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2016年12月

2016年12月28日 (水)

アメリカンWAYからの転換を考える:どうする日本!?

世界が大きく変わろうとしています。アメリカ主導の時代が終わり、誰もがこの先どのような世界となるのか予測できないような状況となってきています。トランプ氏の次期大統領が決定し、ますます世界は混とんとする様相を呈しています。(それでもヒラリー氏がなるよりかはずっとよかったと思います。)この先ロシアや中国が台頭するのか、それとも多極化した世界が広がるのか、しばらくは分からないのではないかと思います。そこで私なりの近代世界の形成と今後の日本を述べてみたいと思うのですが、まずはアメリカと近代世界の形成を述べたいと思います。


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第2次世界大戦後から今日まで世界はアメリカの主導によって近代化(西欧化)が進められてきたと言っても過言ではないと思います。その一番の方法を振り返ってみると、アメリカはずっと世界の中で対立を作り出し、それを自国の繁栄へとつなげてきたと思うのです。どういうことかというと、西側と東側による冷戦対立から始まり、対イラク、そして対中東・アラブ諸国~リビア、アフガニスタン、シリア~、更には(東アジア・日本に向けての)対北朝鮮、そして対中国etc。これらの対立を生みだすと同時にそれをうまく利用して自国の利益とすること。これこそアメリカの一番の方法だったと思うのです。


対立を作り出し、そこに自国の正義を振りかざし、そして白黒つけようと世界に迫ります。一応中立的な立場から判断したと見せかけるように国連というカード使います。けれどもその陰に常にあったのはアメリカの“にらみ”であり、そしてその武器が軍事力(暴力)と経済力であり、もうひとつはディベート力だったと思うのです。


対立を生みだし、アメリカの正義を振りかざすために、世界をアメリカ側につけるわけですが、そこでまず使われるのがディベート術であり、相手国がいかに不義を行ったかということのコマーシャルです。それはアメリカのロビイスト、弁護士産業のあり方を見れば分かります。(なんたってその力は有罪者を無罪にするほどのものですから…。)そして更に使われるのが軍事力を背景とした同盟国という名目であり、そこに「自由と人権、そして民主主義の名のもとに」とスローーガンを掲げればほぼ多数決は得られます。


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ここでアメリカの産業構造は軍産複合体となっています。その規模は一定期間戦争が行わなければ自国の経済が立ち行かなくなるといわれるほどです。それ故に軍産複合体、プラス政府が合体・共同し、世界に対立を生みだし、自国を「正義」とし、同盟国の賛成を取り付け戦争を仕掛けてきたわけです。(ちなみにそこにはじつは表立っての攻撃と、裏では敵国にも手をまわし、どちらに転んでも利益を得るというマッチポンプな方法をとってきたことが明らかにされています。)こうしてアメリカは「対立」を生み出し、争いを生じさせ、それを最終的には軍事力=戦争で持って解決する。それこそが自国の繁栄となるものであり、そのカタチを今日までより強固にしてきたと思うのです。



そしてもうひとつアメリカが世界に取った戦略が「開発」という名の搾取だったと思うのです。途上国に対し自国の繁栄を見せつけ、いかに西欧化・近代化という開発がその国の繁栄につながるかをプロパガンダ(宣伝)し、そのための開発支援を行うという名目で、その国の財を奪っていく。もちろんそこにはディベート術があり、ロビイストの活躍があり、更には自分たちの思惑の片棒を担ぐ者にはアメを与え私腹を肥やさせるという裏取引を行い、それでもって全体からは搾取するという方法をとってきたと思うのです。



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「対立」を生み出し戦争につなげていく方法と「開発」という名の搾取、これら二つでアメリカは繁栄を謳歌してきたわけですが、それを通じて比重が増してきたのが「お金(金融)」です。少し「対立の」論点から離れてしまいますが、そこで経済の仕組みを「モノ」から「金融」中心へと変化させ、「金融利益」の獲得を至上命題とします。それに伴い経済や金融を「実態」から「架空」へとも変化させます。二酸化炭素の排出権などまさにそれを表わしているといえるでしょう。そうして「利益」獲得はますます激しくなり、それは他国から搾取するだけでなく、遂には「未来」からも搾取するようになります。デリバティブなどの金融関連商品がそれにあたります。


未来の利益を確定させ、それを現在の利益とする。すなわち未来に生じるものを搾取するわけですから、未来に穴があいてしまいます。そしていつかはその未来はやってきます。その未来をまたさらに先の未来へと伸ばしてと繰り返しつつ、穴はどんどんと大きくなりやがてはその未来の穴は埋めきれなくなります。


そうして「対立」や「(開発)搾取」だけでは(穴を埋めるのに)足りなくなったこと、そしてその「対立」「搾取」などアメリカが採ってきた方法などが次々に暴かれ、ドツボにはまり、二進も三進も行かなくなっているのが現在のアメリカだと思うのです。そしてそのとばっちりを一番に喰らったのが「プワーホワイト」と呼ばれる人たちであり、アメリカの99%と呼ばれる層であり、彼らの共感を生み出したのがトランプ氏だったと思うのです。(本来はサンダース氏なのでしょうが、そこはヒラリーがお金の力で…。


こうして世界帝国が沈みゆくのと同時に、上って来たのがロシアや中国であり、現在はかつての栄光を今でもあるものとして見せつけるアメリカと、上がってきた両国の思惑が絡み合い、世界が混乱した状況にあるのだと思うのです。


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そんな状況の中で日本はどうあればよいのでしょうか? 世界が大きく動こうとしている今日本人はこれまでの歴史を振り返ると同時に、日本の未来、世界の未来のあり方を考えていかなければならないのではないでしょうか? 日本には新しい世界をつくり上げていく力と義務があると思うのです。


図 解①

(H29.8一部修正)
             
             

らいふあーと~僕らは地球のお世話係~
             
             
             

2016年12月21日 (水)

心を使っておもてなし

先日名古屋からお客様を松山へお招きしました。


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時到着の飛行機で来られ、それからお昼を挟んで会場に到着と同時に仕事の席について頂き、終了してほどなく懇親会、そしてホテルへと送迎するというあわただしい1日となりました。翌朝はゆっくりしたい、15時の飛行機で帰られるということで、空いている時間は数時間しかありませんでした。


更にその方は高齢となられていたこともあり脚の状態が悪く、ほぼ常時車椅子での移動となっており、車椅子の場合飛行機の座席の確保するために普通の人よりも早めに飛行場に行きチェックインをしなければならないとのことで、結局自由に動ける時間は、11時から13時半までのわずか2時間半だけでした。


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私としてはせっかくお招きし、わざわざ松山まで来ていただいたのだから有意義に過ごして頂きたい、できれば松山を好きになってもらいたい。そう思い、知恵を絞り、私なりに2時間半で松山を感じてもらうプランを考え実行しました。


(実を言うとタクシーでホテルまでお送りする際、その方はいつもそのような忙しいスケジュールの日々を過ごしており、時には一体自分はどこに行っていたのか分からない時があるということを聞いたため、ならばな益々松山に来たことを実感してもらいたいと思ったのです。)


まずプラン実行のためレンタカーを借りることとしました。と言うのも、その方は車椅子のため介助する人も必要ということで今回お連れの方2人が同行してきており、計3人での移動、その為3人の荷物と車椅子を乗せねばならず、案内するにもそれなりの大きさの車が必要となります。私の車ではちょっと小さすぎると思い、レンタカーを借りました。


お招きしたお客様であり、更には結構その業界では全国的に有名な方ということもあり、本来ならばよく名前の知られたところのレンタカーを借りるべきなのでしょうが、現在の私にはそれほどのゆとりはないため、ワンボックスカー6時間4,000円という格安レンタカーを前日夜に予約しました。(それでもきれいな車でした。)


そして(車椅子であること、2時間半しか時間がないことから)なるべくスムーズに物事が進むように、あらかじめ訪問先、利用する機関にも朝一番に連絡し、車いすの方をお連れすることを伝えておきました。


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結果松山のメジャーな観光ルート(松山城・道後温泉)を織り交ぜながら、途中出会った人々から(偶然に)教えてもらった名物を食べることもでき、結構中身の濃い時間を過ごして頂くことができました。お陰でその方とお連れの方共に満足して頂けたようで、帰りの飛行機の中で何度も「来てよかった。」と言われていたそうで、ひと安心しました。


後から振り返れば、もっとこうしておけば…、この点配慮が足りなかったとの反省も多々あるものの、それでも私なりのおもてなしができたのではないかと思っています。


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それから数日が経ち、ふと思ったことがあります。それは、

モノやお金には限りがある。けれども心を使うことは無限大である。

ということです。


モノやお金をかけようと思えばいくらでもかけることはできるでしょう。そして豪華な気分を味わってもらうこともできます。それも時には必要なことでしょう。けれどもそれに頼り過ぎると下手をすれば時には自然を破壊したり、何かをダメにしてしまったりすることもあります。けれども自分の頭を使うこと、そして心を使うことには限りはありません。また何かを破壊することもありません。


もちろんその時の自分の頭(思考力)や心には限りがあります。時には失敗もあります。でもその失敗や反省点を活かして次にはそれ以上のことができるようになり、更に中身を濃くすることができます。それを繰り返して行けばどこまでも広げていくことができるのです。




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心を使うということに限界はありませんし、自分自身の成長にもつながります。


今回のおもてなしを通じて改めて心を使うことの大切さを知ると同時に、やはりこれからは心の時代だなと感じた次第です。


その方をお招きできたことに感謝です。


 

(平成29年8月一部修正)




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~
             
             
             

2016年12月14日 (水)

世の中は絶妙です。

夢が叶うと同時に、僕の限界と無責任さに遭遇するという出来事がありました。

かつて描いた夢のひとつです。

僕はホールの一番後ろの壁にもたれて2つのものを見ているのです。

ひとつはステージでパフォーマンスを繰り広げるパフォーマーに熱狂している観客の姿、

もうひとつは舞台の上でパフォーマンスを繰り広げ、観客の熱狂を見て、より力が入っているパフォーマーの姿。

その舞台をセッティングしたのが僕であり、パフォーマーと観客の喜びを見て感じて、僕の中に喜びが込み上げているのです。

もう何年前に描いた夢なのか忘れてしまいましたが、今回その夢が実現しました。

映画上映とその主人公の講演会を開催したのですが、観客の方からは「よかった~!」と言ってもらえ、講演者からは「とても温かい雰囲気を感じることができた!」との声をいただきました。更に観客とパフォーマーの両者の声だけでなく、それを主催した団体の喜びと誇りを感じられるというオマケ付きで!

願えば叶うものですね!


でもそれと同時に僕の限界と無責任さを突きつけられもしました。

実は僕はこの本番の前々日前日と、肉体的、精神的共に力尽き、ほとんど何もできなかったのです。

頭は回転しない、体は動かない、それに伴いイライラしてしまう。ほとんど臥せっている状態で、主催者にほぼ任せっきり。

前日の夕方頃にようやく動けるようになり、本来ならしなければならないこともしておらず、その時自分の無責任さを痛感すると同時に、限界を感じました。

しかしながら主催者側のがんばりのお陰で、当日は両者ともに満足いくものとなり、結果上出来なものとなりました。


ところが翌日一通観客としてきてくれた知り合いからのメールがあり、そこには感動をつづられると同時に、致命的なミスを犯していたことが指摘されていました。そしてそこにこそ僕の痛恨のミスがありました。

当日のセッティングの際に機材を見て一瞬不安がよぎったのですが、まさかそれが現実となっているとは!、そしてその確認を怠った僕の怠慢さ。悔やんでも悔やみきれません…。


振り返れば、前々日までの一生懸命がんばった分に対しては、満足な結果が現れました。

同時に、前々日・前日とさぼった分は、僕を突き落とす結果が現れました。

やればやっただけの結果が得られ、やらなければやらなかった分だけ報いが来る。

まさにそのことが現実として如実に現れていました

世の中とは本当に絶妙です。


ちなみに今回の件で、イベントからは(当面?)引退することとしました。




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



2016年12月 7日 (水)

教育について思うこと

子供のころに習った「いい国つくろう鎌倉幕府」。鎌倉幕府が成立したたのは1192年というもの。けれども今では鎌倉幕府が成立したのは1192年とは教えないそうです。一説には朝廷が頼朝の支配を認めた1185年ともされるようですが、鎌倉幕府の成立は○○年と特定して教えることはなくなったそうです。

そのほか縄文時代は原始的生活であったことを習いましたが、実は高度な文明を要し、かつ9000年以上の存続していたことなど僕たちが子供のころに習ったことなど全く違うことが明らかになってきました。

先日「天才五井野正博士だけが知っているこの世の重大な真実」(ヒカルランド)を読んだのですが、ニュートン力学(引力)もアインシュタイン博士の相対性理論も間違いだそうで、真実は磁力なのだそうです。

その他生物学もどんどんと塗り替えられていきますし、英語など言葉もベースは同じとしてもどんどん変わっていきます。

結局僕たちが子供のころ机にかじりついて暗記したものは、間違いや変わりゆくものがいっぱいだったのです。僕らは間違いやあるいは当時の説を一生懸命記憶して、それを正しいと思いこみ、間違いのままで生きているのです。(まあその記憶したもののほとんどが忘れてしまったということも事実ですが…。)


さらに最近はSNSなどで、親が子供が持って帰ってきたテストを見て、解釈次第で正しいはずのものが、先生の固定した考えの為に間違いとされてしまったという投稿をよく見かけもします。

年齢を重ねてさまざまな経験をしてきた今思うことは、先生も一人の煩悩溢れる人間であり、決してすべて正しいわけではないということです。今思えばずいぶんと先生のわがままない振り回されてきたものだと思うこともたくさんあります。

先生とは子供たちにとってより多くの経験をした人生の先輩ではあるにしろ、絶対的な存在ではないことを僕たちも先生自身も知ることは必要ではないかと思うのです。

現在の学問が絶対的に正しいものでないこと、そして先生も絶対的な存在ではないことを踏まえて、教育の大改革が必要ではないかと思うのです。

現在子どもたちは小学生の時から塾通いし、6年生は受験勉強の1年となっている子供も多いようです。学歴社会が崩壊しようとしているにもかかわらず、今も多くの親が勉強させてよりよい大学、よりよい企業、あるいは公務員へと願って子供を塾へと通わせています。そしてそこで教えられるのは計算と暗記の世界です。

どのくらい前からそのようになったのかは分かりません。(もう30年位前のこととなりますが)僕も子供のころ中学3年生の時には塾に通ったこともあります。20年前東京で住んでいたころ「N」マークの入ったかばんを背負った小学生の子供たちが電車に乗っているのを見て、「一体この子たちは何なんだ!親はいったい何を考えてんだ!」と思ったことがあります。

それらの結果として現在の社会があるのだと思います。


大競争社会、いじめに自殺、格差、貧困層の増加、利権の奪い合いとその露呈、結局はすべてがお金で動き、動かそうとする世の中となってしまったようです。

そしてそれらを助長しているのが現在の教育としか思えません。

だから今こそ教育の在り方を改めるこ時だと思うのです。

科学の発達は何も間違いを発見することだけではありません。縄文時代の人々の生き方がわかってきました。そして学問の研究により江戸時代の人々の生き方、考え方、生活スタイルがより詳細に分かってきました。

いま僕たちが教育に必要とするものは、現在の教育のメインとなっているものとは正反対のところ、つまり生命の尊さ、人への優しさ(思いやり)、共に生きること・かされていること、そして地球(自然)や宇宙の神秘さ・恩恵を学ぶことであり、見えないものを感じる力だと思うのです。

そして更に必要なのが単に暗記するだけでなく、自分の頭で考え判断すること、そして創造していくことだと思うのです。

お金の豊かさ=物質的豊かさだけでなく、精神的豊かさ、すべてのものとのつながりを感じる教育が必要だと思うのです。

そんなことを思うこのごろです。

(図解はコチラ



らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



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