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2013年9月

2013年9月25日 (水)

ガテン系もいいものです

 青森で奇跡のリンゴをつくる木村さんはリンゴに酢を散布する。その真似をして僕も去年から定期的にみかん(いよかん)に木酢を散布する。

 ということで朝からいよかんに木酢をかけてやろうとみかん畑にある小屋に行き、機械を動かそうとエンジンをかけようとするがかからない。うんともすんとも言わない。

 どうもここの所機械の調子が悪く、前回、前々回は圧力が上がらず、そのラインを分解して何とか修理し、使えるようにしたのだが、今回はエンジンそのものがかからない。どうしたことだ?もう年代物の機械でもあるからかな…。

 ガソリンの流れすぎで点火プラグがびしょびしょ、あるいは煤だらけで点火されないのではないかと思い、点火プラグを取り外してみると、点火プラグは乾いており、またそれほど汚れてもいない。というよりもどうもガソリンが来ている様子がない。こりゃどこかが詰まっていてガソリンが来ていないなと推測する。

 となるとずっとオイルラインを見ていくしかない。フィルター、ライン、オイルポンプをひとつ一つ点検しながら追っていく。フィルターは結構ゴミがあるけれど、ラインまではガソリンが来ている。そうなると後はオイルポンプ…。とりあえずこのナットを外して掃除してと…。その間約30分。

 そして再びエンジンをかけると、一発でブル~ン!見事にエンジンかかる。やった~!見事に問題解決した自分が誇らしい。オ・ト・コや~。

 それではようやく散布開始といきたいところだが、今度は圧力上昇せず…。ホースとのジョイントがよくないんじゃないかと締め直すが、圧力あがらず。では圧力調整器の中にある駒のような部品にゴミでも噛んでるのかと思い、面倒だけどエンジン止めて圧力調整器を分解し、きれいにして…。

 三度チャレンジ。しかし圧が上がらない…。Why?もうこうなったら適当に触って、神様にすがるしかないと、適当にいじり始める。するとしばらくして圧力上昇!神様ありがとう。

 2箇所の修理を無事に終え、大幅に開始時間が遅れてしまったけれど、その後は一応順調に進み、何とか散布終了。今年も無事に伊予柑ができておくれと願うばかり。今年は去年よりもいいみかんができてくれないかと思うのだが、結構放ったらかし状態だったからな…。

 そんなわけでみかんへの木酢散布もマシーントラブルを乗り越え、何とか終えたわけだけれども、僕にとってはこの機械の故障を自分で直せたことがすごく誇りに思えた。というか格好良く思えた。これもかつてボイラのメンテナンスしていたおかげかな…

 でもこうやって実物のものを触り、実際に何かを行うってことは、実はとても大切なことではないかと最近よく思うのだ。今の世の中多くの人が知識労働者となり、PCにひたすら向かっていたり、あるいは人に対してアドバイスは行うけれど、実際に体を使ってものに触って、汗を流すことはないという人がどんどん多くなっている。ドラッガーが知識労働者の時代といったように、今や日本は情報と知識でもって社会は動いているような状態だ。だからこそこうして機械を実際に触るってことが大切だと思うんだな。まあその機械も今ではコンピューター制御であり、故障が起これば基盤を取り換えるってことが多くなっているのだろうけど…。

 そしてもうひとつ。今の時代壊れたら修理するのではなくて、買い替えましょうってなることが多いけど、~その理由として修理に出すほうが高くつくということもあるのだろうけど、~修理して使い続けること。またそれを修理するということに僕は価値を見いだすのだ。いくらリサイクル時代とはいえ、モノを大切にする心を育てなくっちゃ。

 モノには命が吹き込まれる。そのモノが組み立てられた時には、各部品の重さの総重量よりも重くなっているそうだ。時計を分解し各部品の重さをひとつずつ測量しその合計の重さと、組み立てられた時の重さは実際のところごくわずかに違っており、重くなっているそうだ。それこそがモノの命の重さだ。命を大切にすること。それは人間の使命。だからやはりモノは大切に扱わなきゃいけないんだ。

 そんなわけでこれからもまだまだ今のマシーンをおだてながら使い続けようと思っている。でも僕がいつも思うのは百姓とは100の仕事をこなしてはじめて一人前ということ。まだまだ自分はそこまでいけてない。ようやく7つか8つのことができるだけ…。だって僕の親父、じいちゃんはみかん畑の小屋まで建てているのだから…。&というより野菜の栽培もほとんどしていないし…。

 作物を育てること、機械を修理すること。のこぎり、ナイフ、金槌、鉈を使いこなすこと。きっと昔の人は空を見て天気を知ることなどもできていたろう。汗だく、油まみれ、泥まみれになりながらも、そんなのができることが格好いいと思える今日この頃。

 時にはガテンもいいものですたい!男を感じます。男はいつでも熱く燃えてなきゃ。頭も、心も体も燃やさなきゃ。汗臭さは洗濯しますんで…。

 サバイバルな時代です。

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2013年9月19日 (木)

ドラえもんの国

 バングラデッシュで貧困層に融資をするグラミン銀行を興し、ソーシャルビジネスとして世界的に有名なムハマド・ユヌス氏。先日数年前に氏が来日講演をした際の模様を映したDVDを見た。その講演会は2部構成されており、第2部はユヌスをはじめソーシャルビジネスに関わっている人たちのシンポジウムの模様を映したものだった。そのパネリストのひとりにソフィアバンク社長の藤沢久美という方がいた。僕はその藤沢さんをこれまで知らなかったのだが~(余談となるがとてもきれいな女性なのだが)~、彼女の発言の内容がとても印象に残った。

 藤沢さん曰はく、「アフリカの子供たちからすると、日本は未来の国。豊かでいろいろなものをもっており、まるでドラエモンのように見える。なので、のび太がドラえもんに未来の世界はどんなの?つまりアフリカ(の子供たち)から見て未来の国である日本はどんな国なの?」という質問をされたときに、「あのね、未来の国(日本)はね、毎年自殺者がいっぱいいて、多くの人がうつ病にかかっていて、家に閉じこもってね…。」と、今の日本はそんな説明をしなければ…ということを話されていた。

 これを聞いて「ホンマや。その通り。言い得て妙!」とびっくりした。例え自殺やうつ病のことを言わなくとも、子供たちは学校が終わると部活に、塾、習い事といつも時間に追われて、夕食はスーパーで買ってきた(添加物いっぱいの)お惣菜が出され、残りの時間はゲームとマンガ…。なんていうとこれまた希望の国ではなくなってしまうような…。いやそれでもアフリカの子供たちからするとうらやましい世界なのだろうか。

 そのDVDを見た日の夜NHKの番組「プロフェッショナル」を見た。毎回一人さまざまな分野におけるプロフェッショナルの方を取材し、その活動の様子を放送しているが、その日はアフリカのスーダンで医師・国際NGO代表として活動する川原尚行氏を取り上げていた。スーダンはかつて内戦に明け暮れ、アフリカの中でも貧しい国。番組の中で、川原氏がスーダン各地にある無医師の村を回り医療活動、あるいはインフラ整備活動に携わる姿が映されていた。

 そこでふと想像してみたのだが、村の子供にとって川原氏はまさにドラえもんではないかということ。川原氏はある日突然、ランドクルーザーに乗って現れ、車の中やかばんの中からさまざまな道具を取り出し、そして病気を治してくれる。また地元の人々にインフラ整備、栄養改善などのアドバイスをして、村にちょっとした豊かさをもたらしてくれる。そして時にはサッカーボールなどの遊び道具を出してくれ遊んでくれる。子供たちからするとまさに日本という未来の国からやってきたドラえもん。

 ところでかつて子供のころ未来の都市を描いたものは、車はタイヤがなく、透明なパイプの中を浮上しながら走り、食事は椅子に座ると、機械がカプセルをだし、それを飲めばいいというような世界だった。今考えるとそんなに嬉しくもない世界ではあるけれど、(物の)豊かな世界だったのは確かだ。

 40、50年前の世界からすると、確かに現在の世界は未来の世界に近づいたところもある。随分と便利になった。けれども自殺者数のように全く想像しなかったようなこともある。そしてそれは決して僕たちが望んだものではない。

 かつての日本は焼け野原のやはり物のない世界から、アメリカのような(物の)豊かな世界を目指して誰もが一生懸命に働き経済大国と呼ばれるまでに発展していった。そしてバブルの時代を得て、もののあふれる世界となり、その結果多くの日本人が豊かさとは決してものがたくさんあることではないということに気がついた。

 そして現在の日本は物質的豊かさを求める人が進める国策と、心の豊かさを求める人との間を放射能にまみれて揺れ動く。大地も揺れ動く。という微妙な世界。まさに転換期。

 元に戻って、せっかくのドラエモンの国が希望の国ではなくて、病んでる国とはなんとさみしいことだろう。これではアフリカの子供たちは夢を持てなくなってしまう。ましてやその病んでる国日本の子供たちはどうだろうと考える。

 ♪~あんなこといいな。できたらいいな。あんな夢、こんな夢、いっぱいあるけれど、みんなみんなみんな叶えてくれる、不思議なポッケで叶えてくれる~♪(今もこの歌なのかな?)

 やっぱドラエモンがやって来た未来の国は、希望の国じゃなくちゃいけない。そこは人々が希望を持ち、笑顔あふれる国でなきゃいけない。それはドラエモンの国「日本」の使命だ。僕たちはアフリカの子供たちの夢を壊しちゃいけない。いやアフリカの子供たちだけじゃない。大人は子供たちの夢を壊しちゃいけないんだ。

 よく人は言う。「それは夢。現実は○○であり違う。」それはあきらめを意味する。あきらめた人たちの常套句。でもホントはあきらめちゃいけないんだ。叶えるんだ。人間はそのために神と同じ力「創造力」を与えられているんだ。その創造力を用いて、その夢に近づく努力をしなくちゃいけないんだ。

 プロフェッショナルの番組の中で、川原氏が活動していく上での流儀がいくつか紹介されるが、その中のひとつに「理屈じゃない、動くんだ。」という言葉があった。そう、日本をドラエモンの国にすることも理屈をいくら言ったて何も始まらないんだ。動くしかないんだ。想像して創造しながら動いて、ドラえもんの国、未来の国を引き寄せろ!

 ドラエモンの国づくりって何だかワクワクする。オリンピックよりもワクワクするぞ。この先ますます面白くなりそうだ。ちなみに川原氏は元外務省大使館のドクター。その地位をかなぐり捨て、スーダンの医療活動に飛び込んだという、自分のやりたいこと(好きなこと)をやる派の人。更に学生時代はラグビーをやっており、「ONE FOR ALL ,ALL FOR ONE」の人。やっぱりこれからの時代はこうでなくっちゃ!!

 夢に向かって突き進め~。 待ってろしずかちゃん!


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2013年9月12日 (木)

この子らを世の光に

 障害者に関わり始めてはや3ヶ月。まだまだ駆け出し状態ではあるけれど、いろいろなことが見えてきた。その中でも特に思うことが、障害者から学ぶことは実に多いということ。障害者の人たちを見ていると、いつも自分自身について問いかけられる。時にそれは自分の生き方であったり、人生そのものであったりする。

 社会福祉の父(知的障害者福祉の父)と呼ばれる糸賀一雄氏は重度の障害を持つ子供たちに対して「この子たちを世の光に」と訴えている。「この子らは、みずみずしい生命にあふれ、むしろ回りの私たちに、そして世の人々に、自分の生命のみずみずしさを気づかせてくれるすばらしい人格そのもの。」あるいは、「精神薄弱児の生まれてきた使命があるとすれば、それは『世の光』となることである。親も社会も気づかず、本人も気づいていないこの宝を、本人の中に発掘して、それをダイヤモンドのように磨きをかける役割が必要である。そのことの意義に気づいてきたら、親も救われる。社会も浄化される。本人も生き甲斐を感ずるようになる。」と述べている。

 また、映画「1/4の奇跡~本当のことだから~」は特別支援学校の山元加津子先生を通じてどんな障害や病気を持った人にも(生きる)意味があることを伝えるドキュメンタリー映画。
 その中で、かつてのペルーの遺跡から発掘された布にはたくさんの手が描かれており、その中心に描かれている手は6本指の手であり、実際にその布が映し出されていた。そしてその布を飾るペルーの博物館の館長は、このころは障害を持つ人はむしろ特別な存在として扱われていたのではないだろうか、という推測をされていた。

 そして8月半ばから3日間障害者の就労支援作業所(b型)と生活介護の場をボランティアと研修を兼ねて訪れてきた。そこではひとりひとりが自分のペースで作業をしたりして、それぞれに過ごしていた。そこに流れるのはせかされることのないゆったりとした時間。
 もちろん彼らも障害を持っているというコンプレックスを抱えているのかもしれない。それでも彼らはそれを受け入れ、そしてそこを彼らの居場所としているように思えた。

 翻って見れば現代社会とは人間の中にある時間の流れを超えた超高速度の社会。そのスピードに追い付けられないものはどんどん振り落される。あるものは社会の下層に落とされ搾取の対象となり、あるものは病気や逃避の世界へと追いやられる。どこにも自分の居場所がないと思っている人がどれだけいるだろう。羽振りよく生活しているものも常に競争にさらされ、いつ振り落されるか分からないという無意識のプレッシャーを背負わされる。不安の上に成り立つ社会。そこには生命の「せ」の字も考える余裕のない社会。

 なんだか今ほど障害者の存在が必要とされている時はないのではないかという。もし彼らを「世の光」とすることができたならば…。

 糸賀氏は言う。「『この子らを世の光に』と『この子らに世の光を』の違いについて 「を」と「に」が逆になれば、この子どもたちは哀れみを求めるかわいそうな子どもになってしまいます。しかし、この子らは、みずみずしい生命にあふれ、むしろ回りの私たちに、そして世の人々に、自分の生命のみずみずしさを気づかせてくれるすばらしい人格そのものであります。」そして次のようにも述べている。「人間の本当の平等と自由は、この光を光としてお互いに認め合うところにはじめて成り立つ。」

 経済成長ばかりを追い求め続けた戦後から今日までの社会。自殺、鬱、引きこもり、いじめ、虐待、親殺し子殺し…etc。社会はいくつもの悲鳴を上げている。社会だけではない今では、地球さえも悲鳴をあげ、異常をきたし、それは人間の生存さえも脅かしつつある。光を光として認め合えていないんだな…。まだまだほど遠い状態にある。

  我に戻れば生活のシフトダウンを始めて半年。収入面の不安はありつつも、これまでにない学びの日々を過ごしている。障害者へのかかわりもそのひとつ。できることならば「この子らを世の光に」とまではいかなくても、少しでも障害者のインクルージョンに貢献できればと思う。そしてまた幾ばくかでもこの異常を来した地球環境、社会に対して優しくなれればと思う。

 未来とは切り拓くもの。創造していくもの。それはまずは想いから始まる。意識が現実を創造する。僕らは未来に責任を負っている。そして子供たちにその未来を渡す義務がある。

 どうせならばより良い未来を渡したい。心豊かに生きていける未来を。

 そのためにはまずはもっと社会が障害者を見直し、そして障害者から学ぶこと。だからまずは障害を持つ人を恐れず接してみて。きっとあなたにも光を与えてもらえるハズ!


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2013年9月 8日 (日)

障害者発達論

  障害者や社会制度について学ぶ機会が最近多くなっている。

 現代の社会課題に対してそれぞれに解決を目指して、活動している人は多い。先日受けた研修でも法制化を目指しているというような話を聞いた。
 現代の社会課題の解決を目指して法制度化や仕組み作りをすることは大切だ。それでその問題が解決するならば…。

 けれどもなんだか何でもかんでも制度化され、僕たちはそのうがんじがらめにされてしまうのではないかと思う。特にそれが法制度化されたならば、世の中ルールだらけになってしまうのではないかと思う。自由を求め、人間が作ったルールというものが大嫌いな僕としては生きづらくなってしまいそう。

 この地球という星の下では、すべては地球の恵みで生きており、生成発展する仕組みであるはずなのに…。

 もちろん人間社会の発展の中で、障害を持つあるいは高齢化して弱者となってしまったものを保護するという思想を生み出した人間は素晴らしいと思う。けれども今ではそれが思いやりからではなく、法制度となってしまった感は否めない。

 最近障害者の就労支援b型や生活介護を行っているところ過ごしていて思うのだが、もしここに通ってきている障害者たちが、普通に世間に受け入れられ暮らせるようになったならば、就労支援b型や生活介護のような特別な場所を設けずとも、日常的に地域で受け入れられ生活していけるならば、きっと数多くの制度など必要なくなるのではないかと思う。

 なぜならもし障害者たちが、身近な地域で普通に生活できるようになったときには、きっとそれは周りの人間がずっとやさしくなっていると思うからだ。

 就労支援b型や生活介護での障害者たちを見ていると、彼らは私たちに比べてすごくゆったり(ゆっくり)としている。それはきっと今の私たちの世界では受け入れられないスピード。けれどももし私たちの社会がシフトダウンを認めて、彼らの時間を受け入れるならば、きっと私たちの心も今のようにぎすぎすとしたものではなくなるだろう。そしてそれは現在の地球の環境にとってもずっとやさしいものとなり、私たちの人間社会の持続可能性が高まってくるものとなるであろう。

 きっと人間はあまりに一方的な賢くなりすぎたのだ。一方的な理論を発展させすぎたのだ。それが人間のエゴの追求と相重なり、偏重した社会を生み出し、地球環境までもをはかいするようになってしまった。

 私たちは障害者を弱者として守ろうとする。いやそれどころか今では出生前検診と称して排除しようとする傾向さえ出てき始めた。けれども実は障害者の方が僕たちよりもある意味進んでいるのではないかと思う時がある。彼らはお金を稼ぐことにこだわらなくても、手当てが与えられ、生活していくことができる。一方で我々はベーシックインカムの概念が生まれながら、遅々とした歩みでしかない。また障害者のそのペースは決して地球環境を破壊するものではなく、地球の再生に十分に時間的余裕を与えるものだ。

 実は僕らは障害者からか学ぶことが多いのではないか。そんな風に思う今日この頃である。


(参考)
「就労継続支援事業所」
障がい者自立支援法に基づく就労継続支援のための施設。一般企業への就職が困難な障がい者に就労機会を提供するとともに、生産活動を通じて、その知識と能力の向上に必要な訓練などの障がい福祉サービスを供与することを目的としています。同事業所の形態にはA、B二種類あり、「A型」は障がい者と雇用契約を結び、原則として最低賃金を保障するしくみの“雇用型”。「B型」は契約を結ばず、利用者が比較的自由に働ける“非雇用型”です。
 (kotobank)

生活介護
常時介護を必要とする障がい者の方に、入浴や排泄、食事等の介護や、創作活動、生
産活動等の機会を提供します。障がい者の方が自立した日常生活や社会生活を営むことができるよう、生活能力の向上のために必要な訓練等を行うことを目的とします

ベーシックインカム (basic income)
最低限所得保障の一種で、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想(ウィキペディアより)


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2013年9月 1日 (日)

自立感

  よく男は自分の顔に自信を持てと言われるけれど、43年近く経ち最近ようやく自分の顔にある程度自信が持てるようになってきた。それなりの顔になって来たんじゃないかと思う。

 かつてはあまり自分の顔が好きじゃなく、もうちょっと△△が○○になって、□□が◇◇になって…、などと思っていたのだが、(最近はあきらめたのか?)いいんじゃないって思え、ついでに笑顔の練習までもするまでに。
 
 好きなことを始めてはや約2年5か月。始めの2年は雇用されての2年間。「好き」「やりたい」というだけで何も知らない状態から地域づくりに関する仕事を始め、ひとつ一つ積み重ねていった。今思えばそんな状態の僕を雇ってもらえたのはとてもありがたいこと。お陰で経験を積むことができた。そして雇用が終了してからフリーな身となり約6ヶ月。3ヶ月の月日を得て何とかひとつソーシャルな仕事を得ることができ現在に至る。

 正直まだまだヨチヨチ歩きの状態だ。いつ躓くか分からない。何とか持ちこたえているに過ぎない。そしてこの仕事が終わった後はどうなるか考えても不安となる。けれども一つ言えることがある。それはヨチヨチながらも今の自分は自分の足で立ち、そして自分の足で歩いているということ。

 収入からいえば今のところ0.2人前。自分ひとり喰っていくこともままならない。ついでに将来の安定性不明。先日も某支援施設で働いている方から「安定性がないからねえ。」と言われた。

 けれども今の自分はある意味すごく自分自身の中に充実感と誇りがある。どこかに寄りかかっているのではなく、自分自身でやっているぞという「自立している」ことが実感できているから。おそらく自分で行うということは、安定性とはもう縁がないのかもしれない。その代わりに手に入れたのはこの「自立感」。

 もし自分が関わる仕事が誰かを幸せにすることができるならばそれは素敵なこと。もし少しでも未来を切り拓いて行けるのならばそれは望むところ。自分自身が創造していく世界が、未来の子供たちの世界を形成するならば、それは進むべき道。

 どうせなら顔も心ももっとよくしたい。そして「いい男」なんて言われるようになりたい。男の願望まっしぐら。もっともっと学び、チャレンジし、自信をつけて自分の道を歩んでいきたい。

 意識が現実を創造する。

 魅力的な自分を引き寄せ、クリエートしなきゃね。



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