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2014年4月

2014年4月30日 (水)

神様になる方法 (介護編)

 時はバック・トゥ・ザ10年前。とある有料老人ホームで生活相談員と介護職員+何でも屋として働いていた時の体験談。

 玉さんは御年8○才。旦那さんと百姓を生業とし一人娘を育ててきた。娘は成長し、都会へ出ていき結婚してそのままずっと東京暮らし。旦那さんは十数年前に亡くなり、それ以降玉さん一人で百姓仕事をしていたのだが、年を取るにつれその規模はどんどん縮小され、今ではほとんど手つかず状態。それどころか家の家事も段々大変になってきたうえ、このところどんどんボケてきた。(認知症と言うべきなのでしょうが、ここはあえてボケという言葉を使ってます。)
 そんな玉さんのことを心配した娘さんは、東京から時々戻っては、玉さんの世話をしていたのだが、毎回東京との行き来する生活も大変。けれどもこのまま(ヘルパーさんを利用して)玉さんひとりで生活させるのも心配。そこで娘は玉さんを老人ホームに入居させることにした。

 玉さんは小柄で眼鏡をかけ、杖を突いて歩くお婆ちゃん。眼鏡のレンズ効果で時に目がびっくりするぐらいに大きく見える。娘(とその旦那さん)に連れられて来たときは静かにしていた。居室に入り、娘から「今日からここで暮らすのよ。」と言われて、分かったような、分からないような…。契約時の説明等が終わり、玉さんと(時々家族と)僕と介護職員で居室や食堂で、玉さんの子供の頃の話や世間話をしながらしばし賑やかかつ穏やかな時間を過ごした。部屋の荷物も片付き娘夫婦は、今度は家の片付けがあるので「お母さんをよろしくお願いします」と帰っていった。

 その後玉さんはしばらく職員と談笑していたのだが、夕方となり「日も暮れるから、それじゃあそろそろ帰ろうか。」と腰を上げた。ところがどっこい玉さんはもう帰れない。職員が「まあまあ玉さんもう少し…。」。しばらくして玉さんは「日も暮れるから、そろそろ帰ろうか。」。今度は職員「玉さん今日は夕飯食べて帰ろうよ。」となだめては、再び「帰ろうか。」とそんなこんなの押し問答が続く。

 けれども玉さんもしびれを切らし「もう家に帰ります。」と立ち上がり、杖を突いて廊下を歩き始めた。けれども出口がない。エレベーターに乗ろうとすると職員に止められる。(階段は扉がされ見えない。)そうして徘徊は始まるのだ。帰ろうとする玉さん。まあまあとなだめる職員。時に僕も玉さんに声をかけてみるが、もう耳には入らない。とにかく「帰ります」。廊下の窓からは道路が見え、車が走っているのだが、果たして玉さんは建物から出て、その道路に行くことがでいない。おもわず玉さん「帰れへんのやったら、ここから飛び降りて車に轢かれて死にます!」。

 そうして玉さんの徘徊は続く。しばらくして再び僕も声をかけてみるが、「私は帰るんです。私は神様と南条病院の先生の言うことは聞くけど、あんたの言うことは聞きません。」とのこと。玉さんはある意味信心深い人。田畑を耕し真面目に生きてきた玉さんにとって神様(お天道様)は信ずべきもの。そしてお医者様は偉くて尊敬すべき人。なので神様とドクターの言うことはちゃんと守らなきゃならない。

 玉さんの徘徊は続く。けれど杖を突きながらヨタヨタ歩きで転倒も心配なので、時には職員もついてなければいけない。けれども他の仕事もしなければならない。そんな時の出番は暇そうな僕。生活相談員と介護を兼ねていた僕は玉さんに付き合うことに…。話しかけても玉さんは興奮状態なので、何を言ってもムダ。「私はここで死ぬ!神様、南条病院の先生以外は知らん。」。そこで近づきすぎないよう様子を見ながら、廊下(玉さんの見える場所)で待機。

 なおも玉さんの徘徊は続く。けれども玉さんも御年8○才。歩き続けるのもやはり疲れる。椅子に座ればいいのだが、なんと玉さん廊下の真ん中で寝始めた。「ここで寝るより、椅子かお部屋で…。」「ここで車に轢かれて死ぬるんよ。」。やっぱり何を言ってもムダ。しばらくして玉さんは起き上がり、歩き始め、職員の声掛けに怒りながら「帰る」と言い、そして疲れると廊下に寝そべり「車に轢かれて…。」×○回

 季節は秋から冬へと向かい始めるころ。夜ともなると廊下は冷える。そこで廊下で寝ている玉さんにそっと毛布を掛けると「いらんわ。死ぬるんじゃ!」「玉さん寒いでしょ。南条病院の先生がこれ着ろって。」「嘘言うな。南条病院の先生おらんがな!」

 そんなこんなで消灯時間がやって来た。玉さんは相変わらず廊下に寝ている。夜も9時を過ぎると結構寒い。かといって毛布を掛けると怒る。そこで一計を案じた。家まで一旦戻り、押入れの中から電気ヒーターを取り出し、更には延長コードを持ち出し、再びホームへ戻る。

 玉さんは相変わらず廊下で大の字状態。玉さんに気付かれぬよう少し離れたところから電気ヒーターをON!しばらくすると玉さんは起き上がり、電気ヒーターを一瞥し、再び歩く。そして歩き疲れて廊下にゴロリ。そこへ電気ヒーターを移動させスイッチON。そんなこんなで時間は過ぎてゆき日付が変わる。

 1時過ぎ玉さんはようやく落ち着き、部屋には戻らぬもソファーで横になる。そのちかくでヒーターON。どうやら今日はこのまま落ち着きそうだ。時間は2時近くになろうとしている。そういえば僕は明日(今日)も朝から仕事。このままここにいてもいいけれど、24時間以上居続けるのも嫌だ。ということで、一旦家に帰って布団で寝ようと思い、夜勤者に玉さんが動いたらヒーターも動かすように頼んで家に帰る。

 翌日ホームへ戻ると、玉さんは部屋のベッドで寝ている。あれからしばらくして職員の声掛けに応じ、部屋のベッドで寝始めたとのこと。さすがにその日は玉さんもお疲れ状態。僕もお疲れ状態。

 次の日僕は休みだったので、1日置いてホームへ行くと、少し落ち着いた玉さんが食堂の椅子に座っていた。玉さんのそばに行き声をかけると、でっかい目をした玉さんは僕を見あげて言う。「あんたのお陰や。あんたのお陰でこんなええ所へ入れた。神様と南条病院の先生と、あんたの言うことは聞かないかん。」とのこと。

 へえ~。

 それからというもの玉さんは、職員に文句を言いつつ、そして部屋と食堂を1日に何度も往復しつつもホームでの生活を受け入れていった。

 ところで玉さんはお風呂に入るのが大嫌い。年を取って面倒臭いのか…。職員からの「お風呂に行きましょう。」との声掛けに、「お風呂なんて入らん!」と怒る。仕方がないので僕が玉さんのところへ行き、「玉さん、お風呂に入りましょう。」というと、「お風呂なんか嫌いやのに、(神様と南条病院の先生と)あんたの言うことは聞かんといかん。」ということで、職員に連れられお風呂に行くのでした。

「行ってらっしゃい、玉さん。さっぱりしてきなはれ~。」こうして玉さんは何でも僕の言うことを聞いてくれたのでした。

 玉さんその後どうしているのだろう?元気かな?

果たしてこれがよいことなのかどうかは分からない。けれども一生懸命に働いているとこんなことも起こったりする。そんな思い出もいいものです。

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2014年4月23日 (水)

真実とは地球のようなもの

 舩井幸雄氏の著書「未来への言霊」(徳間書店)の中に出てくる一文に「私は過去に自分にとってどんなことでも、すべて善であったという思想を持ち、またすべての人の言動はその人の立場ですべて正しいと信じています。従いまして、自分にとってなるべく多くの言動を、「あれも正しいのだ」と肯定しうるように努力するのが、人として生まれてきた以上、人生の挑戦目標であると考えています。」
             
 真実を探し求めてはやウン十年。僕なりに様々な経験を積み重ねてきて、もしかして他人よりも真実に近づいているのではないかと思っていた。
             
 けれども瞑想をしていると次のことが心の中に浮かんできた。「真実とは丸い地球のようなもの。それをどこから見るかである。」と…。
             
 ある人はアフリカのカラハリ砂漠の大地からこれが真実だという。またある人は東京の高層ビル街からこれが真実だという。ある者は飛行機の上から大地を見てこれこそ真実だという。またある者は大気圏から出たところから見てこれこそ真実だという。彼は月から地球を見てこれぞ真実という。彼女は宇宙ステーションから見てこれぞ真実という。僕は金星から見た地球をもってこれこそ真実という。あなたはシリウスから見てこれこそ真実という。
             
どれもそれぞれその人の立場から見た真実。真実はひとつ。同じひとつの地球という姿。どれも決して間違っちゃいない。けれども人は我こそが真実といい、概して他者の言っていることは間違っているという。そして相手の言うことを受け入れようとしない。ただ違っているのはその人がどこからどの視点で見ているかということだけ。
             
 冒頭の言葉は、第3章「舩井流」で未来は必ずよくなるの「2.包み込みの法則」で出てくるもの。その後の瞑想中に「丸い地球」が現れ、それぞれの見方が出てきた。そして誰も決して間違っちゃいないっていうことを教えられた。真実に人よりも近づくってことなどない。ただあるのは真実をどのように多様に見ることができるかということだけ。
             
決して誰かが間違っているってことなどない。だから包み込む必要があるのだ。そしてその包み込む力が欲しいと思った。けれども残念なことに今の僕にはその力がまだない。まだまだそこまでの度量が備わっていない。
             
よく「ありのままの自分を受け入れること」といわれる。僕なりにありのままの自分を受け入れてきたつもり。けれども本当にそれができているのかといわれると「?」な所もある。自分を受け入れられないと人を包み込むなんて難しいのではと思ったりもする。
             
 このところの僕は揺れ動いている。悟ったり、迷ったりの日々である。それが人間というものなのか、それともまだまだ修行が足りないのか。
             
 ともかく人はだれもが、その人から見た真実を言っているのであり、決して間違ったことを言っているのではないということを理解したいと思う。

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2014年4月16日 (水)

福祉の仕事は素敵だよ

 前回福祉とは「幸福(しあわせ)」という意味であり、福祉の「福」はしあわせを意味し、福祉の「祉」もまた幸せを意味し、「福祉」という漢字はどちらも幸せを意味する「Wのしあわせ」であることを書いたが、今回はそれを更に「福祉」を掘り下げると共に分解し、福祉の新しい(?)概念を伝えたい。

福祉の「福」
 福祉の「福」を分解するとネ(示<しめす>編)と畐(フク)とに分けることができる。まずこのネ「示(しめす)編」は神様を意味する。「示」はもともと神様への捧げものを置いた台(テーブル)の形からきたものだが、そこまでは帰らず、神様ということで。(余談となるが、そうすると「祈」「祝」「祓い」などの示編の漢字も何だか神様を意味していることが見えてくる。)
 続いて「畐(フク)」は、もともとはお酒を入れる容器から来たもの。(よ~く見れば徳利の形に見えなくもない。)つまり「福」という漢字は「神様のお酒」であり、「神様が与えてくれたお酒」となり、神様が与えてくれるお酒とは、「神様が与えてくれる恵み」である。
 それでは「神様が与えてくれる恵み」とは何かを考えると、貧乏神でもない限り、それはありがたいものであり、一般にイメージするものは「しあわせ」である。

福祉の「祉」
 次に福祉の「祉」を分解すると「ネ」と「止」となる。「ネ」は先ほど書いたが神様を意味する。「止」は止める。(これは足跡から来ているそうだが、そこまでは戻らない。)
 つまり「祉」は「神様を止める」=「神様を留める」ことを意味する。神様が留まってくれるとどうなるか。それは「しあわせ」である。

それではこの2つをまとめると、福祉とは「神様が与えてくださる恵み」と「神様を留める」ということであり、それを繋げると「神様の(与えてくださった)恵みを留める」ということになる。

「神様の恵みを留める」=「しあわせ」=「福祉」となるのである。

 最近よく「(あなたは)何の仕事をしていますか?」との問いに「福祉の仕事をしています。」と答える人も多いだろう。となるとそれは「(私は)神様の恵みを留める仕事をしています。」ということになる。

 さてここで真面目(普通)に戻り、福祉の仕事とは対人援助の仕事。そうすると福祉の仕事とは「その人に神様の恵みを留める仕事」となる。「高齢者福祉の仕事」とは「高齢者の方々に神様の恵みを留める仕事」、「障害者福祉の仕事」とは「障害者の方々に神様の恵みを留める仕事」となる。

 誰かのために神様の恵みを留めてあげるのが福祉の仕事。そう考えると何だか福祉の仕事がとても素敵な仕事に思えてくる。

 ちょっとスピリチャル的。それとも宗教チックすぎるかな???

 福祉について話したい、みんなに知ってもらいたいと思う今日この頃

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2014年4月 8日 (火)

個性化の時代を生きている

 スピリチャルなブログや本を見てみると、2013年から新たな時代が始まり、その流れはどんどん速くなっているとか、最近想ったことが実現化するのが早くなっているなどと書かれている。けれども僕にはそれをあまり感じることができない。大局的にみて新たな流れが始まっているとは思うのだが、想いの現実化速度が早まったとは全く思えない。

 

 いくら理想的な世界を頭の中で描いたとしても、それが現実化されるという兆しは見えず、最近はスピリチャルな世界よりも現実の世界の方が実体験として味わうことができ、この実世界に生きる自分を追い求める方が面白いのではないかと思うようになり、スピリチャルな世界はもうほどほどにしようと思っていた。

 

 ところが僕がよく見るHP「舩井幸雄.Com」で最近高島康司さんが「ヤスのちょっぴりスピリチャルな世界情勢予測」と言う連載を始めたのだが、4月1日付の(連載第2回)記事に次のように書かれてあった。

 

(転載開始)

 「私たちが生まれてきた目的のひとつは、本来の自分の姿、つまり『オーバーソウル』を発見し、それに出会うことにあります。これこそ自己の神秘性の発見であり、究極の幸福感の源泉なのです。

 

この出会いは、私たちがある道を進むことで自然に実現します。その道とは『個性化の過程』を私たちが真摯に生きることです。」

 

「個性化の過程」とは深層心理学者のユングの概念です。ユングは、私たちの心の深層には「ユニークな個人として成長し、生きて行きたい」という強烈な衝動が備わっていると言います。この衝動にしたがって生きることが「個性化の過程」です。

 

一方、「個性化の過程」に生きることは、人生で矛盾と困難を経験することの原因にもなります。社会生活では私たちは、「営業マン」「中学教諭」「税理士」「主婦」などのペルソナと呼ばれる社会的なアイデンティティーを身につけて生活しています。ペルソナは私たちが社会に適応し、生活者として生活の糧を得るためにはどうしても必要なことです。

 

しかしペルソナは本来の自分自身とは異なる存在です。それは、仮に自分が身につけた社会的な仮面にしかすぎない。この仮面を長い間身につけていると、本来の自分を取り戻したいという気持ちが大変に強くなってくる。

 

「個性化の過程」は、ペルソナを脱ぎ捨てて、固有な自分自身を取り戻し、個性のあるユニークな存在として成長することを要求するのです。したがって「個性化の過程」を生きることは、自分の仕事や適応している社会環境を放棄することをときとして要求する。これが困難です。

(転載終了)

 

これは高島さんが人類学者かつシャーマンのハンク・ウエスルマン博士と夫人へのインタビューを交えた記事だったのだが、これ読んで今まさに僕はこの「個性化の過程」を通過している最中なのではないかと思った。そしてその通過がうまくいかず(?)に自分の中で右往左往している状態ではないかと…。

 

僕は4,5年前まで高齢者福祉の仕事をしていた。介護職員であれ、生活相談員であれ高齢者福祉はある意味僕の天職ではないかと思えた。なのでその職にあるときはまるで水を得た魚のように自由に、そして充実感をもって働くことができていた。けれどもある時ひとりの高齢者を看取り、達成感を感じると共に、僕の高齢者福祉に対する想いが無くなった。無くなったというよりも「終わった」という実感と共に、新たな世界に身を投じたいと思った。(当時僕はそれを「これからは神様に導かれて生きていく。」と人々に言っていた。)

 

それからNPOの支援や地域づくりの仕事に2年間関わり、続いて障害者の支援へと関わり、それぞれ無事に勤めあげることができた。そして今では自分自身にしかできないオリジナルなものを探し求め、現時点ではどうすれば「誰もが幸せを目指して生きてゆく」ことができるのかという「しあわせ」探しの旅(幸福学)をするようになってしまっている。これってもしかして「ユニークな個人として成長し、生きて行きたい」という強烈な衝動?

 

しかしそのお蔭で「どうやって喰っていけばいいのだ(生活していけばいいのか)?」という課題にぶつかり、また現実の僕を客観的に見れば、仕事も経済力(生活力)もない何ともみじめな状況であり、毎日自分自身のあり方について猛烈に考えさせられる日々を送っている。(けれどもまだ動じていない!?)

 

高島さんの今回の記事によると、この現象は2013年から強まってきているとのこと。確かにそういわれると僕のなかにもムズムズしたものがますます強く湧き上がっている。この先にオーバーソウルとなる本来の自分自身があるのだろうか。

 

ペルソナを脱ぎ捨てるのが早すぎたのか、それともこれが生みの苦しみなのか…。とにかくこの先に進むためには、これまでの僕自身の殻を破らなければ始まらないと感じ、一体それをどうすれば成し遂げることができるのかと戸惑うのである。

 

ということで、スピリチャルな世界と完全に縁を切ることはまだなさそうで、時にくっつき時に離れてという、現実世界とスピリチャルな世界を行ったり来たりしながら、日々を過ごそうかと思うのである。(昨日「新生地球の歩き方~愛の星へのパスポート~」-きれい・ねっと-を読んだばかりである。)

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2014年4月 2日 (水)

幸せを目指していける社会

 最近幸福論に目覚めたボク。先日映画「普通に生きる~自立を目指して」上映会を行ったのだが、この映画は重症心身障害児者とその家族が、どんなに重い障がいがあっても、本人も家族も地域で普通に生きてゆくことのできる社会を目指し歩んでゆくドキュメンタリー。映画の後に少しばかり幸福論を絡めた福祉についての話しをさせてもらった。

 私は社会福祉士という資格を持っており、現在の仕事をしております。なので、少し福祉、社会福祉についてお話をさせてもらおうと思います。みなさんよく福祉・福祉と言われますが、「福祉」とはどういう意味かご存知ですか?

 福祉とは幸福や豊かさということを意味します。漢字を見てみましょう。福祉の「福」はまさに幸福の「福」であり、しあわせを意味します。そして福祉の「祉」、これも実はしあわせを意味しているのですね。もし時間があるなら家に帰った時に辞書であるいはインターネットで調べてみてください。「しあわせ」と出てきます。だから福祉という漢字は「しあわせ」がふたつ重なっているものなのです。

 では社会福祉となるとどうなるでしょう。障害者には障害者総合支援法が、高齢者には介護保険法が、また生活困窮者には生活保護法などがありますが、社会福祉とはこれらの制度の施策を使って障害者や高齢者などのハンディキャップを背負った人、課題を負った人を援助していこうとするものなのです。そして援助をしてどうするか、映画「普通に生きる」でも出てきた、自立を目指します。自立支援を行うのです。自立とは主体的に生きられるということです。それでは自立、あるいは自立支援の先には何があるのでしょう?これも映画の中に出てきた「自己実現」があります。自立してそして自己実現をするということを目指すのです。では「自己実現」の先には何があるでしょう?

 自己実現の先には「しあわせ」があるのです。自己実現してしあわせになる。あるいは豊かになる。もっと簡単に言えば「満足」あるいは「充足」満ち足りた気持ちかもしれません。

 ですから社会福祉とは制度を利用して自立して、自己実現してもらう。そしてしあわせになってもらうということなのです。ハンディキャップのある人(障害者も高齢者など)もしあわせになることが福祉なのです。

 でもちょっと考えてみてください。しあわせになるってことは何も障害者や高齢者だけじゃないですよね。僕たち、いわゆる健常者と呼ばれる人もしあわせになりたいと思い、幸せを目指していますよね。そう考えると、障害のある人もない人もみんなしあわせを目指して生きているということになりますよね。

 だから福祉って特別なことじゃないのです。それを使ってしあわせを目指す。健常者もハンディキャップのある人も幸せを目指して生きていくということなのです。そしてどんなに重い障がいがあろうと、この幸せを目指して生きていける。それが普通に生きるということではないかと思うのです。

 ということで、ここまではよかった。さてこの先2パターンの話をした。

パターン①
 もし重症心身障害児者に会うことがあったなら、是非触れ合ってみてください。もしかすると映画以上の最高の笑顔を見せてもらえるかもしれません。

パターン②
 みなさんも将来障害を持つ(福祉を利用する)可能性が決してないと言えません。そのためにも福祉の充実が求められます。けれども財政的にはパンク寸前です。そこで求められているのが皆さんの力です。小さな親切で構わないので、第一歩を踏み出してください。

 パターン②は時間の関係で少し中途半端になってしまったのだが、どちらにせよ今の僕は誰もが幸せを目指していける社会の実現に向けて貢献したいと思う。本当は誰もが幸せな社会となればいいのだろうけれど、残念ながらそれを実現するには人間はそこまで成長していない。目の前には経済成長を掲げつつ、格差を大きくする社会でしかないのが現実。だからまずは誰もが幸せを目指していくことができる社会を実現する仕組みを作ることこそが21世紀のデザインじゃないかと思う。

 ただし気を付けなければならないことは、幸せは人それぞれによって違うということ。自分の幸せ感を人に押し付けてはならないということ。それをしてしまうと社会は窮屈になってしまうし、多様性が失われてしまう。

 そして現在は制度を利用しなければならないけれど、本当はそんなものが無くとも、誰もが幸せを目指していける社会こそが望ましい。そんな日が訪れるのはいつのことだろう・・・。

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