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2014年1月29日 (水)

江戸の生活(太陽と共に在り、月の導きに従う)

 少し前のこととなるが、意識研究家のエハン・デラヴィ氏の講演を聴いてきた。講演の中でエハン氏は500年前の日本人と今の日本人は全然(考え方が)違うこということを話された。ちょうどその日は冬至の日だったのだが、今では冬至を意識する(日本)人はほとんどいない(お風呂にゆずを入れようと思う人も中にはいるが…、)。けれども昔の人は冬至や春分・秋分そして夏至などをはじめ、季節の節目(の日)を知っているのが当たり前だった。そして、それは日本人だけでなく、世界中の人々がそうだったことを話された。

 人々は季節と共に生きていた。ということで、昔の人々(江戸時代の人々)の生活を考えてみた。

 例えばそれは次のようなもの。江戸時代の人々は季節に実る野菜や果物を収穫し食べていた。そしてそれらは基本的に地元で採れたもの。もちろん露地もの。地元で採れた旬のものを食べ、季節を感じながら生きる。(ついでながら江戸時代の野菜は固定種(伝統野菜)であり、形はまちまちで、収穫時期に幅があるけれど、現代のF1種(交雑種)よりも味が濃い。つまり美味しい。)。季節のものを自然な形で頂く生活をしていた。
一方で現代社会は季節を選ばずにものが手に入る。スイカを冬に食べることもできれば、イチゴも年中手に入れることができる。けれどもその多くがF1(交雑)種。一体どのような劣性遺伝のものを掛け合わされているのか分からない。

 また江戸時代の暦は太陰暦。それは月の満ち欠けを基本とするもの。ひと月の単位は月の月の姿の見えない新月から始まり、月の半ばに満月を迎え、そして月の陰りと共にひと月を終えていく。そしてそれぞれの月の状態に呼び名をつけていた。例えば三日月、十五夜、座待ち月、寝待月等。当時はカレンダーなど誰もが持っていることもなかっただろう。けれども肌で月を感じ、月の満ち欠け具合で日を知ることができた。
もちろん人々は月の満ち欠けが地球に及ぼす影響を知っていた。海の潮の具合、出産(産卵)への影響。もしかするとその他にも現代人が知らない(忘れてしまった)月と地球の関係を知っていたかもしれない。

 人々は日の出とともに働き、日の入りと共に仕事を終える。太陽と月を見て季節を感じ、時を知る。時には太陽や月を称え祝う。そして季節の収穫に感謝する。太陽や月は恵みであり、すべてを司るものであった。まさに太陽と共にあり、月の導きに従う生活を送っていた。

 更にもうひとつ。ここに1冊の本がある。田中優子+辻信一著「降りる思想 江戸・ブータンに学ぶ」(大月書店)という本。この中に江戸時代の人(の考え方)について次のように書かれていた。

 「一人の人間、たとえば、今、私の前に辻さんがいますね。辻さんであることは確かだけど、それだけじゃないかもしれない。もしかしたら、この人は、過去の時代にいた安藤昌益かもしれなくて、もしかしたら普賢菩薩かもしれなくて、もしかしたら大日如来かもしれなくて、というふうに何重にも見えてくる。存在ってそういうものだという、その感覚です。江戸時代の人は、そうやって人をみているんですね。それと同時に、自分もそうだと思っている。自分自身が名前を変えながらいろんなところに出現して、いろいろな人と関わりを持っていく。自分の中にある多層性というものを認めているんです。そういう人たちの暮らす社会が江戸なんです。」

 そういえば「袖振り合うも多生の縁」という言葉があるけれど、これは人とのちょっとした関係も前世からの因縁によるものだとの意味であり、まさにこのことを指しているのだろう。人々は自分を含めそれぞれの人に多重の生(輪廻)を見て、過去世の縁を感じて生きていた。

 となると、江戸の人々は太陽や月を見て季節や時間を感じ、旬のものを食べ、季節と共にあり、そして人を見て多重の生を感じて生きていた。自然と縁とのつながりの中で生きていた。縦につながり、横につながり、そしてそれぞれが循環する。

 少し前まで季節に関わらず野菜や果物が手に入ることが素晴らしいことであると思っていた。輸入されたワインやお酒が価値あるものと思っていた。より多くのお金をかけ(珍しいものを)手に入れることが贅沢なことだと思っていた。けれども今ではそれは他国の人々の生活を貧困に陥れるという誰かの犠牲の上に成り立っているものであったり、この美しき地球環境を破壊する行為であることが分かった。

 それよりも自然を感じ、自然に従い、そして多様なる縁を感じ、そして循環する生活。共にあるという感覚のもとでの生活。そちらの方が断然よいと思える。それに何よりも理屈抜きで、旬のものはうまい!そこにひと工夫凝らして、おまけに(?)愛情を注げば、これ以上のものはない。30年物のワインなど何のその!(飲んだことないけれど…。)

 最後に最近以前買って最近再び読み返している本~若杉智子著「『一汁一菜』食養生活」(主婦と生活社)~に次のように書かれてあったので紹介する。

 自然界には、ちゃんと1年のリズムがあります。綾部では3月頃にはフキノトウやヨモギが出てきて、その後、セリが出てきて、ヨメナが出てきて。うちの畑で芽吹く野草を見ているとそれがよくわかる。
 大事なのは、その自然界のリズムを、からだでいただくこと。旬をからだで知って、自然界のサイクルにからだのリズムを合わせていくこと。だから、旬のものを食べなきゃいけない。これはもう、自然界の摂理なの。(転載終わり)

 私たちは宇宙の中のひとつであり、太陽系のひとつであり、地球の一部であり、そして身土不二である。果てしなく大きなものから、身近に触れる土に至るまで、つながり、循環している。

 今からでも遅くはない。太陽と共にあり、月の導きに従う生活をしましょう。そしたら魔法使いにもなれるかもよ。



  詩「太陽と共にあり、月の導きに従う」




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