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2015年12月

2015年12月30日 (水)

世界の断捨離:ものだけでなく価値観も捨離する

これまでの世界秩序が音を立てて崩れ始めています。各国で連続テロは勃発し、金融・世界経済ともに不安定状態にあり、先行きは不透明となるばかりです。



その原因を考えてみると、ひとつはアメリカの弱体化でしょう。かつての世界の警察と称していた国家はもはや弱体化する一方です。ただしそれはこれまでの世界秩序を形成していた権力者たち(石油を中心とした戦争屋、あるいは経済原理主義者)の弱体化でもあるのです。


そしてもうひとつは西欧式経済の終わりの到来です。こちらも益々顕著になりつつあります。西欧式経済とは、ひとことで言えば搾取型経済であり、世界各地で搾取したものを浪費し贅を尽くすというスタイルです。


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歴史を振り返れば、ヨーロッパ人の大航海時代から始まった植民地政策は、アジア・アフリカ諸国に対する不当な政策や取引により、安く買い叩き、あるいは強奪し、それを本国や第三国に売りつけ利ざやを稼ぐというものでした。


この方法は植民地政策が終わった後も基本的にその姿勢は変わっていません。安く仕入れ高く売る、あるいは機械化による大量生産大量消費により利ざやを稼ぐという方法で、利益のためならば資源も環境も人も社会も無視してきたのです。


彼らにとって自分たちの権力と贅沢のためならば他の命など関係なく、経済とは、彼らエゴを満たすためのもの、エコノミーではなくエゴノミーだったのです。そして近代の搾取型経済の行き着いた象徴が武器産業と金融競争であり、「戦争」と「マネー第一主義」であるのです。


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これまでに彼らはあらゆる手段で各地に紛争を起こし、(両者に)武器を売りつけ利益を得てきました。また金融を金融工学という一種の“カジノゲーム”化し、自分たちでそのルールを作り上げ、それを世界共通の舞台として利益を得てきたのです。


けれども彼らは軍事的に躓きました。これまで自分たちの利益を得るために起こしてきた戦争やテロの仕組みが明るみになり、自分たち自身の首を絞めるようになってきたのです。


同時に権力者たちは自分たちの作り上げたマネーゲームでも躓いたのです。彼らの「今だけ、金だけ、自分だけ」のエゴのミーはとどまることを知らず、遂には自分たちの未来に得る利益さえも先取りしようとしたのです。そしてその穴のあいた未来がやって来たのです。



現在アメリカ、そして権力者たちはこれまでの後始末に入ろうとしています。世界は市場原理主義の行きすぎと間違いに気づき始め、これまで散々好き放題できるようになっていた金融は引き締められ、戦争推進派も追い出されつつあります。


更にこれまで搾取されてきた国々が力を付けてきました。そして先進国と同じような暮らしを求めるようになりました。先進国と言われる国々が一方的有利な状況とはいかなくなってきたのです。


きっとこの状況はますます加速して行くことでしょう。これまで西欧、特にアメリカの基準をスタンダードとして世界各国に押し付けられてきたシステムが融けているのです。


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私たちはまさに今数百年の歴史の転換点にいるのです。けれども大半の人の価値観は旧態依然のままです。それゆえこれまでの価値観のまま生きていこうとすることでしょう。しかしシステムの崩壊した中でその価値観の維持と存続は不可能です。それ故にしばらくは混乱が続くこととなるでしょう。


なぜなら残念ながら世界の多くの人々はこの先の具体的な進み方を見いだしてはいないからです。各国トップは現状の処理に追われてその先を見る余裕はなさそうです。その上システムと価値観の両方が一度に崩れていくため、予測がつかないのです。


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今私たちは未知の世界に入ろうとしているです。手探り状態で先へと進んでいかなければなりません。そこで必要となることは、ひとつは歴史を学ぶことです。ここ数百年の歴史を検証すると同時に、数千年に渡る歴史を俯眼することです。その中にヒントはあるはずです。


そしてもうひとつはこれまで異端視されていたものをもう一度検証することです。これまで真なるものが時の権力構造と合わないために、攻撃され、ゆがめられたり葬られてきました。それらをもう一度見直して真なるものを取り入れることです。


これらを通じて試行錯誤すると同時に、未来を描くこと。エゴに基づく未来ではなく、全ての生命が共生できる世界とはどんなものか?を考えていくこと。その中で新しい世界は生まれてくいくのです。


私たちはこれまでに溜めにためてきた物質も価値観も一度すべて断捨離し、新たな世界を産み出す創造の世界へと向かって行くのです。


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らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2015年12月23日 (水)

便秘でお悩みの方向けルポ~介護現場~夜勤帯のおバカな職員たち!

東京にあるベッド数86床の特別養護老人ホームの出来事である。

2階に44床、3階に42床、つまり2階に44人、3階には42人の入居者が暮らしていた。

現在介護施設はユニット性(少人数制)や個室が主流となっているのだろうが、当時はまだ4人部屋が主であり、個室はあっても1室か2室、もしくは2人部屋がわずかにある程度だった。

その施設では夜勤帯は各階2名計4名の介護職員が勤務していた。


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ある日の夜勤のこと。

その日はヨッちゃんとの夜勤だった。

ヨッちゃんは当時20代前半のキャピキャピのギャル(死語?)で、普通の子とは全く違った思考回路の持ち主だった。

よく言えば超個性的、悪く言えば超エゴイスト。

今はどうか知らないが、かつての神田○ののような子だった。(顔も似てるかも…?)

ひと言でいうと、よく介護職員としてやっているなと思える子だった。(事実介護職員を辞めた後は夜のお仕事に…(という噂))

けれどもヨッちゃんとはお互い変わり者同士ということで仲の良い職員の1人だった。



さて、夜勤の仕事は忙しい。

夕食介助を終え、誘導、着替え、臥床、後片づけなどなど諸々の仕事をしなければならない。

遅番の職員も19時までだ。

残りはすべて夜勤職員でしなければならない。

ひと段落すると職員もお腹がすくのでわずかな時間で夕飯をかき込んで、今度は消灯時のトイレ誘導をして、入居者をベッドに寝かせ、その後も洗濯等諸々の仕事が待っている。

テキパキこなしていかなければどんどん仕事が溜まっていき、朝まで働きっぱなし状態となってしまう。

なんといっても夜勤者は17時から翌日10時までの17時間勤務だ。


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消灯時の仕事が終わり、ようやく1時間ほどの小休憩。

スタッフルームに戻ってくるとヨッちゃんが何を思ったかお茶を出してくれた。

「コレお茶どうぞ。一緒に飲みましょ。」

「エッ!何?どうしたの?」

これまでヨッちゃんがお茶を出してくれたことなどない。

一体何が起こったのかと驚きつつ、少々不安にかられつつ、それでもヨッちゃんのその行為を有難く思いお茶を頂いた。


半分ぐらい飲んだころヨッちゃんが、

「これお通じの良くなるお茶だから。」とひと言。

「何それ?このお茶でお通じがよくなる?」

何かあるのではと思ってはいたけれど、そんなお茶とは知らず飲んでしまった…。

けれどもお茶だし、いくら便秘にいいとは言いつつ大したことなかろう、と思って全部飲んだ。



そして再び仕事に戻る。

今度は12時前の排せつ介助、巡回、そして別の階のヘルプにも行き、洗濯ものの作業だ。

それらの仕事を終え、まずはひと通りの仕事が終了。時間は0時30分。

椅子に座って書き物などをして1:00。仮眠の時間となった。

その日は先に仮眠を取らせてもらうことにした。

ヨッちゃんに「休憩頂きま~す」と告げ、休憩室でひと休み。



2:30仮眠終了。ヨッちゃんと引き継ぎをして、今度はヨッちゃんが仮眠の時間となる。

しばらくしてから各部屋に入居者の様子を見に巡回へ出る。

懐中電灯を片手に201号室から211号室まで順番に入居者さんの状態確認。

みなさんスヤスヤ眠っている。



順調に205号室まで巡回を終えた時、それはいきなりやって来た。

お腹が急にギュ~っと音を立て、猛烈な便意が僕に襲ってきた。

「ウワッ、何だこれ!」

これまでに経験したことのないほどのトイレに行きたいモードだ!

巡回の途中であるけれど、業務中断も仕方がない。

僕は職員トイレへとダッシュした。

職員用トイレはスタッフルームの裏側にあり、配置的に回り込むような構造になっている。

小回りを利かせ超速ダッシュする。アコーデオンカーテンを開けトイレの前までやって来てドアを開けようとすると、鍵がかかっている!

何故?

何故鍵がかかってんの???

もしかして…ヨッちゃんが先に入っている~!


待とうとするが、もう待てない。

早く終わらせよ~と怒鳴りたいところだが、そうもいかない。

このままではヤバイ!


そして僕は再び走った。

今度は入居者さんの居室へ!

そして「トイレ借ります!」と声なき声で断り、大急ぎでトイレに座る。


セーフ!!

怒涛の勢いで…、超大量の○○〇が…。

ズボンをあげ一連の作業が終わると、何だかどっと疲れてしまった…。



その後巡回を終わらせ、いくつかの仕事をこなし、再びひと息つきにスタッフルームに戻ると、ヨッちゃんが

「すごくない?」

「すごいどころじゃないよ!死ぬかと思ったわ!」

笑い転げるヨッちゃん。



そのお茶はセンナ茶
と言われるものだそうだ。

こんなお茶が世の中にあるとは知らなかった。

今もその名を覚えている。


そうして何とかその日の夜勤を終わらせた。

もしあの時、トイレに間に合わなかったら、一体どうなっているのだろうかと考えると恐ろしくなる。

まあ特別養護老人ホームだけに紙おむつは溢れるほどあるのだが…。

そして都心から郊外への太陽が照り付ける電車に揺られ、居眠りしながら帰っていった。



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もう会うこともないだろうけど、もしヨッちゃんと会うことがあれば、きっとあの日の話題で盛り上がるだろう。

風の噂ではヨッちゃんは今では2児のおっかさんになってるという。

当時の性格からするとモンスターペアレントになっているのではないかと心配する今日この頃であるが、いいお母ちゃんになっていることを願う次第である。



最後に便秘でお悩みの方お試し下さい。








らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2015年12月16日 (水)

あわのうた

あわのうた」というのをご存知ですか?先日スピリチャル系の講演会に参加したのですが、その際講演者の1人であった真印さんが、「ひふみ祝詞」「いろは歌」、そして「あわのうた」この3つ(の祝詞)を28日間毎日唱えると共に書きなさい。すると「最初は好転反応(※)が起こるかもしれないが、28日後からはよくなる。特にあわのうたは身体にいい。」ということを話されていました。


「ひふみ祝詞」「いろはうた」は知っていましたが、「あわのうた」は初耳でした。そこで、「あわのうた」を調べてみました。


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「あわのうた」とはやまと言葉の基本となるもので、ヲシテ文字なる文字が使われ、(学会では認められていませんが、)遥か昔私たちのご先祖様が使っていたと言われています。それを書くと


あかはなま いきひにみうく

ふぬむえけ へねめおこほの

もとろそよ をてれせゑつる

すゆんちり しゐたらさやわ


となります。

 
講演会後から毎日書くことまではしていないものの、この3つを唱え始めました。結果何かが起こったかというと…?


特に何かが起こったということもありません。けれどもひとつ言えることは、「あわのうた」は気持ちがいいということです。語尾を伸ばせば伸ばすほど気持ちがいいのです。その響きが体の中の悪いものを出してくれるようにも思えますし、あるいは頭の中、そして体全体を包み込んでくれるようです。


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そしてもうひとつあわのうたを唱えている時に思ったことがあります。それはこのあわのうたは古代日本人が使っていた言葉であり、おそらく縄文人が使っていた言葉です。それならばもし私の唱えるあわのうたが次元を超えることができたならば、縄文人の歌うあわのうたと響き合うことができるのではないだろうか?そしたらどこかで彼らと通じ合うことができるのではないかということです。


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現在縄文時代の人々の暮らしは、考古学の進展から徐々に解明されつつあります、それはこれまで私たちがイメージしていたほど原始的なものではなく、文化的な暮らしが営まれており、更には1万年以上も続く驚異的なものであったことが分かってきました。


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もちろん彼らは私たちよりもスピードはずっと遅かったことでしょう。電気も科学もなかった時代です。鉄製品も銅製品もありませんでした。そしてすべてが手作業、手作りの品。現代人が1日で終えることを、1週間、10日とかかっていたと思います。けれども縄文人は間違いなく現代人よりも直感が優れていたことでしょう。また自然や宇宙ともつながることができたことでしょう。というより日常的につながっていたはずです。だから現代の日本人が失ってしまった様々な能力を持っていたに違いありません。


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例えばあの炎が燃え滾るような縄文土器は間違いなく精霊とコンタクトし作られたものだと思えます。また遮光器土器は当時の伝説を形にしたものかもしれませんし、あるいは宇宙とのコンタクトを形にしたものかもしれません。彼らの文化には現代文明からは想像もできないもの(能力)があったに違いないと思うのです。当時は村々には、巫女(シャーマン)と呼ばれる人たちがいました。彼らは精霊と繋がることのできる能力を持っていました。それ故次元を超えることができたことでしょう。5次元の世界では時間は超越されます。


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もし彼らが次元を超え、時間を超越したならば、私の唱えるあわのうたをキャッチしてくれる人がいるのではないか?と思うのです。そしてもし私の唱えるあわのうたと、彼らの唱えるあわのうたが次元を超えて響き合えば…、何か面白いことが起こるのではないか!?そんなふうに思うのです。もしかするとそこに28日の秘密があるのかもしれません。


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縄文時代のことは、2500年以上前のことですから、まだまだ分からないことだらけです。おそらくそこには今の私たちには想像もつかない様な世界が広がっていたのだと思います。このまま科学の発展、考古学の進展を待ち、更なる縄文時代の謎が解明されるのを待ち続けるのもいいですが、彼らの精神や意識までもが解明されるとは限りません。それよりも当時の人々が唱えていたであろう「あわのうた」を唱えて響き合えば、心地よさを得られることは確かです。そして本当に運気が上がったり、健康となったりする可能性も大きいです。あなたも今日からあわのうたを唱えてみませんか?

 



らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2015年12月 9日 (水)

いよかんへの愛

今年もそろそろいよかんの収穫が始まる。

2月に新しい剪定の方法を教えてもらい、その通り剪定しようとしたのだがイマイチうまくいかず、

更には梅雨明け頃までは、乳酸菌や酢の葉や実への散布もほとんどせず。

おまけに昨年2月に有機肥料をやり、8月頃にあまりにしんどそうだなと思える木に再度肥料を与えたのみで、それ以外は不定期に自家製乳酸菌を土に撒いただけだった。

そんな状況で一体どんないよかんができることかと冷や冷やしていたのだが、今のところ傷だらけながらも、それなりの大きさのいよかんとなっている。

これからきれいな紅色となってくるだろう。


いよかんは12月~1月に収穫して、1ヶ月ほど倉庫で寝かせておく。

そうすると糖度が増し、2月頃からは甘みのあるものを出荷できる。

だから普段消費者がスーパー等で手にするいよかんは取られてすぐのものではなく、しばらく寝かせておいてから出荷したものだ。


みかん畑で木と木の間を歩いていると、身体がどうしても実に当たってしまう。木と木の間隔をいっぱい開ければ良いのだが、木も成長すれば、土地の広さ等の関係もありどうしても狭くなってしまう。その為噴霧器など抱えているとガンガン実に当たってしまう。

それでも実はがんばって耐えていてくれるのだが、中にはヘタがもげ落っこちてしまう実がある。

先日やはり2個ほど落っこちたので、もったいないから食べてみた。

するとまだまだ酸っぱいながらも、既に甘みがあり、その甘さが口の中にジワ~ッと広がった。

それが何だか「この実は生きている!」って感じられた。


僕が作ろうとしているのは、「安全・安心、そして元気の出るみかん(いよかん)」。

その為5年前に農薬散布を止め、化成肥料をやるのを止めた。

草も時期によっては伸び放題。

この5年間何本もの木が枯れてしまい、新しい苗を植えた。

今も何本か枯れようとしている。

現在は有機肥料と乳酸菌を土にやり、酢や木酢を葉や実に散布する。

いずれは有機肥料を施すのもやめようと考えているのだが、まだそこまではできていない。

それでも確実に土は元気になってきていると思う。

枯草をはぐればミミズがいっぱいいる。

季節によっていろいろな虫がいる。

冬場でも蜘蛛が巣をつくり寒空にじっとしている。

少しずつだが自然環境の中で育ついよかんとなってきている。

良い兆候だ。

いつか誰が食べても口の中で甘さと酸っぱさが絶妙な「生きてるぞ~!」と感じられるいよかんを作りたい。


人間は大地と共にしか生きてけない。




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



2015年12月 2日 (水)

生き抜く力

現在の日本は酷い国である。

平成24年の日本の年齢別死因を見てみると、

15才から39才まで5才ごとすべての年齢層において死因の第1位は自殺である。(40代は死因第2位。)

自ら命を絶ち、死を選ぶことが死因の1位なのである。

本来ならば楽しいはずの高校生までもが、まだほんのわずかな世界しか知らないにも関わらず絶望し、未来を見ることもなく命を絶ってしまう。

ひとこと「異常」である。

そして、40才から64才までの死因の第1位は癌。

社会の中で、仕事において、精神的に追い詰められつつもそれに何とか耐え抜き、さあこれからだと思ったら、そのころには身体は癌にむしばまれている。

まあ生まれてからずっと化学物質・遺伝子組み換え品を身体に取り込み、環境破壊・環境汚染により知らず知らずのうちに有害物質を吸い込んでいるのだ。そうなっていても何の不思議もないのだが…。

悲惨

これが日本の現状だ。


既存メディアは洗脳のための道具と成りはて、今や国民を無能化・無気力化するばかり。

最近は更にそこに放射能の影響、テロの恐怖、戦争の足跡、猟奇的殺人etcで国民は不安を増すばかり。

けれども国家=政府(政治家)や官僚は、国民を守るどころか、いかに(国民から)搾取し、自分たちの権力態勢を維持するかということのみに明け暮れている。

どうしようもない!

こうしてみると現在の日本は、実に生きにくい社会であり、正直国家の体を成していないと言っても良いかもしれない。


そんな社会の中で僕たちは生き抜かなければならないのだ。

自分自身で身を守り、生きていかなければならない。

何が正しいか判断し、どう行動していくかが問われている。



追伸
今かつての支配層(戦争屋)は追い詰められている。

自分たちの利益と欲のためならば人の命を何とも思わなかった勢力は次々と白旗を上げ出している。

最後の勢力が中東を中心に各地でテロや紛争を繰り広げている。

残念ながら彼らに加担してきた日本の政府と官僚機構、そして大企業群。

この先日本はもっと大変なこととなるのかもしれない。

けれどもそれはこれまで隠されてきた真実が世に出るとき。

それが大きなチャンスとなる!

正しい判断をして、生き抜かなきゃ!




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



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