレビコの方が勝ってはいましたが、思慮深さにおいてはずっと兄の方が上でした。その兄が今まさに彼の腕の中で永遠の眠りに就いたのです。彼の頬を一筋の涙が伝いました。


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けれども彼はすぐに泣き止みます。そのショックを周囲に見せしまえば軍が動揺し、不穏が増します。彼はこれまで祖父を殺され、父母が息絶え、そして多くの仲間が果てていったことを思い出しました。そしてその無念を晴らすためには千年王国の礎を築かねばなりません。彼がこの先進めなければなりません。彼は兄を大樹の下に葬り、その際に兄がしていた腕輪を彼の腕にはめ、そして立ち上がったのでした。


我らは神に選ばれし一族、ガト族。神の住むこの地(イースター)に千年王国を築くことこそわが一族の悲願であり、神からのお告げ

カムヤマトイワレビコは天を仰ぎその成就を誓うのでした。そして兄の腕輪に手をやり兄の死ぬ間際に彼に言った言葉を思い返しました。


我が魂はお前を導くカラスとなり現れるであろう。


彼は兄が再び彼の下に現れ、一族の悲願の成就に向けて力を貸してくれることを確信したのでした。
 

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らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~

2018年1月10日 (水)

縄文からの絵巻物語~未来の課題解決に向けて~その④

カムヤマトイワレビコは日本に渡り次々と武力でもってその一帯を制圧していきました。彼にとって力(武力)こそが正義であり、剣こそが彼の唯一の頼りとするものでした。彼の体の中には長年流浪の民としてさ迷い続け、時に虐げられてきた、民族の血が流れており、彼の身体には無数の傷跡があり、その一つひとつが彼のこれまでの戦闘を物語っているのでした。同時にその傷一つひとつが彼の想いを熱くさせてきたのでした。


東の果てのその向こうにある日出ずる地で国を治めよ。そこで我らの旅は終わる。


わが父が、わが祖父、そしてわが先祖が常に唱えてきた言葉。我らは神の民。彼がまだ小さな子供のころ祖父は彼の目の前で殺され、父も旅の途中で息絶え…、時には一族ごくわずかの人数となった時もありました。それでもその言葉に支えられながら彼らは旅を続け、さまざまな屈辱にも耐えてきたのです。わずかばかりの食料でもって幾日もしのいだこともありました。また子供のころ他の民族の同年代の子から投げつけられた言葉と暴力を思い出すと今でも心が痛みます。けれども我が背中に託された一族と誇り。そして預言の成就。それでもって彼は今日まで生き延び、そして遂にこの地へとたどり着いたのでした。


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しかしながら彼は最初この地に着き、しばらくすると当惑しました。なぜならそこにいた者たちは言葉のすみずみに同じ響きがあり、ほぼ同じ意味を持っていたのでした。また彼らは同じような習慣を持っていたのでした。小さな村々は水田を営み、その村の外れには祠があり、そこで人々は彼の一族と同じようなしきたりが行われていたのでした。


彼はまだ幼き頃に祖父からわが支族は10支族の中の一支族であるという伝説を聞いたことがありました。しかしながら彼らの国が他民族に滅ばされ、それぞれが離散し消えていったことまでは聞いていましたが、まさかこの地に彼らが先に来ていたとは夢にも思いませんでした。しかも彼と同じように陸伝いに来た一族もいれば、海伝いにやってきた一族もいるようです。
 


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しかし先にこの地に来た者たちは明らかに彼とは違うところもありました。彼らは概して穏やかなのです。彼がこれまで歩いてきた大陸の文化と同じようなものが見受けられつつも、人々はどこか大陸とは違った穏やかさを持っているのです。それはこれまでの彼の境遇や生き方とは全く違う不思議なものでした。それに彼は一瞬拍子抜けさせられたのでした。


しかしながら彼は改めて祖父、父が語り続けていた言葉が頭の中に蘇りました。「国を治めよ、我らは神の民、選ばれしガト族。千年王国を築きあげよ。」その言葉とともに旅を続け、その途中で死んでいったわが祖先たち。そこで彼は改めて気を引き締め剣を握りしめ、村の代表として出てきたものの首を斬りおとしたのでした。そして村々の者に服従を要求し、それに従わなければ容赦なく斬りつけ、時には住民全員を殺害し村自体を滅ぼしたのでした。そうして彼はその地域を制定したのでした。


さてこの地は人々が概して穏やかであるだけでなく、日出ずる地であるだけに風土も穏やかでした。季節は四季折々に移ろい、大陸とは全く違った穏やかさがありました。そして制圧した村々も大陸に比べるとずっと穏やかでした。しかし彼は制圧したこの地は西の一端にすぎないことが分かっていました。そこで再びあの言葉が浮かびあがります。「この地を治めよ。千年王国を築きあげよ。」そこで彼は再び立ち上がり更に東へと向かうことにしたのでした。


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内海の波は穏やかです。彼はこれまでの日々を思い出しながらも、この地で新たな国をつくり統治すること夢見ます。兄の船は夕日と重なり併走しています。父を亡くしてから兄と一緒に一族を守るために戦ってきました。兄は剣を杖にして船の先頭に立ち海を眺めているようです。その姿は影となり夕陽に溶け込んでいくように思えました。このとき彼は兄が間もなくいなくなってしまうことなど知る由もなかったのでした。




らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~


2018年1月 3日 (水)

新時代までの猶予期間

新年明けましておめでとうございます。今年もコツコツ思想磨きをしていこうと思います。先日本を読んでいると、日本における過去の偉大な僧侶の中で、自分の思想を展開し発展させた人物は、空海と道元禅師の二人ぐらいしかいません(※1)、と書かれていました。彼ら二人には足元にも及びませんが私なりに思想展開していこうと思います。


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さて昨年の大きな出来事のひとつに、明仁天皇の退位の日が2019430日となり、平成時代の終わりが決まったことがあります。思うに今上天皇ほど、平和を愛し、国民に寄り添った天皇はいないのではないでしょうか。日本国憲法が公布されその身分が国民の象徴となり、その象徴天皇としてのあり方を身をもって実践され、日本国民みんな大好きな天皇であると思います。そのような優しさを感じずにはいられない天皇陛下なのですが、その平成時代を振り返ると、そのお人柄と正反対な時代であったのではないかと思うのです。


平成とは、太平洋戦争により焼け野原と化した国土を国民が一丸となり力を注いで経済力つけた昭和の時代を引き継いで、その成果として空前絶後のバブル状態となり、人々が物質的文化を謳歌し、我が世が永遠に続くと思いきや、その泡は木端微塵にはじけ、それから四半世紀以上ずっと停滞状態が続き、社会は悪化していく時代であったといえると思います。


現在は政府、日銀、官僚、経済界が一体となり、お金をばらまき、景気が回復状況にあるように見せかけていますが、かつては国民総中流といわれていたものが、格差は拡大し、貧困層は増え、子供の6人に1人が貧困状態となっています。更には猟奇的殺人などの事件が次々と発生し、小さな子供を持つ親は安心して彼らを外に出せない状況となり、社会はまるで闇の中にあるといえるような状況です。


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この25年間をひとことで総括すると、経済(的価値の)崩壊から次なる新しい価値を生み出せなかったといえるのでしょうが、そこにはバブル時代を謳歌した人々(バブラー)の夢をもう一度という物質文明の欲望の囚われから抜け出せられなかったといえるのではないかと思います。


しかし現在バブラーたち、その主役であった団塊世代は引退し、後期高齢者へとなっていっています。彼らの金魚の糞の如くについて行った世代も年齢を上昇させています。そしてバブルを知らぬ世代がどんどん増加している最中です。そんな中で平成時代が終わりを告げ、新たな元号となるのは新たなる時代を創造しなさいということを意味しているのではないでしょうか?


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先ほど社会は闇の中にあると書きました。それは日本だけでなく、世界もそうであるといえるでしょう。けれどもその闇の中にも確実に夜明けとなる兆候は現れていると思うのです。昭和・平成の時代を牛耳った日本の親分アメリカ合衆国は、一時は世界の警察官として、世界を支配する勢いでした。けれども現在その帝国の崩壊は目に見えて明らかになってきています。アジアの小国が反旗の狼煙を上げているのもその一つでしょう。更にインターネットの発達により、帝国がその勢力拡大のために裏で行ってきたことが次々と明らかになり、その手法を世界の人々が批判し、帝国にNOを突きつけるようになって来ています。


さてインターネットの発達による影響はアメリカ帝国だけではありません。世界中にその影響は及んでいます。もちろん日本にも及んでいます。そのひとつが透明性であるといえるでしょう。政治家や官僚たちが秘密裏にことを進めるため、そして国民を統制するための法を次々と制定する一方で、政治家やその一味、そして大企業の不正が次々と暴かれるようになってきています。SNSにより一度火がつけばあっという間に広がっていくようになっています。これらも新しい時代のための一助であるといえるのではないでしょうか。


Sns


平成時代が終わりその次にやってくる新しい時代、それはどのような時代となるのでしょうか?まだまだ不透明なことだらけです。けれども近未来を示す確実な指標のひとつとして人口ピラミッドがあります。数条年後の予測はともかく、10年後の予測はほぼ確実なものとなるでしょう。

2025

2025年人口ピラミッド(※2)

2030

2030年人口ピラミッド(※3)



いわゆる団塊世代が後期高齢者の中でも介護を必要とする時代の最中、私たちは経済ばかりを求める時代ではないことが明らかなのではないでしょうか。経済とは暮らしの中の一部であり、それだけで国民生活を判断する時代を終わらせる必要があると思うのです。それはバブル崩壊後に就職活動を余儀なくされた世代ほど実感しているのではないでしょうか。


幸いなことにバブルを知らない若者たちの間では、経済だけを追い求める価値観は薄れています。シェアする=分かち合うという概念が膨らんできています。そして世界の人々がインターネットのでつながり、国を越えて話し合い、分かち合う時代が来ようとしています。科学の発達はよい面もあれば悪い面もあります。けれどもその活かし方によっては人々が新たな夢を持つことができ、また想いをひとつにできるようになりました。


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現在世界はこの先どのようになるのか分からない混とん状態にあります。けれども一方で透明性は高まり、悪事を働けば、それがあっという間に世界に広がってしまう時代です。ある意味恐ろしいことですが、心にやましいことのない生き方をすればよいということでもあります。


これまで成功者といわれる人々の多くが、大なり小なりやましいことを抱えつつ、そこへ上りつめたことでしょう。中にはお金と手にした権力でもみ消したということもあるかと思います。けれどもその手はもう使えなくなりつつあるのが現代です。バレてしまい、あっという間に突き落とされるのですから。これからの成功者といわれる人に求められるのはある意味正しい生き方、正直な生き方が求められているともいえるでしょう。


それは一見するとしんどい世の中のように思えるかもしれません。けれども正しい生き方、正直な生き方は人間本来の生き方であるとも言えます。人々が分かち合う生き方、それは素晴しい生き方です。心にやましいことなく、正々堂々と生きられるとは、素敵な世界であると思うのです。


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新たな時代がそうなるようにもっていくのも、そうでない生き方とするのも私たち一人ひとりの意識です。どのような選択をするのか、そしてどのような未来を選ぶのか、その期間が新しい元号までの時なのではないかと思うのです。この1年と4か月ある意味天が与えてくれた猶予期間(選択期間)、あるいは浄化期間なのかもしれません。心のクリーニングをしましょう!そして今上天皇の想いに応えましょう。



参考文献:

(※1)「クリーニングの真実」 川田薫・山内尚子著(きれいねっと)

(※2)(※3)国立社会保障・人口問題研究所HPより





らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~



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