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2014年9月

2014年9月24日 (水)

THE」カルマ

 今回の障害者支援事業。前回も書いたが全くもって儲かる見込みがない。それでもやろうとするふたつ目の理由は、ズバリ「カルマの解消」。

 もう15年ぐらい前のこととなるが、僕が最初に働いた福祉(医療)の現場は「老人病院」。今ではこの言葉は療養型病床群となり無くなってしまったが、当時は行き場のない高齢者の受け入れ先として「社会的入院」などと言われ問題とされていた。

 そこで最初に僕が見た光景は、ただただ悲惨としか言いようがなかった。ほとんどの高齢者はほぼ24時間ベッド上での生活。食事も、おやつも、排せつも、シーツ交換の時も全てベッドの上。週に2回の入浴と、特別な行事の時、あるいは職員が暇で気が向いた時のみ車いすに乗せてもらえるという生活だった。

 そのため高齢者の頭の髪の毛は逆立っていたり、歩ける人もすぐに歩けなくなったりする。「トイレに行きたい」と言ってきても、「おむつをしているからそのまましても大丈夫」と言う。だからみんな手足の拘縮が進み、どんどんボケていく。そしておむつに手を入れ始めるとつなぎ服を着せられる。(中には鍵付きのものも!)口から食べられなくなると、鼻から管を入れられ、それを抜いてしまうと、ミトン(指のない丸い手袋)をされるか、紐でベッド柵に縛られるかだった。

 最初はそれにいやいや従っていたのだけれど、(結構柵に縛ったように見せかけ、引っ張ればすぐにほどけるようにしていた。)医療福祉を始めて3ヶ月=そこで働き始めておよそ3か月遂にそれらの行為に反旗を翻す。

 午後からの(無駄と思える)業務を放棄し、ひたすら高齢者(病院なので患者さんと呼ぶ)を車いすに乗せ始めた。そして空いている部屋で患者さんたちと風船バレーなどをして遊び始めた。(レクリエーションです!)

 周りの人になんと言われようとかまわないと思って始めたことなのだが、当時は男性職員(看護補助。当時は補助看と呼ばれた。)は僕だけだったこともあり許された。と言うよりも、患者さんの表情がどんどん変わっていき、それを他の職員も見て必要なことだと思い始め暗黙の了解となった。

 けれどももちろんそのようなことは必要ないと思う職員もいる。特に僕は看護師にも許可を得ずにどんどん起こしたので、それを不満に思うものもいる。(今思えば配慮も足りなかったとは思うのだが、何せ若気の至り…。)一方僕の方はどんどんエスカレートしていく。昼食時に患者さんの何名かを車いすに乗せ食事をとるようにし、遂にはこの病院のあり方はおかしいと声に出して言うようになった。更に「寝たきり地獄はもうイヤじゃ。」という本を買ってきて見せたり、先端的なことをしている病院に見学に行き、他の職員も後から見学させたりするようなことを行った。

 (実は当時もう特別養護老人ホームなどでは起こすことが当たり前となっていたので、僕が行ったことは全く先端的なことではなく、病院が時代に取り残されていただけ。)

 そのため段々と対立は激しくなる。更に若気の至りで当時の僕は一度嫌いになったら、ずっと嫌い状態。そのためどちらかと言うと僕の考え派の人とも冷めた関係となっていった。それでも患者さんからは絶大な人気があったので、そのままどんどん患者さんの喜ぶことを実施し、家族からも喜ばれていた。

 けれどもある時、信頼していた看護師から陰では「あいつだけは潰さなきゃいけない。」と言われていることを知り、それがショックでそこからどんどん落ち込み始め、遂には追い詰められ、自分の心がにっちもさっちもいかなくなり、遂には退職届を提出。

 まあ今思い返せば、イイことをしていたのだけれど、なんせ自分の心をコントロールすることができなかった。ただ弱かった。我がままだった。

 あれから15年。再び自分から重症心身障害児者をもっと社会の人々に理解をしてもらって、社会に出られるようにしたいとの想いから事業を始めた。なんとなく今回の事業はかつてのリベンジのような気がするのだ。

 状況は全く違っている。けれどもこの状況を変えたいという想いは同じだ。以前の舞台は病院だったが、今回は社会(一都市)。相手は格段とデカくなっている。これまで逃げてきた分カルマがでっかくなったか?

 15年の間に僕自身も様々な経験を積み、少しは丸くなったと思う。相変わらず人との付き合いは苦手(前以上に苦手)ではあるが、ある程度人の気持ちは察することができるようになった。

 さあ今回僕の大きなカルマの解消はなされるのか!?総決算。僕自身でも乞うご期待というところ!



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2014年9月17日 (水)

未来を見通す力

 現在僕がやろうとしている障害者支援の事業。全くもってやるだけ赤字ではないかと思える状況…。けれども何故かやめようとしていない。それどころか一番嫌いなメディアに出て目立つことさえやろうとしている。もちろんそこにはもうここまで来たら後戻りできないというのもある。けれども実はそれ以上のものがある。

 そのひとつは重症心身障害児者との出会い。昨年度の仕事で出会った重症心身障害児者は僕には強烈パンチだった。40年間寝たきり状態の人。海辺の崖っぷちの小さな集落にある家の中で、人工呼吸器をつけて両親の介護を受けて生活している人。母子家庭で仕事をしながらも、重度障害のある子どもの将来を考えて、多くの人に触れ合う機会を持たそうとするお母さん。どの人との出会いも僕にはインパクトが強すぎた。

 そして何と言ってもミイちゃんとの出会い。(ミイちゃんも重症心身障害児。)今でもよく覚えているけれど、最初に出会った時のミイちゃんの体が歪み、首をのけぞらせていた姿は言葉が出なかった。それから何度か会っているうちに徐々に仲良くなり、最後にはとびっきりの笑顔を見せてくれるようになった。先日ミイちゃんに半年ぶりに会った時も、ちゃんと覚えていてくれて最高の笑顔を見せてくれた。

 その日は昼前から3時ごろまでその場にいたのだが、昼食後職員の人がミイちゃんを抱きかかえバランスボールに座り、ユラユラゆりかごのようなことを体感させる時間を取っていた。その時のミイちゃんの姿を見ていると、15才なのになんと小さくて細い体をしているのだろうと思った。おそらく小学校2,3年生ぐらいの背丈で、体重も女の人が独りで十分抱きかかえられる程度。けれどもそれはミイちゃんがすべてを分かっていてそのような体でいるのではないかと思った。

 何故ならミイちゃんのお父さんは数年前に亡くなられて、現在はお母さんが独りで世話をしているからだ。そのため毎日お母さんに抱っこされ、ベッドから車いすへ、車いすから車の座席へ移動する、そして抱っこされお風呂に入るという生活を送っている。だからミイちゃんはそれらのことを知っていてわざと自分が小さいままでいるようにしているのではないかとうのだ。

 最近なんとなく思うことがある。ミイちゃんは体を全く動かすことができない。けれども動けない分実は僕を動かしているのではないかと…。だから「僕はミイに操られているのか?」と自問自答することがよくある。でなきゃ、こんな苦労ばかりしてお金にならない仕事をするはずがない!あのお嬢は僕の気の弱さを付け込んで、乗っ取りやがったのではないか?そんな風に思うのだ。

 だから時々「ミイにやられた!」と思ったり、ミイが笑ってやがるのではないかと思ったり…。

 障害者の多くが、その無い機能の補てんとして、他の機能を普通の人以上に発達させる。例えば目の見えない障害者は、耳であったり、肌触りなどの触覚であったりの機能を発達させる。ではミイちゃんのような重症心身障害児者という動くことができない、言葉を話すこともできない人はその分何を発達させるのか?

 「意識」ではないかと思うのだ。ミイちゃんは意識を発達させ、未来を見通せたり、意識を自由に移動させたりすることができるのではないか。そんな能力を15才ながらに補完機能として発達させているのではないだろうか。(マサカ!と思うかもしれないけれどね。)

 それを証明することはできない。けれども以前から重症心身障害児者は人の心が読めると言われる。そして半年ぶりにミイちゃんと会った時、彼女は僕が現れる前に、現れることを分かっていた!?だからまんざら嘘でもないかもしれない。僕の右脳がそうささやいている。そしてその一方で僕の左脳が「だったらそれを逆にうまく利用しろ!」と悪巧みを練っている。

 まあとにかく今回始めた障害者の支援事業はなるようになるだろう。もしこれが僕がすべき使命ならばきっとうまくいくはず。それにきっとミイちゃんが何とかしてくれるだろう。彼女の持つ超能力で!

 ご自由に操作してください。




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2014年9月10日 (水)

善福清子伝説

 私は見た!とある施設のあるフロアで生活するおばあちゃまの様子をご紹介。

 遅番出勤の最初の仕事は10時の水分補給がまだ終わっていない人を介助すること。エプロンをつけてスッタッフルームから出た僕は、スッタッフルーム前で黄色い車いすに乗り、顎をテーブルの上に載せて目を閉じている善福清子さん(仮名)が最初に目に入って来た。善福さんのすぐそばには、カップに入った牛乳が置いてある。「善福さ~ん。おはようございます。牛乳飲みませんか?」と声をかける。が、反応なし。いつもの得意のワザ。再度肩をトントンと叩いて声をかけるが、同じく反応なし。仕方がないので善福さんは後回しにし、居室に入り、まだ水分補給の終わっていない人の介助をする。

 みんなの水分介助を終え、再びスタッフルームの前に戻ると、依然善福清子さんは目を閉じている。もう一度肩をトントンと軽く叩き、「牛乳ですよ。」とカップを善福さんの手元まで持っていくと、「うるさいんだよ!」とカップを握り、そのまま後ろに投げつけてきた。お陰で僕は牛乳をかぶった。それを見て善福さんは、「フッフッフ~。」と笑っている。


 新しい職員さんが入ってきた。ある昼食時、食後の口腔ケアをお願いした。入居者を居室に誘導し、洗面台で歯磨きをしてもらったり、入れ歯を洗ったりする仕事。職員はそれぞれ食事介助、ベッドへの臥床等業務を役割分担して行う。その職員さんは何度か他の職員と一緒に口腔ケアをしてもらっていたので、今度はひとりでの口腔ケアの実践。

 しばらくすると新人職員さんが食堂へ戻って来た。見ると左手には歯の欠けた義歯、そして右手は指先から血が流れている。善福清子さんの口腔ケアをしようとしたところ、口をぐっと閉じられ、義歯が取れない、取れないと焦った結果そのようになってしまったとのこと。善福清子さんはそれを見て「ウシッシッシシ~。」やりやがった…。


 排泄介助の時間、善福清子さんをトイレ誘導する。ひとりが善福さんを立たせ、もう一人がズボンとパンツを下す。そのあと善福さんはひとりで動き出す可能性があるので、ひとりがトイレについている。

 しばらくはトイレの外で時々様子を伺いながら待っていたのだが、しばらくすると善福さんは背中に手をやり何やらもぞもぞし始めた。僕はトイレの中に入り、善福さんに声をかける。「善福さん。背中痒いのですか?トイレ終わりました?」。しかし善福さんは何も言わず、手を背中の方にやったままモゾモゾしている。普通トイレを排尿したら音でわかるのだが、その音も聞こえていない。そのため、再度「善福さん、トイレ終わりました?」と声をかけると、背中のほうにあった手が、戻され僕の腕の所へやって来た。なんと善福さんの手にはう○こがついており、それを僕の腕にこすり付けやがった!そして善福さんは「ウッシッシシ~」と大笑い。

 「クソババア~。なんちゅうことすんねん。絞めたろか!」と心の中では思いながらも、そこは少々柔らかく、しかし顔をひきつらせながら「何するねん善福さん!」。(ザ・ガマン!)

 善福清子。その施設でのやりやがった歴を披露すれば切りがない。一度は死にかけたにもかかわらず、死神に嫌われ見事復活し、常食(普通のごはん)をバリバリたべていた婆さん。僕が彼女と出会ったのはもう10年近く前のことであり、今も生きているかどうか定かではない。しかし数々の悪行三昧のネタは生き続け、現在も語り続けられているに違いない。



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2014年9月 3日 (水)

愛を持って行動すること~メドウス博士に学ぶ③

ドネラ・H・メドウス博士から学ぶ人間の生き方シリーズ第3弾です。前回は博士の著書「地球の法則と選ぶべき未来」(ランダムハウス講談社)のエピローグに書かれてある持続可能な世界をつくるために「真の鍵を握っている2つのもの」のうちのひとつ「真実を語ること」をお伝えしましたが、今回は残りのひとつについて書きます。


持続可能な世界をつくる真の鍵を握る最後のひとつは、「愛を持って行動すること」なのです。


「愛とは、この生身の自分以外の人やモノと自分を同一視できる能力に他ならないのです。愛とは境界を広げることであり、自分以外の人や家族、土地、国、地球全体は自分と密接に結びついており、自分の幸せは他者の幸せと一体であって、同じものなのだと気づくことなのです。」
 

この世のものを追求していく中で、どの専門分野においても、行き着く先は「愛」であるように思います。DNAの世界、宇宙の世界、建築の世界、商売の世界、農業の世界、宗教の世界などすべての分野で突き詰めた先に行き当たるのは、愛ではないでしょうか?


メドウス博士は「成長の限界」の主な著作者の1人であるだけに、科学者であり、論理的に地球の状況を考えられる人です。その論理的に考え事実を重んじる科学者が「愛」を訴え、「愛」の必要性を説いているのです。そしてその愛とは、自分以外の人やモノと自分を同一視できる能力、つまりすべてはひとつ、一体化しているということです。それぞれの専門として分離した世界ではなく、一つに統合された全体の世界です。


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しかしながら現在の私たちがいる時代は、ある意味「競争」が善しとされ、競争することが社会を成長発展させるものとして認知されています。世界中が成功と富の獲得を目指して競争にしのぎを削っています。けれどもそれが現在行き詰りつつあるのも事実です。世界経済は二進も三進もいかない状況となっています。その状況を打破するためにもこれからは「競争」から「愛(慈しみの心)」へと変えていく必要があるのではないでしょうか。そこで博士は次のように言います。


「個人主義、競争、冷笑主義を志向するようなルールや目標が設定され、情報が流れている仕組みの中で、善を実践するのは至難の業です。しかし不可能ではありません。私たちは皆、とぎれることなく変化する世界に直面しているのですから、自分自身に対してもほかの人に対しても、寛容になれるはずです。変化に抵抗しようとする気持にも共感できるでしょう。持続可能でないやり方にしがみつこうとする気持も、私たちの誰もが多少はもっているでしょう。ですから、持続可能性に向かうこの挑戦においては、誰もが仲間になり得るのです。誰もが必要な存在なのです。周囲の人たちが冷笑する声が聞こえたら、そういう態度しかとれない人たちのことを気の毒に思えばいいのです。でも、自分でそういう態度をとるのはやめましょう。」


私たちは持続可能な生き方が必要であることを認識しています。けれどもある意味それは自分の都合のよいように解釈しているのです。突き詰めれば博士から最初に学んだ「矛盾があっても、地球に少しでも負担をかけずに暮らす」と言うことも私たちのご都合主義かもしれません。だからこそメドウス博士は誰もが仲間になり得るというのです。そのことを知ることで私たちは寛容となり、相手を受け入れることができるようになるのでしょう。

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「私たちが自分や他人を思いやりの目で見なければ、持続可能な世界を実現しようとするこの冒険を無事に終わりにすることは決してできないでしょう。その思いやりは、ほら、ここ、私たちのすべての中で、出番を待っています。どんな資源よりも素晴しい、無尽蔵の資源なのです。」


持続可能な世界を実現することは冒険なのです。この冒険には知性も、良識も、行動も必要でしょう。けれども何より必要なものは心の中にある「愛」なのです。そしてその「愛」は尽きることない資源なのです。さあぐずぐずしている間はもうありません。勇気を持って一歩を踏み出しましょう!真実を語りましょう。寛容の心、すなわち思いやりの心を身につけ、この冒険のゴールを目指しましょう。矛盾があっても目的地を見失わず進んで行きましょう。


持続可能な世界への変化を感じた時には、きっと渡したの心が愛に満たされていることに気付くこととなるでしょう!


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(平成29年8月一部修正)





らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

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