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2014年4月23日 (水)

真実とは地球のようなもの

 舩井幸雄氏の著書「未来への言霊」(徳間書店)の中に出てくる一文に「私は過去に自分にとってどんなことでも、すべて善であったという思想を持ち、またすべての人の言動はその人の立場ですべて正しいと信じています。従いまして、自分にとってなるべく多くの言動を、「あれも正しいのだ」と肯定しうるように努力するのが、人として生まれてきた以上、人生の挑戦目標であると考えています。」
             
 真実を探し求めてはやウン十年。僕なりに様々な経験を積み重ねてきて、もしかして他人よりも真実に近づいているのではないかと思っていた。
             
 けれども瞑想をしていると次のことが心の中に浮かんできた。「真実とは丸い地球のようなもの。それをどこから見るかである。」と…。
             
 ある人はアフリカのカラハリ砂漠の大地からこれが真実だという。またある人は東京の高層ビル街からこれが真実だという。ある者は飛行機の上から大地を見てこれこそ真実だという。またある者は大気圏から出たところから見てこれこそ真実だという。彼は月から地球を見てこれぞ真実という。彼女は宇宙ステーションから見てこれぞ真実という。僕は金星から見た地球をもってこれこそ真実という。あなたはシリウスから見てこれこそ真実という。
             
どれもそれぞれその人の立場から見た真実。真実はひとつ。同じひとつの地球という姿。どれも決して間違っちゃいない。けれども人は我こそが真実といい、概して他者の言っていることは間違っているという。そして相手の言うことを受け入れようとしない。ただ違っているのはその人がどこからどの視点で見ているかということだけ。
             
 冒頭の言葉は、第3章「舩井流」で未来は必ずよくなるの「2.包み込みの法則」で出てくるもの。その後の瞑想中に「丸い地球」が現れ、それぞれの見方が出てきた。そして誰も決して間違っちゃいないっていうことを教えられた。真実に人よりも近づくってことなどない。ただあるのは真実をどのように多様に見ることができるかということだけ。
             
決して誰かが間違っているってことなどない。だから包み込む必要があるのだ。そしてその包み込む力が欲しいと思った。けれども残念なことに今の僕にはその力がまだない。まだまだそこまでの度量が備わっていない。
             
よく「ありのままの自分を受け入れること」といわれる。僕なりにありのままの自分を受け入れてきたつもり。けれども本当にそれができているのかといわれると「?」な所もある。自分を受け入れられないと人を包み込むなんて難しいのではと思ったりもする。
             
 このところの僕は揺れ動いている。悟ったり、迷ったりの日々である。それが人間というものなのか、それともまだまだ修行が足りないのか。
             
 ともかく人はだれもが、その人から見た真実を言っているのであり、決して間違ったことを言っているのではないということを理解したいと思う。

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