« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »

2013年10月

2013年10月23日 (水)

それでもあなたは雇われ続けますか

 先日新聞をめくると「アベノミクス 恩恵を受けるのは勝ち組企業のみ 大工場閉鎖相次ぐ地方」とあった。地方にある大手企業の工場が相次いで閉鎖されているというニュース。そしてそれだけの(解雇される)人を受け入れるだけの職が地方にはないという…。なかにはそこに就職できたので、引っ越しして家まで購入、ローン支払い中という人もいるとのこと…。

 そういえば最近のニュースで僕の住んでいる自治体でも何度か大手企業の工場の閉鎖というニュースが流れていたな…。従業員は別の工場に移動させるなんて言ってたけれど、実際どれだけの人が移動できるのか?結局は実質解雇に近いのではないかなと思うのだけど…。

 国民みんなで負担するはずの東日本大震災の増税分が大企業には免除(減税)されることとなり、更には消費税増税で輸出分の還元効果を受け、様々な優遇を受ける存在大企業。挙句の果てには解雇特区などという呆れるような構想までもがさ、それを真面目に語るポリティシャン。

 結局常に犠牲になるのは「ヒト」。企業に雇用され、企業の都合に合わせて働き、企業に献身しているにも関わらず切り捨てられる…。今ではリストラという言葉を見聞きしてもあまりに当たり前となり、誰も驚かなくなってしまった。いつの間にか「企業>人間」となってしまった。

 そう(大)企業に雇用されるということは時間の切り売りのようなもので、「一週間のうちのここからここまでを企業が自由にあなたを縛ります。そしてこちらの都合に合わせて利用させてもらいます。」というようなものなのだ。

 例えばかつては数名で1台の車を作り上げるという生産労働だったものが、企業の効率化という言葉でもって、分業化され、単純労働に近い仕事を押し付けられる。そして出来上がった製品は壊れたり、一定期間使われたら交換されることを前提としたほとんどが消耗品のようなもの。現在ではただでさえある意味企業の交換可能な部品(歯車)とされている「ヒト」が、解雇特区ができれば「人間」はホントに使い捨ての消耗品となってしまう。そのうち“100均ショップ”で人間までもが売りに出されるのでは???

 こんな状況の中で、あなたはいつまでもそれをよしとしていいの?このまま~企業>人間の生活=あなたの人生~でいいの?

 かつて多くの人は自営や農業に携わり、自分自身で日々を管理し、仕事、家庭そして地域(公)に時間を都合に合わせてあてていた。それが今では誰もが大学に行き、企業に雇用され、企業に身売りするようになってしまった。

 余談ながら、正直大学で習ったこと(経済学)など、社会に出て少しも使っていない。そして人間にとって必要な能力とは、社会の中でぶつかった問題を乗り越えていく能力であり、それは社会の中でしか学べない。そして社会の中でそれらを乗り越えていくために多くの学問がある。

 現代社会では人々はサラリーマン化し、分業形態を受け入れることにより、その作業をこなせば安定した収入が得られるようになった。今では家の中には大画面のテレビ、ブルーレイディスク、エアコン、PCが当たり前のようにあり、車も複数台所有。うち1台は1ボックスカーあるいは200万円以上するものが当たり前に乗られるようになった。更には外食も当たり前となった。

 ハテハテ、モノに囲まれた生活。そして消費するための生活。それが理想の姿なのだろうか?

 本来人生とは自分自身が(あるいは時に共同で)創っていくもの。けれども現在多くは企業から提示されたモノあるいは価値を購入し、それらを集めることによって一時的な満足を得ているだけ。自分自身で創りあげる人生ではなく、企業の命令に従い、企業が提供する既製品を購入し、すべて企業から提供されたもので成り立っている人生。消費活動の積み重ねによって成り立っている。個人として見ればそれを個性と呼んでいる。

 ホントにそれでいいの?~そろそろ消費の人生ではなく生産的な人生にチェンジするのもいいのでは?

 生産的人生とは試行錯誤、時に失敗を繰り返し、一歩一歩の(時間のかかる)世界。いわば自分自身で生み出していく人生。けれどもそれこそが創造過程=プロセスであり、その先に創造の世界がある。そしてそこにはあなたのオリジナルな人生がある。

 そしてそこには本物の21世紀が待っている。

 けれどももし雇用され働くならば、あなたが人生を捧げるだけの価値ある仕事ができるところを選ぶべき。もしくはあなたの能力を高め、次のステップへ移ることのできる仕事を選ぶべき。有名だけどただ単にお金と引き換えに使われる(利用される)仕事はいかがなもの…。少なくとも会社も、企業も「ヒト」を「ヒト」として尊重してくれる場所で働くべき。マスメディア、パンフレットなど信じちゃいけない。自分の目で見て判断するしかない。そしてまだまだそのような「働く」意味をなす企業もあることも確かなこと。

 人生とは好きなこと探し。わずか数パーセントの人のみが(お金という)マインドコントロールされた富を独占する時代。そして権力者たちはますますそれを加速させようとしている。そんな時代だからこそその操作され真実と思わされている世界~いわば権力者たちが作り出したバーチャルワールド~から抜け出し、自分自身が創造する本当の世界に飛び出してみる必要があるんじゃないか。

 振り返れば自分自身が思った通りの世界が展開されているのが実社会。集合意識と個人意識が織りなし展開されている。直接的な身の回りでは個人の意識が生み出していることが実社会に現れそれを経験しているのが実情。だから権力者たちのバーチャルワールドから脱出するには、まずは個人の意識を変えていくしかない。ではどのように変えるか。それは、

 「好きなことをする!」って宣言すること。

 さあ、あなたはこのまま雇われ続けますか?それとも21世紀そして人生のクリエイターとなりますか?


ホームページ「らいふあーと~僕らは地球のお世話係~」もよろしくお願いします。

2013年10月17日 (木)

念珠への想い+人間はあらゆる醜さを持つけれど花よりも美しい

 時々身に着ける白檀の御念珠。坊主頭に手首に御念珠姿。雰囲気もそのままで、一体どこのお坊さん?と思われがちだけど、至って本人は一般ピープルのつもり…。けれどもその御念珠は僕にとってはなくてはならない宝物。この御念珠があるからこそ今の自分があるんだな。

 振り返れば10年前。60ℓのバックパッカーをパンパンにして、誰が見ても「超重そう!」と思える荷物にテントを背負い四国を歩いていた。頭にバンダナを巻き、上のみ白装束。中途半端なお遍路姿で、88ヶ所寺およそ1200キロの道を来る日も来る日も歩いていた。

 はじめは恥ずかしがり屋のお遍路もどきで、寺に到着し本堂前で般若心経を唱えても、声を出すことができず、心の中でブツブツと…。お参りに来ていた人から「近頃のお遍路さんは声出して般若心経唱えんのやな。」なんて言われる始末。そんなシャイな素人お遍路が42日間のうちに徐々に変わっていき、最後は同じお遍路さんに有難がたがられ、さらには本職の僧侶から褒められるまでになってしまう。

 一体42日間にあのか弱いお遍路もどきに何が起こったのか?

 徳島の1番寺から歩き始めて最初に感謝したのが先達さん(※1)との出会い。その方がくれた歩き遍路の便利シート。そこには歩き遍路が泊まれる場所等様々な情報が1枚の用紙にまとめられており、その後の道中で大いに役立った。そして彼が体験したお遍路道中のことをいろいろと話してくれ、僕の中の不安を随分と和らげてくれた。
 
 初めは恥ずかしくて仕方のなかったお遍路姿も歩き続ける中で少しずつ、お遍路であることに慣れていき、段々それらしく歩いていくようになった。そして途中途中のお接待所でお茶やお菓子をいただいたり、善根宿(※)を使わせていただいたりした。また食堂で食事をした際には一品サービスしていただいたり、ある時には僕がテントをバックパックに乗っけているのを見て、軽トラを止め「ナベ持ってるでしょ?」と畑から摘んできた菜の花を大量にいただいたりもした。(←インスタントラーメンを買ってきてラーメンの具として頂いた。)

 88ヶ所のお寺は山の上にあることも多いのだが、山道をひたすら登っている時に、地元の軽トラのおばちゃんが僕が背負っているあまりにも重そうな荷物を見て、「乗っけていってあげようか?」と声をかけてくれ、僕は歩き続けることをモットーにしていたので断ると、「それじゃあ荷物だけでも、上まで運んであげようか?」といってもらった。ちなみにお遍路の途中からこの重たい荷物が僕の中では御大師様に変り、弘法さんも高野でずっと座禅を組んでいたのだから、脚も弱って歩くのも大変だろうと思い、空海さんを背負って歩いている気分となっていたので、荷物を運んでくれる申し出、あるいはお参りしてくる間(店に荷物を)置いておきなさいよという申し出も、(丁重に)お断りした。やっぱ空海さんも本堂までお参りしたいだろうからね。

 そして時には地元の人、あるいは車などでお遍路をしている人から「お接待させてください」とお金をいただいたりもした。時に福沢諭吉さんまでもいただいた。

 初めはいただいちゃったと嬉しく思っていただけなのだが、多くのお接待を受けるうちに、このお接待をしてくれる人々~親切に道案内をしてくれる人、お茶やお菓子をくれる人、宿を提供してくれる人、そしてお金をくれる人など~に対して感謝の気持ちで一杯となり、何かこの有難い行為を返さないといけないなと思い始めた。

 そんな時ひとりのお遍路歴の長そうな先達さんに出会った。その人は白いあごひげをはやし、片目が閉じた70歳ぐらいのいかにも…という感じの人であったのだが、目があったと同時に話しかけてきて、突然言い始めた。「途中、途中でお接待をもらったじゃろ。中にはお金をくれる人もいたろ。それはお前にくれたものじゃない。それは人々が(お前を弘法さんに見立て)お前に託したお金じゃ。中にはすぐに(好きなものを買って)使ってしまう奴も多くいるが、本来なら、半分はお参りの際にその人の分としてお賽銭箱に入れるぐらいの心がけが必要じゃ。お接待という行為をよく考えろ。」といって去って行った。

 一瞬「あの人は何だったんだろう?」と思いもしたが、言われたことも「確かにその通り」と思い、長老の言った通りにしようと思ったのだが、心のせこさが働き、「半分もお賽銭箱に入れるのはもったいないなあ。3分の1をお賽銭に入れて、残りは取っておこう。いくらかは使わせてもらって…。」と考えるようになった。

 そして再びお遍路道を歩いていく中で、テントで泊まっていると、おにぎりを作ってもってきてくれたり、お風呂屋さんがお休みの日なのに、シャワーだけでもとボイラーを沸かしてくれたりと、その後もいろいろなお接待を受けているうちに、感謝の気持ちとこのお礼を何とか返したいという気持がどんどんと強くなっていった。「なんとか返さなくっちゃ。」「絶対返したい。」「直接本人には返せないけれど、間接的にでも、今の僕にできることは…高齢者介護…」などと考えながら歩き、そして思いついたのが、

 「この気持ちを忘れないために、いただいたお金で(数珠か)何か記念となるものを買おう。そしてそれを見たら当時の気持ちを思い出せるようにしよう!できればお遍路歩きを成就させたときに買おう。」ということ。

 ということで、いただいたお金は使わずに歩き続け、山を駆け上り、88か所最後の大窪寺へ。本堂、大師堂でのお参りを済ませ、晴れて成就を果たし、すがすがしい気分でいると、お参りにきた方から一緒に写真を撮らせてといわれ、気持ちよくそれに笑顔で応じた。そして見渡せばそこにはお店があり、手ごろな御念珠があった…。

 その念珠はその後の寺修行の時にはずっと身に着けていたのだが、いつの間にか引き出しの中にしまわれてしまい、月日が過ぎていく。その間忘れていたわけじゃない。僕なりに高齢者の分野で働いて、入居者のためにがんばって…、それなりに社会貢献した。

 ある時再びその念珠をしまわれていた引き出しから取り出して瞑想用に飾っていたのだが、一昨年ぐらい前から再び時々(ここぞという肝心な時には)身に着けるようになり、最近はしょっちゅう身に着けるようになっている。

 その念珠には薬師三尊が彫られており、薬師如来を真ん中に日光菩薩、月光菩薩が両脇を固めている。薬師如来とは薬師如来は東方浄瑠璃世界(瑠璃光浄土とも称される)の教主で、菩薩の時に12の大願を発し、この世門における衆生の疾病を治癒して寿命を延べ、災禍を消去し、衣食などを満足せしめ、かつ仏行を行じては無上菩提の妙果を証らしめんと誓い仏と成ったと説かれる(ウィキペディアより)。そして日光菩薩は正式名称を「日光返照菩薩」といい、一千の光明を発して世の中全てを照らし出し、苦しみの根源となる闇を消滅させるとされる。月光菩薩は正式名称を「月光返照菩薩」といい、月の光を象徴して薬師如来の教えを守る役割を担うとされる(key:雑学辞典より)。

 その最強念珠を見ては思う。この念珠が守ってくれている!。この御念珠は心を落ち着かせ、力を与えてくれる。そして今ようやく僕なりに(お遍路時代に受けたお接待という『恩』を)社会へと返せるときがやって来た!

 そんな中でもちろん時には嫌だなと思える人にも出会う。理不尽なことを言っている人にも出会う。けれどもそんな時には数か月前に知った「人間はあらゆる醜さを持つけれど花よりも美しい。」という言葉を思い出す。この言葉を知ってからは、例え人から嫌なことを受けたとしても割と早くに気持ちを切り替えることができる。プラス手首につけている御念珠を見ればその効果は倍増。Wパワー。そしてそこにあるのは感謝。たとえ(というか、しょっちゅう)忘れても、忘れても思い出した時には感謝する。

 ということで、社会に返さないとね。社会の変化は速くなる一方。そしてその流れについていけない人は増えてく一方だろう。けれどもこんな時代だからこそ僕にもできることがある。ワクワクする想いと一緒に、念珠を身に着け、言葉を発し、未来を切り拓く力を与えてもらう。

 意識が現実を創造する。目の前に現れている世界は「どうなっているのだ!」ということもあるけれど、自分自身が思った通りの世界が展開されている。念珠と言葉をもってして、意識を進化させなければ!

 扉は開かれた!



先達…お遍路の先輩
善根宿…お遍路さんを無料で泊めてくれる場所




ホームページ「らいふあーと~僕らは地球のお世話係~」もよろしくお願いします。

2013年10月10日 (木)

がんばれ社会福祉士

 国家試験を受け社会福祉士の称号を得たのは10年前。今でも試験勉強よく頑張ったと思う。当時介護の現場でバリバリ働いていており、家に戻ってから勉強するとすぐに眠くなってしまうので、朝3時に起きて勉強開始。早番、日勤、遅番そして夜勤の仕事をこなしながら勉強すること2年、あこがれの(?)早稲田大学で受験し、そして見事に合格。登録を済ませて晴れて社会福祉士に!

 が、しかしだ、いざ社会福祉士となってみたものの、その資格は名称独占であり、この資格がなければ就けれないという仕事はない。ちなみ名称独占とは、資格がなくてもその業務が行える。しかしその資格がなければその名称を名乗れない、というもので、医師や看護師、あるいは弁護士は、その資格がなければその業務が行えない、(資格がない状態でその業務を行うと刑罰の対象となる。)業務独占と呼ばれる。

 そして挙句の果てには介護保険の中でケアマネージャーと呼ばれる人がいるが、本来これは社会福祉士が行うもののはずなのに、その絶対数が少なかったゆえに、介護支援専門員(ケアマネジャー)という公的資格が創設され、社会福祉士もその試験を受けなければならなくなり一部試験科目の免除があるだけで、全くの別物とされてしまった。

 一体社会福祉士とは何なのだろう?受験資格とすれば最低4年制の福祉系大学を出てなければならず(僕の場合は一般大学卒業のため2年間の学校)、合格率3割程度の試験を突破して国家資格を得たものの、いざ相談業務に就こうと思えば、そこには社会福祉主事という短大・大学を出た人で、34科目のうちの3科目の単位を取得していればよいという人と同じ扱いで…。資格手当として5千円上乗せ…。(5千円の価値しかないのか…。)

 陰では、「難しいけれど、役に立たない資格(NO1)」といわれる始末。そんなこともあり僕は3年前に一度この社会福祉士という資格を捨てた(封印することとした)。

 と散々愚痴をこぼしてしまったけれど、最近社会福祉士を復活させようと思っている(復活させた。)。なぜなら今こそ社会福祉士の出番と思うからだ。

 現代社会を見てみれば、自殺、鬱、引きこもり(ニート)、いじめ、虐待、社会格差、雇用問題etcと山積みだ。そして消費税は引き上げられ、福祉は実質切り捨ててられ=弱者は切り捨てられるようになっている。大企業ばかりが優遇され、低所得者(貧乏人)は小遣い代わりに1万円~1万5千円支給してやるから黙ってろ!と、これ以上人を馬鹿にしたことはない。経済成長ばかりが訴えられ、社会課題は後回し。経済成長すれば社会問題は解決するとでもいうのだろうか?

 このことを訴えられるのは誰か?テレビや新聞のマスコミは今や完全に長いものに巻かれろ状態で声を上げることはない。(国の)政治家も頼りにならない。今社会の問題に対して提言できるのは社会福祉士だ。それが社会福祉士の役割だ。社会福祉士は現状に甘んじていてはいけない。社会の課題に対して積極的に関与し、そして解決策を模索していくべきなのだ。

 なので思えば社会福祉士は名称独占でよかったのだ。業務独占であったならば、そこに安住してしまうだけだった。社福士は広く浅く学んできただけに、多方面にかかわることができる。名称独占とは「国家資格を取ったからといって、それだけで満足しちゃいけないよ。」という意味だったのだ。けれどももし社会福祉士がこのまま今ある相談業務だけで満足しているならば、それこそ無駄な国家資格ナンバーワンだ。

 それと気を付けないといけないことがある。それは現代の社会課題は福祉だけでは解決できないということ。福祉業界は得てして業界内で自己完結しがちなところがある。それではだめだ。その壁を乗り越えて幅広い分野と一緒に取り組んでいく必要がある。社会の領域は協働をしていく時代。社会福祉士はその協働をコーディネートしていく必要がある。そんな時こそ「私、社会福祉士の(国家)資格を持ってまして…」って利用すればいいのだ。

 最後に、現在日本が必要としているのは経済成長ではなく、経済成長時代からのシフト、共有、共生の時代の創造。センスある社会福祉士はその感覚を持っているはず。今こそ社会福祉士の出番だ。がんばれ社会福祉士。ソーシャルワーカーからソーシャルデザイナー、ソーシャルシフターへとブリッジしていくんだ!

 時代を創造できますよ、社会福祉士さん。超重要資格ですやん…。




ホームページ「らいふあーと~僕らは地球のお世話係~」もよろしくお願いします。

2013年10月 2日 (水)

辞職のススメ

 ある雑誌の中で福島の状況を綴った記事があった。そこには「子供が外で遊べない状況が続いており、事故から2年以上経ち外で遊ぶことを知らない子供が増えている。」「保育園の先生が子供たちを(放射能値の高いところを通らず)自然と触れ合いながら公園まで安全にいけるルートを放射能探知機を使って探そうとしたが、途中でもう2度と公園にはいけないことを悟り、泣き出した。」などということが書かれていた。改めて福島の状況を知り驚くとともに、まだまだ全く福島は終わっていなないし、安全どころではないことが分かった。そして僕なりにできる支援を行いたいと思った。

 そんな記事を読んだ次の日、新聞を見ると「浜岡原発再稼働申請」、「(東電)柏崎刈羽原発再稼働申請」そして「高速増殖炉もんじゅ存続」という原発維持に関する記事が3つも大きく載っていた。
 
 汚染水の漏えい問題といい福島の現状がどんどん明らかになっていく中で、原発存続の意思の発表が次から次へとなされるとは、特に雑誌の記事を読んだ直後だっただけに一体何を考えているのか、国民(県民)の生活よりも企業の利益や存続の方が大切なのかと嘆かわしく思った。けれどもそれと同時にひとつ思ったことがある。

 それはこれを発表した電力会社の担当者あるいは電力会社で働く社員は本当はどう思っているのだろうということ。果たして彼らはやはり原発を再稼働させたほうがよいと思っているのだろうか。~もし彼らの中にはきっと小さな子供を抱えている人もたくさんいるだろうし、もしその子が福島にいたらどうだろう。~心の中では本当はもう原発はいらないと思っているのではないだろうか。きっと電力関係者だけに福島の現状の裏情報が届いているだろうし…。

 彼らは会社からの命令、会社の方針に従わなければならないということで、(仕方なくあるいは我慢して)その役割をしているのではないだろうか?もしそうだとしたら、何故ゆえに会社の方針に従わなければならないのだろう?生活の維持のため?家族のため?ローン支払いのため?あるいは失業への恐怖?

 いろいろな理由があるのだろう。けれどもその為に自分の意に反することをしなければならないのだろうか。もちろん仕事において時には自分の意に反することをしなければならないこともある。けれども今回はコトがコトだけに疑問を持ってしまう。

今僕たちは原発とは一度暴れ始めたら現在の人間の手には負えないモノってことが分かった。そして時代は地球規模の変動期に入っており、いつどこでどのような地震が起こるか分からない。それが分かっておりながら、再稼働とはいかがなものだろう。

 もし家族のために、心に反することをしているのならば、一度家族と話し合ってみたらどうだろう。正直に心に思っていることを話してみる。そして仕事を辞めた時のリスクを話してみる電力会社の仕事を辞めると、年収はぐっと減るかもしれない。これまでのような生活を維持することは難しいかもしれない。けれどももしかすると心の中の暗闇は取り除かれるかもしれない。あるいは数年は後悔するかもしれない。けれどもそのあとは振り返ってみてよかったと思えるだろう。

 僕らはいつも先走る不安におびえて身動きがとれなくなる。けれどもその不安とは単なる妄想であり、杞憂に終わることも多い。あるいはもしかするとこれまでにないくらいの充足が得られるかもしれない。

 もしあなたに家族がいるならば、あなたは決してひとりではない。心から正直に思いを伝えるならば、きっと家族も真剣に向かい合ってくれるはず。そして最善の道を一緒に考えてくれるはず。もしかするとこれまで以上の家族の絆が生まれるかもしれない。ひとりで向き合うよりも、共有してみるのもよいのでは?

 そして何よりもその現実(境遇)はあなたの意識が生み出したもの。意識を前に向けることができるならば、コトはきっと善なる方向へ向かうだろう。

 フクシマはまだまだ終わりではない。これは天が僕たちに与えた試練であり、チャンスかもしれない。ひとり一人がもう一度正面から向かい合い、自分自身に問いかけることが必要なのかもしれない。

 21世紀は地球と調和しながら、創造し、そのプロセスを通じて心豊かに人生を愉しみながら生きる時代。そしてそれを通じて成長していく世紀。なので心に反することばかりではどんどん分離していく一方。その行き着く先は…修羅の星?Another world…?


ホームページ「らいふあーと~僕らは地球のお世話係~」もよろしくお願いします。

« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »