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2013年4月19日 (金)

ポストアベノミクス

 先日約100キロ離れた町へ行くために車を走らせた。高速で行くのもよかったのだが、時間もあったのでのんびりと下道(国道)を通っていくことにした。
 
 春の陽気に気持よく走っていたのだが、途中道路工事をしており、片側交互通行となっていた。そしてしばらくするまた道路工事で片側l交互通行。結局目的地に着くまでに3ヶ所道路工事の片側通行にあった。そして夜。高速で帰ろうかと思えば、今度は高速が工事のため通行止め…。

 その工事を見てみると、山の斜面のコンクリで固めたその奥をまた削るなど、そんなことする必要があるの?と疑問符がつくものばかり。

 こりゃきっと新政権が打ち出した「公共事業」の一環に違いない…。なんだか必要のない公共工事ばかり行っている。こんなことして喜んでいるのは一体どこの誰?

 ソフト路線から再び公共事業、箱モノ路線に戻るのだろうか?また余計なところで自然破壊?

 僕は以前の政権がハードからソフト路線に転換したことは間違いではなったと思う。けれどもそこには知恵を働かすことが必要だ。前政権にはこの『知恵』が如何せんなかった。国民にもなかったし、あったとしてもその術を知らなかった。この「知恵」を使えば、あまりお金はかからない。人の循環は起るが、それほどのおお金の循環は必要ない。日本人、そして社会はそこにまだ慣れていなかった。

 今の社会は経済指標が第一で考えられる。イコールお金の量の計測といっても過言ではない。ところがソフト路線の知恵を使う社会ではその「お金」とはそれほど必要ないのだ。だから経済指標(=お金の量の動き)は低い。

 そしてほとんどの人々はお金の動きに一喜一憂しているのが現状だ。だから景気は悪いままということとなる。そして他人任せの現状では「今の政治は何をやっているのだ!」ということになる。

 知恵の社会では、お金はそれほど必要ではないので、お金の動きは少ないけれど、人は動く。人々の動きの循環が始まる。そしてそれが拡がっていけば、現役世代だけではなく、現役から引退した高齢者世代も動いていくことになる。するとそこに生き甲斐が生まれてくる。イコールそれは元気でいられるということだ。それらはやがて豊かさとなり、人々の心は明るくなる。

 景気とは人の気持ち次第。人々の心が明るくなれば、景気は良いということとなる。それは経済指標という単一のものさしから脱した社会。多様な価値観、多様な豊かさのある社会。

 しかしながら現実は、「ばら撒け、ばら撒けとにかく現ナマをばら撒け。」と、限りなくお金を放出している。そしてその根拠は何処にもない。あるとすればそれは人々が持っているお金への価値観(信頼)(盲信)。

 お金があってこそ豊かさがある(?)

 さていつまで続くのか?只今新政権の信頼(期待度)はホントかどうか知らないけれど7割。何とか景気をよくしてくれと・・・。バブルの再来を期待しているようだがどうなることか…。

 僕はこのポストアベノミクスこそ、時代の転換点(のチャンス)ではないかと思っている。ポストアベノミクスは荒れる。バブルの妄想は吹き飛び、もしかすると多くの人々は何が起こっているのか分からないような状況になるのではないかと思う。

 けれどもその時こそ、時代が大きく動くチャンスだ。その時に行動できるかどうか。それが勝負だと思う。知恵を使わなくちゃいけない。これまでの概念を捨て去らなきゃいけない。そして踏み出さなきゃいけない。

 今からの準備が大切だ。今の社会の期待に浮かれている場合じゃない。これからどれだけ実力を養えるかだ。どれだけ時間が残されているか分からない。短いかもしれないし、数年先かもしれない。でもその間にどれだけ知恵ある者となり、行動できる者となり、実力をつけられるかだ。

 (今の世論とは)別の意味でワクワクだ。20世紀の尻尾の先が見えてきた。そして21世紀の社会がどんどん見えてくる。待ち望んだ世界が近づいてくる。そしてそれは自分たちの手で切り拓いていかなきゃならないし、自分たちの手でデザインしていかなきゃならない。

 意識が現実を創造する。近づく未来のお迎え準備。どんな姿で迎えるか。それはあなた次第。意識次第。



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