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2012年12月

2012年12月29日 (土)

何て読むの?読めねえ~!

 以前このブログで「なんじゃこりゃ!と思ったけど」ということで、近頃の子供の名前を紹介したことがあった。

「輝宙」で「ぴかちゅう」、「今鹿」で「なうしか」、「加速」で「アクセル」、「七音」で「ドレミ」などなど、訳分かんねえ!って言いたくなるような現在の名前たち。

 先日市の広報紙に小中高生の俳句が掲載されていた。いくつもの俳句が掲載されているのだが、俳句の横には名前が書かれているのだけれども、さすがに「ビオラ」や「ペガサス」はなかったのだが、読めない名前だらけだった。

「彩心」「鈴愛那」「理恋」「晃河」「立惺」「玲空」「有結乃」「陽菜」「玲旺」「魁星」「京悟」「智怜」「昴育」「香琳」「莉央」「樹乃果」「純麗」などなど。

 どれも読めないや!!!

 先日ニュースで「昨年度うつ病などの精神的な病気で学校休職した教員は、前年よりも減少したものの4年連続で5000人を超え、10年前の2倍の深刻な状況が続いている」というのがあった。

 もし僕が教師だとして、生徒の名前が上にあげた名前だらけだったら、きっと精神的に参ってしまいそうだ。休職の原因のひとつは子供の名前ではないかな???

 年代別にみると、最も多いのが50代以上で39%、次いで40代が33%、30代が21%、20代が8%だそうで、40代以上は校内の業務が集中することにストレスを感じる傾向が強く、20代や30代は保護者への対応に悩む傾向があるそうだ。

 モンスターペアレント達なら子供の名前に「姫茶(キティ)」「走太(ジョンソン)」「天馬(ペガサス)」付けそう~!でもって、先生が読めなかったら「先生のくせに子供の名前も分からないの!」っていいそうだものな…。ヒェ~。

 ちなみにモンスターペアレントの事例を調べてみると

・担任がイケメンだと、「イケメン男性教師だと、娘の気が散ってしまう。担任を代えてくれ!」

・演劇で「自分の子供が主役になれないなら、演劇には出演させない。」

・音楽の演奏会で子供が指揮者役の親から「子供の背中しか見えないから、こちらを向かせろ!」

・園児の親から「節分に撮った写真で、息子の隣にクラスで一番背の高い園児が並んでいた。小柄な息子の背の低さが強調されるじゃない!!配慮に欠けているわ」

・クラス替えで「うちの子は自己紹介が苦手です。もしするんだったら、始業式の日はうちの子は行かせません。」

などなど。アホか・・・。先生って大変やな。

 こりゃ意識の向上どころでないね。

 この親たちも会社勤め、あるいはパート勤めしている人も多いだろう。会社も大変だろうね。

 日本大変だ。一度占領された方がいいのかもしれないな。そしてお尻に鞭打たれて、痛い目をしないと立ち直れないかもしれないな…。

 名前どころじゃないかもな。上に並べたてた名前なんてまともだな。(「今鹿」「姫茶」「天馬」などを除けば・・・。)真面目な親だ。名前が読めないなんてかわいいものだ。気にするな!

 ああ、僕が以前働いていた場所では、「トメ」「スエ」「マツ」「とら」「ツル」「チヨ」「フク」で分かりやすかったのに、小難しくなってきたものだ。

 GTOやらゴクセンやら金八ちゃんみたいな先生をいっぱいつくらないことには日本の学校は大変だな…。

 名前も学校も政治も社会も世界も地球も大変だ!

 2013年は変革の年にしなくっちゃ!



2012年12月26日 (水)

ノロウイルスに撃沈されないために

 ノロウイルスのパンデミックの兆しが!
 それも突然変異をした新型ノロウイルスの大流行の恐れ…。

 ノロウイルスと聞くと今でも思い出すのが東京にある某特別養護老人ホーム(以下特養と書く)で働いていた時のこと。

 もう10年近く前のことになるのだが、特養内でノロウイルスが流行った。特養の入居者達が次々と嘔吐・下痢。ノロウイルスと判明し、嘔吐下痢の入居者達は隔離という手段が取られ、ひとつの部屋に集められた。

 当時は現在のように個室化されておらず、大抵の部屋が4人部屋で、僕がいた3階フロアの2部屋が隔離部屋となり、症状が治まるまで隔離された入居者はその部屋から出ることが禁止となった。(みなさん自分で歩くことのできない人達であったが…。)

 と同時に、排せつ介助も隔離部屋は一番最後に入ることとなり、エプロンも別のモノを着用。交換したおむつ類もその部屋のベランダに保管。その部屋の出入り時には必ず手の消毒をして、靴も床に敷いてある粘着マットの上を通って・・・と徹底的に管理するという体制だった。もちろん食事も食堂には出さずに、(隔離)居室にて食べてもらう。

 けれども入居者の感染とともに、職員への感染も広がった。職員が次々と嘔吐下痢で休むようになった。ひどい職員となると、夜勤として夕方来たとたんに嘔吐下痢症状となり倒れていた。

 そんな中僕はきわめて元気であり、当時は職員の中でも体力的にも自信があったため、隔離ルームの世話を積極的におこなった。「みんな弱い職員さんが多いね~。」なんて思いながら、隔離部屋入居者の排せつ介助をせっせと行っていた。

 発生からおよそ1週間大流行期間が続き、続々とノロウイルス感染者(入居者、職員)が輩出されたあと、ようやく下火となってきた。その間僕は元気よく隔離部屋に入り、人一倍働いてきたわけだが、最後の最後に入浴(脱衣所)介助をしていると、突然立っていられなくなった。少しお腹は痛くなったのだが、下痢するわけでなく、とにかくしんどくなった。あまりにしんどくなり、少し休憩した後帰らせてもらうことにした。

 その日は雪も降りそうな勢いの猛烈に寒い日だった。電車で帰ればよいものを、自転車できていたから、自転車で50分極寒の中を苦しみながら、もがきながら帰った。そして直後に高熱発生!次の日休んだ。

 結局1日休んでまた仕事に復帰したのだが、少し軽い下痢症状はあったものの、嘔吐はしなかった。おそらくノロウイルスは確実に僕の体内に侵入したであろうが、残念ながら爆発的増加&毒まき散らしまでには至らなかったのだと思う。

 で、今僕があれだけ隔離ルームに入っておきながらノロウイルスにやられなかった理由を考えてみると、もちろん体力的に強かったというのもあるのだろうが、当時僕は毎朝必ず納豆タマゴかけご飯に味噌汁を食べていた。これがまあ毎日飽きもせず1合飯にタマゴをかけ納豆をかきまぜ食べていた。

 今思うとそれがよかったのではないかと思う。きっと納豆菌がノロウイルスを撃沈してくれていたのではないかと思うのだ。あとみそ汁も飲んでいたけれど、こちらは生みそタイプのインスタントの味噌汁だったので、お味噌の中の麹菌がどれほど活躍してくれたのかは分からない。最近の大手会社のお味噌は微生物を殺菌していることが多いそうだし…。

 せっかくの日本の発酵食品を実はダメな製品にして売りに出しているという、何とも情けない現状…。現に僕の家で最近まで使っていたお味噌の袋を見てみると、「防腐剤」って書かれたった。発酵食品に何故防腐剤が必要なの???

 ということでノロウイルスを防御するには微生物がちゃんと生きてる発酵食品をいっぱい食べるといいのだ。最近よくみている飯山一郎さんのブログでもそう言っている。

 近頃は除菌除菌と除菌製品だらけで、逆にそれが日本人の抵抗力を弱めている。このままでは日本人は無菌ルームでなきゃ生きていけないようになってしまう。

 僕の思うHappy World方程式はf(x)=大麻×微生物(発酵)×(ちょっとした)フリーエネルギーなのだが、只今大麻は痲薬とされ、フリーエネルギーは闇の勢力に押さえつけられ、微生物は除菌と殺菌処理され方程式が成り立たない状態だ。

 こりゃいかん!日本人の力が奪われる一方だ。

 でも今は少しずつだがばねの威力は増している状況だから、時期が来れば一挙に花開くはず。

 念ずれば花開く。

 大麻はスクスク天に向かって伸びてゆき、麹の花が咲き、フリーエネルギーの循環が始まる。

 その時の様子をイメージするのだ!意識だ。意識。

 意識次第で大輪の花は咲く!

 
 ちなみに今日は無添加の微生物いっぱいのお味噌に、ひしおを購入してきた。お風呂もえひめAIー1を入れ微生物風呂。あとは毎日納豆食べて…。そうそう飯山さん曰く豆乳ヨーグルトがいいみたい。それもつくろうか!

ノロウイルスにはご注意を!



2012年12月24日 (月)

選んだ世界がそこにあるのです。

 アセンションし損ねちゃいました!(笑)

 全く何も変わらずに今日という日を過ごしております。

 電気も使えなくなる3日間に備えて、石油ストーブを倉庫から出し、灯油も買い込み、カイロも箱で買って来たのに。ローソクもいっぱい・・・。まあ、いざという時の「備えあれば憂いなし」ということで…。いつ大地震が起こるかもしれないし。

 この世界がパラレルワールドならば、もしかするとアナザーワールドではアセンションした僕がいて、今では3日間を乗り越え、半霊半物質となった自分がいるのかもしれないしね。もうひとりの自分にそいつは託すことにしよう。またもしかすると人類滅亡の日を迎えた僕もいるのかもしれない・・・。成仏してください。

 しかしこれで、3月に大好きなギターリストNeal Schonの追っかけツアーに出かけられるし、今の職場の最後の大仕事にも一生懸命になれる。そして4月に行う映画会、そしてその後の「豊かさを増やしていこうイベント」も開催することができる。

 結局これが僕が選んだ選択肢だったのだ。

 しかし思えば、「地球が銀河からの中心からやってくるフォントベルトに突入する。そしてその際にヌルというところを通過する時、電磁波の影響で3日間太陽も照ることなく、電気も使えなくなる。」という話を半分は本気で信じ、半分はホンマかな?そんなことないやろ・・・。って考えていた。

 でもいずれにしろ、未来が続いていくということは確信していたわけで、そこに人間の進化がどのようにして起こるかということが問題だった。

 そしてそれは「奇跡」のようなアセンションが起こることが、先の話であり、残念ながらその奇跡は僕には起らなかった・・・。そしてここに平穏無事(?)に今日を迎えている僕がいる。

 落胆したわけじゃない。いや一旦は落胆もした。でも今はすごく元気であり、前向きだ。(いいね。ポジティブに生きるってことは!)

 結局「奇跡」に頼るなということであり、自分自身の力でもってそこに向かって進んでいけということなのだから。自分自身の力を養ってそれを実現していくということを、僕自身が選び、そしてサムシンググレートはそれを尊重してくれた。「奇跡を待つよりも奇跡をおこせ」ってか。どっかで聞いたな・・・。

 僕が夢見るのは「地球が愛と感謝の星になる」こと。人間が地球のお世話係であることを理解し、地球と人が共生・共発展の道を歩むこと。地球と人間もあらゆる生命が笑顔でいられるってこと。

 でっかい夢だ。こいつ頭おかしいんじゃないのってくらいに。

 しかも状況はますます悪くなっている。怪しげな人達が、怪しげな選挙で、怪しげに消費税も、原発も、そして憲法まで怪しげな方向に仕向ようとしている。

 でも大丈夫。意識は進化するから。

 3次元から4次元に行くことはなかったかもしれない。(手も顔も叩けば痛いし、つねればこれまた痛い!)。でももしかすると意識は進化の方向へ向かい始めたかもしれない。ちょうどクロス地点が先日のマヤ暦の終わりだったのかもしれない。(結局エネルギーが降り注ぐといわれる時間に瞑想したけど、何も感じなかったし…。ただ鈍感なだけかもしれないけれど…。)

 意識の進化。これから一生懸命に追求していかなくちゃな。幸いなことに科学もどんどん進化し、スピリチャル的要素を認めざるを得なくなってきている。

 要は既存の勢力が、未来への恐れをなして、それを受け入れようとしていないだけなのだから。いつの時代にもあること。そしてその力も弱まりつつあるのは明らかなこと。

 だからこれからは意識を進化させていく人はどんどん増えていくはず。しがみついているよりも手離した方が自由になれるってことが分かる人が増えていくから。

 大麻×微生物(発酵)×(ちょい)フリーエネルギー=Happy Worldのステップ第1弾。 この方程式の大前提には人間の意識の向上がある。意識を向上させなくっちゃ。

 ワクワクしなきゃね。ワクワクしながら前に進まないとね。

 瞑想を通じて魂が計画した人生を歩んでいく。僕の魂はこの人生でどこまで描いたのだろう。そう考えるだけでワクワクしてくる。

 2013年のお正月を待たずして、ワクワク感は高揚していくね。


2012年12月22日 (土)

権力とは他人のために

 僕は昔から権力というものがきらいだ。だから権力には近寄りたくないと思っていたし、今もなるべく近づかないようにしている。もちろん僕自身も持っていない。ただ、仕事で主任とか、管理者としてもったことはあるけれど、基本はそんなものいらないと思っている。

 何故かな?

 いつもテレビのニュースで権力者の横暴を見せられているからかな。政治の世界を見るたびに気分が悪くな。それも大いにある。それとも前世に何かあったのかな?それもあり得る・・・。でも体が受け付けないというのが一番の答えかな。

 でもこの「権力嫌い」に関する考えが以前と比べて、少し緩和していることもある。

 もう何年も前のことになるのだけれど、毎日のように「権力なんて大嫌いだ。糞喰らえ!」って思っていたことがある。よく覚えてはないのだが、仕事に関してそう思っていたのだろう。

 よっぽど上司が嫌いだったのか?というと、そんな訳でもない。どちらかといえば、一部を除いて上司には恵まれてきた方だと思うし、例え嫌いな上司であっても、最後にはその人に認めさせてきたという自負がある。

 それでも権力というものが嫌いで、「俺は権力なんて持たないぞ。」ってつぶやいていた。

 ある時オヤジの墓参りに行った。般若心経を唱えた後、いつもオヤジに話しかけるのだが、その時も「俺は権力が大嫌いだ。権力なんて糞喰らえだ!」ってことを話した。すると話し終え帰ろうとした時に、ポンって心の中に言葉が飛び込んできた。

 「権力とは自分のために使うものではない。他人(ひと)のために使うものだ。」

 ビックリした。急に言葉が降って来たのだから。でもそれと同時に「そうや!」って思った。

 そうだ。権力とは他人のために使うものなのだ。権力を自分のために使うとそれは「自分の欲望」を満たすための道具や力(フォース)となってしまう。けれども権力を他人のために使うならば、それは他者を幸福へと導く道具にもなれば力(パワー)ともなる。

 要は権力の使い方なのだ。

 オヤジいいこと教えてくれるじゃん!

 このことが分かってからは「権力」に対してある一定の部分で許容できるようなった。

 歴史の中で善政を敷いた「賢人」といわれる政治家がいる。きっと彼らは自分が持った権力を「他人のため」に行使したのだろう。それによって人々は幸せとなり、国が栄えた。そしてその彼は「賢人」あるいは「徳のある人」として讃えられた。

 残念ながら今の政治家には「他人(ひと)のため」に権力を行使する人がいない。他人の部分が「自分」や「アメリカ」という言葉になっている。あるいは権力が更なる権力という、欲望のためとなってしまっている。

 というわけで僕は権力が嫌いなのだが、それを他人のために使うものであるならば認めている。

 でも基本的には近寄らないし、近寄りたくない。きっとこれまでに他人(ひと)のために使っていると心底思える人に出会ってないのだろう。寂しい限りだ・・・。

 ふと気がつけば職場の中は権力大国のようなもの。縦割り社会で周りはみんな権力の肩書きだらけ・・・。僕の名刺にも何やらわけのわからない肩書きが・・・。でも僕の肩書きは権力とは関係ない「ちょっとなんか難しそうな、なんじゃこれ?」ってものになっているので救われている(?)

 みなさん「権力」とは他人(ひと)のために使うものなのです。そしたら社会は幸せになっていきます。&やがては権力などいらない社会ができてきます。

 社名と肩書きをのけたらあなたは何が残りますか?

 自由に生きること。その中に権力も肩書きも何もいらない。ただただ自然に和すること。

 共生社会を生きること。


2012年12月19日 (水)

Happy Worldの作り方

 思うに、この世界をHappy Worldにするための方法は既にできている。それもかなり前にできていたのかもしれない。けれどもそれができなかったのは人間の意識の問題だったのだろう。

 〇×〇×〇=Happy Worldという公式があったならば、何を入れるだろう。

 僕が考えるに、ひとつは「微生物」。

 日本って発酵食文化。みそ、梅干し、納豆etc。その発酵をおこすのが微生物。僕らの体は微生物によって守られている。いや、守られているだけでなくつくられているって言ってもいいのでは?

 その微生物によって放射能さえも除去できる。でもそのことが大きくニュースに取り上げられることはない…。

 更には今の日本は除菌、除菌といっては何でもかんでも微生物を殺してしまえという風潮。中にはお味噌や梅干しも添加物で微生物を殺してから出荷しているのもあるとか…。

 日本の発酵文化は何のため?

 次の〇には「(ちょっとした)フリーエネルギー」。

 今の世の中電気(動力)をおこすには、最近でこそ太陽エネルギーなども出てきたけれど、大半が石油などの化石燃料によってできている。もうひとつ原子力発電もあるけれど、こいつは除外。

 ホントはニコラス・テスラがフリーエネルギーの道を開いていたにも関わらず、一般ピープルにはその道を閉ざしてしまい、石油に頼るようにされてしまった。フリーエネルギーを開発すると、その道はイチャモンつけられたり、中にはヒットマンがやってきて闇に葬られてきてしまった。

 せっかくの技術なのになぜ公にされないか?


 さて最後に「大麻」。

 これまた日本の古代から使われてきたもの。

 大麻は医療にも、衣類にも、食文化にも、そして神道にも使われてきた日本の文化的基礎をなすものだった。最近ではプラスチックの代替品にもなれば、石油に代わるエネルギーともなる。それが戦後「痲薬」だということで封印されてしまい、今の日本人のほとんどがそのことを信じ切ってしまっている。まさにマインドコントロール!

大麻×微生物×(ちょっとした)フリーエネルギー=Happy World

 僕の中では素晴らしき方程式だと思うのだが・・・。残念なことにこれらが出てくることによって、これまでの特権を失ってしまう人が出てくる。そしたら美味しい思いができなくなるじゃないかって思う人達がいる。特権を失うのを恐れている人達がいる。

 特権を失うことを恐れている人達は、失った後の自分たちがみじめになるのではと思っている。でもホントはみんながHappyになれるのだ。その特権を持てった人達も含めてHappyになれるのだ。特権者たち自身も思い込みにより、自分たち自身をマインドコントロールされている。

 世界をHappy Worldにするものは既にそろっている。もし足りないものをあげるとすればそれは「人間の意識」だ。足ることを知らず、むさぼることだらけの欲望人間には残念ながら制限がまだ必要だ。でないと地球があっという間に壊れてしまう。

 さあさあ、今や激動の時代。この時代を意識の向上の機会にしなければ!

 地球自身が次元の上昇をしようとしているといわれているこの時代。人類はふたつの世界に分かれるという。ひとつは地球とともに次元上昇する人達。そしてもうひとつは地球以外の貪り合う別の星へと生まれ変わっていく人達。

 さてさてあなたには自由が与えられている。どちらの世界に行くかという。目の前に切符は提示されている。あなたはどちらを選びます?



 

 

2012年12月16日 (日)

加速度的上昇

 突然ですがクイズです。

 わたくしこの度人を愛と感謝の世界に導く「おまじない」をプレディアス星に住むサリーさんから授けられました。このおまじないを唱えられた方は「永遠なる幸せ」が得られます。ただしこの「おまじない」ひとりにつき2回までしか唱えられません。
 さてそれではおまじないを唱えられた方が次の日他の2人にそのおまじないを唱えたとします。日本に住む人みんなが「永遠なる幸せ」を得るには何日かかるでしょう?

 私はこのおまじないを2人に授けたので、1日目には私を含めて3人の人が永遠の幸せを手に入れました。2日目は2人がそれぞれ2人におまじないを唱え4人の人+それまでの3人で7人の人が幸せに。次の日は・・・、あ~計算ややこしい!

 (1人→)3人→7人→15人→31人→63人→127人→255人・・・エクセルで並べ立てると25日目には67,108,863人、26日は1億3000万以上となり26日には日本に住む人みんなが愛と感謝の幸せ世界に住むこととなる。

 いや~たった26日で日本に住んでる人みんな幸せになるんや。じゃあ地球上の人みんなが幸せになるのは、32日にして85億8993万4591人。ということで日本に住む人がみんな幸せになって1週間もたたないうちに世界中の人が幸せになる。

 そう考えてみるとなんだかすごいな。ちょっと本気でそのおまじない手に入れよかな。。。なんて気になってしまう。誰かそんなおまじないでも秘薬でもいいから見つけて来ておくれ。

 いやホントは今年の冬至の日21日から22日にかけて時間の加速度が最高となりゼロ(1)となる日として、その加速度が毎日倍々となっていたら、

1→1/2→1/4→1/8→1/16→1/32→1/64・・・

 ということで、今日16日だからあと1週間もないから・・・なんて考えていたのだけれども、やっぱいい方に考えよう。悪に染まっていくのが倍々ゲームとかそんなのやっぱいやだからな。

 人間やっぱ意識の持ちよう。意識の持ち方次第で世界は変わってくる。

 マヤ暦の長期暦が終わる2012年12月21日~23日には宇宙の大きな3つの周期が重なるそうだ。

 ひとつは「惑星ニビル」が「約3600年」ぶりに地球へとやってくる周期

 もうひとつは地球が「プラズマベルト」へと「約13000年」ぶりに本格的に突入する周期
 
 そして最後に太陽と地球が「銀河の中心」と「約2万6000年」ぶりに直列する周期

 これにもし加速度最高度となったらどうなるのだろう?

 いいように考えなきゃね。ポジティブに。世紀のイベントどころじゃなくて、万年に一度の大イベントが始まるかもしれない。

 こんな時に生まれてきているなんて最高。

 さあ、ワクワクして待ってましょう。そしていいおまじないを見つけましょう。愛と感謝の地球に生まれ変わるおまじないがあるかもしれない。

 ドキドキ、ワクワク。終わると同時に始まるよ~!(もう始まってるかも!)

 意識の次元上昇じゃい!



2012年12月12日 (水)

建築家は公務員のリストラを叫ぶ?

 建築物を見る。これは僕の趣味のひとつ。それも超有名ミーハーどころの建築家の作品を見ること。

 安藤忠雄、磯崎新、丹下健三、黒川紀章…。時に彼らの作品を見てはイマジネーションが刺激される。建築だけでなく彼らの出版物にも大いに勉強となる。中でも黒川紀章の「共生の思想」はマイバイブルのひとつだ。

 ただ、最近は現代建築物から古民家に興味の対象が移っており、古民家あるいは古民家群の持つ雰囲気の方がお気に入り。

 有名どころコンクリ近代建築物はインスピレーションは大いに刺激されるが、コンクリの持つ冷たさはどうしてもぬぐえない。一方古民家には木のぬくもりが感じられるし、自然との知恵が詰まっている。庄屋さん級のお金持ちが建てた家となると細部の芸術も楽しめる。ということで最近は古民家に軍配があがる。

 ところでこの建築物は建築家と呼ばれる人達によって設計される。先日「コミュニティデザインの時代」山崎亮著(中公新書)を読んだのだが、今この建築家たちのスターへのすごろく(過程)が大いに変わろうとしているらしい。

 というのが、建築家のスタートは親せきや友人のツテをたよって住宅を設計している人を何とか見つけ出し、住宅を設計する。そして出来上がった「作品」を美しく撮影して、建築雑誌に送付する。それが認められ雑誌に掲載されれば、次の仕事が舞い込みやすくなり、個人住宅を何件か設計した後、集合住宅の設計、商業ビル、オフィスビルの設計と進んでいく。更に進めば公共施設の設計依頼がやってくる。小さな公民館でも公園のトイレでも設計できるとちょっとしたステータスとなる。そして更に進めば図書館、市役所、博物館を設計し、最終的には美術館を設計するようになり、「巨匠」と呼ばれることとなる。

 ところが2006年の国土交通白書によると、2020年には社会資本整備の「新設」に関わる費用はほとんどなくなっているそうだ。つまり、図書館や博物館や美術館を新しく建設するための費用はなくなるということだ。公共の事業費がどんどんなくなっている。

 ということは建築家達の「巨匠」と呼ばれるこれまでの道がなくなってしまうということだ。途中で途切れゴールがなくなってしまったすごろく。さてどうする建築家のひとたち・・・。アジアに飛んで勝負するか?

 先日ニュースで2020年に東京オリンピックが開催されるならば、国立競技場を改修した際のデザインが出ていた。その姿はUFOをイメージさせるような近未来型だった。

 建築家にとってはいかに人々に驚きと同時に未来をワクワクさせるか、その創造性を持ってアピールするのことが夢なのだろう。(もちろんそこには使い勝手・利便性も要求されるだろうけど。)

 しかしながらその夢の可能性がほとんどなくなっていく。では建築家たちは彼らの持つその創造性をどこで発揮していくか。山崎亮さんはそれをコミュニティデザインというコミュニティの再生・再構築で発揮し始めた。(山崎さんは建築ではなくランドスケープデザインであるけれど。)

 僕にはよくわからないが、建築家の持つ知識とは耐震構造を始めかなりのものだろう。そしてそこにはデザインなどの創造性も要求される。ということはかなりの才能をもった人達だ。そしたらその知識や創造性をもっと別の形で社会に役立ててもらえないだろうか。

 もちろんそこにはUターンも要求されれば、新たな知識の獲得も要求されるだろう。楽じゃない。でも今の不確実な社会の中で、これまでの知識でぬくぬくとやっていこうとすること自体が間違えなのだから、少しでも新たな世界へ飛び込む勇気は必要だろう。

 それとも新規の公共建築物の事業費がなくなることは、行政の失策だと、行政に迫り、人件費削減してその分で、図書館や児童館を建築しろと要求しようか。でも確実に時代はハードからソフトへと移っている。

 近所に建築士と呼ばれる人達がたくさんいる建築事務所がある。いつも夜遅くまで電気がついている。彼らは住宅を専門に日夜仕事に励んでいる。家族の夢を叶えるのもそれも喜びだろう。

 けれども2015年からは世帯数も減少へと向かう。当然ながら住宅の着工数も減っていくだろう。ならば社会のためにと、一発奮起してくれる人達がもっと現れてくれたならば、そしたらもう少し社会が力強くなっていくだろう。

 ということで、建築家のみなさん今後は建物の建設から社会の建設に携わってください。建築物の新規物件はどんどん減っていきますが、社会課題の新規物件はどんどん増えてます。山積みです。意識と目的を変えてください。そしてその知識創造力を活かしてください。

よろしくお願いしま~す。




 
 

2012年12月 8日 (土)

超解釈~かごめかごめ

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 
夜明けの晩に 鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ?


子供のころに、ひとりが座り両手で目を覆い、その子をみんなで手をつないで囲んでこのかごめ歌を歌い、歌い終わった時にその子の後ろに誰が来たかを当てる遊び。多くの人がした覚えがあるのではないでしょうか?


私も近所の神社でみんなと一緒によくして遊びました。そんなことを思い出しつつも、この詩の何とも言えない不思議さ、そして怪しさに気付かされたのが3年前のことです。改めてこの歌をみると不思議だと思いませんか?特に後半の「夜明けの晩」「鶴と亀が滑った」「後ろの正面」考えてみると不思議な句が並んでいます。


子供のころには何も考えずにただ楽しんでいただけなのに、今ではその純粋さも失われ、怪しく考えるようになってしまったのでしょうか?そう思うと悲しいものもありますが、今だからこそこの詩に隠された秘密を考えることもできるのです。そこで私なりの詩に隠された秘密の解釈をしたいと思います。



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〇かごめかごめ

籠目とは籠目紋つまりは六芒星のこと。三角形と逆三角形の組み合わせ。△と▽の結合。つまりは二ビル(※)と地球の結合(交差)のこと。

〇籠の中の鳥は
 
籠の中の鳥にとってはそこが彼らの世界。目の前に見える外には広大な世界があるにもかかわらず、その世界(籠の中)こそがすべてと思っている。つまりは我々人間のことであり、マインドコントロールされている(被支配層)人間のこと。

〇いついつ出やる
いつ目覚める。籠の中から出ること。つまり、いつ真実を知るのかということ。

〇夜明けの晩に
夜明け前は一番暗くなるときといわれる。つまりは真実の知れる前の暗闇の訪れのこと

〇鶴と亀が滑った
鶴とは、3600年周期で太陽を縦(垂直)に回る二ビルのこと。亀とは太陽を水平に回る地球のこと。滑るとは統べるのことで「統率・支配」統合、結合されること、つまり再び、ニビルと地球が交差(接近)する時

〇後ろの正面だあれ
人間の誕生の秘密。人間はサルから進化したといわれるが、あまりにも不可解なことが多い事も事実。そこには二ビルと地球の間にある大きな真実が隠されている。人間の誕生に隠された真実とは!?


と現代の噂風に解釈してみたのですが、いかがでしょうか?。ちょっと飛躍しすぎでしょうか?ではもう少し真面目に、身近に、再度解釈し直してみます。



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〇かごめかごめ

ユダヤと大和の結合

〇籠の中の鳥は
 
イルミナティに支配された民は

〇いついつ出やる
いつ目覚め、解き放たれるのか。

〇夜明けの晩に
イルミナティ(闇の勢力)の最後の総攻撃で

〇鶴と亀が滑った
ユダヤと大和が統合する。

〇後ろの正面だあれ?
その時ユダヤと大和の隠された真実が明かされる!

いかがでしょうか?これなら少し身近になるでしょうか?



かごめうたに関してネットを見てみると興味深いページを見つけたので、掲載しておきます。

http://quasimoto.exblog.jp/18001757/

http://www.historyjp.com/article.asp?kiji=110


かごめ かごめ

籠の中の 鳥は
いついつ 出やる 
夜明けの 晩に
鶴と亀が 滑った
後ろの正面 だあれ?


これを古代ヘブライ語にすると


カゴ・メー カゴ・メー
カグ・ノェ・ナカノ・トリー
イツィ・イツィ・ディユゥー
ヤー・アカ・パニティ
ツル・カメ・スーベシタ
ウーラッシュ・ショーメン・ダラ

となるのだそうです。そして、その意味は

 

誰が守る? 誰が守る?
堅く安置された物を取り出せ
契約の箱に封じ納められた 神器を取り出せ
神譜をとり 代わるお守りを作った
未開の地に 水をたくさん引いて
水を貯め その地を統治せよ


ということでこれはあの失われたアークのことで、都市伝説のひとつで、それは徳島県の剣山に隠されているというものです。そしてその秘密には弘法大師空海さんが一枚絡んでいるようです。さすが超人・偉人の空海さん。



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そういえば、日本の国歌「君が代」も古代ヘブライ語に変換されたものがありますが、そちらの意味も感動的です。(コチラから)



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さて、ユダヤと日本の関係はどうなのでしょうか?日本人とユダヤ人は同胞民族であるという日ユ同祖論もあります。この分野はまれば、はまるほど怪しくなってきます。いや面白くなってきます。このミステリーは解き明かされることがあるのでしょうか?考えていると、眠れなくなってしまいそうです。かごめうたに隠された秘密とは何なのでしょうか?ここにも空海さんが関わっているのでしょうか?みなさんはこの歌をどう解釈されますか?





※ニビルとは、太陽系に存在するとされた仮説上の太陽系第12惑星、太陽を非常に細長い楕円軌道で公転しているとされている。考古学者のゼカリア・シッチンはシュメール文明のシュメール宇宙論を解析した結果、ニビルにアヌンナキという生命体が存在しており、3,600年周期で地球に近づく度に文明を進歩させて痕跡を残した、地球人はアヌンナキによって創造されたという解釈を見出した。(ウィキペディアより)




らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2012年12月 5日 (水)

「豊かさ」考案中~降りてこい!

 ここのところずっと考えているのが「どうやって『豊かさ』の数を増やしていくか!」ってこと。みんなの豊かさ実感度を上昇させたいのだ。

 豊かさの数を増やしていくためには、「小さな豊かさを(再)発見すること。」。そしてその数を増やしていけば・・・。それは価値観の数を増やすことでもあり~。それをどうやって見出すかな~?

 考えは進んだり、止まったり・・・。止まっていることの方が多いけれど・・・。

 「豊かさを増していけば、不便を楽しめることになるんだな。」と、今度は考えが少し飛んでいく。

 「不便を楽しむ」ってことはそこに『余裕』があることであり、それは『暮らしの中の余裕』ということであり…、今の社会にはあまりにも余裕がなさ過ぎて・・・。

 また「不便を楽しむ」ことができるのは、そこに『工夫』が生まれることであって、工夫するということは『創造』につながることで、この創造から生まれてくるのが、『小さな感動』であったり、『小さな喜び』であったり、それらが積み重なることによって「豊かさ」が導かれるのかな。

 小さな感動といえば、たとえば『自然の姿』『自然の変化』とかあるし、そう考えると『自然とつながる』ということかな・・・。

 連想ゲームだな。

 まさにこうして繋がっていくのは『神様のお導き』あるいは『魂の導き』か?僕は今アカシック・レコードにつながっているのだろうか?

 時にひらめきはまさに「ポンッ」と降りてくる。ひらめきと連想ゲームで遊びながら楽しく考えるのが一番いい。

 神様のお導きと思えばやっぱ感謝しなきゃいけないな。魂の導きならば、肯定しないとな。となると、僕は自分自身とつながっていることであり、天とつながっているってことかな。

 こりゃやっぱ「感謝」せずにはいられない。「愛」さずにはいられない。天に自身に愛と感謝やね。

 さてさて、豊かさは何処行った?でもまさにこれ自体が豊かさやね。

 身の回りの豊かさに気がつけばどんどん豊かになっていく。あるといいな~と思いながらも、なくてよかったと思えることもたくさんあったりする。もちろんあってよかったこともたくさん。

 結局肯定的に捉える事が一番なのかな。

 すべては生成発展が宇宙の原則ならば、よくなっていくのだろう。よくなっていくと思いきることなのだろう。

 ということは、やっぱ意識の問題。意識次第ということか…。

 豊かなんです。あなたは『豊か』なんです。あなたも僕も「豊か」なんです。みんな豊かなんです。

 さあ、豊かさ探しをしましょう。気がつけばいくつも出てくる豊かさ探し。どんどん豊かになっていく~。

 意識の転換次第で豊かさがあふれ出す!豊かさ洪水中v^^v



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2012年12月 2日 (日)

節電クリスマス

 12月となったとたんに道路が混んできた。師走は日本人の心を走らせる。更に今では年末商戦にクリスマス商戦も重なるので、世間はますます大忙し状態だ。街ではクリスマスイルミネーションがピカピカドンドンで賑わいを演出し、人々の消費意欲を掻き立てようとしている。

 ところで最近はクリスマスイルミネーションが街なかだけでなく、普通の住宅街でもよく見かけるようになってきた。夜住宅街を歩いていると、この時期あちこちの家の庭がイルミネーションで、赤青黄色緑・・・の色に光っている。各家庭クリスマスモードに入っているなとつくづく思う。

 ここで話をおもいっきりそらすが、僕は日本人ほどキリスト教を純粋な形で保っている民族はないのではないかと思っている。よく日本人は無宗教とかいうけれど、日本人ほどキリスト教を純粋に保ち大事にしている国はないのではないだろうか。隠されてはいるけどね…。

 さて話を戻し、家庭でのクリスマスイルミネーション、きっと親子で飾り付けをし、クリスマスムードを盛り上げるにはいいのだろうけれど、3.11以降の日本に必要なのかと思ってしまう。

 今では日本は貿易赤字国。その原因は火力発電のための石油輸入にある。それなのにあちこちの家でピカピカ電気がついたり消えたりしている。あれはLEDなのかと心配してしまう自分がいる。こんなことで無駄に電力を消費してよいものなのか・・・。

 確かに四国は北海道と違い節電要請されているわけではない。それでも電力消費=石油の消費となっているには違いない。かといって原発再開などもってのほか・・・。だったらやっぱりここは節電するのが筋ではないか。

 それにクリスマスムードを盛り上げるにはもっといろいろなやり方があってもいいと思うのだ。例えばキャンドルナイトをして門から玄関までをキャンドルで灯すとか、クリスマスツリーやクリスマスリースを工夫して昼間楽しめるようにするとか・・・。もっと想像力と創造力を使えばいろいろなことができると思うのだけれども。

 要するに全くもって踊らされてるんだな。どこかのディスカウントショップの商戦にハマっているとしか思えない。

 以前夜光塗料のシールを切り抜いて、天の川やら星座を作り、夜の磯に人魚が現れ、それらを眺めているという夜光塗料タイペストリーイルミネーションを制作したことがある。夜電気を消すと壁に幻想的風景が現れ、ワクワクした覚えがある。これだとみんな電気をつけるどころか、電気を消して真っ暗な中で楽しむことができる。このアイデアどうだろう?

 いっそのこと天気の日は街の明かり全部消して冬の星座を楽しむまちがあってもいいのかもしれない。あるいはアウトドアショップでたき火用の道具を買ってきて、たき火を囲んでみんなでコーヒーや紅茶を飲みながら語り合う。最高だと思うけどな・・・。

 すっかり電気のない生活から遠ざかってしまった現代人の生活。本来ならば冬の楽しみ方を色々と考えてみるいい機会だと思うのだが、まあこんなことができるのもあとわずかかもしれないし・・・。

 とにかく僕は工夫して楽しむ道を行く。想像力と創造力を屈指してロハスな道を歩むぞ。それが新しい時代を切り拓くと思うから。世の中工夫次第でいくらでも愉しめるようにできているのだから。

 「地球にやさしく、人にもやさしい。」そんな方法をどんどん見つけていけば、地球と人の共生世界が広がっていく。意識して創造力を巡らすしかない。そこには愉しい世界が待っている。


2012年12月 1日 (土)

いよいよ12月

 いよいよ2012年12月がやってきた。冬至の日まであと3週間あまり。マヤ暦が終わるといわれる22日頃。何もなく過ぎ去っていくのだろうか。それとも何かが起こるのか…。

 いよいよ地球がフォントベルトに入るという。そしてヌルという電磁波エリアを通過する3日間は太陽も月も見えない真っ暗な状態で、更には電気も使えないという。

 あるいは時間の流れは螺旋階段のごとく加速度的に早くなっており、ちょうど冬至の日がゼロとなるときという。

 はたまた、太陽系第12番目周期3600年の惑星ニビルが地球に接近中で冬至のころから来年2月半ばにかけて最接近するという。NASAは南極に観測所を設け、このニビルこと惑星Xを観測しているという。

 実際にこれらのことが起こるのかどうか僕には分からない。起こればビックリ、起こらなければな~んだ・・・というところなのだが、ただ個人的にニビルには興味を持っている。
 
 シュメール文明の遺跡の粘土板にこの惑星ニビルが出てくる。それを解読したのがパレスチナ生まれのセガリア・シッチン。そこには人類誕生の秘密が刻まれていた。

 ニビルには知的生命ネフィリムまたはアヌンナキが住んでいる。かつて彼らが地球にやって来て、地球上にいた類人猿を遺伝子操作し人工生命体をつくりだした結果が我々人類であり、その目的はアヌンナキのための(重労働をする)奴隷であったとのこと。

 そのニビルが3600年ぶりに帰ってくる。もし本当ならば、遂に僕ら一般の人間が地球外生命体つまりはエイリアンの存在をはっきりと自覚する時がやってくるのかもしれない。3600年の眠りから目覚めるのだ。

 3600年前といえば日本で言うならば縄文時代。縄文時代の土器といえば誰もが思いだすのが「遮光器土偶」。あのメガネをかけた独特の姿形の土偶だ。もしかするとあれは二ビルからやってきた宇宙人を現したものなのかもしれない。

 自然の中で木の実や貝類を採りながら生活していた人達のもとにある日太陽が2つとなり、その新たな太陽からなんだか見慣れない物体(宇宙船)が飛んできて、その中から生命体(遮光器土偶のような者)が出てきたら、さぞかし縄文人は腰を抜かしたに違いない。それこそ鯛を献上せずにはいられないな・・・。それこそ「天から神様が降りてきた!」だ。

 さあ、どうなるのだろう。ワクワクもすれば、ドキドキもする。もしかするとまた奴隷とされてこき使われるのかもしれないし、それとも3600年ぶりの人間を見て友好的に接してくれるのか。相手は3600年前に宇宙船もあり、遺伝子操作もできる技術を持っていた生命体。それから3600年もたっていたらどれほどの技術を持っているものなのか。

 それもあと3週間から数カ月の間に答えが出る。一般ピープルみんながビックリするのか、それとも何もなく過ぎ去り、持続不可能な世界がますます危機を迎えていくのか。

 いずれにしろ必要なことはどのように意識改革していくかということに違いはない。どんなことが起ころうとも自分の意識をしっかりさせておくこと。そして意識の次元を上昇させていくこと。そのことに尽きる。


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