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2012年8月19日 (日)

子供たちはなぜ・・・

 電機メーカーのシャープが瀕死の状況だ。かつては液晶テレビで「世界の亀山」として誇っていたものが、今や1万人規模のリストラに、資産売却、事業部門も売却と、どんどん解体されていく。大手電機メーカーがあっという間に解体されていくその姿は明日の日本国家の姿のようにも感じる。

 「大企業」。かつては安泰と高給が約束されていると思われていたものが、今では無残な姿へと変貌している。今やちょっと「赤字計上」という言葉が出てくれば、即「○○○人リストラ」という言葉が出てくるぐらいだから、大企業へ勤めているからと言って、「安定」という言葉はない。

 それなのに未だにニュースでは毎年「学生に人気企業ランキング」などやっているのは、よほどネタがないか(その企業の)時代が止まっているとしか言いようがないんじゃないだろうか。その企業が5年先に存在しているかどうかさえも分からないのが今の時代なのに。

 JAL、エルピーダ、シャープといい、そして今や危ないといわれる某都市銀行に大手証券会社・・・。かつては日本を代表する企業が無残にも崩れていく。それでも今も多くの学生たちは就職先にの条件として「安定」を求めている。この国に10年先も安定している(大手)企業などあるのだろうか?。ないだろう。

 そうすると安定を求めている学生は公務員へとますます流れていくのだろうか。けれども公務員だっていつまで安定しているかは分からないはずだ。表面だけで900兆円もの借金を抱えたこの国で、いつまでも公務員がヘラヘラしていられるはずもないだろう。リストラという言葉は出てこないとしても、まもなく給料50%削減やワークシェアリングということが言われ始めるのではないだろうか。

 今やどこに行っても安定というところはないのだ。もちろん人間の欲求として「安定」は当然ながらある。けれどもその人間が作りだした現代社会に「安定」はない。笑えるぐらい大きな矛盾が生じているのが現実なのだ。

 では「安定」がないならばどうすればよいか。僕たちは「変化」の中で生きていくすべを身につけるしかない。そして変化の中で生きていくために求められるものは柔軟性であり、発想力、応用力そして変化の先を読み取る力だ。

 それらを身につけるには様々な経験をすることであり、それは決して机上のだけで得られるものではない。しかし残念なことに今でもこの国は机上の学問を重んじている。現実としてそれはかつて以上に重んじられているのではないだろうか。今や小学生のころから塾通いなど当たり前になりつつあるのだから・・・。

 はっきり言ってしまえば、これから先の時代の変化は、塾では教えてもらえないし、塾など何の役にも立たない。それなのに親は子供を塾に通わせるのは、親に先を読む力がないし、親自体が自分自身で考えられなくなってしまっているのだ。親自身が大企業病にかかってしまっているのだ。と、言ってしまうと、親から怒られそうなので、今でも親たちは子供の(将来の)安定を願うあまりに、「塾へ行き、勉強して、安定した人生を」となってしまうのだ。

 それでは今子供たちに必要なものは何か?それは「塾」ではなく、おもいっきり遊ばせることである。それも自然の中で自分たちの手や足、そして体全体を使って遊ばせることである。そこには道具などなくてもいい。とにかく自由に、少々の痛い目は覚悟して遊ばせてやることである。親は黙って見ているだけでいい。よほどの危険がない限り、親はじっとしていればいい。大人の小細工なんて不要だ。もしかすると必要なのは大人の我慢かもしれない。

 そうして子供たちは自由に遊ぶことによって、自由な発想ができるようになり、また想像力豊かとなり、創造する力もついていく。自らの力で学ぶようになる。その力をつけて初めて大人の経験をプラスしてやればいい。

 きっとその子供たちは柔軟性があり、発想力豊かで、自らが考え動く「人間」として育っていくことだろう。

 「偏差値」。大企業に今でも入るには高くなくてはならないのかもしれない。けれどもそれが本当に子供の幸せとなるのか・・・。子供にとっての本当の幸せは何なのか・・・、有名企業に入ることでもなければ、それを親が用意することでもない。幸せはその人1人ひとりがつかんでいくものなのだから・・・。

 がんばれニッポン。大企業がどんどん潰れていったとしても、僕たち自身の手で新しい日本を創造していくしかないのだ!!




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