« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »

2016年6月

2016年6月29日 (水)

マージングポイントの訪れるまで

昨年家の近くを流れる川が溢れ、近隣一体床下浸水になったことがあります。

僕の知る限り川が溢れたことはあるのですが、床下浸水となるようなことが起こったのは40数年間のうち初めてのことです。

それ以来大雨が降るという警報が出た時には、近隣の家々は、入り口前に土嚢を積み上げるなどしてその対策に追われています。

今年の梅雨もよく雨が降ります。

土砂降りの日もよくあります。

警報も出ました。

県内の地域には2日間に6月の平年雨量の8割の雨が降ったというニュースもありました。


現在人々はスコールに見舞われたり、竜巻が発生したりと、日本の気候が熱帯型に変わりつつあることを感じています。

更に世界中で大雨による洪水、巨大ハリケーンの発生、あるいはそれとは逆に雨が降らず飢きんに見舞われるなど、

多くの人々が日本の気象変化だけでなく、世界的な気候の変化、地球の状況が変わってきていることを認識しています。

多くの人々がきっとこのままではいけないということを心の中では思っていると思います。


その為節電を心がける人、ハイブット車に乗り換えた人、自転車通勤に変えた人など様々なことをしている人もいると思います。

自治体でも、公共交通機関の利用、クールビズあるいはウォームビズなどのエネルギー対策だけでなく、資源全体を考え、ゴミの分別の強化、リサイクルなど様々な対策を取っています。



中国では日本の10倍近くの人口を抱え、かつては自転車通勤だった人が、車での通勤となり、日本人と同じような、あるいはそれ以上の生活を追い求めています。

東南アジアでも同様でしょう。

今後はアフリカでもそのようになっていくことと思われます。


それでは日本人だけがそのような努力をしても無駄ではないだろうか?

そんな風にも思えます。

いえ、世界でも温暖化対策として各国の首脳が集まり、二酸化炭素の削減について検討してもいます。

それでもやはり地球の状況は悪化する一方です。


きっと人間が大きくどこかで意識を変えなければいけないのだと思います。

その為に今自分達ができることを積み重ねていかなければならないのです。

これまで先進国として繁栄と贅沢を謳歌してきた分、余計に積み重ねていかなければならないのです。

まだまだ、まだまだと思いつつも、

一つひとつ積み重ねていくしかないのだと思います。

おそらく日本(人)がそれをすることによって新興国も意識を変えるのだと思います。

そしたらいつかきっとマージングポイントと呼ばれる融合点(進化)が来るのだと思います。

それを信じて進んでいこうと思うのです。




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



2016年6月22日 (水)

歯磨き粉の使用を止めて分かったこと

数カ月前に歯磨き粉使うのやめました!!

(決して歯磨きするのを止めたわけではないので…。)

汚い~(>_<)と思うかもしれないけれど、

でも、水道水の中には塩素が含まれており、

この塩素の元をたどれば、第2次大戦の毒ガスであり、

近頃の歯磨き粉の多くにフッ素が含まれており、

これまた神経毒、更に歯だけでなく脳の根幹である松果体までもコーティングしてしまうとも…。

(そのために私たちの直観力は相当鈍ってしまっている???)

他にも歯磨き粉にはいろいろな化学物質が含まれて

まさに水道水と合わせると毒・毒・毒の三重奏!


ということで、歯磨き粉を使うのをやめ、

替わりに自家製米のとぎ汁乳酸菌培養液を使用。

自家製乳酸菌溶液はPH3.5以下の液であり、とても酸っぱいので、歯ブラシを培養液に浸け、

そしてゴシゴシ歯磨き、プラス定期的に歯間ブラシを使って歯の隙間の歯垢除去。

以来歯磨き粉を使っていないのだけど、何か問題が生じたかと言うと、

???

虫歯になったとか、歯が痛くなったとか

あるいは口臭が酷くなったとか、

特に大きな変化があるわけでもなく…

これまで通りに生きてます。


それまで毎日朝晩、時には昼も、1日2回から3回歯磨き粉をつけ歯磨きしていたので、

止めた当初は何だかイヤだな~と思っていたのだけど、段々と慣れていき

今ではもう歯磨き粉など要らないわ~状態。

(1個予備として購入していたのがあるのだけれどどうしたものか???と)

もし今度歯磨き粉を使うならば、自分で天然ナチュラルなものを作ろうかなあ、と思っているところ。


そんなわけで今思えば、

これまで歯磨き粉を使って歯磨きするのが当たり前どころか、絶対に使わないといけないモノという固定概念化していたのだなあと、

すっかりテレビのCMの影響を受けていたんだなと思うんです。

かつてテレビのCMで食べたらすぐ磨く!とか、フッ素が入っているのは○○だけ!なんてのがあったけれど、

あれらはすべて売上アップのための文句であり、いわゆるコピーライターと呼ばれる人たちがいかに消費者に注目させるかということで考え出されたフレーズなのだろう。

CMは疑わなきゃいけないな~。


そう思うと、歯磨き粉だけでなく、いろいろな商品が思い浮かぶのです。

今勢いよく宣伝されているのは、

香りの成分の入った洗剤(柔軟剤)だったり、

除菌・除菌の除菌剤(消臭剤)だったり…。

香りの成分入りは、あれで気分が悪くなる人もいるようだし…。

除菌と消臭は今やすっかり日本人に定着し、日本は現在除菌大国なのかもしれない。

他にも特保商品だったり、栄養補助食品だったり、CM花盛りなものが沢山!

初回は半額だったりプラスもう一袋おまけやら、今から30分以内なら1000円ぽっきりだったり、誘惑されそうな要素が溢れている。

そうして僕たちは知らず知らずのうちにそれを受け入れ、固定概念としてしまう。

嘘も3回続て言えば、真実に思われるらしい…。


歯磨き粉にしても、何にしても、本当に必要なものは何なのか見分ける眼が必要!

&自分で判断する意思と知恵が必要!


そして、もし必要なら自分で作ればいいのです。

ネットで検索すれば沢山出てきます。

大量生産しようとするからいろいろな余計なものを入れなきゃならないのです!

利益第一主義の企業戦略にのっちゃあダメだ!



らいふあーと~僕らは地球のお世話係~


2016年6月17日 (金)

マスゴミ現象

舛添東京都知事が辞任に追い込まれた。

テレビを見ていると解説者が、都民(国民)は彼の不正を許さなかった。都民の強い意志を感じた。ということを話していた。

そしてチャンネルを変えても、どの情報系番組でもまずは氏の辞任をトップニュースとして大々的に扱っていた。


何だか大きな違和感があった。


確かに氏の行った公用車の私的利用、公費による家族のお泊り付き会議など、公費・公物を私的に使用したことは知事の立場を悪用した私的乱用だ。

都民の汗水流して働いて稼いだお金の中から納めた税金を、私的なことで使ったのだから都民は大いに怒っても良いと思う。


でもだ、

宿泊した部屋の金額等は、僕たち庶民からすれば驚くような金額であろうけど、

それでも正直その金額とは大した額ではない。


僕が感じた違和感はここにある。

今回の氏の私的利用をこうして大々的に追求するよりも、もっと大きな金銭が動いているヤマがあるだろう!ということ。

甘利の利権
オリンピックの利権
パナマ文書etc

これらはどこに行ったんだ!?


今回の舛添氏の件に関しては、短期間のうちにマスコミが大騒ぎし、都民へのインタビューも随時使って、更には都議会での追求の様子もガンガン流し、事件をどんどんエスカレートさせ、世論を誘導し、辞任に追いやったともいえる。

その戦略とスピードは見事なものだ。(でも改めて都議会集中審議での追求の様子を見て欲しい。追求している内容は実にショボ過ぎる…。)

だったら氏のケースと同じように、甘利・オリンピック・パナマ文書なども追求し、大々的に報道すべきではないだろうか?

こっちの方がもっと大きなお金が動いている。

きっとその闇も大きいだろう。

そして何よりこちらも元をただせば国民の税金であり、その額は遥かに大きい。


今回の事件、裏では氏が韓国利権に手を付けようとしたために、その元締め巨悪が激怒したからと言う噂もある。

あるいはオリンピックへの東京都の支出に対する対立により元締めの仕返しとも…。

何が本当かは分からないけれど、もしそうならばマスコミは見事に巨悪の言う通りに動いたこととなる。

そしてその成果は想定以上でボーナスものだ。

何故なら、一連の出来事は、あくまでも知事の座を居座ろうとする小悪の大将の首を「都民の力」で刈り取ったぞ!と言う思いを抱かせ、格差や貧困に不満を持つ大衆に対するとても良いガス抜きとなったと思えるからだ。

けれども実はそれはトカゲの尻尾切りに過ぎなかったという…悪いジョークだ。


今回のマスコミのちっぽけな真実を暴いて、都民や国民により大きな真実は隠すという一連の働き。

もしマスコミが真実を追求することを使命にしているならば、次は上記の利権問題などに手を付けるという動きになっても良い筈だ。

けれどもそうなることはまずないだろう。

何故ならこの国は今や報道の自由度世界72位の国…。

現在のマスコミは巨悪の手下にしか過ぎず、マスコミではなく完全なるマスゴミなのだろう。

日本の闇は相当深いのかも…。

                     合掌



2016年6月15日 (水)

余計なものは捨てて、愛と調和の波動で生きていく

この宇宙~僕自身の肉体も含め、全ての物質、地球、星々を含めたすべて~は「愛」と「調和」(の波動により)でできているということ、

そして「天真爛漫、あるがままに生きる。宇宙はすべてを包み込む。」ということ

この2つをベースに瞑想をした。

するとその時の瞑想は何とも言えない心地のよいものとなった。

その時思った。

これまでに身につけてきた概念、思想、知識などの余計なものを捨てたらなんて楽になるんだろう~!! ということを。


僕らはこれまでに一体どれだけ要らないものを身につけ、それらを背負ってきているのだろう。

お陰で身も心も重くなっているどころか、

余計な概念に縛られ、枠にはめられ、身動きが取れなくなってしまっている。

何だか自由を求めて学んできたはずのものが、逆に自分自身を不自由にしているのではないか?

そんな風に感じられた。


よく子供が悟りの例えとして語られることがあるけれど、きっと子供たちにはそれらの余計なものがないからだろう。

彼らは物事を色眼鏡でみるのではなく、純粋にあるがままに捉えている。

そしてそれこそが僕たち大人にも必要なことなのだろう。

僕たちは大人になるにつれ次々と余計な知識や概念などを身につけていき、更には権力や欲望の虜になってしまう。

そして損得を基準にすべての物事を考え、行動するようになってしまう。

その結果いつの間にかかつての真っ白な心は汚れていき、

その汚れに比例するかのように、人も自然も痛めつけるようになってしまっている。

それが現代社会・現代人のあり方。

反省すべきだな…。



本来僕らはこの地球をベースとして、地球の一部を借りて生きている。

そしてその目的は、

この物質次元において、いかに自分の波動を高めていき、「愛」と「調和」に近づいていくこと、そして魂を成長させるかということ。

僕たちは修行の身なのだ。

もちろんその中で幸せを目指して生きている。

それがいつの間にか物質主義にまみれてしまい、競争して勝つこと、自分の欲を満たすことが人生であり、

成功して有名になること、お金を沢山稼ぐこと、

それが幸せであるというふうに勘違いしてしまうようになった。

特にここ数十年はその傾向が市場原理主義、新保守主義の台頭により強くなってしまった。

毎日そのようなニュースが溢れかえっている。

ウンザリだ!


やはりそろそろ、いやもういい加減に、これまでの自分たちのあり方を見直して、

少しずつでも軌道修正していかなければならないんじゃないかと思う。

その為には瞑想が一番だ!




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



2016年6月13日 (月)

入居者募集中ストリート

このところ仕事で様々な企業を訪問しているのだが、最近何だか増えたなあと思う職種のひとつが建築事務所(&住宅会社)

つい先日まで犬も歩けば介護施設に当たると思っていたのが、今は美容院・エステ・整体、そして建築事務所に当たると言える。

特に最近は一級建築士と言う言葉もよく耳にする…。

同時にそれに呼応して増えているのが、新築の戸建て住宅。

田畑だったところが次々と宅地化され、新しい家があっという間に建てられていく。

それを見て、日本は人口減少社会となったのに、何故こんなに次々と立てる必要があるの?

という疑問をずっと抱いていたのだが、そしたら次のような記事を見つけた。


(転載開始)
このままいくと我が国の多くの街は文字通り「空き家だらけのゴーストタウン」になる可能性が高い。

住宅市場ではこのところ毎年90万戸ペースで新築住宅が量産されているが、今後アベノミクスが奏功して新築着工が120万戸ペースに回復すれば、2040年に全国の空き家率は43%、60万戸ペースに激減しても36%になるといった恐ろしいシミュレーションがある。

都市の空き家率が30パーセントを超えると都市環境が悪化し、居住快適性が著しく低下することが研究者の間で知られている。空き家への侵入、放火などの犯罪の温床になり、何より街が荒れてくるとそこに暮らす人の心も荒む。かつてベルリンの壁が崩壊したとき、旧東ドイツの人々が旧西ドイツに大挙して押し寄せ、東ドイツでは空き家率が30%、40%いった都市が続出、街の荒廃が大きな社会問題となった。

空き家が増加する根本的な原因は世帯数でも人口減でもなく「新築の造り過ぎ」だ。前回お伝えしたように、西欧では多くの国で、10年間の「住宅需要」「住宅建設見込み」を推計し、それを基に住宅政策を決定する。2003年から10年間の各国の世帯数当たりの新築建設をみると、低いのがスウェーデンの5.6%、イギリス7.2%、イタリア8.3%。多くが10%以下で見込む。

本にはこうした目安がない。今も90万戸程度の新築住宅を量産する日本に空き家や増大するのは自明なのだ。適正な新築数はおそらく45万戸程度だろう。イギリスと同じ7.2%なら年間着工は35.9万戸程度。イタリアと同じなら41.47万戸。10%にするなら49.9万戸程度が適正だということになる。

  Forbes 「ゴーストタウン化!? 日本都市の空き家が社会問題に[日本の不動産最前線 第2回]」より

(転載終了)




これを読んで、やっぱり…と思うと同時に、結局今の日本の経済政策は将来のことなど何も考えていない、

とにかく今の景気をよく見せろ!ということだけなのだと思った。

同時に、企業側も今の利益を上げることしか考えておらず、その筆頭が建築会社ということだ。

確かに田畑をしていた農業従事者は高齢となり、それを引き継ぐものもおらず、どうしたものかと困ってしまう。

更にはそこが市街化区域にでも指定されていたならば税金も絡んで耕作放棄地として放置するわけにもいかず、結局は売るかアパートを建てるしかないのだろう。

そこを狙って○○建託やら△△建設などの営業マンが「お困りごとはないですか~?」と次から次へとやって来る。


けれども本来ならば、現在の日本や世界の状況~新興国の所得上昇、世界人口の増加、そして日本の農業従事者の高齢化~を考えると、

今後世界の食糧不足は深刻になること、日本の食料自給率はこの先もっと下がると予想されることなどからして、

いかに自給率をあげる政策をとるかということが大切なんじゃないだろうか?

もっと突っ込めば現在家庭のエンゲル係数は上昇し、6人に1人の子供は貧困層に属する。

だったら例えば宅地化するのではなく、家庭菜園をもっと推進する政策を進めるなど、

少なくとも地方の自給率100%以上を目指すことが必要ではないだろうか?


何だか後世につけばかり残すのが今の日本の政治経済。

自分達の欲を満たすことばかりで、未来の子供たちのことなどこれっぽっちも考えていないのだろうな…。

いい加減にそろそろそういう社会を変えていかなければならないのではないかなあ。


皮肉な唯一の希望として、現在の日本の住宅会社のほとんどは、30年しかもたない家しか作っていないということ…。

空家になったら崩れるのがもっと早いかも(タメ息。。。)




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2016年6月 8日 (水)

「いい暮らし」とは一体何を持ってそういうのだろうか?

あなたにとって「いい暮らし」とはどのような暮らしですか?欲しいものは何でも買えるだけの十分なお金があることでしょうか?週に何度か外食することができることでしょうか?高級住宅地に住むことでしょうか?一流企業に勤める旦那と名門私立に通う子供を持つ主婦となることでしょうか?


十人十色といわれるように、人によってそれぞれにいい暮らしの定義は違ってくると思いますし、それでいいのだと思います。けれども今回はあえて私なりの見方を書きたいと思います。


Photo_8


というのは先日とある経営者の方と話しをしていた際に、その方が何を思ったのか「あなたもいい暮らしをしなければならないでしょう。」と言われたのです。その時思ったことが、「果たして良い生活・いい暮らしって何だろう?」ということだったのです。


最初に断っておきますが、この経営者の方は私のことを思って「いい暮らしをしなければならないでしょう」と言ってくれたのであり、決してこの方を批判するつもりはありません。それどころかこの方の経営方針は人を大切にすることに重点を置いたものであり、大変尊敬すべき人なのです。


Photo_9


そこで改めて「いい暮らし」とは、何なのでしょう? 物的に恵まれていることでしょうか?確かにないよりはある方がいいと思います。最近は便利グッズもいろいろなモノが出ています。けれども私の場合そんなにものが欲しいわけではありません。充分です。それどころかもっと減らして、できいる限りシンプルな生活を心がけたいと思っています。


ではお金があることでしょうか? 確かにあった方がいいです。安心して暮らせるだけのお金があればいいと思います。けれどもそのお金も今やお金の猛者たちのやり過ぎの結果、腐りつつあるのが現状であり、必要以上に追いかけたいとは思いません。シンプルな生活を心がけているので、それほど買いたいと思うものもありません。


またこれもまたお金に絡むこととなりますが、贅沢ができることでしょうか? この贅沢とは何なのでしょうか? 高級レストランに行って豪華な食事をすることでしょうか? それもいいでしょう。けれども私が思う最高の贅沢とは、自給自足に近い生活です。自分が作った野菜や果物を食べたり、自分で製作したもの使ったりして喜んでいる姿を想像するとそれだけで楽しくなります。言い換えると、出来たものを食べたり使ったりする結果の喜びと、できるまでの過程を楽しむこと。それこそが私の贅沢であり、そのような生活にあこがれています。


それでは、好きなことができることでしょうか?これには大いに賛成します。きっと誰もがそう思うのではないでしょうか? 好きなことをして生きていけるってことは素晴しいことです。けれどもこれもまた私の場合お金にはなっていませんが、既に好きなことをしています。

Photo_10


と、今の私にとっていい暮らしとは何かということをいろいろと考えてみたのですが、行き着いた答えは、「愛」と「調和」のある暮らしではないかと思うのです。


突然何をいいだすことかと思われるかもしれませんが、最近読んだ本「地球に生きる私たちにできること」(ムラキ テルミ・木村 秋則著 KKロングセラーズ)によると、私たちは「愛」と「調和」のエネルギー体であり、この地球上にあるもの、そして宇宙とすべてがそうであり、かつ繋がってひとつものであるとのことです。


このことは以前から私が思っていることと一致しているのです。だから私にとっていい暮らしとは、大自然(地球)と調和して生きていくこと。そして愛(家族やすべてのモノや人)があること。自然に寄り添いながら、家族と共に生きていくこと。そしてその中で成長していくこと。そんな暮らしにあこがれるのです。お金やモノではないのです。現代社会の便利さをすべて否定するつもりはありませんが、行き過ぎてしまった面は相当あると思うのです。そしてその失ってしまったものの代償はあまりにも大きいと思うのです。特に自然などはそうではないかと思うのです。


夢追い物語でしょうか? けれどもそれが私の目指すいい暮らしなのです。ひとことでいうとやっぱり「ガイアビジョンに生きる」ということです。地球とともに生きていたいと思うのです。いつの日かみんなが地球と共生し、共発展する暮らしを選んでくれたらと思うのです。小さくてもいいから確実に一歩ずつそこに向かいたいと思うのです。


Photo_11


さて、今回ここに書いたものは私の思いであり、決してあなたに今ここで強制するつもりはありません。けれどももしこれを読んで、少しでも地球や大自然に対する考え方を見直してもらえたならば、それは望外の喜びです。きっと私だけでなく地球も喜んでくれることでしょう。そしてそれがまたあなたにとってのいい暮らしにつながればと思うのです。


それではここでもう一度伺います。あなたにとっていい暮らしとはなんですか?


愛と調和とともに感謝をささげます。








らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2016年6月 5日 (日)

東京2020

2020年に東京オリンピックが開催される  

 

のかどうか分からないけれど、

(悪いけど開催されないと思う…。)

 

そこでいろいろもめた挙句に出来上がったエンブレム

あのエンブレムは、「組市松紋(くみいちまつもん)」という、

 

日本では江戸時代に「市松模様(いちまつもよう)」として広まったチェッカーデザインを、日本の伝統色である藍色で、粋な日本らしさを描いた。

 形の異なる3種類の四角形を組み合わせ、国や文化・思想などの違いを示す。違いはあってもそれらを超えてつながり合うデザインに、「多様性と調和」のメッセージを込め、オリンピック・パラリンピックが多様性を認め合い、つながる世界を目指す場であることを表した。

 

とのことだが、

 

 

この会場イメージを見て感じたことは、

 葬儀会場と言うのはもちろんのこと、

 

それ以上に、これは2020年に東京(日本)が終わるということの「暗示」ではないかということ。

 

 

 

 日本人が本来持つ自然との共生意識を復活させずに、

 

 

 今の日本のあり方=お金と欲望のままに生きる生き方のままでは、

 

 

4年後には東京はご臨終となる。

 

 

 

そのことを神様が示されているのではないだろうか?

 

 

 

 

 

今の日本=「ホ」も放ったらかし、新保守主義と市場原理主義者たちの言いなりで、添加物、遺伝子組み換えジャンジャン、予防接種に抗がん剤…。

 

更に政治もお金と権力の使い放題…。

 

メディアコントロールし放題。

 

お陰で世界の報道自由度ランキングは180か国中72位。

 

国民は見事に「ケ」を抜き取られてしまった…。

 

 

 

 

でもやはり一番の原因は「ホ」だろうな…。

 

 

このまま開きっぱなしで放置のままでは、4年後には「…そして誰もいなくなった。」という世界がやって来るのでは???

 

 

 

あるいは2020年にロシア・中国が「ホ」の封じ込めと言う名目で、国際管理下という権限の下、東京都民ごっそりと、シベリア、もしくは中国の無人都市へと強制移住。

 

 

 

なんてことになるんじゃないだろうか?

 

 

そこに残るのはアウトローたち

 

 

何だか本当にAKIRAの世界が現実化しそう…。

そんなことをイメージしてしまった。

 

 

 

あのマークが、東京五輪としてのエンブレムとして掲げられるのではなく、東京(日本)ご臨終エンブレムとならないように祈ります。

 

 

 

その為にも、やっぱこれからは、ひとり1人がこれまでの人間の行い、あり方すべてを反省して、

 

 

 

ガイアビジョンに生きましょう。

 

 

 

 

 

らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

 

2016年6月 1日 (水)

社会の中で生きていく

お酒の席で聞いた話し。

仕事で成果を上げている50代の女性

けれども家に帰れば夫の虐待を受けて20数年。

何度か離婚するチャンスがあったが、それを逃しこれまでやって来た。

夫が定年する3年後が最後のチャンスだと思っているのだが、その時どうするか迷っている。


いつも元気でさわやか朗らかアラフィフティ男性。

仕事もバリバリ、Facebookでも幸せ満載、充実感たっぷり。

けれども実は子供の1人が自閉症で大変だそう。


一見すると活躍し、順調な人生を送って、羨ましく思える人々。

けれども裏ではそれぞれに課題を抱えて生きている。

すべてが順風満帆と言うわけではない。


普段はそれを見せずに、明るく振舞っている。

それを気遣いと言うのだろうか。

それともそれは、自分への慰め、あるいは他人への見栄?

様々な思いがある中で人づきあいは行われているのだろう。


仕事も順調、家庭も円満、全てが順調と言う人っていないのだろうか?

例えあったとしてもそれは一時的なもの?

それは神様が与える試練?

変化することこそ不変なもの。

それぞれの魂の成長に必要なのだろうか?


人はそれぞれに表面があれば裏面もある。

そんな両面を持った人々が混じり、交じり合い社会は形成されている。

それぞれの持つ側面が時に引き寄せあい、時に反発し、そして装いながら…

協力し合い、対立し、近くなったり、遠くなったりしながら…。


人はひとりでは生きていけない。

だから本音と建て前を使い分け、社会の中でつながりを持ち続ける。

社会とは単純であり、複雑怪奇でもある。


そんなことを考えた。


今の僕がいる世界とは、僕の居心地が良いように作り上げた世界。

僕が好きなことを好きなままに行う世界。

このままでよいのだろうか?


僕の大きな方向性は、自然の中で調和し、自然に従い生きていたいということ。

けれどもそこにはやはり人がいた方がいい。

一緒にそうしたい。

この大宇宙は「愛」と「調和」できているのだから。


今からでも少しずつ世界(人間社会)を拡げていきたい?

それがストレストなるかもしれないけれど…。

何故ならこのところ人に対する興味が湧いてきたし、

それがまた僕の成長につながるから。

だから今更ながら社会へ再入学。


先日突然(インターネットの)占いをやってみようと思った。

そこで出てきたのは、

「この先順調にいくけれど、よりよくするために『遊び心』を持ちなさい。」だった。


確かに人との付き合いには「遊び心」が必要だ。

これまでの僕はガチガチの一方通行。

だからこの先(本音と建て前と、裏と表と適度に使いつつ、)自分の中に「遊び心」を養っていきたいと思う。



らいふあーと~僕らは地球のお世話係~





« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »