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2013年6月 5日 (水)

迷い~ハローお仕事①~

 ハローワークに通ってみたりしてる。何か面白そうなものないかと思ったりして…。

 求人受理日の新しいものから見ているけれど心ときめくものがない…。やっぱもうどこかで雇われるということは無理なのだろうか。

 求人を見てると、毎日必ず出てくるのが介護関係。かつてプロとしてやっていた僕としては、どこで何を募集しているのか気にはなる。けれども働きたいとは思わない。

 もう4年位前のこととなるけれど、介護の現場最前線にいたあの日。Tさんが亡くなられた時に、きっとTさんは満足して旅だっただろうと思った。そして僕なりにようやく納得いく(看取り)介護ができたと思えたあの瞬間。10年間のつきものが取れたような気がした。

 それ以来介護に興味を失ってしまった。10年かけて築きあげた介護技術に介護観。誰かにそれを伝えていこうかとも考えたが、僕の心は次なるやるべきことがあると思えそれをよしとしなかった。

 だから転職し、地域づくりという仕事を2年間行い、そしてこの5月で(行政との契約が終わり)その仕事を終え、それ以来プー太郎状態にもかかわらず、どれだけ高齢者の介護業務あるいは相談業務の募集を見ても、働こうと思わない。

 けれどもこれも天のお導きかどうか、仕事を終えた1週間後にじいちゃんが大腿骨折し入院し、病院の付き添いが必要となった。そして隠居には介護の必要なばあちゃんもいる。そこでじいちゃんの夜間の付き添いと、日中のばあちゃんの介護を定期的に行うようになっている。

 じいちゃんのトイレ介助、食事の見守り。ばあちゃんのトイレ誘導、食事の見守り、入浴介助と久々に介護全般を行っているのだが、何につけてもしゃあない93歳のばあちゃんを見てブツブツ言うことはあっても、全く苦になることはない。大腿骨を骨折してオムツをつけられても、そこに排尿・排せつするのをよしとせず、トイレに行こうとする96歳のじいちゃんを見て、たいしたもんだと思う。

 こうして久々に介護をおこなっているのだが、それではどこかで再び高齢者福祉の現場で働きたくなったということは全くない。それどころかやはり僕の介護はあの時Tさんで終わったのだなと改めて思う。だから何人かに高齢者福祉に戻ってこないかと声をかけられたりしたのだけど、「時給3,000円なら考えます!」っと言って断っている。

 けれども福祉自体に関心がなくなったかというと、そうではなく、福祉全体の分野でソーシャルインクルージョンには強い関心を持っている。

 ソーシャルインクルージョンとは、障害を持っていようが、当たり前に受け入れられる社会~《「社会的包容力」「社会的包摂」などと訳される》障害者らを社会から隔離排除するのではなく、社会の中で共に助け合って生きていこうという考え方。(コトバンクより)~そんな社会づくりにはチャレンジしたいと思う。

 そう、僕の今のテーマは「共生」。

 けれどもそんな仕事の募集があるわけもなく、むなしくハローワークを後にするだけの日々が続いている。

 迷ってます。すごく迷ってます。これからどうすればいいのやら。次なるお導きが来るのかどうか。この迷いの期間の裏にある意味。それがまだ見えない。

 やっぱ意思が弱いです。まだまだ意思が弱い。2か月前の心意気が弱まり、不安が募ってる。ちょいと世間体も気にしてしまったりして…。改めて意志の弱さを突き付けられている。

 けれどもこれが人間なのだろうか。人間として当然の心理なのだろうか。でもこの期間に何か得られるものがあるハズ。それを意識できればきっとこの期間は必要なものとなるはず。

 迷いつつも、不安になりつつも、それを探そう。


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