« 狂った社会 | トップページ | みかんへの愛 »

2012年8月 1日 (水)

高気密

 僕が棲んでいる家は築60年以上経過するみた感じもそれ相応の木造建築なのだが、最近その倍以上の築130年の古民家を時々訪れる。

 この古民家で時々カフェがオープンするので行っているのだが、この時期訪れると割と涼しくていい。この趣ある床の間に、古き家具なども残されており、この古民家で寝そべっていたら気持よくれるのにと思いつつ過ごしている。

 130年の歴史を感じさせるのもそうなのだが、古民家とは基本的に夏向けに建築されているので、作りも涼しげだ。もちろん安っぽい作りということではなく、僕が訪れるこの古民家は、かつてはこの地域の地主的存在で、銀行を作った人だから、当時はかなりの立派な家だった。なんたって女中部屋があるぐらいなのだから。

 ところで最近の家はどの家も高気密がうたわれている。確かに外から見てもどこからも隙間はなさそうで、スズメが巣を作る隙間も全くなく、これではスズメが減少するのも無理ないなと思える家ばかりである。唯一空気孔として、小さな換気孔がポッコリと設けられており、そこから空気の出入りがあるばかり。

 これらの家はみた感じ、空気の通りの調節している様子もなく、屋根と天井の空間もあまりありそうもなく、エアコンで温度調整するのが基本とされているのだろう。つまりは電気器具でもって温度調節をして、その中の空気が逃げないように高気密としているのだろう。

 ところが3.11の原発事故以来、世の中は節電を要請することとなってしまった。

 さて日本の古民家が何故夏向けに設計されているかというと、やはり日本の蒸し蒸しした湿度が高く、気温も高い日本独特の夏を考えて、この夏の気候をいかに快適に過ごすかを考えてのことだと思う。それ故日本の古民家は高気密とは正反対で隙間がいっぱいにとられているのだと思う。そこには風が流れ、風鈴があれば涼を感じられる。

 そして冬になれば、当時は基本的に土間があり、ガスのないころは火を焚いての作業もあり、また囲炉裏など暖をとるものならあるとのことで、また火を使うということで空気の入れ替えということも考慮して、隙間のある家の設計だったのだろう。

 さて高気密の家では、電気器具を利用する事が基本なので、暑さ寒さも電気器具でもって調節してくださいということになる。その代り電気器具で調節した温度はなるべく逃げないようにします…っと。

 もちろんその根底にはエネルギーはいくらでも使えるもの。現代のモノを使って人間に快適さを与えるという、モノベースの豊かさの測定があったのだろう。まさか原子力があんなことになって、電気を節約する要請が出るとは夢にも思っていなかっただろう。

 さてそんなことを考えていると、はたして現代の建築がいいのやら…と思ってしまう。科学的にできた壁、化学物質たくさんの作り・・・。電気製品使用を前提にされた家。いいのかな。

 しかしそんなことを考えていると、ワンルームマンション、2階建てコーポの2階の部屋・・・そんなことを考えてみると、ゾ~っとするどころか、汗が噴き出てきそうというか、とにかく入りたくないと思ってしまう。

 現代のモノって基本的に電気を使うことが前提として作られているものが多い。再考の必要ありだ。

 とにかく、神は僕たちにもう一度自分たちの生活のあり方を見直す機会を与えてくださった。素直に、そして謙虚に今一度自分の生活を見直してみる必要があるのだろう。

 夜は窓開けて、アイスノンでも枕にして眠るのが一番だ。



 

« 狂った社会 | トップページ | みかんへの愛 »

文化・芸術」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事