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2016年11月23日 (水)

人生の目的

「火事場の馬鹿力」という言葉があります。危機的状況やいざという時には思わぬ力が発揮できるということです。日常では無理と思っていることが、非日常的状態では可能となってしまう。そんなことってありますよね。これ何故だと思いますか? 何が変わったかというと「意識」が変わったことだと思うのです。

以前俳優の榎木孝明さんが30日間の不食を成功させ話題となりました。実は世の中には食べなくても大丈夫な人、あるいは150cc程の青汁一杯でずっと生きている人など結構いるようです。人間普段食べないと飢え死にしてしまうと思っていますが、実はそうとも言えないようです。私が思うに、不食を成功させた(させている)人たちは、これもまた意識を変えた結果そのようなことが可能になったのだと思うのです。


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話は変わり、人間誰もが卵子と精子が受精してから1010日間はへその緒を通じて母親から酸素も栄養をもらいながら成長していきますが、いざ誕生時、つまりは母親のおなかから体外に出る時になると、心臓は肺呼吸に切り替わるため劇的な変化を遂げるのだそうです。おそらくその変化の過程は産道を通る際に生じるのでしょうが、それは産む母親の苦しさだけでなく、きっと生まれてくる子供も、狭くて窮屈な中で呼吸もできず、多大な恐怖や不安を抱える苦しみの経験だと思うのです。だからこの世に生まれてきた時の最初の行動は泣き声をあげることになるのだと思うのです。(もちろん鳴き声を上げることによって肺呼吸ができるようになるということもあるのでしょうが…。)

逆説的な考えとなりますが、すべての人間(生命)は誕生と同時に死へと向かって進んでいきます。ある程度まで肉体は成長していきますが、一定期を過ぎると下り始め、いつしか老いへと向かい、やがては死を迎え、元の土へと帰っていきます。これはどんな聖人であろうと、あるいはいかなる権力者であろうと誰にも避けられないことです。


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さて、人間は「肉体」を持つ存在であると同時に、「意識」も持ち合わせています。では生まれてから死ぬまでのこの間意識はどうなのでしょうか?同じように成長し、下って行くものなのでしょうか? そうではないと思います。たとえ体力(肉体)的に衰えが来たとしてもそれもまた経験の一つとして意識は広がり続けます。もし認知症のように脳の機能が衰え、知的に衰えることがあろうとも、意識は実は絶え間なく広がり続けているのではないでしょうか?脳と意識は別物です。

例えば東田直樹さんという若き作家がいます。彼は自閉症です。一見すると跳びはねたり、声を上げたりして明らかに自閉症障がいのある人だと分かります。けれども彼はパソコンの前に座り、キーボードをたたき始めると、そこには驚くような文章が画面に出て来て、彼には私たち以上の純粋で素晴らしい感性があることが分かります。そして彼はきちんとものごとを見て、考えていることが分かるのです。脳の機能障害によって自閉症という障がい特有の症状(動作・行動)は出ていますが、意識は普通の人以上にしっかりしているのです。


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そこで私が思うことは、人間の一生を通じての成長とはこの意識の変換過程ではないかということです。

先にも書きましたが、人間生まれてくるほぼ誰もが母親の産道を通ってこの世に誕生します。そして最初にすることは泣き声をあげるということです。けれどもそれは同時に呼吸を始めるということであり、人生が始まったということでもあります。

この世に生まれるにあたって、これまで1010日の間子宮の中で羊水に浮かび快適に過ごしてきたものが、いきなり産道という狭く、苦しい場所に突入し、しかも呼吸系統が変化し、酸素が(一時的に)得られなくなり、それは不安や恐れ、そして苦しみ以外の何ものでもないでしょう。だから生まれてくる際の最初の経験とは、ネガティブなものだと思うのです。

そしてこの世に誕生してから、私たちは死ぬまで毎日さまざまな経験を積み重ねていきます。いいこともあれば、悪いこともあります。平凡な日もあれば、刺激的な日もあります。それらすべてを通じて意識を成長させていくのです。

更に私は思うのです。人間とは生まれてきたときの最初の経験、不安や恐れを自信に、苦しみを喜びや楽しみに、そして泣くこと(涙)を笑うこと(笑顔)に変えていくこと、ネガティブから始まった経験をポジティブなものへ変えていくこと。つまりは「辛さ」を「幸せ」に変えていくことを通じて成長していくことこそが必要ではないかと思うのです。


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魂を信じる人もいれば、信じない人もいると思いますが、私は信じています。魂は永遠であり、輪廻転生を繰り返していきます。その時代時代でさまざまな経験を積み重ねていきます。それをきっと魂の成長とするのでしょう。ある意味それは魂にするとゲームのようなものかもしれません。

その際もしこれまでの記憶を持っていたとしたら私たちはその記憶にとらわれてしまいます。過去の体験に囚われ、それに固執してしまうかもしれません。せっかくもう一度赤ん坊から始めるのですから、これまでの経験と記憶無くしたほうがさまざまな経験をすることができますし、きっとその方が都合がよいのでしょう。だから産道を通る際にそこにある羊水が忘却の水へと変わるのだと思うのです。


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そして私たちはこの世に生まれる時、さまざまな条件下で生まれてきます、顔も、肌の色も、国も、家庭も、肉体のハンディも、一人ひとりが違います。でもそれはある意味私たちが生まれる前に選んできたものです。

それらの条件でもって今回の人生でどれだけのことをするか。計画と期待を込めて選んだものです。けれどもそのことさえも表面的には忘れて生まれてきます。なぜなら魂の成長とは意識の変換過程であり、それは意識が自由自在であることを知ることだからです。

さまざまな時代背景、条件によって肉体的な自由度は違ってきます。そして生まれる場所などの条件でも変わってきます。あるものは権力者の子として生まれ、ある者は貧しい者の子として生まれ、更には障がいを持って生まれるかもしれません。その中で栄華を極めることも結構なことです。あるいは落ちていくのか…。

けれども私が思うに、どのような背景に生まれ、そしてどのような人生を送ろうとも、もっと大切なことは、その条件の中で「どれだけ生命を輝かせることができるか」ということこそが大切であり、この世に生きる目的ではないかと思うのです。

さあ、今そこにあるネガティブをポジティブに変えて、命を輝かせることに全力を尽くし、最期を「やれるだけのことはヤッタ。満足した~!」といえるものとしましょう。


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