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2014年10月

2014年10月29日 (水)

現代消毒考

 さてみかん畑のみかんの木が半分ぐらい枯れている今日この頃。最近ではもう枯れるのは仕方がないと腹をくくったので、ただ「今日までありがとう」と言うだけとなっている。老木なのでやはり、長年の農薬・化成肥料から無農薬・無化学肥料へと突然の変化に耐えられなかったのだろうと思う(しかない)。

 まあ、それでも今年もみかん(いよかん)はできている。枯れそうな木には弱々しい小さなみかんがなり、踏ん張っている木には大きなみかんができている。

 ところで、かつてみかんの木に農薬散布を行っていた頃、道行く人のために看板に「みかんの木を消毒します」と書いていたのだが、今考えるとあれは果たして「消毒」だったのだろうかと思う。

 辞書で調べると、消毒とは「病原菌を殺すこと」と書かれてある。つまりそれは病気を防いだり、みかんの実が傷つかないように悪い虫(ミカンに傷つける虫)を防除したり(殺したり)することとなる。だから農薬の入った瓶のラベルを見ると「殺虫剤」と書かれていることもある。

 けれども、それによって農薬の悪い成分がみかんに浸透していって、それを食べていたとしたならば…。あるいはそれによって有用な虫や微生物までもが殺され、その分を補うために今度は化成肥料を投入して…、などと考えると、なんとなくゾ~ッとする。

 思い返せば、農薬と化成肥料を使用するのを止めたその年は、アブラムシが新芽に大量発生した。必死に駆除しようとしたが、無駄なあがきだった。アブラムシのクーロン作用でいくらでも増えた。けれども翌年以降アブラムシが大量発生することはなくなった。

 現在は時々木酢をかけ~正確に言うと木酢は農薬に分類されるが、クヌギの木からのもので自然物であるので気にしない~、あるいは乳酸菌液を撒く程度なのだが、それがどのような効果をもたらしているのか分からない。とにかく今言えるのは老木が枯れているということだけ。

 けれども今思う。あの消毒とは何だったのだろうかと。あれは消毒ではなく増毒であったのではないだろうかと。

 それを証明するのは、いつの日か化学物質過敏症の人が、(僕の)みかん畑でできたみかんを食べて「美味しい!」と笑顔になってくれた時である。

 それがいつ日のことなのか分からない。けれどもその日が来ると信じて僕はみかんを作る。いや土をつくる。いや僕がつくるんじゃない。ミミズや微生物、そして自然がつくるのだ。僕はそれをただ見守るだけ。だからこの先も消毒も増毒もしない。ただ信じて待つのみ。




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2014年10月22日 (水)

念ずれば花ひらく

 坂村真民さんの「祈りの言葉」

  念ずれば花ひらく
  苦しいとき
  母がいつも口にしていた
  このことばを
  わたしもいつのころからか
  となえるようになった
  そうしてそのたび
  わたしの花がふしぎと
  ひとつひとつ
  ひらいていった


 5月から障害者支援の事業を始めたのだが、まさにこの言葉の通りになっている。

 資金がないので初めから独立することもできずにいたら、今属している会社のオーナーが、独立することを前提に支援してくれることとなり、現在場所を提供してもらい、経費の負担もしてもらっている。

 そのオーナーが経営しているコーワーキングスペースに来ている人たちが活動に共感してくれ、アドバイスをくれるなど、必要な援助を提供してくれ始める。

 またそこにたまたまいた時に、新聞記者が来られ、オーナーが僕のことを話してくれ、興味を持ってもらい、新聞記事として取り上げてくれた。

 その記事を見た企業から問い合わせがあり、取引が成立した。

 記事を見たテレビ局から取材の依頼があり、仕事の様子が撮影され、放映される。

 などなど次々と今回の事業を支援してくれる人や出来事が現れてくる。

 テレビの取材撮影際、ある施設長から「次から次へとよくしかけるねえ。」と言われたのだが、僕は全く何も仕掛けていない。

 すべて向こうからやって来てくれているのだ。

 この事業を始める時、全く儲からないことも分かっていた。

 けれども、「もしこれが僕のやるべき使命ならば、きっとうまくいく。きっと食べてもいける。」と思った。

 そして次々と必要なところで必要なものが現れる。昨日は遂に障害者支援のコーディネーター就任の打診までもがやって来た。

 (お金が入ってくる!11カ月ぶりに福沢諭吉がやってくるかも!これまでずっと出ていくばっかりで、通帳の残高がゼロになるカウントダウンに入ったところだった!)

 実は先週末から「幸せなお金が入ってくる!」と念じ始めたところ。

 「念ずれば花ひらく」実はこの言葉を思い出したのも、これらのことが重なり、そういえばこの言葉が書かれたストラップを持っていたなと思い出したから。

 ストラップは台紙に貼り付けられている。その台紙には最初に書いた真民さんの言葉が書き綴られている。

 この中で唯一少し違うかなと思うところは「苦しい時」というところ。実はあまり苦しいと感じたことがない。(忘れただけか?)

 ただただ前に進んでいるという感じの方が強い。

 その台紙の裏には次のように書かれている。

  「絆」、「希望」、そして「笑顔」を
  さらには「真心」、「躍動」、「本気」と「祈りの言葉」をいつも身近に…


 この事業を通じて人との「絆」を感じずにはいられない。「希望」も常に持っている。

 「真心」でもって「本気」でこの事業を行っている。そして「躍動」もしている。「祈りの言葉」も口にしている。

 振り返れば今の僕に足りないものは「笑顔」。

 自分ひとりでいる時は、いろいろなことを空想して「笑顔」でいるのだけれど、元来の人と接するのが苦手な僕は、人といると笑顔を忘れがち…。

 結構無表情、いやどちらかというと「ムスッ」としている。

 いやいや「笑顔」でいるように気をつけなければと思ったら、ストラップを台紙からはがし、裏を返せばそこには…
 
 「笑顔」の文字が彫られてあった。

 ハハア~。「笑顔」でいるよう努力させていただきます~。

 みなさん、念じましょう!



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2014年10月15日 (水)

脱洗脳

 いきなりだけど友人が逮捕された。

 容疑は大麻所持。日本の法律では大麻の所持や栽培は法によって禁じられている。違法と知りつつ彼はそれを行ったのだから逮捕されることは仕方がない。処罰されるのも当然かもしれない。しかも2度目らしいので、実刑となるのも仕方がない。れども、日本人はそろそろ大麻についての真実をそろそろ知るべきではないかと思う。

 今でこそ大麻は痲薬のひとつとして取り扱われ、普通の人は目にすることなどほとんどない。けれども60年前までは大麻は日本中に普通にあり、そして生活の一部として、あちこちに使われ、各地で育てられてきた。衣類、土壁、ロープ、食べ物、そして神道など様々な用途で使われ、捨てるところがないといっても過言ではなかった。衣食住プラス信心と、まさに大麻と共に人々の生活はあり、日本の歴史はあった。遡っていけば縄文時代の遺跡からも見つかっており3000年も4000年も昔からずっとあった。

 もっと言うならば、大麻は日本(神道)にとって、なくてはならない大切なものだったのだ。それはお札の中に「大麻」そのものもあれば、神道の衣装や用具で用いられていることでも分かる。

 それが戦後、突然GHQの命令よって禁じられてしまった。何故か?アメリカの禁酒法のとばっちりを受けたがためだ。(本当はもっと奥深い理由があるのだろうが…。)

 大抵の人は大麻の中毒性を覚せい剤やヘロインと同等に考えている。大麻を使うと手放せなくなり、依存症状の果てに最後は廃人になってしまうと思っている。けれども事実は大麻の中毒性はたばこやアルコールよりも低い。コーヒーと何ら変わらない程度であり、嗜好品にすぎないことが科学的にも分かっている。

 はっきり言えば、現代社会における大麻の有用性は、途方もないポテンシャルを持っている。

 まずは医療現場において、現在は末期がん患者の疼痛の緩和剤としてモルヒネが用いられている。その効用は認められるが、モルヒネこそ痲薬の一種であり、人を廃人にしてしまうものである。もし大麻の医療での使用が認められるならば、がん末期の疼痛緩和だけでなく、鬱などの精神疾患にも利用できる。モルヒネ、精神疾患で使用されるケミカルドラッグには効果と同時にその副作用を伴う。そしてその副作用は恐ろしいものがある。けれども大麻の副作用はほとんどないといっても過言ではない…。もし医療用大麻の使用が認められたならば医療費の削減効果は計り知れないものがある。

 次に代替燃料として、大麻実からとれるオイルは車を走らせることができる。トウモロコシなどがバイオエタノールとして車を走らせられるのと全く変わらない。トウモロコシは今では遺伝子を組み替えられ、除草剤を散布して、化成肥料を与えて…とかなりのコストがかる。更には化成肥料や農薬のせいで土壌を痛め、痩せさせる。けれども雑草と同じように、肥料を必要とすることもなく育つ。更には土壌を改良する。

 実からの油だけでなく、その麻幹(おがら)も利用できる。火力発電用にもそれを燃やせば、石油の代わりに使える。原発が止まった現在、日本は火力発電用に石油を燃やしている。それが故に日本は赤字に陥っている。それが大麻に変れば、石油のように輸入る必要もなく、エネルギー源を自国で生産できることとなる。しかも大麻は育つ間に、その光合成効果で二酸化炭素を酸素に変える。それらを考えるとその効果はこれまたとてつもなく大きい。

 更に大麻はプラスチックの代替としても使える。石油と違いそれは自然のもとからできたもの。衣類も同様。その通気性のよさ、保温性の良さは素晴らしい。

 更に食。中国にパーマという町がある。その町の特徴はなんといっても、長生きでしかも、高齢者が元気なこと。何故その町の人々が元気で長生きなのかを調査したところ、その町の人々は皆大麻の実を食べていたことが分かった。大麻の実やその実からとれるオイルには貴重な栄養素が含まれている。

 そして今世界を見れば、大麻はどんどん解放されている。多くの国で大麻の栽培が推進されている。イギリス、ドイツ、カナダ、オーストラリア、韓国などその国の数を上げればきりがない。栽培抑制国であるアメリカでも嗜好品としての大麻の取り扱いも可能となった州もある。事実は現在も大麻を痲薬扱いし、厳しく取り締まっているのは日本だけであるといっても過言ではないのである。

 日本では、テレビのニュースで芸能人が大麻を所持していたとして取り上げられる。あるいは一般人が大麻を所持していた、栽培していたとして取り上げられる。そしてそれは覚せい剤と同様に扱い、大麻がいかに悪のものであるかというイメージを国民に刷り込み続けている。

 現代において大麻は悪なるものどころではなく、医療費を抑制し、海外への燃料依存から脱却でき、経済的に立て直しができるものである。更に健康にもよいという日本を救うものなのである。この閉塞感漂う日本に明るい未来をもたらす可能性のあるものなのである。

 実は逮捕された友人はそのことを知っていた。そしてそのために活動をしていた。もちろん現在の日本においてその(葉や根や若き茎の)所持は禁じられている。特別な許可が無ければ所持や栽培はできない。それを友は犯した。そのこと自体は否定しないし、同情もしない。(参考までに意外と思う人もいるかもしれないが、吸うことは禁じられていない。)

 けれどもそろそろ日本人は戦後洗脳され続けた大麻への誤解を解いていくべき時が来ているのではないだろうか。


参考文献:船井幸雄「悪法!!『大麻取締法』の真実」(ビジネス社)
       大麻草検証委員会 編「大麻草解体新書」(明窓出版)

2014年10月 8日 (水)

メッセージ

 半年ほど前から時々訪れるカフェがある。これまで行きつけのカフェなど作ったこともないのに、そこへは定期的に訪れる。何故ならそこはスピリチャル的なカフェであり、僕好みの真実追求カフェでもあるからだ。

 ところで先日カフェの帰り際、オーナー~ママさんと言っても僕より数歳年上の人なのだが~に「かみさまとのやくそく」という映画のことについて尋ねた。するとそのオーナーは1冊の本を取り出し、「これを読んでから、パート1も読むといいわよ。」と僕に渡してくれた。その本は飯田史彦氏の「生きがいの創造Ⅱ」(PHP文庫)であった。

 実はこの本のことを僕はかなり前から知っていた。僕が知っていたのはパートⅠの方なのだが、それを知ったのはもう10年近く前のことである。けれども何故か僕はその本を読みたいと思わなかった。何度も本屋でその背表紙を見るのだが、一度も手に取りたいと思わなかった。その本が今回手渡され、一瞬どうしようと思ったのだが断るわけにもいかず、家に持ち帰り、せっかく貸してくれたのだから読んでみようと思い読み始めた。

 その本の内容は、飯田氏が大学生の時に、原因不明なのだが意識を失うまでの高熱が出たことをきっかけに、死者の声が聞こえるようになり、死者の声(要望)を家族や伝えたい人に伝えるというメッセンジャーとして活動する模様を描かれたものである。

 その本の中に「光との対話」と言う章がある。光とは神にあたる者か、あるいはずっと高次元からのメッセージである。そのメッセージを読んでいるとジ~ンと来る箇所があった。そしてそれこそが、今回僕に伝えられるメッセージであり、そのためにカフェのオーナーが渡してくれた(渡すことになった)のではないかと思った。

 その箇所とは(以下転載)

「今生でのお前は、経営学者としての活動を始めるがよい。なぜなら、この年代の日本は、人間の歴史上、他の時代や地域に類を見ない、物質主義の『企業社会』になるからだ。もしもお前が宗教家や哲学者や医者としての活動を始めても、世の中の思考が『企業』の経済的合理性に支配されるこの時代のこの国では、効果が乏しいだろう。お前が、企業について研究する経営学者として活動を始めるからこそ、ごく自然に、企業社会に影響を与えることができるのだ。この時代の日本人の思考を支配する、企業という『極限まで肥大化した物質主義』を、バランスのとれた組織へと引き戻すためには、お前が経営学者でいることが必要なのだ。」

「人々に、物質的観点とスピリチャルな観点との両方を兼ね備えながら、バランスの取れた生き方をするように促しなさい。人間は物質世界で生活しているのだから、物質的なものをすべて否定する必要はない。物欲、地位欲、名誉欲、名声欲なども、様々な学びをもたらしてくれる大切な欲望なのだから、『それらを捨てることによって学ぶこと』と、『それらを追求することによって学ぶこと』の、バランスをとることもまた、学びのひとつなのだ。スピリチャルなものばかりにとらわれてしまうと、せっかく物質世界に生まれていながら、目の前の物質的な現実から逃避するのと同じことになる。スピリチャルなものに傾きすぎた者には、物質主義の利点を伝えなさい。そして、物質主義に傾きすぎた者には、スピリチャルなものの大切さを伝えなさい。何よりも重要なものは、両者のバランスをとる人生に挑戦することなのだ。」

「今回の人生では宗教組織とは違う方法で、人々に、人生の意味や価値を伝えなさい。お前がすでによく知っているように、組織宗教には、良い面もあれば、危険性もある。しかも、組織を作ると、必ず、離反する者や、裏切るものが生じる。もちろん、組織を通じて学ぶことも必要だが、お前はすでに、その学びは終えている。友の裏切りによって人生を終えた時の悲嘆が、あまりにも深い『魂の傷』となって残っているため、『いつか離反されるのではないか』という強い恐れによって、お前は組織を持つことはおろか、友を持つことさえも、容易には耐えられないだろう。しかし、それにもかかわらず、体を持つ人間の中に、真の心の友たちを捜し求めることが、お前の今生の目的のひとつでもある。」

「お前は、宗教家になってはならない。なぜなら組織宗教を通じて活動すべきものはほかにおり、今生でのお前は、組織宗教に抵抗を感じる者たちを対象に活動することが、大きな使命だからだ。 (中略) この時代の大多数の日本人を、組織宗教とは異なる方法で、それ以上の効果をもたらしながら、救うことができるだろう。」

「試練に挑戦するということの意味は、辛いことに立ち向かうということだけではない。『人生を、いかに楽しむか』ということも、また『試練』のひとつなのだ。(中略)大いに『楽しい』と思えることをやりなさい。すべての答えは『バランス』という言葉の中にある。『義務や責任』と、『自由や娯楽』との、バランスをとることに挑戦しなさい。(中略)この時代の日本に生まれた多くの者たちは、このバランスに挑戦するため、そして物質主義とスピリチャルなものとのバランスに挑戦するために、この国を選んだのだ。楽しむことも、また『学び』のひとつなのだ。楽しむこと、笑うことの大切さを、この国の者たちに伝えなさい。

「お前が、どのような相手のために活動すべきなのかを、きちんと認識するがよい。あらゆる者たちを、まんべんなく喜ばせることは不可能だ。たとえ、100人のうち99人を喜ばせても、お前が救うべき1人を救えないのでは、お前自身が救われないはずだ。そうではなく、たとえ99人から嘲笑されても、お前が救うべき1人を喜ばせることができれば、お前自身も救われるのだ。」

「お前は、この生涯にわたって、耐え難いほどの深い孤独感に、さいなまれるだろう。(中略)それらの者たちの孤独感を、喜んで、すべて背負うがよい。それこそが、お前の挑戦なのだ。」

「お前の本を手に取るものが100万人いても、そのうち99万9900の者は、お前の考えのの表面や一部しか理解できないだろう。お前の考えを真に理解する者は、1000万人のうち100人ほどにすぎない。しかし、その100人が、多くはお前の知らないところで、お前の力強い同志となるだろう。そのうち90人ほどは、既に体を持って地球上のどこかに生まれている。残る10人ほどは、これから生まれ、お前の死後に、大いに力を発揮するだろう。」

(転載終わり)
 と書かれてあった。何だかこれこそがお天道様がカフェのオーナーを通じて今回僕に伝えるメッセージであるような気がする。

 実は僕は海外の放浪を終えてからずっと、経営コンサルタントになりたいと思っており、今それが少々形を変えて実現しようとしている。そして現在ビジネスの力を利用した障害者支援を始め、そこからより多くの企業に社会への貢献を促そうとしている。本も書いてもないけれど、こうしてブログは書いている。(100万人どころか、その数100分の1、あるいは数千分の1でしかないが…。)

 この春から僕は自分自身が創造していく道を歩み始めた。いろいろなものを真似しつつも、これまでにないようなものを創ろうとし、そして社会変革を促そうとしている。それはもしかすると小さな社会変革かもしれない。けれどもいつかそれが大きくなりこの21世紀にふさわしいものとなればと思う。

 こうなったら、とことんやるしかない!





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2014年10月 1日 (水)

オートリバース BombBEAT

 新聞の記事で知ったのだが、現在東京の秋葉原などで「JKビジネス」が広がり続けているらしい。お散歩や占い、カウンセリングと称して女子高生が道行く男に声をかけているのだが、その裏では性的サービスが行われることもあり、それを目的とした客もいるとのこと。

 女子高生の小遣い稼ぎとされているが、その裏には「貧困」や「虐待」があり、食べるものがない、あるいは高校に通う学費がないが故に、入る子もいるらしい。

 それを読んでもう15年ぐらい前になるが、カンボジアにいた時のことを思い出した。

 当時のカンボジアはまだポルポトが生きていた頃なのだが、プノンペンの夜は10時頃になるとほぼ毎晩銃声が聞こえ、それがそろそろ寝ろと言うおやすみの合図で、宿の1階にあるカフェでみんなで話をするのをやめ、部屋に戻って本を読むというようにしていた。

 今はどうか知らないのだが、そのころのカンボジアは東南アジアでも最貧国のひとつで、当時農村地帯から売られた子供たちの売春が(外国からは)問題視されていた。僕がいた時も同じ日本人の若い男性が「今日12歳の女の子と…」と、さもあらんとばかしに話し、ぶん殴ってやろうと思ったことを今でも覚えている。(売春反対派ではないのだが、少女売春は反対。)

 おそらくカンボジアは今でも貧しい国には違いないのだろうが、数カ月前テレビで、日本人の若い人たちがカンボジアのこれからの発展に期待して、プノンペンやアンコールワットのあるシェムリアップで起業した番組を見た。きっと現在のカンボジアは貧しいけれども経済発展を夢見る戦後や高度成長期前の日本のような状態なのだろう。

 それに対して現在の日本は、僕がカンボジアに行った時のような状況になりつつあるのではないかと思った。貧困層は増え、遂には少女が売春にまで走らなければならないという…。

 日本の表面の世界は相変わらず消費を煽り立てるメディアが氾濫している。世間の物質的な発展は止まらない。3.11で一時薄暗くなった街も、今では再びネオンとスクリーンに映し出される映像だらけ。(まるでアーノルド・シュワルツェネッガーのトータルリコール)ITスピードはますます勢いづくばかり。その技術を使って夢のような(?)世界が広がっていく。

 当時の東南アジアは物価もかなり安く、いろいろなものが安く買えた。庶民はその中で生活し、一方金持ちはどこまでも金持ちで、当時の日本人よりも何十倍もお金を持っている状態。まさに富裕層と貧困層の格差の激しい頃だった。

 そして今日本もそれに向かっている。格差は広がるばかり。かつては国民総中間層と言われ、中流意識の人がほとんどであり、それがよかったのか悪かったのか分からないが、平等の時代だった。それが実力主義、資本原理主義となり、大競争時代に入り、崩されていく。今では貧困層と富裕層の格差はいかほどか!中間層は時代の中でどちらかに振り分けられる。大半が貧困層に突き落とされるのだろうが…。

 政府は経済成長、経済成長とオウムのように繰り返す。まるで経済成長こそが貧困から抜け出せる唯一の手段であるかのように。本当にそれで貧困問題が解決されるのか?

 そんな時ふと気がついた。まるでこれは日本の戦後じゃないかと言うことに。日本は今どんどん逆戻りしているじゃないか。

 バブルがはじけて25年、崩壊後からずっと停滞していた日本が急速に動き始めているが、それは逆戻りを始めたのではないか。思えば国民の新たな期待でもって生まれた民主党が、途中で方向転換したころから逆戻りを始め、そして現政権で更にそのスピードを加速させ、遂には太平洋戦争後の日本に戻っているのではないか。

 バブル後の20年停滞はしていたが、その中から様々な価値観が生まれてきた。多様性が育てられたといってもよいかもしれない。その中で二つに分かれた「豊かさ」。一方で「心」が重視され、スピリチャルが求められた。その一方では従来通りの物質的発展が追求されていった。

 振り返れば戦後は物質的社会の追求で発展をしてきた。そして今その物質社会が逆戻りして、今がもし戦後の時代にいるならば、その次起こりうることは「戦争」。

 秘密保護、集団的自衛権…。

 太平洋戦争は一方で第二次世界大戦。現実を見てみると、何者かが中国と日本の対立を煽り、北朝鮮と日本とのぎくしゃくを仕掛ける。そして世界ではウクライナや中東で戦争を煽る。と同時に世界に広下られる経済問題と金融問題…。

 下地はできつつある。このまま逆戻りし続けるならば…。

 では回避する方法は…?

 そのひとつはバブル後停滞期に生まれたもう一つの方向。物質主義から距離を置き、精神面での世界を求めていくことではないだろうか。少なくともその要素を取り入れなければ…。

 秋の夜長に垣間見た妄想かもしれない。けれども多くの人々が戦争への道を歩みだしているのではないかとの疑念を持っていることは確かなことだろう。

 我々は賢くならなければならない。



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