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2013年9月 8日 (日)

障害者発達論

  障害者や社会制度について学ぶ機会が最近多くなっている。

 現代の社会課題に対してそれぞれに解決を目指して、活動している人は多い。先日受けた研修でも法制化を目指しているというような話を聞いた。
 現代の社会課題の解決を目指して法制度化や仕組み作りをすることは大切だ。それでその問題が解決するならば…。

 けれどもなんだか何でもかんでも制度化され、僕たちはそのうがんじがらめにされてしまうのではないかと思う。特にそれが法制度化されたならば、世の中ルールだらけになってしまうのではないかと思う。自由を求め、人間が作ったルールというものが大嫌いな僕としては生きづらくなってしまいそう。

 この地球という星の下では、すべては地球の恵みで生きており、生成発展する仕組みであるはずなのに…。

 もちろん人間社会の発展の中で、障害を持つあるいは高齢化して弱者となってしまったものを保護するという思想を生み出した人間は素晴らしいと思う。けれども今ではそれが思いやりからではなく、法制度となってしまった感は否めない。

 最近障害者の就労支援b型や生活介護を行っているところ過ごしていて思うのだが、もしここに通ってきている障害者たちが、普通に世間に受け入れられ暮らせるようになったならば、就労支援b型や生活介護のような特別な場所を設けずとも、日常的に地域で受け入れられ生活していけるならば、きっと数多くの制度など必要なくなるのではないかと思う。

 なぜならもし障害者たちが、身近な地域で普通に生活できるようになったときには、きっとそれは周りの人間がずっとやさしくなっていると思うからだ。

 就労支援b型や生活介護での障害者たちを見ていると、彼らは私たちに比べてすごくゆったり(ゆっくり)としている。それはきっと今の私たちの世界では受け入れられないスピード。けれどももし私たちの社会がシフトダウンを認めて、彼らの時間を受け入れるならば、きっと私たちの心も今のようにぎすぎすとしたものではなくなるだろう。そしてそれは現在の地球の環境にとってもずっとやさしいものとなり、私たちの人間社会の持続可能性が高まってくるものとなるであろう。

 きっと人間はあまりに一方的な賢くなりすぎたのだ。一方的な理論を発展させすぎたのだ。それが人間のエゴの追求と相重なり、偏重した社会を生み出し、地球環境までもをはかいするようになってしまった。

 私たちは障害者を弱者として守ろうとする。いやそれどころか今では出生前検診と称して排除しようとする傾向さえ出てき始めた。けれども実は障害者の方が僕たちよりもある意味進んでいるのではないかと思う時がある。彼らはお金を稼ぐことにこだわらなくても、手当てが与えられ、生活していくことができる。一方で我々はベーシックインカムの概念が生まれながら、遅々とした歩みでしかない。また障害者のそのペースは決して地球環境を破壊するものではなく、地球の再生に十分に時間的余裕を与えるものだ。

 実は僕らは障害者からか学ぶことが多いのではないか。そんな風に思う今日この頃である。


(参考)
「就労継続支援事業所」
障がい者自立支援法に基づく就労継続支援のための施設。一般企業への就職が困難な障がい者に就労機会を提供するとともに、生産活動を通じて、その知識と能力の向上に必要な訓練などの障がい福祉サービスを供与することを目的としています。同事業所の形態にはA、B二種類あり、「A型」は障がい者と雇用契約を結び、原則として最低賃金を保障するしくみの“雇用型”。「B型」は契約を結ばず、利用者が比較的自由に働ける“非雇用型”です。
 (kotobank)

生活介護
常時介護を必要とする障がい者の方に、入浴や排泄、食事等の介護や、創作活動、生
産活動等の機会を提供します。障がい者の方が自立した日常生活や社会生活を営むことができるよう、生活能力の向上のために必要な訓練等を行うことを目的とします

ベーシックインカム (basic income)
最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想(ウィキペディアより)


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