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2017年11月

2017年11月22日 (水)

目の前に繰り広げられる世界は自身の意識の現れである。

現在私は精神障がいのある人をひとり支援しています。いえ、争っているといってもよいでしょう。詳細は省きますが、かなり手ごわい相手です。


けれども彼を見るたびに自分自身の心(意識)が現実世界に現れたものではないかと思うのです。なぜなら彼の言動を見るたびに、私自身と重なることがあることに気づかされたからです。彼の姿は私自身の姿なのです。


彼を打ち負かしたいと思います。けれどもそれが自分自身に「克つ」ことなのかと考えると、例え彼に「勝った」としても自分自身に「克った」とは言えないのではないかと思います。


勝つでもなく、負けるでもなく、包み込む。善や悪を超えたところの部分に答えはあるのではないかと思うのです。ただし私はこの世界(天)の究極は「絶対善」「絶対愛」であると確信していますので、最後はよい方向に向かうと信じています。


だから私は今回彼に送ったメールをここに書こうと思います。なぜなら彼は私の意識の現れです。だから私自身の心に宣言したいと思うからです。


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(
一部修正しています。)
≪転載始め≫


話を変えます。

ここからはあなたの顕在意識ではなく潜在意識に向けて書きます。


あなたを見ているとかっての私を見ているように思えます。いえ、今現在の私の中にもあなたと同じようなのがいます。

私はかっての自分自身の正義をふりかざし多くの人を斬ってきました。そして多くの職場を渡り歩いてきました。

それが自分自身の中で正しいと信じていました。けれどもその結果私が得たものは孤独です。誰からも愛されない自分です。

唯一例外として家族です。親はどんなにダメな子供であろうと愛してくれます。

そのことにようやく気がつきました。


今も私は自分の中に自分の正義は持っていますし、それを貫きたいと思います。

 けれどもそれと同時に人との信頼を大切にしたいと思いますし、信頼してくれる人を増やしていきたいと思っています。

お陰で最近ようやく少しずつ(今の自分の)信頼を得つつあると思います。だからこの先も人との信頼を大切にして、できれば愛される人間になりたいと思います。

あなたは愛されることを欲しているのではないですか?

それゆえに顕在意識と潜在意識に分離が起きて精神を患うことになったのではないですか?

いくらか薬を飲んだからといって心の分離はなおりません。あなたの心の奥にある気持ちに正直にならない限りその状態は続くでしょう。


確かに世の中は理不尽なことだらけです。どんなに正しいことでもそれが通らない事があります。身近な所から世界に至るまで。みんなその中で矛盾も感じながら、折り合いをつけながら生きています。

けれどもそこに救いがあるのは(人から)愛されること、(人を)愛することではないでしょうか

表面(意識に言っているの)ではありません。心の奥底に愛されたいとの思いが訴えてませんか?


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Part


人との信頼は1日や2日でできるものではありません。1ヵ月でも足りないです。長い年月をかけて少しずつできます。積み重ねていった結果です。

子供の頃ならすぐにできるのかもしれませんが、大人になって、年を取るにつけ、益々その日数が必要です。それなのに一瞬にして、しかも簡単に失ってもしまいます。

私は今その事を実感しています。きっとこれから残りの人生全てをかけてやっていかなければならないのだと思っています。

正直それができるかどうか自信はありません。それでもやっていかなければと思います。

なぜなら人からの信頼や愛を感じて初めて孤独が癒されるからです。

だから私は今自分が大切にしたいと思う人も会社も守ります。どんなことがあっても守ります。

そしてその数を増やしていきます。それが自分の人生だからです!

≪転載終わり≫


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彼は具体的に言わなければ理解できないところがあります。だからこの文章が分かるかといえば分らないと思います。けれどもきっと心の奥(深層心理)では分かってくれるものと信じます。


更にこれは私自身へと送った文章(宣言)でもあります。きっと私自身もすぐには分からないと思います。この想いを積み重ねていって、実践して、人生を終える時に初めて感じるものなのかとも思います。

彼の支援をするのはもう嫌だ、早く終わりにしたいとばかり思っていました。けれども彼の支援はこれからが始まりなのかもしれません。そしてそれは私自身の意識とようやく本当に向き合うこととなるのかも知れません。


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さあどうなるか!?チャレンジです!!





らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2017年11月15日 (水)

スピから考える:統合失調症になった理由

統合失調症の彼と出会って半年が経過します。彼を支援しているうちに彼が統合失調症となったのは必然であり、それによって彼は救われたのではないかと思うようになりました。


彼は若き頃世間で言う(手がつけられないほどの)やんちゃものであったようです。高校時代の彼は人を人とも思わず、何かあるとすぐにキレ喧嘩に暴走を繰り返していたそうです。


そんな彼も高校を卒業し就職はしたものの、その性格は変わらず、傲慢なままですぐに会社の人から大前は外の人間(よそ者)だといわれたそうです。彼は心の中の苛立ちを晴らすために時に高速道路を200キロで突っ走っていたこともあったそうです。ちなみに彼の話によると当時の監視カメラは200キロのスピードので走る車のナンバーを写すことができるほどの性能ではなかったがゆえに捕まらなかったそうです。


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そんな彼は20代前半の時に統合失調症になります。それからというもの体調はすぐれず、力も入らなくなります。これまでなら腹を立て、相手を威嚇していたのが、それをすることもできなくなります。大声を出そうにもその力もなくなったそうです。けれども基本的性格は変わらず、生意気なままであり、それ以降仕事を転々とし始めます。どこへ行ってもしばらくすると首を切られたり、あるいは契約が更新されることはなかったそうです。



仕事を続けようにも続けられない、叫びたくても叫べない、そのような状況の中で彼は年を重ねて行きます。気づけば40代となっていました。そしてこの状況を何とかしたい、きちんと仕事を続けて、そろそろ落ち着いて生活したいと思うようになり、主治医のアドバイスもあり、彼は障がい者の就労支援事業所に通うようになります。そしてそこでの就労を通じ指導と訓練を受けて行く中で私と出会い、私が彼の就職とそこで働き続けられるように支援することとなりました。


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彼は今再び一般企業で働いています。当初は彼のもともとの性格や同じ部署の人との関係からいろいろなゴタゴタがありました。ある日電話の向こうから「こんなところでやってられるか~!」叫んできたこともあります。その都度彼との面談や周囲の調整を行いひとつずつ課題に取り組んでいきました。その甲斐あってかもう辞めるといっていた彼は落ち着き始めました。


つい最近彼との面談で、統合失調症になったことは必然であり、それによって救われたことを話しました。もう一歩突っ込んで統合失調症になったことを受け入れ、感謝できるようになればそれはよくなっていくとも話しました。


なぜなら私はこれまでの彼との話しを通じてこれまでの彼の経歴や行動を知り、彼が統合失調症となったのは彼自身の心がSOSを発したか、もしくは彼の守護霊が彼を守るためにそのスイッチをONにしたのではないかと思ったのです。もし彼が統合失調症を患うことがなければ、きっと彼は今この世にいないか、あるいは塀の中での生活を余儀なくされていることでしょう。それを防ぐために彼自身の心が、もしくは彼の守護霊がそうなるようにしたのだと思うのです。彼の表面的性格は子供時代からの環境によって暴力的となったのでしょうが、心の奥底(潜在意識)ではそれをしてはならないことと認識していたのではないかと思うのです。そしてスピリチャルな面も含めて支援をしようとする私と出会った…。(引き合わされた…。)のではないでしょうか。


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彼がそれを理解したかどうかは分かりません。コイツはなにを言っているんだオカルトかと思ったかもしれません。けれども彼はそれから仕事に対してこれまで以上に積極的になってきました。


先日彼から相談がありました。統合失調症の人でも上(の立場、ポジション)を目指せるのでしょうか?というものでした。そこで私は、私の知っている統合失調症の人でNPO法人を立ち上げている人もいることを伝えるとともに、ひとつアドバイスを送りました。


統合失調症となり人間の弱さ、自分の弱さを知ったと思います。それを活かしていけばよいのです。


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彼はこれまでの人生の半分を統合失調症として生きてきました。そこにはずっと悔しさと情けなさがあったと思います。きっと不遇の20年として自分の人生を嘆いたことでしょう。けれどもこれからはきっとゆっくりでも前に向かって進んでいくと思うのです。そしてもしかするといつか彼も部下を持ち、人の弱さの分かるいい上司となるかもしれないと思うのです。



もうしばらく彼の人生に付き合いたいと思います。






らいふあーと~僕らは地球のお世話係~


2017年11月 6日 (月)

株式考:マネーゲームは致しません!

株価が連日値上がりし、戦後最長の日経平均株価連続値上がり日数を更新したと騒がれています。きっと株を手にしている人は大喜びであり、この先の期待感も膨れる一方なのではないでしょうか?かくいう私も実は株を少々持っています。ただしそれは私が購入したものではなく、親父の遺産として(電力会社の株を)時価にして200万円ほどのものを相続したものです。


その株についてあるのは知っていたものの興味がないのでずっと放ったらかしにしていました。、ところが数か月前にその株を預けている証券会社から電話があり、その株を売って他の株に変えませんかといってきました。原発反対派の私としては電力会社の株など持つのも嫌だったので了承したところ、そして中国のIT株を購入を勧められ、あまり乗り気にはならなかったものの何も考えずに任せました。すると3ヶ月後に再び連絡があり、株価が上がり今売れば40万円の利益が出るので、その株を売ってほかの株にしましょうとの話しでした。


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万円預けたら240万円となり、たった3カ月で2割増しとなったのですからすごいことです。本来なら大喜びなのでしょうが40万円の利益を手にしても少しも嬉しいと思えませんでした。なぜならもともとそのお金は私のものではありませんし、また自分自身の手で稼いだわけでもなく言われるままに「ハイ」といっただけのものであり、「つまらない」としか思えませんでした。


その後証券マンはいかにも次に買うべき株を進めてくるのですが、うるさいな…としか思えませんでした。なぜなら株で短期でいかに儲けるかというのは一種の博打であり、マネーゲームとしか思えないからです。現在企業は株価対策に追われており、企業の戦略も株価の維持もしくは上昇させることがウエイトを占めているところも多いように思われます。それ故に短期の利益に走り、儲かればよい、時に不正もひとつの手段と考えているように思うのです。そこには社会のためというのが抜け落ちていると思うのです。


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以前から「会社は誰のものであるか」という議論がなされています。私はこのところずっと社会(を良くするため)のものであり、従業員(とその家族、関係者)や顧客のものの立場です。株主はその一部でありはしますが、決して会社の主役ではないと思っています。



株主とはその会社の長期的成長、(その会社を通じて)社会をよくするために援助するものであり、その会社が悪い方向にいかないように見守る存在であると思うのです。その結果配当というものが生じ、それを手にするものだと思うのです。


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その証券マンはこの株をこの株をと勧めてきます。そこで私は今の証券会社のあり方に、そして彼の価値観にほんの少しでも影響を与えることができるならばと思い、次のように言いました。


長期的(5年間)に見て、これから社会をよくするために絶対に必要だと思う企業を選んで欲しい。ただしそのお金は親父の遺産であり、無駄にするつもりはない。銀行の定期預金の金利よりもよい結果となるものを選んでそれを購入して欲しい。


翌々日その証券マンが再び連絡してきました。AI(人工知能)関連株でした。上司とも相談してその企業の株を選んだとのことでした。正直私の言った意味を理解してくれたにも思えず、乗り気はしなかったのですが、「あなたが私の要求に沿ってその株を選んだのならば…」と承諾しました。もし5年後に損を被ったら損失補填をしろよと伝えると、「それは…」と逃げ腰でしたが…。


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結局今回の株の売買で思ったことは、自分で頭を使って、体を動かして、働いて稼ぐのが一番であるということです。そして自分で働いたお金で安心して暮らせる仕組みをつくることが政治家の仕事であるということです。決して株価を維持・上昇させることが政治家のすることではないのです。もちろん退職して年金の足しにするための利殖としての株式投資はありだと思います。けれどもそれは贅沢を謳歌するためにあるのではなく、つつましやかな暮らしを送るだけの利殖の獲得であるべきだと思うのです。そしてそこに社会の豊かさがあると思うのです。



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らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



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