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2014年4月 8日 (火)

個性化の時代を生きている

 スピリチャルなブログや本を見てみると、2013年から新たな時代が始まり、その流れはどんどん速くなっているとか、最近想ったことが実現化するのが早くなっているなどと書かれている。けれども僕にはそれをあまり感じることができない。大局的にみて新たな流れが始まっているとは思うのだが、想いの現実化速度が早まったとは全く思えない。

 

 いくら理想的な世界を頭の中で描いたとしても、それが現実化されるという兆しは見えず、最近はスピリチャルな世界よりも現実の世界の方が実体験として味わうことができ、この実世界に生きる自分を追い求める方が面白いのではないかと思うようになり、スピリチャルな世界はもうほどほどにしようと思っていた。

 

 ところが僕がよく見るHP「舩井幸雄.Com」で最近高島康司さんが「ヤスのちょっぴりスピリチャルな世界情勢予測」と言う連載を始めたのだが、4月1日付の(連載第2回)記事に次のように書かれてあった。

 

(転載開始)

 「私たちが生まれてきた目的のひとつは、本来の自分の姿、つまり『オーバーソウル』を発見し、それに出会うことにあります。これこそ自己の神秘性の発見であり、究極の幸福感の源泉なのです。

 

この出会いは、私たちがある道を進むことで自然に実現します。その道とは『個性化の過程』を私たちが真摯に生きることです。」

 

「個性化の過程」とは深層心理学者のユングの概念です。ユングは、私たちの心の深層には「ユニークな個人として成長し、生きて行きたい」という強烈な衝動が備わっていると言います。この衝動にしたがって生きることが「個性化の過程」です。

 

一方、「個性化の過程」に生きることは、人生で矛盾と困難を経験することの原因にもなります。社会生活では私たちは、「営業マン」「中学教諭」「税理士」「主婦」などのペルソナと呼ばれる社会的なアイデンティティーを身につけて生活しています。ペルソナは私たちが社会に適応し、生活者として生活の糧を得るためにはどうしても必要なことです。

 

しかしペルソナは本来の自分自身とは異なる存在です。それは、仮に自分が身につけた社会的な仮面にしかすぎない。この仮面を長い間身につけていると、本来の自分を取り戻したいという気持ちが大変に強くなってくる。

 

「個性化の過程」は、ペルソナを脱ぎ捨てて、固有な自分自身を取り戻し、個性のあるユニークな存在として成長することを要求するのです。したがって「個性化の過程」を生きることは、自分の仕事や適応している社会環境を放棄することをときとして要求する。これが困難です。

(転載終了)

 

これは高島さんが人類学者かつシャーマンのハンク・ウエスルマン博士と夫人へのインタビューを交えた記事だったのだが、これ読んで今まさに僕はこの「個性化の過程」を通過している最中なのではないかと思った。そしてその通過がうまくいかず(?)に自分の中で右往左往している状態ではないかと…。

 

僕は4,5年前まで高齢者福祉の仕事をしていた。介護職員であれ、生活相談員であれ高齢者福祉はある意味僕の天職ではないかと思えた。なのでその職にあるときはまるで水を得た魚のように自由に、そして充実感をもって働くことができていた。けれどもある時ひとりの高齢者を看取り、達成感を感じると共に、僕の高齢者福祉に対する想いが無くなった。無くなったというよりも「終わった」という実感と共に、新たな世界に身を投じたいと思った。(当時僕はそれを「これからは神様に導かれて生きていく。」と人々に言っていた。)

 

それからNPOの支援や地域づくりの仕事に2年間関わり、続いて障害者の支援へと関わり、それぞれ無事に勤めあげることができた。そして今では自分自身にしかできないオリジナルなものを探し求め、現時点ではどうすれば「誰もが幸せを目指して生きてゆく」ことができるのかという「しあわせ」探しの旅(幸福学)をするようになってしまっている。これってもしかして「ユニークな個人として成長し、生きて行きたい」という強烈な衝動?

 

しかしそのお蔭で「どうやって喰っていけばいいのだ(生活していけばいいのか)?」という課題にぶつかり、また現実の僕を客観的に見れば、仕事も経済力(生活力)もない何ともみじめな状況であり、毎日自分自身のあり方について猛烈に考えさせられる日々を送っている。(けれどもまだ動じていない!?)

 

高島さんの今回の記事によると、この現象は2013年から強まってきているとのこと。確かにそういわれると僕のなかにもムズムズしたものがますます強く湧き上がっている。この先にオーバーソウルとなる本来の自分自身があるのだろうか。

 

ペルソナを脱ぎ捨てるのが早すぎたのか、それともこれが生みの苦しみなのか…。とにかくこの先に進むためには、これまでの僕自身の殻を破らなければ始まらないと感じ、一体それをどうすれば成し遂げることができるのかと戸惑うのである。

 

ということで、スピリチャルな世界と完全に縁を切ることはまだなさそうで、時にくっつき時に離れてという、現実世界とスピリチャルな世界を行ったり来たりしながら、日々を過ごそうかと思うのである。(昨日「新生地球の歩き方~愛の星へのパスポート~」-きれい・ねっと-を読んだばかりである。)

ホームページ「らいふあーと~僕らは地球のお世話係~」もよろしくお願いします。

 

 

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