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2014年8月

2014年8月27日 (水)

真実を語ること~メドウス博士に学ぶ②

前回に引き続きドネラ・H・メドウス博士から学ぶエコロジーな生き方を学びたいと思います。


博士の著書「地球の法則と選ぶべき未来」(ランダムハウス講談社)のエピローグに持続可能な世界への私たちがなすべきことが掲げられています。そしてその真の鍵を握っているものとして2つのことを挙げられています。今回はそのひとつについて書きたいと思います。


そのひとつは「真実を語ること。」です。


(転載開始)

 
声を上げて、繰り返し、穏やかに、しかし粘り強く語りましょう。権力に対して真実を語るのです。モノを蓄積することが人間の存在目的ではありません。あらゆる成長がよいとは限らなのです。環境とは必需品であって、ぜいたく品ではありません。「足るを知る」と言うことがあります。人間の進歩は、量ではなく質で測る必要があります。消費に狂う私たちの社会は、進むべき方向と魂を失っています。

こんなことを言っても人にはうけない、とはっきり申し上げておきます。しかし、何度も何度も、それこそ今や放送と暮らしを牛耳っている正反対のメッセージに取って代わるまで、真実を語ることをしなければ、私たちは魂を失うだけでなく、未来の素晴らしき人類を育む自然システムまでなくしてしまうでしょう。

(転載終わり)


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現在日本では真実を語る人が増えてきています。ひと昔前なら抹殺され、闇に葬られていたような真実が表に飛び出してくるようになりました。それはインターネットが発達してきたお陰と言うこともあるでしょう。けれどもそれよりもそのような時代、つまり真実が明らかになっていく時代となって来たと思うのです。


しかしながら今も大手メディアは権力側につき、真実を都合のように捻じ曲げ報道したり、あるいは表には出さないようにしたりしています。原発事故の状況などまさにそうです。また自己利益のために、企業優先の政策をとり続けています。時にどれほど地球が傷めつけられるかを報道することがあったしたとしても、大半は消費することを促し、スポンサー企業側に立つことがほとんどです。


そして残念なことに権力側がこれまで続けてきたマインドコントロールにより、未だに多くの日本人が無関心層に陥っていたり、今でも権力側のいうことは絶対であると信じ切っていたりします。あるいは例え真実を知ったとしても、自分にはどうすることもできないと思い、流されるままになっていることも多いのが実情です。


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そこでメドウス博士は「何度も何度も真実を語ることをしなければ、私たちは魂を失うだけでなく、未来の素晴らしき人類を育む自然システムまでなくしてしまうでしょう。」といいます。


真実を知り目覚める人は少しずつ増えてきています。一方で地球環境の破壊はいよいよすすみ、気象変動は毎年激しくなっています。まさに現在未来がどちらに転んでいくかの瀬戸際にいると思うのです。故に真実を知り目覚めた人はその真実を訴えて続けていかなければならないのです。


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人に受けなくてもいいじゃないですか。冷笑されようが、無視されようが、私たちの中で真実が輝いている限り、私たちはあきらめてはならないのです。訴え続けていくのです。そしてマインドコントロールされている人々を目覚めさせ、無気力に陥っている人たちに力を与え、1人ひとりの中に未来をつくり出す力があることを伝えていくのです。それが真実を知った人の役割だと思うのです。


未来の素晴らしき自然のシステムを失くさないためにも、そして何よりも子どもたちに素晴らしい未来を手渡すためにも。もちろん魂を失わないためにも。私たちは21世紀の新しい世界を築き上げていかなければならないのです。
 

(平成29年8月一部修正)




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2014年8月20日 (水)

矛盾はあっても、地球に少しでも負担をかけずに暮らす(メドウス博士に学ぶ①)

ドネラ・H・メドウスと言う人がいます(正確にはいました。2002年逝去)。メドウス博士は1972年にローマクラブにより出版された「成長の限界」の主たる著者です。そのレポートの内容は、人類の増加や環境汚染などの現在の傾向が続けば、資源の枯渇や環の悪化によって、100年以内に人類の成長は限界に達する」というものであり、当時賛否両論の大変な反響をもたらした報告書です。


その報告書では、石油はあと20年で枯渇するなどの予測されており、当たらなかったものもありはしますが、発表されてから40年以上経過した現在、その本筋は基本的に予測通りになっているのではないかと思うのです。


何故なら私たちの住む日本でも、かつては考えられなかったゲリラ豪雨や竜巻が今や当たり前のように発生するようになっていたり、また最近ではニュースで「これまでに経験のしたことのない○○」と言う言葉が出てくるようになったりして、誰もが現在の異常気象から地球環境の激変を感じずにはいられないからです。


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博士の著書に「地球の法則と選ぶべき未来」(ランダムハウス講談社)というエッセイ集があります。このエッセイ集の中に「矛盾はあっても、地球に少しでも負担をかけずに暮らす」と言うタイトルのエッセイがあります。博士はその中で「現代の文化は地球に負担をかけないで生きることが不可能な文化である」といいます。


確かに現在の文化はエネルギー失くしては成り立たちません。そしてそのエネルギー源は何かといえば、風力や太陽光などの自然エネルギーはごくわずかであり、大半が石油、天然ガス、そして原子力が主であり、言うまでもなくこれらは地球に負担をかけざるを得ないものです。


また博士は、「豊かさの感覚があるからこそ、安心感や新しい考え方、寛大さ、喜びが得られる。」とも言います。


これもまたその通りで、私たちは豊かさがあるからこそ、そこに新しい考えが生まれ、それを受け入れることができるのです。余裕のない暮らしでは、日々の生活に追われ、新しい考えを生み出すこともなく、仮にもしあったとしてもそれを受け入れる余地はほとんどないことでしょう。豊かさや余裕があるからこそ受け入れられるのです。しかしながらその豊かさをたどれば「地球に負担をかけざるを得ない」状況であり、地球に負担をかけることを前提としているのです。


更に博士は「豊かさから安心感が生まれると同時に、無神経さや貪欲さ、浪費の心も生まれる」とも言います。これもまた現在の大量生産・大量消費の浪費文化を見ればまさにその通りであるというしかありません。


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では私たちはこれらの矛盾を抱えた文化の中でどのように暮らしていけばよいのでしょうか。一方を切り捨てれば、もう一方も成り立たない状況の文化の中で私たちはどのように暮らせばよいのでしょうか。


博士の出した答えは「足るを知ること」、すなわち「知足」なのです。


「今の私たちは、『足るを知る』を暮らしの基本に据えようとしています。誰もが必要な物をちょうど必要なだけ持っていて、余計なものは少しもないということです。浪費ではなく、寛大になれるだけの『十分さ』があります。ため込むのではなく、ちょうど安心できるだけの『十分さ』です。ガンジーの言うように、『すべての人の必要を満たすことはできても、すべての人の欲を満たすことはできない』のです。」


現代の日本は経済、教育、環境、社会等あらゆる面で行き詰まりを感じています。それはどう見ても経済や科学技術への過多なる信仰であり、お金への極端な依存です。そしてそのもとをたどれば「欲」と言わざるを得ません。更にその欲を詳しく見てみれば「必要以上の欲」がどれだけあることでしょう。


メドウス博士は、この本のエピローグに「『限界を超えて』での私の分析では、世界が持続可能な経済を実現するために、現実的で無理がなく、有益でしかも大規模な変革をするには、長くても数十年の時間しかないのです。今から、230年後では遅すぎるのです。」と書かれています。「限界を超えて」が書かれたのが1992年であるから、既に20年以上が経過している。もしかしてもう限界を超えたかもしれません。けれどもよい()科学技術の発展を考慮すれば、まだ後戻りできるだけの所にいるハズです。


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豊かさは必要です。けれどもその豊かさは現在のところ「地球に負担をかけざるを得ない」ところからきています。そのために環境は破壊され、その結果私たちの生存を脅かす地球異変が次々と引き起こされています。私たちは早急にこの状況の改善に取り組まなければなりません。そのためには生活を見直すことが必要です。けれども癌や心筋梗塞などの直接、かつ緊急に自分自身の生命に関わることならばともかく、今すぐにこの豊かさを手放すことはできないのが現実です。


であるならば私たちに必要なことは、まずは「矛盾はあっても、地球に少しでも負担をかけずに暮らす」という考えであり、それは「足るを知る」ことではないかと思うのです。何故なら私たちはすでに十分持っているのですから。


この「矛盾はあっても、地球に少しでも負担をかけずに暮らす」って言葉を心に響かせ、「足るを知る」ことを実行してみませんか?



(平成29年8月一部修正)









らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2014年8月18日 (月)

自己流気ままに創造論(今後の方針②)

 最近時々訪れるカフェのオーナーから「あなたは今何しているの?引きこもり?ニート?それとも失業保険で生活中?」と言われた。僕はいつもこのオーナーに障害者支援の仕事の話をしているつもりだったので、オーナーからそう思われていたことにびっくりした。平日ふらっと現れ、ダラダラ過ごしているからな…。

 慌ててちゃんと仕事をしていますと否定をしたのだが、その後じっくり考えてみると確かに僕はニートのようなものかもしれないと思った。(ニートの定義からすると年齢的に当てはまらないのであるが…。)と言うよりも…。

 障害者福祉を学んで確信したことがある。それは、僕は「発達障害」であるということ。それも2次障害を患いもしかすると、かなり重症であるかもしれないということ。僕の発達障害はおそらく広汎性のもので、軽い自閉症傾向、適応障害、鬱傾向、コミュニケーション障害などなどたくさんありそうだ。そしてその2次障害として、組織に属せない、人とうまくやって行けない症状があり、今では親兄弟親戚にも適応が難しい。

 きっと精神科で診断してもらうと、いっぱいその病名も出て、もしかすると大量の薬ももらえるのかもなどと思ってしまう。精神福祉手帳の2級を取得できるかも?

 ところで、先日障害者福祉の相談員に発達障害について尋ねる機会があったのだが、それを障害とするかしないかは(本人に)「困り感」があるかないかだと言われた。つまり日常生活を送っていく上でそれらの問題を支障と感じるかどうかというわけだ。果たして僕に困り感があるかないかと言われると…、ないことはないが、あるとも言えない。

 けれども、僕はそれらをすべて拒否する。

 何故なら僕は現代社会をおかしい、間違っていると思っている。そう思いながらもここ数年この社会に合わせて生きてきた(つもり)。

 でもこの社会に合わせる必要があるのだろうか?と思ったのだ。例えば今の日本の政治。今の政治家は僕にとってはおかしな人だらけ。特に国会議員。政府はおかしな法律ばかりを作ろうとしており、国を変な方向に持っていこうとしている。どう見ても口先ばかりで、国民を軽視しているとしか思えない。(先日の池田整治さんの話からもおかしな人でいっぱいだと確信した。)そんな人達が先導しようとしている社会に合わせる必要があるのだろうか。

 それよりも僕なりに学んできた道徳観に従った方がいい。(間違いがあればその都度修正すればいい。)

 だったら社会から降りよう!だって僕は今の社会に変って欲しい、変えたいと思っている。その社会にしがみつく必要はない。

 ということで、
 ・人に合わせない。空気読まない(これまでも読めてないか…。)。
 ・自分なりのペースで、自分なりの方法で。
 ・自分なりの価値観で、自分なりの優しさで。

 比べる必要もないけれど、小さくていい、コツコツやっていこう。自分自身で創造していこう。

 見栄を張る必要もない。今僕が思う大切なことは、「(自分の中で)足るを知ること」、そして「自然(地球)の循環範囲内で」ということ。

 人とうまくやっていけないながらも、わずかながら友達もいる。また理解してくれ、助けてくれる人もいる。その人たちを大切にしていこう。

 実際に障害者から学ばせてもらったことそれは「ゆっくり、丁寧に、そして誠実に行う。」ということだから。そちらの社会へ移ります。


2014年8月17日 (日)

自己流気ままに創造論(今後の方針①)

 池田整冶さんの講演会に行ってきた。池田さんは元陸上自衛官の方で、かつてオウムサリン事件の際唯一自衛官として同行支援した方であり、現在精力的に世界には裏表があること、そしてその裏と表の真実を伝えている。(中にはトンデモ系と言う人たちもいるけれど…。)

 講演の内容は、地下鉄サリン事件の裏側や、上九一色村のオウム強制捜査での隠れた真実をいろいろと話してくださり、目からウロコが落ちるような思いだったのだが、それ以外にも歴史上の隠された真実を次々と話してくださり、本当に濃密な時間を過ごさせてもらった。実はこれまで池田さんの著作を何冊か読んでいたことや、他の人から得た情報から僕なりに知っていることも多かったのだが、それ以上に池田さんの詳細な話からその情報量の多さに圧倒された。

 普通なら講演が終わった後、すごい話が聞けたと高揚した気分になるのだが、今回はこれまで僕なりに世の中の真実を学んできたという想いや自負もあったため、池田さんと僕とのその歴然とした知識力の差を見せつけられ、かなりブルーな気分と同時に「こりゃかなわん。」と白旗を上げる以外の何物でもなかった。

 これまで世の中の真実を学び、いろいろな人の意見を参考にしつつも、僕なりに頭をひねりこれからの社会のデザインを考えてきたつもりだ。けれども池田さんのように最先端にいる人たちにはとてもじゃないがかなわない。

 ではどうすればいい?

 講演が終わった後、ずっと考えた。

 そして出た結論は次の2点。

 ひとつはこれまで僕が考えてきたものは、(いろいろな人の意見を参考にしながらも)僕自身の思想であり、哲学である。これは僕の記録であり、僕の行動指針。こうして公開しているけれど、人に買ってもらうものではないということ。

 ふたつ目は、僕には人に自慢できるような抜き出たものはなにもない。今の僕にできることは(障害者)福祉のみ。福祉がこの十数年間僕が実践してきたものであるということ。

 僕にあるのは「福祉」。けれども現在の僕は性格上、福祉の職場で働けないし、就職できない。(その理由のひとつは次回)。それならば僕なりの考えで、僕なりの方法で障害者の支援をしたり、福祉の向上を目指したりして行くしかない。それにこれまでの僕の経験から僕にしかできない福祉があるはずだ。

 残念ながら福祉は国の社会保障制度そのもののひとつであり、法律によりガチガチに固められている。制度に則り実施することでお金が支払われるという仕組みだ。それにより多くのハンディギャップを背負った人たちが便宜を受け、社会の中で安心して暮らしていけているのも事実だ。

 けれども制度の範囲外の所でまだまだ大変な思いをしている人達がいるし、様々な社会の壁があることを僕は感じた。だからそこを何とかしたいと思った。ただしそこは狭間な世界。福祉にも当てはまられなければ、企業として成立させられる世界でもない(?)誰も手を付けたがらない世界。

 幸いなことに僕は今のお金に不信感を抱き、そんなに儲けなくてもいいと思っている。それよりも自分が楽しいと思えることができ、僕自身の心が豊かであると思えればいいと考えている。そして何よりも創造しているという感覚を得たいと思っている。だから僕は、僕自身の指針に従い、僕なりの考えと方法で支援を行いたいと思う。

 池田さんの話の中で江戸時代の話が出てきた。江戸時代の日本は世界から見るとパラダイスのような世界であり、最高のおもてなしの国だったということを話された。「ひまわり」で有名な画家のゴッホもそのパラダイスの国ヤポンへ妻と仲間と共に行くのが夢だった。

 僕も自分なりの社会観・福祉観を打ち立て、福祉を追求しようとしている。その中で僕なりに障害者や人に対して優しくなることができればいいと思う。

 「ゆっくりでいい、小さくていい、自分なりにコツコツやっていけ。自分なりの優しさを追求していけ。そして何より自分自身で創造しろ!」

 お天道様が認めれば、それなりにやって行けるだろう。

 これが僕が出した答えである。


2014年8月13日 (水)

夏の夜のミステリー

 それはもう15年以上前の出来事。

 当時僕はある老人病院と呼ばれるところで働いていた。老人病院とは現在は療養型病床群と呼ばれるところで、医療的処置の必要な要介護者が入院するところとされている。けれども当時はまだ介護保険前のことであり、脳梗塞などを患い入院した人で、その後状態が安定しても、家に帰ることもできず、また老人ホームなどへ入所することもできないどこへも行き場のない人が、仕方がなく病院へ入院という形を取り生活している場所であった。そのため「社会的入院」などと呼ばれていた。

 その日僕は夜勤だった。その病院では1フロア看護師2名とヘルパー(補助看=今でいう看護助手)2名の計4名で夜勤をするようになっていた。21時に消灯したあと、明日の準備等を行い、23時に再び数名の排せつ介助をし、再度フロアを巡回確認する。それを終え、何もなければ3時まで看護師もヘルパーも仮眠の時間となる。3時に再度巡回し、再び5時まで仮眠し、それから朝の業務が始まるようになっていた。

 (悪口を言えば寝かせきり病院だったので、それほどすることがなかったのだ。)

 その日もうひとりの夜勤ヘルパーさんは女性だったので、同じ部屋に寝るわけにも行かず、僕は空いている病室(個室)のベッドで仮眠をとることにした。本当はいつでも何かあれば駆けつけられるようにしなければならないのだが、僕はいつもズボンを脱いで寝ていた。(パンツは履いてます!)
 
 2時55分となったので、一旦起き、ヘルパー室へと向かう。そしてみんなで一緒に巡回をする。4人いるので、看護師とヘルパーのペアで二手に分かれて両端の部屋から巡回する。そのため何もなければすぐに巡回は終わる。

 その日は何もなく巡回を終え、再び仮眠の時間となり、僕は個室の病室へと向かう。再びズボンを脱ぎ、ベッドにもぐりこみ、ウトウトし始めた頃…。時間は3時30分ごろか?

 何処か遠くで「eikyoさん」と声が聞こえたような気がした。

 「ん…?気のせいか?」

 再び「eikyoさん」という声が・・・

 「誰か呼んだかな?」僕は眠りに入ろうとしている。

 そして次に、「eikyoさん早く!」と今度ははっきりと声が聞こえた。

 「誰かが呼んでいる!」
 僕は飛び起き、急いでズボンをはいて、ベルトを止める間もなく走って病室を飛び出し廊下へ出た。

 するとそこは、真っ暗。「シ~ン。」物音ひとつしない。有るのは廊下と非常出口灯のみ。いつも以上に静かな世界。耳をよく澄ませば、どこかの部屋から患者さんの寝息(いびき)が聞こえるのみ…。

 ゾ~。何なんだ今の声。確かに聞こえたぞ。確かに「早く!」って僕を呼ぶ声が聞こえたぞ。

 それから何事もなく(?)夜明けを迎えた。

 あの声は何だったんだ。もしかしてお化け???

 聞こえたけれど、見えなかっただけましかな?

 その後も夜勤をつづけた。けれどもそれ以来、僕を呼ぶ声は聞こえてこなかった。



21世紀をデザインするHP「らいふあーと」もよろしくお願いします。


2014年8月 6日 (水)

突き動かされる~幸せボンビーおっさん~

 3月で重症心身障害児者の在宅支援事業を終え、その後いくつかの紆余曲折を経て、5月末から「障がいがあろうとなかろうと誰もが幸せを目指せる社会づくり」と称して障害者支援事業を立ち上げ今日に至っている。現在は障害者の就労関係の事業所を訪問し、現状や課題の調査を行っている。時に販路を開拓したり、新規事業のアドバイスなどをしているのだが、基本的にそれらは無償で行っており、特に報酬を請求する気もない。

 実を言うと今年の1月末で収入が途絶えて以来、この半年一銭も稼いでないので、本来ならお金が欲しい筈なのだが、それほど気にしてもいない。それよりも僕は今これまでにない感覚に包まれており、何かに突き動かされているような気がする。そのため他者から「(この事業を)本当にやるの?」とか「(新規事業で)利益がほとんど出ないけれど、大丈夫なの?」と言われるのだが、僕からすると「何を言うてんねん?やるって言ってるじゃん。」とただそれだけ。(いろいろな人から心配してもらえるのは、とてもありがたいことなのだが…。)

 もともとこの事業は昨年度の重症児者の在宅支援でミイちゃんと出会ったのがきっかけだったのだけど、そのミイちゃんとも3月の末に会った以来、もう4ヶ月会っていない。今度会いに行こうかと思いつつも、それ以上に現在の支援を進めたい想いでいっぱいだ。もちろんミイちゃんと会えば、また更なるパワーが湧くのだろうけれど、それが無くても今の僕は今ある感覚で十分だという想いもある。

 そして何よりも僕の中にある強烈な想い。それは「これが僕の使命(のひとつ)であろう」と言うこと。そして「もしこれが本当に僕の使命であるならば、お金やその他必要なモノは必ず後からついてくる。」と言う信念であり、あるいは「必ずやれるから大丈夫。」という感覚。それは自分を通り越した何かとしか言いようがない。

 そのため現在この仕事に関してのブログを書き、FACEBOOKなどにアップしたりしているが、例え「いいね」を押してくれる人の数が少なかろうと、ブログを見た人がほとんどいなくてもあまり関係がない。そんなことどうでもいいともいえる。それよりも僕自身が突き進んでいるという実感がいい。

 また今回の事業に関して僕は「ゼロから行う」こととしている。これまでの自分の経験も人脈も使おうが、使うまいがどちらでも構わない。それよりも日々の中でひとつ一つ積み重ねていける方がいい。そしてその感覚が得られた時、あるいは共感者が一人でも増えたと思えた時、その時は最高にうれしい。

 それに実を言うと僕の中にはひとつの確信めいたものがある。それはあるラインを超えるとすべてがうまく動き出すという確信。このままどんどん突き進んでいけば、あるところからきっとスムーズにものごとが運び出すと思うのだ。それはこれまでの僕の経験から来てもおり、直感でもある。

 さあ、どうなるか。不安が全くないかと言えばウソになる。お金がいつまで続くのだろうかとも思う。通帳の残高はどんどん減っていく。僕の年齢で今のような状況でいいのだろうかと思わないでもない。けれどもある意味それ以上に自分を、そしてこの道のりを楽しんでいる僕がいる。

 未来を創造していくのか、新たな社会の土台を創っていくのか。ただただ僕の中の何かはもう止めようもなくなっている。好きなこと、やりたいことをやる!それが心地よい。幸せボンビーおっさん(格好良くない?流行らないか?)。だから突き進むのみ!



21世紀をデザインするホームページ「らいふあーと」もよろしくお願いします。


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