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2012年11月

2012年11月27日 (火)

カルマ増大しますよ

 安全・安心そして元気のでるみかんを目指してみかん作りに励んでいるのだが、今年も寒さも増してきたところで、なかなか美味しい温州みかんができたかなと思っていた矢先、みかん泥棒が現れた!

 それがまあなんと酷いことに、枝ごと引きちぎってみかんを持って行きおった。たわわにみかんがなっていた枝が跡形もなく消え失せ、無残に枝がちぎられた跡だけ残っていた。

 基本的に僕のスタンスとしてはこれからの時代はシェアする時代と思っているので、心を抑えてはいるけれど、やっぱ黙ってもっていかれ、おまけに枝を引きちぎられたとなると、「オイオイお前!」となってくる。

 声かけてくれたらあげるのに…。まあもちろんまだ経済の時代だから、少しばかしのお金は戴きますけれど。僕も食べていかなきゃいけないからね。それでもサービスもすれば、普通に買うよりかは安くするのに・・・。

 しかし盗った人は一体どんな人なのだろう?ひとりものかな?それとも家族持ち?
 
 家族持ちならば最悪だな。どんな顔して家に帰るのだろう?もし子供がいて、それを子供に食べさすとしたら、どんな気持がするんだろう。「さあ、みかん盗んできたから食べな。」とでも言うのかな。

 終戦後のまだまだ貧しいころならば、それもあるのだろうけれど、この飽食の時代。少なくとも近所にバラックや掘立小屋に住む人はいないのだけれどもな。

 道端の花壇が盗まれた、それもプランターや鉢植えごと盗まれたという話も聞いたりするけれど、きっとそんなの盗るのは女性だろう。持って帰ってそれを見て楽しむのかな?

 みかん盗った人も、花壇の花を盗った人もどんな気持ちなんだろうか?盗り慣れて平然としているのだろうか?美味しいとか、きれいだなとか思っているのだろうか?それともスリルを求めているのだろうか???

 いずれにしろいつンも思うのは、どんなに平然としていたとしても、“自分の心には嘘つけないよ”ということ。どれだけ人をうまくだませたとしても自分自身の心を騙すことだけはできない。

 「このみかんどうしたの?」「うん、散歩の途中で農家の人と話をしてたら、くれたんだ。」なんて言ったとしても、心の中はちゃんと「盗った」ってことを分かっている。例え盗り慣れているとしても、心の中は知っているんだな。表面には出てこなくとも、奥底は知っているんだな。

 カルマだね。しっかりとカルマとなってしまうんだな。これがまた。そして後から必ずどこかで出てくるんだな。これがまた。

 今日何もなかった、そしてうまく盗れたと思っていたとしても、これが後から必ず返ってくるんだな。それがカルマ。それにそんなことする人は大体において、現在の人生もそんなにいいものではないだろう。きっと心が病んでるんだろうな。ストレスいっぱい。奥さん(旦那さん)とうまくいってないんだろうな。かわいそう・・・。寂しい人だ。なんだか気の毒になってきた。

 ましてやこのみかん。僕の愛情たっぷり込めて作ったみかん。手作業も惜しまず、祝詞も上げながら作ったみかん。ミミズと微生物がせっせと働き、そして太陽と水の恩恵でもってできたみかん。ヘビも走る生物多様性の畑で育ったみかん。食べて美味しいと思うけれど、そんなみかん盗っちゃったんだからカルマも大きくなると思うな。

 「化学物質過敏症の人でも安心して食べられるみかん」「食べると元気が出るみかん」を目指しているのだから、ああ、やっぱり盗った人はこりゃ大変だ。

 平穏無事な師走をお迎えください。


2012年11月24日 (土)

あなたも金星人に近づく地球人となりませんか?

金星というとどういうイメージをしますか?ほとんどの人が地球よりも太陽に近く、高温で何もない星であるとイメージされるのではないでしょうか?けれども実は金星は私たちと違った次元で文明が発達しており、それは地球の文明よりもよりもずっと高度なものなのです。更にその金星から地球へとやってきている人もいれば、以前は金星人だった人が地球へと転生して来てもいます。そのため地球人の一部は今どんどん金星型生活に近づいているのです。


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では金星人はどのような生活をしているのかというと、(金星からやってきた来た)オムネク・ネオクさんによって書かれた本~「私はアセンションした惑星から来た 金星人オムネク・ネオクのメッセージ」オムネク・ネオク著(徳間書店)~によると、


「精神的に進化を遂げた惑星は自然な結果として、創造的に個性を表現する独創的な人間の住む星となっています。偉大なる変容の前、金星の人々は芸術活動に没頭していて、生活のすべての領域において、創造性が何よりも大切なものとみなされていました。調和と美しさの創造の中に自分自身を表現することがまさに自己の存在目的であると考えられていたのです。~中略~ 私たちの同胞は生存のために必要なことよりも、人生における創造的な喜びに専心していましたが、移行後も家族と家庭がひきつづき生活と創造的表現の中心となっていました。」
 


「金星においては誰もが工芸やクリエイティブな習い事をしてます。人々は多くの労力を費やしながら工芸にいそしんでいます。なぜならそのほうが単に瞬間的に顕現させてしまうよりも、やりがいや達成感が感じられ、自分ならではの作品が創造できるからです。」
 

とのことです。金星人は創造することに毎日いそしんでいるのです。誰もがクリエイターでありアーティストなのです。地球人の古い言い方をすれば「職人さん」なのです。


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ここで振り返ってみると、最近日本でもクリエイターやアーティストが増えています。まちづくりの現場を見ていると特にそれを感じます。今やいかにアーティストやクリエイティブな人々が(その地域に)やってくるかということがまちおこしのひとつの重要なポイントとなっています。


かつてアーティストといえば、歌手などの有名人あるいは芸能人という、普通の人たちよりも高いポジションにいる、特殊な人というイメージがありました。、けれども今ではアーティストという言葉は一般化されつつあり、まちなかでその人のオリジナル性を加えたものづくりをする人のことといってもいいぐらいです。すなわちかつての「職人さん」こそがアーティストとなりつつあるのです。


「人間は精神的に開花を遂げると、これまでよりもいっそう個性的になります。これは惑星の精神的な成長としても現れます。地球はまだ精神的に幼少期にある惑星ですので、大多数の人々はコントロールされていて、大勢順応の習慣がはびこっています。金星は成長するにつれ、住民たちは都会を離れ、大量生産の利便性を捨て、より自然な生活を営むために村落で自給自足の生活を送るようになりました。各人はより個性的で創造的になるように、自分に必要なものの大半は自分自身でまかなえるようにしました。」


とも書かれており、(未来の)日本の状況にぴったりと当てはまると思のです。現在大半の日本人はまだコントロールされている状態です。そしてそれに順応して生きています。けれども少しずつ人々はマインドコントロールされた世界から目覚めてきてもおり、真実を知るようにもなっています。そして真実を知った人達、特に若者たちは都会を離れ、地方での自給自足的な生活を始め、半農半Xと呼ばれる生活を送り始めています。そのXの部分でものづくりに励んでいる人も多くいるのです。
 



ところで半農半Xとは、半分農業をし、半分自分の使命あるいは好きなことをしていこうとすることです。つまり自分あるいは自分の家族が食べる分は自分で農業をして作物を作って、残りは自分の使命と感じることや、自分の楽しいと感じること(仕事、天職)をしていこうとするものです。(あなたの周りにもそのような人が増えてると思いませんか?私の周りでも増えていますし、私自身もそちらに移行しています。)


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つまり今や日本人はどんどん創造的な生活にシフトしてきているのです。それはイコール金星的になっているということであり、また地球という惑星が成長しようとしているのです。もちろんまだまだの人もいるし、コントローラーたちはそれを阻止しようとしてもいます。なぜならコントローラーたちはそれによって自分たちが(富を)独占することができるからです。



けれども実は今はそのせめぎ合いの最中にあるのです。精神的成長をし、創造世界に生きようとする人達。そしてそれを阻止し独占状態を守ろうとするコントローラー達。日々見えるところ見えないところでそれらが繰り広げられているのです。


しかし時代の流れとして新しい流れを止めることはできません。なぜならそれが地球自身の意思でもあるからです。しかし最悪の場合として考えておかなければならないのは、コントローラー達は地球を滅ぼすだけの原発、原爆、気象兵器などのモノをつくりだしてしまっていることです。もしそうなると、また人類は原始時代から始めなければなりません。


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そこで大切になってくるのが人々の意識です。人々がどう思うかということです。思いにはエネルギーがあります。その想いが膨らんでいけば、そして多くの人々に共有されれば、それは力を増していくこととなるのです。そしてその力こそが権力者たちの力を無にしていくのです。ただしそこには自分たちが自立して生きていくという精神の成長が要求されます。もしそれが嫌ならばコントロールされるしかありません。(もしかするとそちらの方がある意味楽ではあるかもしれません…。)



さあ、あなたは、精神レベルを上げ、創造的な生活を営むこと、金星人的生き方を選びますか。それともコントローラーたちに精神を縛られ続けたままの中で生きていくこと、このまま幼なき地球人のままでいますか。


それはあなたの意識次第です。









らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2012年11月21日 (水)

夢の中でもホ・オポノポノ

 夢の中で蘇ってきた男がいる。彼の名前はリンパオ君(仮名)。彼に出会ったのはもうかれこれ15年近く前。場所は都内のとある病院。彼とは1年近く一緒の職場にいたのだったが、正直一番嫌いな男だった。その彼が夢の中に現れ、約15年ぶりに再び僕の心をイライラさせた。

 リンパオ君とはある出来事がきっかけで、それ以来意見が合わずにいた。だからなるべく近づかないようにしていた。けれども時にはどうしても一緒にいなけらばならない時もあり、その時はできる限り話さないようにし、ひたすら仕事を(作業化し、)こなすことに専念していた。

 その彼と一緒に仕事をしなければならない場面に出くわした。いつもの通り僕はリンパオ君の言葉にいら立ちを覚え、不快感にさらされる。堪えようとするのだが、心がキャリーオーバーをおこしてしまい我慢が出来ない。そしてどうしようにもない僕がいる。夢の中でイライラする僕がいる。

 そうこれは夢なのだ。夢と気付いた僕がいる。ということは目が覚めているのだろう。けれども彼との争いは続いている。僕と彼が言い争っているのを上から見ているもうひとりの僕がいる。そのもうひとりの僕もまた少しイライラしているけれど…。

 しかしながら少しイライラした僕はあることにまた気がついた。そうこれは僕のカルマが夢として現れてきているのだと。消化されずに潜在意識へと押し込められてしまったカルマが顕在意識へと現れてきているのだ。

 こいつはクリーニングしなきゃいけないと思うもうひとりの僕。布団の中でもだえながらも「ごめんなさい。許してください・・・」とホ・オポノポノを唱え始める。けれどもそのイライラした感情は収まらず、その後の「ありがとう。愛しているよ。」とはいえずにいる。

 「彼にそんなことは言えないな。なんで僕が彼に『愛してるよ』なんて言わなきゃならないんだ。」

 ということで「あの時はごめんね。許してね。でも大好きだよ。ありがとうオレ。」と、自分自身をクリーニングすることに変更。オレも辛かったもんな。それに自分自身をクリーンニングすることによって相手もクリーンニングされるっていうし・・・。

 そういえばあの病院では仲間内のシーちゃんには悪いことしたな。「シーちゃんごめんね。許してね。ありがとうシーちゃんがいてくれて。愛しているよ。」。こちらの方はすらすらと言える。

 またまた、ということで「ごめんねみんな。許してね。ありがとう。愛しているよ。」と、あの病院の中にいたみんなを対象にクリーニングを始める。「ごめんね。許してね。ありがとう。愛しているよ。」と、何度も繰り返すうちに再び眠りに落ちて行った。

 朝7時となり、再び目が覚め、朝食を食べてから、今度は瞑想ルームで正座をし、再度夢の出来事を思い出す。ここはやっぱりきちんとクリーニングしておくべきだと思い、ホ・オポノポノを再開。しかも今度はウニヒピリ。

 「ごめんねウニヒピリ。許してね。ありがとう。愛しているよ。」

 「大丈夫だよウニヒピリ。本当にごめんねウニヒピリ。許してね。ありがとう。愛しているよウニヒピリ。そしてリンパオ君。君にもだ。」と、今度はきちんとリンパオ君にも宣言し、同時に僕の心の奥にも伝えていき、クリーニングしていく。

 まだしばらくクリーニングが必要なようだ。でも結構クリーニングされてきている。あと何度かすればきっとクリーニングされるだろう。

 やっぱりきちんと座ってクリーニングしていく方が、うまくクリーニングされていく。2012年の冬至が近づいてきている今心の中はクリーニングしておかなきゃね。そのためにきっとわざわざ現れてきてくれたのだ。

 潜在意識の中にあるカルマをできる限りクリーニングして、新たな時代の夜明けを迎えたいからな。時代が激しく動いている今こそクリーニングして、きれいにしておかないと。

 天下の分かれ目はどんどん大きくなるばかり。右を選ぶか、左を選ぶかは自分自身のこころ次第。磨かなきゃね。



 

2012年11月17日 (土)

あなたもインディゴブルーの護り人ではありませんか?

現代の社会を生きていくことはしんどいなと思う人は大勢いると思います。人間関係はもちろんのこと、社会のスピードは速くなる一方であり、それについて行こうとすることは大変です。けれどもこれらのこと以上に周りの人との考えや感覚が理解できなかったり、自分自身の居場所が見つけられない人もいると思います。そんなあなたはもしかするとインディゴチルドレンかもしれません。


インディゴチルドレンとは1970年代(後半)から生まれてきたインディゴブルーの魂を持つ人たちのことで、これまでの(古い)概念や体制を打ち壊すために、新しい概念を持って生まれてきたとされる人たちのことです。先日よくみる天下泰平さんのブログに、ドロレス・キャノンさんの「インディゴの生まれ変わりと進化するDNA」としてその特徴が掲載されていたので転載します


(以下転載)

インディゴの生まれ変わりには、3つの波があることがわかりました。


最初の波は、現在4050代初めの人たちです。20年前、私が30歳になったばかりの頃、初めてこの年代のインディゴに出会いました。今でも彼らとは繋がっています。

この第1波の彼らですが、彼らはこの地球にいる事が好きではなく、暴力に耐えられないような人たちです。彼らは故郷に帰りたいと思っていて、それでもどこに帰ったらいいのかもわからず、ただここでないことだけはわかっています。

この人たちは、優しい心の持ち主で凶暴者ではありません。だれも傷つけたくないと・・・思っているような人々です。

彼らは、ただここにいるだけで変化を起こすような人たちです。彼らは、私たちの中で普通に生活はしているのですが、ここが自分たちの居場所ではないと感じるので、とても生き辛い人生を送っています。

それがどうしてなのか?それはわかりません。

私が彼らと話した時、これは世界中どこでも共通していたのですが、彼らは良い家庭を持ち良い仕事をしているのに、ここにいたいとは思っていないのです。故郷に帰りたいと思っているのです。

若い頃に自殺をはかってしまった人がいたのも特徴で、ここでやっていくことが大変だったからなのです。でも、のちに彼らとワークをして、なぜ彼らがやってきたのかがわかったのですが、彼らは・・・ここはあまり好きではないけれど、とりあえず自分の役目を果たそう・・と変わってきたということがわかってきたのです。

これが最初のインディゴ達です。

もうひとつ、第1波の彼らの特徴としては、彼らは暴力を嫌っているのですが、彼らには感情が理解できない・・・という事があります。怒りと恐れは彼らを消耗させるしそれをどうしていいのかわからないのです。

ですから、1匹オオカミのような存在であることが多いのです。なぜなら地球で体験する感情問題はとても大変なものだからです。

地球は、大変試練の多い惑星なのです。彼らにしてみれば、みんなよくこの地球に来てここでの生活を体験しようとするなぁ、みんなよほど賢いんだなぁと思うわけです。私たちは、感情と制限を体験しにこの地球にやって来たのです。でも、それも人によってはとても大変なことです。

(転載終わり)


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実は私は自分が最初の波(第一波)のインディゴチルドレンであると思っています。なぜならここ数年頻繁に「金星に帰りたい」、あるいは「プレディアイスに帰りたい」と思っている私がいます。そして常々「自分は一匹オオカミでしかいられないのかな…?」と思っている私もいます。また「なんで地球はこんなに争いばかりなんだ。愛の星にならないんだ?」と思うこともたびたびありますし、以前人間関係がしんどくて自殺しようと考えたこともあります。数年前に友人と「自分たちはインディゴの先駆けだから、今の世界(社会)についていけないね。」と話していたこともあります。これらを総合すると、私はやはり最初の波のインディゴだと思うのです。



ただひとつ違うのは、この地球が大好きでたまらないということです。地球の大自然は、超ド迫力な場所もあれば、繊細ながらにただただ美しい場所もあります。そして穏やかでここにいるだけで気持ちいいと感じる場所もあります。そんな地球が好きで好きでたまらないのです。



だからこの地球を大切にしたいと思うのです。それはみんなが地球のお世話係であることに気づけばいいのです。そして地球と共生・共発展していくことをベースにすればいいのです。もっと手っ取り早くいうならば「生まれてきた時よりも美しく」という気持ちを生じさせ、それを行動に移せばいいだけのことです。それを根本に置いておけば、そんなに苦労することもないと思うのです。今からでも遅くはないから、今一度自分たちの暮らしを見直して、その方向に改善していけばいいと思うのです。けれども残念ながら現実はそれとは正反対です。故に現在の体制を破壊して、新しい概念に変えたいと思うのです。



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ところで先日ある人の講演会に伺ったところ、日本人には「終わりなき改善」の精神があったということを話されていました。それもずいぶん昔のことではなく、20年ほど前までしっかりと根付いていた精神だそうです。それ以前に日本には武士道精神がありました。更に元来日本人に宿っているのが共生の心です。



この20年前まであった「終わりなき改善」の精神を取り戻し、終わりなき共生・共発展の心となれたならば、日本はあっという間に素敵な国に戻れますし、それは世界にも影響を与えます。そしたら地球は再び美しくなります。だからもう争いなんてやめて、終わりなき共生・共発展していくことを考えませんか。我ひとりが儲けたって仕方がないではありませんか。それは一時の我欲にしか過ぎないのです。それよりも山川草木国土地球宇宙悉有仏性。山も川も草木も国土も地球も宇宙もすべてに仏性が宿っていると感じられる心があれば、喜びを分かち合えた方がいいではありませんか?そのために今の体制に変化をもたらしたいと思うのです。 



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いかがですか?私の場合はこうして人との感覚がずれているなと思いつつ、自分の思想や感覚を磨き続けること、そして今の自分に何ができるかを考え、(小さなことでも)できることをしようとしています。もしあなたもインディゴチルドレンであると思うならば、あなた自身の考えや感覚をまずは見つめてみませんか。そして少しずつそれを表現していきませんか?



あるいはあなたがこの感覚とも少し違うと感じるならば、もしかするとあなたはインディゴチルドレンの第2、第3の波の人かもしれませんし、もしかするとインディゴの後に生まれてきたクリスタルチルドレンやレインボーチルドレンと呼ばれる人かもしれません。いずれにしろ現代の地球を新たな世界にしていこうとする人達です。あなたの持つその感覚を磨きつつ、新たな時の訪れを待ちましょう。









らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2012年11月14日 (水)

現在の暮らしから

 僕は現在週4日職場に行き働くというスタイルを取っている。そしてその4日間もほぼ僕の好きなように使わせてもらっている。時には車を走らせ、1日中外に出て里山風景に囲まれたところにいることもあり、また人と会い、話をしていることもある。

 そしていつもどうすればこの世間一般では課題だらけといわれる地域が、実はとてつもなく豊かな地であり、誇りと喜びを持って生きていける場所であることをそこに住んでいる人々に気がついてもらえるのかを考えている。

 またオフィスでは周りの人達が永遠とPCを相手に時間に追われている中、ゆっくりと上記のことを考え、理論にし、計画・実践していくかという案を練っている。それなりにゆとりを持って、時には手持ち無沙汰になることもあり、周りの人に申し訳ないなと思いつつも、臨時職員ということもあるし…、ということで、そこは気を使いつつも、そこでの1日を過ごさせてもらっている。

 そのため今では特に残業することもなく、ほぼ定時に職場を出て家に帰り、それから散歩したり、本を読んだり、勉強したり、今後の計画を立てたりと、わりと時間に余裕を持って過ごすことができている。それでももっと自分の時間が欲しいなと思うぐらいであるのだが・・・。

 職場へ行かなくてよい3日間は、みかん畑の世話をしたり、祖父母の入浴介助をしたり、お気に入りの海辺に行き空き缶ペットボトル拾いをしたり、NPO活動に参加したりと、これまたかなり僕の思うままに過ごさせてもらっている。

 まあその分お金(収入)には程遠い世界ではあるけれども、それ以上の価値は得ていると常々思っているので満足していると言っていいのだろう。今日も職場に行かなくてよい日であり、朝起きてから、瞑想をし、部屋の掃除をし、本を読み、再び瞑想をして、今このPCをいじっているところである。

 瞑想をしている際にふと思ったことがある。ひとつは瞑想ができるということはとても素晴らしい環境にあるということ。多くの人が日々の仕事に追われ、自分自身を振り返ることもできない中で、こうしてじっくりと自分自身を振り返ったり、無になったりできることはとても贅沢なこと。この豊かな時間を持てることは何とありがたいことだろう。

 そしてもうひとつは、今の僕の生活は、ある意味僕自身が描いた理想的な生活をしており、これはひとつの頂上ではないかということ。今の職を得る前に僕が望んだことは祖父母の入浴介助をすること、みかん作りをするために、週4日ぐらいの仕事を得たいと思った。そしてできることならば大好きな故郷のためになる仕事をしたいと思った。そしたら今その通りの仕事をしている。まさに意識が現実を創造しているがごとくの生活なのだが、このままこの世界に甘んじていてよいのかな?とも思った。

 今の社会は持続不可能な世界だから持続可能な世界に変えたい。まちなかロハスな生活がしたい。地球と人が共生・共発展していける世界をつくりたい。できることならば僕自身で切り拓いていくという感覚が欲しい。なんてことを思っている自分がここにいる。

 これは次なる頂上を目指しなさいってことなんじゃないだろうか。今僕がひとつの山の頂上にいて、そこからの眺めを存分に楽しんでいるとしたら、このまま飽きるまで、この眺めを楽しむのもよいのだろう。きっと飽きることなく楽しめる風景なのだから、このままここで年を取っていくという選択肢もある。けれどもひとつの頂上には来たけれど、そこからまた道がある。それはまた更なる高い山の頂上へと続いているんだな、これがまた。

 かつて勝手に修剣道と称して朝から夕暮れまで1日中山の中を駆け巡っていたことがある。その時はひとつの山の頂にたどり着くと、その場で般若心経を唱えて、すぐに次の峰に向かうということをしていた。今ではそのような体力もすっかり失せてしまったけれども、なんだかその頃の気持がうずいているようだ。

 こりゃ、きっと次の峰に行くしかないということだな。

 今の職場の契約満了まで4カ月半。もともと2年間の契約。それまでに今の職場で僕ができる最高のモノを残して、&それまでに次なる頂へ踏み出す準備をしっかりして…、行くしかないな。

 僕なりの豊かな人生を歩んで行くためには動くしかないということだ。

 「意識が現実を創造する。」

 ならば次なる現実を創造するしかないか。



 

2012年11月10日 (土)

世界は動いている

 アメリカのコロラド州等で嗜好用マリファナ合法化の住民投票が実施され賛成多数で合法化された。

 世の中動いているね。医療用大麻はこれまでにアメリカの17州で合法化されているそうだが、今回は嗜好用というところが大きなポイント。

 早速マリファナツアーだとか言っている人もいるみたいだけれど、そんなことはどうでもいい。ただ日本でもこれを機会に公で議論がされるようになってくれるといいと思う。そしてできるならば医療用大麻が認められるようになればいいと思う。

 僕は基本的に産業用の大麻あるいは神道としての大麻には非常に興味を持っているけれど、嗜好用としての大麻には全くもって関心がない。いくら副作用がないといっても現実にはそれでもって快楽を求め、現実を逃避している人がいるのも事実であり、そこをプッシュしたいとは思わない。けれども、そのような人達も現代社会について行けないが故に、そのようになっているのならば考えなきゃいけないと思う。

 今の僕にとって大麻とは日本をエコロジカルな国に転換するための必需品だと思っているし、本当に神道を復活させるためには大麻が不可欠だと思っている。そのために日本人の大麻に関する意識が変わって欲しいと思っている。

 かといって60年間マインドコントロールされ続け、鎖でがんじがらめにされている状態なので、いくら正論を述べたとしても、そこにたどり着くにはまだまだ大変な道のりがあるのかもしれない。

 それならば今回のアメリカのケースでもって色々な人が関心を持ってくれて、真実を知るようになる。あるいは、多少なりともクールな感覚で近づくことができるならばそれでよいと思う。

 僕に言わせれば大麻はプレディアス星からの贈り物。そして神と繋がる神聖なる植物なのだから、これ以上大切なものはない。けれども闇の勢力にとっては、誰もがそう簡単に神戸の世界、高次元につながってもらっては困ること。れでもって一般ピープルはこの次元にとどまり続けろというわけで禁止されたモノ。

 闇の勢力が弱くなりつつある今日この頃。これから大麻が注目されてくるのは間違いない。

 本来ならば神道総本山日本でもっと大麻があがめられなきゃいけないのに、覚せい剤と同列に並べられ、「ダメ、絶対ダメ」の痲薬として扱われるこの不思議・・・。

 でも今回「住民投票」でその是非を問うたということは、有権者の過半数が認めたということは、それだけ大麻が覚せい剤などの薬物ではないこと、またタバコやアルコールよりも中毒性が低いものであることがアメリカ人には理解されているということを意味しているのだろう。日本人もここの所を考えなきゃ。遅れているぞ日本人。

 こんなことまでアメリカ人に教えてもらわないといけなくなってしまったのか。ホンマ対米従属だけでなく、抱っこにおんぶ状態だ。

 まあいずれにしろ大麻は解放される方向に向かっているには違いはないのであるが、人間社会の持続可能性を考えたならば、1日でも早くした方がいい。今では持続不可能のタイムリミットがどんどん近づいているのだから。

 どこかの政党がマニフェストに掲げたら、きっと多くの人が注目するだろうにね。日本人を不幸に導く政治家ばかりなのだから、ジャンヌダルクとなり反旗を翻す人がひとりぐらいいたっていいだろう。

 これから世界はますます動いていく。



2012年11月 7日 (水)

対極

 ここ数週間に数冊の本を読んだのだけれども、そのうちの2冊。

 1冊は「エコノミック・ヒットマン」ジョン・パーキンス著(東洋経済新報社)。

 もう1冊は「アナスタシア」ウラジーミル・メグレ著(ナチュラルスピリット)。対極の内容であり、似ているところもあり、ということで。

 「エコノミック・ヒットマン」の帯には「表の顔は一流コンサルティング会社のチーフエコノミスト 裏の顔は工作員」。「アメリカだけが繁栄するために、今この瞬間も世界中でエコノミック・ヒットマンが暗躍している!」

 カバーには「・・・私の仕事には主要な目的が2つある・・・。第一に、巨額の国債融資の必要性を裏付け、大規模な土木工事や建設工事のプロジェクトを通じてメイン社ならびに他のアメリカ企業に資金を還流させること。第二に、融資先の国々を破綻させて、永遠に債務者のいいなりにならざるをえない状況に追い込み、軍事基地の設置や国連での投票や、石油をはじめとする天然資源の獲得などにおいて、有利な取引をとりつけることだ。・・・」ということで、開発援助の裏側を描いた作品。

 一方「アナスタシア」の帯には、「シベリアの森の美女アナスタシアの教えがあなたの生き方を変え、地球を変える!」。

 カバーには、「1995年、響きわたるシベリア杉、リンギング・シダーの謎を追う実業家ウラジーミル・メグレは、オビ川のほとりで孤高の美女アナスタシアに出会い、タイガの森の奥深くで不思議な3日間を過ごす。たぐいまれな美貌と叡智と超能力を備えたアナスタシアが語る、人間と自然、宇宙、そして神についての真実とは・・・?」とある通り、シベリアのタイガの中で生まれ育った女性から教わる本来の人間の姿、人間と自然、あるいは地球、宇宙との関係を説いた作品である。

 片や自国の経済的利益・企業利益を得るために、途上国と呼ばれる国の開発援助と称して、その国の自然も人物も容赦なく破壊していく。そして本来その国を守ろうとする者が、悪者としてプロパガンダされ、失脚あるいは殺害されていく。

 この本を読んで、いかにこれまでの自分がプロパガンダに乗せられ、真実を覆い隠され、そしてそれが正義であるとばかしにマインドコントロールされていたことについて考えさせられた…。

 筆者のジョン・パーキンスは自分が行うその国の自然を破壊し、対立をおこし、資源を巻き上げるというその仕事に対する罪の意識に苛まれ続け、この本を執筆するに至ったそうだ。

 筆者がエコノミック・ヒットマンとして活躍したのは60年代70年代であるが、時代を振り返れば、それ以降の方がエコノミック・ヒットマンがますますの大きな働きをしていることが分かる。そしてそれはアメリカだけでなく、今では世界各国エコノミック・ヒットマンだらけだ。

 僕らは今もエコノミック・ヒットマンの策略にはめられている。誰もが知っている有名メーカー。

 こうして地球環境はどんどん破壊されていくのだ。

 一方アナスタシアは、森の中で指をならせば、リスが木の実を持ってきてくれる。おまけに皮まで剥いてくれる。夜の寒さの中では熊が来て温めてくれる。透視能力を使えば、どの世界も見ることができる。
 
 人間の本来持つ能力は無限に近く、その能力を伸ばしていけば、それだけで自然と一体化して生きていける。現代人の行っている行為がいかに無駄であり、害悪であるものか。そんなことを教えてくれる本だ。

 すべては生きとし生けるもの。すべてに生命が宿り、僕たちを守り、導いてくださる。

 「エコノミック・ヒットマン」は筆者の実体験をもとにノンフィクションとして書かれた本であるのに対して、アナスタシアが本当にいるのかどうかは分からない。

 あの極寒のシベリアで薄着で暮らしていけるものなのか・・・?狼もいれば、熊もいる。そんなところで子供の時からひとりで暮らしていけるものなのか・・・?

 それともこれがまさに思いこみであり、人類数千年のマインドコントロールなのか?

 地球を守りたい派の僕としては、エコノミック・ヒットマンの話はこれまでの事実として受け入れるとして、これからはアナスタシアの生き方を学びたい。いや、そうしなければならないのだ。

 今の世界は持続不可能な世界。これを持続可能な世界に変えていかないと、今の人類の未来は途絶えてしまう。

 一度にアナスタシアになることはできないけれど、できることから始めていこう。

 アナスタシアのホームページは ↓
http://www.anastasiajapan.com/


らいふあーとのホームページは ↓
http://elifeart.eco.coocan.jp/


2012年11月 1日 (木)

夢かもしれない。夢であってほしい。いや・・・。

「そのお金は使えません。」
「当店では金もしくは銀との(物品)交換となっております。」

 ある日、いつものようにスーパーに夕飯のおかずとしてお刺身と大根を買いに行き、レジで1万円札を出したところ、店員から言われたら?

どうします???

 日銀が市場への更なる追加緩和を決めた。今回は11兆円とのこと。ついでに金融機関に年利0.1%で無制限にお金を供給する「貸出基金」を創設だって。

 といわれても、一般庶民の僕には「11兆円?すごいねえ。」「0.1%で無制限。自分にはいくらで貸してくれるの?」と思う程度で、その実感なんて全然わかないのだけれど…。(市場では額が期待はずれと言われているみたいだけれど…。)

 ついこの前も同じようなことをニュースで言ってたなと思い、新聞を読んでみると9月の実施に続き・・・と、今まだ10月やないか。毎月毎月そんな夢のような金額をつぎ込まないとやってけないなんて、日本どうなってんや?

 アメリカもEUも無制限の供給とか言ってたし、日本もその追随というか、脅されたのやら・・・。日本ももう世界のジャブジャブ(資金供給)政策から逃れないなと思うばかし…。地獄へ道連れ・・・(byQUEEN)。

 Another one bites the dust.

 EUにしろアメリカにしろ市場への資金供給の期間は短くなるばかり。そしてその供給量もどんどん増えていく。そして政策の効果はどんどん薄まるばかり。まさにシャブ中状態。資金供給ジャブジャブ政策ではなく、今や資金中毒シャブシャブ政策。

 そのシャブ中仲間に日本も引きずり込まれ、今では大企業の代表者は「シャブをくれー。シャブをくれー。」ってマスメディアの前で、つまりは国民にも向かって堂々と言っている。

 世界は今やシャブ中者であふれている状態なのだ。すぐに禁断症状が出て、幻覚を見始めるのだ。よくシャブ中状態の幻覚として自分の腕の皮膚の下を大きな虫がもぞもぞと這い上がって来る、あるいは突然誰かが襲いかかって来るようなことが言われるけれど、このシャブシャブ政策で世界は一体どのような幻覚を見るのだろう。分からない。けれどもそのシャブをもらっている輩達は毎晩悪夢にうなされることは容易に想像がつく。

 え!、もう今のこの世界自体が幻覚症状に入ってるって?ということは僕らも既に幻覚中?なぜならその輩の1人は日本なのだから。

 そう、僕らはそのシャブ中国家日本の中にいるのだ。だから何らかの形で一般庶民の僕たちにも影響がある。僕らはその禁断症状から抜け出すために、一苦労もふた苦労もしなければならない。もしかして地獄の苦しみかも・・・。お~怖い・・・。

 そしてそのシャブの正体は紙幣つまりはお金であるからして、今現在のお金がにっちもさっちもいかなくなるということだ。諭吉さんは白い粉になってしまったのだ。お金を抜かなくちゃいけないんだ!さもなければシャブ中の行方は!

 ある日お金が突然使えなくなる。

 「その紙なんですか?うちでは使えません。」。なんてホントに言われる日が来るかもね。

 その日のために準備しておかなくちゃ。準備しておくといっても、モノをため込むことじゃない。そこで必要となるのが豊かさ、多様な豊かさを持っておくことなのだ。(この話は後日また。)

 まあでもとりあえずは、腹が減っては戦にならぬというところか。カップラーメン1年分保存しておくか・・・。今度は化学物質中毒になってしまう!

 あ~こんなことを考えて(想像して)しまう僕こそがシャブ中なのか?2,3日前からリンパ腺がはれて痛いし・・・。妄想。妄想。もうそう。

But I’m ready、yes I’m ready for you.
I’m standing on my own two feet.


ところで、
 最後に、ちなみにシャブ中とは痲薬中毒のことですが、大麻ではありません。大麻は痲薬ではありません。それどころかもしかするとそのシャブ中から抜け出すのには大麻こそが必要なのかもしれません・・・。


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