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2015年10月

2015年10月28日 (水)

女性感覚でもって止めてくれ!

福島原発事故以来原発反対派だ。

あのような惨劇そして今なおそして未来に渡り続く放射能汚染は二度と起こらないで欲しいと思う。

けれども僕が住む愛媛は県議会に続き知事も伊方原発3号機の再稼働を容認した。


県議会において再稼働が賛成多数で容認された時、自民党・公明党・維新の会の議員全員が賛成していたのだが、ひとり一人に「本当にあなたは賛成ですか?」と尋ねてみたいと思った。

何故なら心の中では、「本当は反対だけど、党の方針として賛成せざるを得ない。」という人もいると思ったからだ。


そしてその人たちに聞いてみたい。

結局お金のために自分のポリシーを曲げて賛成するあなたは何のために政治家となり、誰のために政治に携わっているのかということを。

その答えは「自分のため、お金のため???」


ニュースのインタビューで、政府は「責任を取る(責任を持って対処する)」と言ったからという。

その言葉がどれだけ信用に足るものなのか。

福島を見れば全く信頼できないのは明らかだし、そしてそれを賛成理由にするにはただの言い逃れとしか思えない。


現在あちこちに太陽光パネルが設置されている。

この数年で随分増えたと思う。

蓄電池の性能もどんどん向上している。

また新しい発電装置も様々なものが出てきている。

そちらに転換を進めた方が安全な上に新産業・新市場が生まれと思うのだが…。


また愛媛も他県と同様人口減少であり、過疎化もどんどん進んでいく。

各地域は移住者の誘致に積極的になっており、県もその政策を進めようとしている。

そんな中原発再稼働はデメリットでしかないと思う。

どうせなら「廃炉!」と宣言してくれた方が、移住を考えている人たちも注目し、その数も増えるのではないだろうか?


正直国の政治にもはやは期待することはできない。

2世議員だらけとなり、今や自分の安泰のためならば日本を売り飛ばすことなど何とも思わない、今だけ金だけ自分だけの輩ばかりとなってしまった。


国はもはやその崩壊を待つばかりだ。

放っておけばいい。

もちろん崩壊した際には混乱は避けれらないだろうけれど、その時こそ地元政治家の踏ん張りどころだと思う。

だから県や市町の政治には、県民・市町民のためにがんばって欲しいというのが僕の想い。けれども今ではそれも無理かも…と。


先日女性議員について語る座談会があった。

愛媛県議会において女性議員は一人。

各市町もまだまだ少ないのが現状だ。


正直男性議員に期待するのは難しいのだと思う。

頭の中は利益しかない人がほとんどだ。

特にバブル時代を知っている男性議員は絶望的だ。

余程のパラダイムシフトが起こらない限り変わらないだろう。


だから女性がもっと政治に参加するしかないと思う。

そして女性が本来持つ母性感覚で持って今何が必要なのかを訴えて欲しい。

そして政治さえも経済成長一辺倒になってしまったのに風穴を開けて欲しい。

女性の時代と言われるその感性をもっと政治に反映させられるようになって欲しい。


そしたらまた希望が見えてくるのではないかと思う。




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~



2015年10月21日 (水)

恩返し→恩送り

お遍路の旅日記を読み返してみて思った2つのことのうちひとつは、不思議な世界との出会いだったということ。

そのいくつかを前回記したのだが、もうひとつ思ったことは、あの旅は多くの人々への感謝と恩を感じるものであったということ。

ほぼ毎日お接待を受け、その度に人の恩を感じ、感謝すると共にこの恩を返さなきゃ!と誓っている。

恩を感じた人々に直接返すことはできないけれど、今後の仕事で間接的に返すことを何度も何度も書き記している。


僕は四国に生まれながら、四国のお接待文化などこれっぽっちも知らなかった。

けれどもお遍路を通じてそれを体験することができた。

お陰で僕は毎日感謝しながら旅をすることができたし、日本人の優しさと素晴らしさを感じることもできた。

またあの頃仕事の中で感じていた対人恐怖症が少し薄らぎもした。


それでは僕は遍路の旅を終えた後、何度も繰り返して記した恩返しができているか?

正直できていない…。


確かに東京に戻ってから一生懸命高齢者福祉の現場で働いた。

利用者さんのために尽くした。事情で四国に戻ることとなったけれど、その後も高齢者福祉の現場で介護職員、生活相談員として一生懸命働いた。

だからあのころは高齢者福祉(介護)をさせたら日本で10本指に入る自信があった。

10年目にして遂に納得いく看取りもできた。

そして高齢者福祉を終えて、地域づくりの仕事に2年間就き、その後障害者に関わり始めた。


高齢者福祉で僕は何かを変えたか?変えていない。

地域づくりの仕事で地域は変わったか?変わっていない。

障害者支援の仕事で何かを変えたか?何も変えてはいない。

どれも中途半端だ。社会に役立つことがしたいと思いつつ、まだまだ結果を残せていないのが現状だ。

今思えば全て自己満足のための高齢者福祉・地域づくりだったような気がする。

そして今も…。


あのお遍路の旅から随分と月日が過ぎ去った。

正直僕はあのころの気持ちを忘れかけてしまっていた。

もう少しで恩知らずとなってしまうところだった。

今回こうして遍路日記を読み返すことができたのは、きっと何かの導きだろう。


あの頃を取り戻すことはできない。

けれども今ならまだ恩返しができる。

かつてお接待してくれた人々もきっとまだ健在な人も多いことだろう。

今ならまだ返すことができる。

直接返せなくとも、間接的に返すことができる。


ではどうすればそれができるか?

日本には恩送りという言葉がある。

その意味は、誰かから受けた恩を、直接その人に返すのではなく、別の人に送ること。

だから僕はこの恩送りをしたいと思う。

そしてそれはやはり未来の世代へ送ることが一番だと思う。


現代社会は未来へ多くの負の遺産を残そうとしている。

子供たちが本来未来に受けるべき利益までも人間のエゴが食い尽くす現代社会。

そんな時代だからこそ未来の世代につなげるものを残したい。


ではでは、その為に今の僕にどんなことができるか?

それは分からない。

分からないけれど、そう強く想い続ければいつか何かできるんじゃないかと!

今僕ができることをたとえゆっくりでもコツコツと積み上げていくしかないんじゃないかと。


苦難とは、苦を苦と思わず、難を難と思わず、道を切り拓いていくこと。

苦難は幸福の門である。

切り拓いてこそ恩返しもできれば豊かさもある!




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~




2015年10月14日 (水)

戦争いらない、知足がいい

戦争の足音を感じる人が増えています。

世界を見れば、「世界経済はもうどうにもならない。この状況を打破するには戦争しかない!」と、戦争勢力は中東を始め、あらゆる紛争のにおいのする場所を嗅ぎつけてはそれを煽り立ています。(結局は自分たちの稼ぎのため、マッチポンプとする。)


日本も例外ではありません。どんなに国民が稼いでも結局は米国に貢ぎ、間接的に紛争に加担しています。その結果国内は貧富の格差が激しくなる一方です。更に稼ぐためには武器輸出も必要と、表立っての戦争加担も始まっています。安保法案然りで、日本人ながら戦争が必要と話す人もチラホラいるようです。


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このような状況をもたらした大きな原因は、(これまでに何度も繰り返してきたことですが)西洋的価値観にあると思うのです。現在の価値観において、豊かな生活とは贅を尽くして自分たちの欲望を満たすこと。そのためには経済成長を必要とするが、実はそれは搾取であり、その搾取の対象は自分たちよりも弱いところから取るということです。その弱いところとは開発途上国です。これらは狩猟的民族の考え方であり、それが今やグローバリズムとして世界中を覆い尽くそうとしているのです。


けれどもその方法がだんだん通じなくなってきています。途上国と呼ばれていた国々が力をつけ、発言権を持つようになってきたのです。一方先進諸国は高齢化・国内の失業問題等で相対的な力は落ち、今や陥落しつつある国もあります。それでも一度覚えた贅沢は急にはやめられないため、あの手この手で策略を考えてきます。その最たるものが金融工学であり、金融資本主義でしょう。


結局資本主義における「経済成長こそが国の繁栄であり、国民に幸せをもたらす。」というその論理自体が間違っているのだと思うのです。実はこの経済成長こそが繁栄をもたらすとは、資本家の論理に過ぎないのだと思います。そしてその資本家とは、国民のほんの一握りでしかありません。その一握りの人びとのための繁栄方法が「経済成長」なのです。


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江戸時代日本は鎖国をしました。鎖国の中で何度も飢きんに見舞われ、幕府も財政難に見舞われます。その時幕府が民に奨励したのは「質素・倹約」です。その結果人々は贅沢を慎み、ものを大切にする習慣を身につけました。そこから生まれたのが循環型社会であり、もののない中での幸せに暮らす方法です。それが故に江戸末期に日本を訪れた欧米人は日本の風景、そして日本人の気質に驚いたのです。


江戸時代の質素倹約がもたらしたもの、それは「知足」の心、足るを知る心です。それは現在の欲望を満たしてこそ豊かさや幸せがあるとの考えとは正反対なものです。


「豊かさ」や「幸せ」はお金だけではありません。(このことは今や心理学の世界においても証明されつつある。)豊かさや幸せとは心のあり方であり、心の総合力のことなのです。その心の総合力をもたらすものは、つながり、家族、忍耐、道徳、信用、内省、経済、その他諸々です。経済とは幸せを形成するひとつでしかなく、心の余裕をもたらすワンオブゼムなのです。そのことを江戸時代は証明しているのです。



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ところが現在世界中で経済成長こそが人々へ豊かさと幸せをもたらすものとマインドコントロールされてしまっています。そしてその結果は、誰もが贅沢の味を覚え、その道を邁進し、地球環境の破壊につながっているのです。そして今やそのつけが自分たち自身に帰ってくるようになったことを身をもって知るまでになっているのです。



戦争は外への欲望の最たるものです。それがもたらすものは破壊と悲しみのみです。愚か以外のなにものでもありません。そしてそれを行う人間は愚かな生き物です。自分で自分の首を絞めているにも関わらず、締め続けるのを止められないのですから。全く持って人間は愚かです。けれども一方で失敗から学ぶことができる生き物でもあります。贅沢を覚えた人間はそれを止め、もとに返すのはなかなか難しいことですが、今こそこれまでの失敗から学ぶべき時だと思うのです。


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では足るを知るにはどうすればよいかというと、それは欲の向きを変えることです。外に向けての欲望は人を壊し、自然を壊してしまいます。一方で内に向けての欲望は自身を成長させます。内に向けての欲望とは「心」を知ろうとすることです。外への欲望を少し休めて、自分の心を見てみることです。そこには外から得る満足よりも深い満足を得られる世界があります。



知足。足るを知ること。私たちは愚かな生き物ですが、心を成長させることができます。一人ひとりが少しずつでも心を成長させていくことができたならば、もう十分に持っていることを知ります、それが戦争を終わらせ、地球の破壊を食い止めるための解決のカギになると思うのです。
 






らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

   

2015年10月 7日 (水)

「お遍路」という不思議の旅へ出かけてみませんか?

先行き不透明な現代社会です。一歩足を踏み外すと、何かに飲み込まれてしまうようにも思います。その漠然とした不安を解消するがために、多くの人々が四国88ヶ所の遍路旅に出ています。


もう十年以上前のこととなりますが、30代前半の時に歩き遍路をしました。42日間かけて徳島の1番札所「霊山寺」から香川の88番札所「大窪寺」まで歩いたのですが、札所から札所の間にあるいくつかの番外寺を訪れたのを含めると、歩いた距離は約1300キロになります。


その間毎日旅日記を付けていたのですが、それを久しぶりに読み返してみると、お遍路の旅は見えない世界を感じる旅であったと思うのです。そこで今回は旅の間におこった不思議な出来事を書いてみたいと思います。


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発心の阿波

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番札所の焼山寺を参拝した後、神山温泉の近くにある神社の境内にその日は泊まる(野宿する)こととしました。神社の拝殿で寝袋に入って寝ていたのですが、その日の深夜、ビュービューとものすごい強風が吹きつけ、その風の強さは付近のトタン屋根がバンバン音を立てるほどでした。その大きな音で目覚めたのですが、同時に何か私の身体の上1m辺りのところに魔物がやって来ており、グルグル回っているように感じました。けれどそこから下へは決して風が入って来ることはなく、ここから下へは少しも踏み込ませないというような不思議な力を感じたのです。そのお陰で私は安心して朝まで眠りにつくことができました。次の日再び歩いていると、途中に不動尊があり、最初は通り過ぎようとしたのですが、突然引き返したくなり、まるで導かれるようにその不動尊を訪れました。本堂でなんとなくそのお不動さんに昨晩は守られたような気がし、般若心経を唱えさせて頂きました。


鶴林寺から太龍寺を目指して山を登り始めた時に、振り返ると向こうの山の杉の木々が不動明王様のような形をしていました。不思議だなあと思い、山を登る途中途中で何度か振り返ってみたのですが、その度その不動明王様は私の方を向いており、まるでその不道明さまが私を守ってくれている気がしたのです。そして太龍寺では「」という石碑を見つけ、涙を流しました。


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修行の土佐

 
毎日毎日20キロ、30キロ、時には50キロ以上歩いているとさすがに歩き疲れます。その日も歩き疲れ、もうこれ以上は歩くのは無理な状態となり、その場で寝てしまおうと座り込んでしまいました。するとどこからともなく「もうあと少し歩きなさい」と言われたような気がしました。そこで疲れ切った身体と脚に鞭打って立ち上がり、再び歩き始め、200mほど進むとなんと公園がありました。そこにはトイレと水道もあり、安心してテントを張り眠ることができたのです。


同じように土佐の海岸をフラフラと歩いていると、トイレと水道がある砂浜を見つけ、そこにテントを張り、キャンプをすることにしました。その日の夜眠っていると、夢の中に若き日の空海さんが現れたのです。彼(空海)は浜辺で焚き火をしながら、ずっとその炎を見つめていました。そこで目が覚め、起き上がりテントから浜辺へ出てみると、正面に月が出ており、その月が海を照らしてとてもきれいだったのです。


須崎にある番外の不動尊を訪れようと山の中を歩いていた時、そこに近づくにつれて心が騒ぎ出しました。それからだんだん歩く速度が速くなり、最後は走るように山を下りました。そして不動尊に到着すると「ここだ!」と直観的に感じると同時に、涙があふれ出てきたのです。この不動尊とは何か縁があったのでしょうか?そして修行の土佐を終えようとした際、遂にこれまでの無理がたたり膝の靭帯を痛めてしまいました。テーピングを膝から下に巻き付け何とか歩いていたのですが、激痛が走るようになり、もうこれ以上歩くことは無理だと思いました。そこで1日休養日を設け、宿で寝て過ごしたのですが、すると翌日まだ痛みは残っているもの再び(ゆっくりながら)歩けるようになり、結果最後まで歩き通すことができました。


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菩提の伊予

 
宇和島にある公園でキャンプをすることになった時、たまたま同じくそこでキャンプをする一家と出会いました。その家族は車で88ヶ所参りをしていたのですが、ご主人が不動金縛りという数珠の結び方を教えてくれました。そこで自分で不動金縛りを結んでみたところ、エイッと結んだ途端に右の小指が金縛りにあったように動かなくなってしまいました。しばらく唖然として声も出せなかったのですが、数分後再び動くようになりました。小指だけでよかった…。


番外として石鎚山登山を終えて、下山は西の川コースを選んだのですが、途中登山道が十数メートルの大きな杉の倒木でふさがれていました。そこでその木を迂回していると足を滑らせそのまま滑り落ちてしまいました。そこから道に迷い、しばらく山の中をさまよう破目に陥りました。何度も足を滑らせながら、落ちながら、歩いていると、遂に23メートルの高さの滝に落ちそうになりました。落ちる~と思った瞬間バックパックの上に乗せていたテントに植物の蔓が引っ掛かり止まってくれました。その陰で下まで落ちずに助かり、やがて再び登山道を発見しました。


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ということで、これらは旅のほんの一部なのですが、私にとってお遍路の旅は不思議な世界との出会いであり、不動明王さまと空海さんが守ってくれた旅だったのです。いつしかいつもそばに空海さんがいてくれるように感じ、旅の間ずっと約60ℓのバックパックがパンパンになるほど荷物を詰め込み、更にテントを乗っけた状態で歩いており、大変重いのですが、私はまるでその重さが空海さんを背中に乗っけて歩いている気でいたのです。「空海さんは1300年も奥の院で座禅を組んでいるのだから、きっと今では足も立たない状態だろう」と思い、それなら同行二人ということで背負っていってあげようと歩いていました。その為バックパックはいつも本堂まで背負って行っていました。


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お遍路の旅は、自分を見つめ直す旅でもあり、不思議な世界と触れ合う旅でもあります。旅の途中には、出会いあり、感謝あり、涙ありで、きっとこれまでにない経験をすることができます。あなたも不思議な遍路旅に出て見られませんか?
 




らいふあーと~僕らは地球のお世話係

2015年10月 1日 (木)

地球元年:今日から地球と人間の関係が変わります!

突然ですが、みなさまおめでとうございます! 2015101日は、地球と人間が本来の関係(地球のお世話係、共生・共発展)を取り戻す共生元年です。と言っても直観的にそう思っただけなのですが、今日から地球と人間の新しい関係を築き上げていきましょう。


さて先日テレビを付けるとニュースで国連機関のアフリカ人女性が次のようなことを話していました。


「地球は人間がいなくても大丈夫。けれども人間は地球なしには生きていけない。先に消えるのは私たちです。」


この考えはまさに「らいふあーと~僕らは地球のお世話係~」の大きなテーマのひとつなのですが、みなさんはどう思われますか?


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もし現在のアフリカなどの開発途上国の人々を含め、世界中の人間が現在のアメリカや日本のような生活をしたならば、地球は5個必要だと言われます。当然ながら地球は1つしかないから、そのような時には地球の陸地はすべて砂漠となり、海も黒ずんだ死海となることでしょう。もちろんそこには人間はいなくなります。もしいたとしてもごくわずかな人数でしかないでしょう。そして再び原始的生活から始めるしかないでしょう。


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現在開発途上国には、先進国の資本がどんどん流入し、人々は経済発展とともに先進国のライフスタイルを真似しつつあります。それは同時に上記のことが現実化しているということであり、人間は破滅に向かっていることを意味しています。そこで今まさに求められているのが、先進国における生活様式の変化であり、それは持続可能なライフスタイルへの変更なのです。


その証拠に世界中が大きな気候変動の中にあり、異常気象に見舞われています。これはここ100年間の人間活動が地球環境に与えた影響の結果であり、人間に対する警告です。警告だけならまだいいのかもしれませんが、このままいけばおそらくレッドカードが出され、退場させられる羽目になることでしょう。それもそれほど遠い先のこととは思えません。


現在地球上には80億人の人間が生きています。それだけの人間が生きていくために求められているライフスタイルとは、おそらく現在のスタイルとはかけ離れたものでしょう。現在の先進国の生活水準は途上国の犠牲の上で成り立っているのですから、途上国の経済発展とともに先進国の生活水準は下がらざるを得ません。現に日本も世界の先進各国も生活水準は格差というカタチで分かれつつあります。


けれどもいきなりその水準を変えることはできないでしょう。私たちはその水準にすでに慣れきってしまっています。水準を無理やり下げるには相当の抵抗感と敗北感が漂ってしまうことでしょう。


ではいかに豊かさを享受しながら、ライフスタイルを地球と共生することができるものとしていけるのでしょうか。つまり持続可能な発展ができるのでしょうか?


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持続可能な発展。それはテクノロジーによる進化もあるのでしょう。けれども今一番求められていることは、意識の変化ではないでしょうか。その中でも、特に「地球」を意識することだと思うのです。私たち人間は地球の恵みによって生きているのであり、生かされている存在です。そしてそれを感じ、地球に感謝すること、祈りを捧げることが必要です。何故なら地球も私たちと同じ意識ある生命体だからです。その祈りと感謝はきっと地球の意識に届き、私たちに共生するための智慧を与えてくれることでしょう。


まずはこの意識を育てていくことが必要ではないでしょうか?


繰り返しとなりますが、地球は1つしかないのです。5つ作ろうにもつくることはできません。この先東南アジア諸国、ブリスク諸国、そしてアフリカとその生活水準は高くなっていきます。その時に私たちはいかに争うことなく、分かちあうことができるかということを考えていかなければなりません。その際に必要なことこそ「人間」ではなく「地球」を優先で考えることです。なぜなら人間優先ではどうしてもエゴが出てしまうからです。最終的には争いが生じ、これまでと同じことの繰り返しとなってしまいます。そこで「地球」を優先し、地球を美しくしていく中で、人間がどのように生きていけばよいかをみんなで考えていくのです。そこにテクノロジーも生きてくるのです。


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さあみなさん、今日を境に地球ファースト(ガイアファースト)にシフトしていきましょう。それほど難しいことではありません。お先にどうぞ精神があればよいのです。みんなでそのアイデアを出し合っていけばいいのです。そうすると地球がどんどん美しくなっていきます。それだけではありません!それによってあなた自身がますます美しくなっていくのです。地球も人間もより美しくなっていきましょうよ!!







らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

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