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2012年4月

2012年4月28日 (土)

大志は何処へ?

 近頃は再び終身雇用を願う若者が増えてきたとのこと。そんな記事を発見した。新入社員の6割の人が今の会社に一生働き続けると思っているそうだ。なんだかさみしいね。以前はマスコミに踊らされたというのもあるのだろうけど、それともこのご時世そう答えた方が得策と考える若者が多いのか。

 自分のやりたいことのためなら、転職厭わぬ派の僕としては、若い人達は一体何のためにこれからの人生を生きていくのだろと思ってしまう。

 もちろん新卒で入った限りは、最低会社に利益をもたらすまではちゃんと努めるべきだと思うし、その仕事が本人にとってやりがいのある仕事ならばずっと働き続ければいいと思うのだが、もしも自分に合わない仕事だけれども、安定してるし、お金もらえるし…なんて考えるならば、悲しいこと。

 今日インターネットラジオの中で「奴隷とは、意に沿わないことでも金のために仕事をすること。」と言っていた。奴隷が増えなきゃいいが・・・。

 ちなみに企業成功のエッセンスとは「終わりなき改善精神」だそうだ。彼らに果たしてその精神があるのだろうか?あればいいのだけれど、なければ本人も会社もかわいそう。
 
 またまたちなみの僕のモットーは僕自身が楽しむこともそうだけど、雇ってもらう限りは会社(職場)にも貢献し、自分の給料(諸経費含む)以上の利益はもたらします。その自負は持ってます。100万円もらえるなら1000万円の価値を産み出すというぐらいの気概でおります。(来年4月からのお仕事探しておりますのでご興味ある方はご連絡を…。) でもそこに僕がいる価値がない、あるいはそこにいても僕自身が成長できる機会がないと思えば去りますが…。

 以前「働くってこと」と題して書いたことがあるけれど、僕には「働く」事の概念が「社会や地球に貢献する」ということに変わってきていると思っているのだが、間違いなのだろうか…。いや、間違っていないはず。残念ながら大半の若者たちは流されたいるのだ。マスコミや世間に流され浮世の流行に取りつかれてしまうのだ。仕方がないことなのかもしれない。

 けれども少ないながらも確実に世界の流れを敏感につかんでいる若い人たちがいるのも確かなこと。そんな若者が増えることを願うし、僕なりに応援させてもらおう。

 確かに今は世間一般では不景気なカゼが吹き荒れている。だってそれは資本主義が終わろうとしている中で、ひたすら何とか維持させようとしているだけだから。たっぷりとこの資本主義の中で美味しい蜜を吸った人達は手放そうとはしないだろう。それにみんな付き合わされているだけなのに…。

 この資本主義が崩れたら一時的には混乱があるだろうけど、乗り越えたその先にはいい世界が待っている。希望の持てる世界だ。意識次第でどんどん向上している世界。

 一生喰うだけに困らぬ給料がもらえる職場で、安定した生活を送っていければいいいやと思っているあなた。とりあえず映画「スライヴ THRIVE」でも検索して見てください。そんなあなたには何も感じないかもしれないけれど…。


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2012年4月25日 (水)

NOという子供たち

 新聞に大学で道徳教育重視という記事が出ていた。近頃は教室の備品を勝手に持ち帰ったり、試験中にトイレに行き携帯電話等でカンニングをしたりと、いろいろな場面でモラルの低下が見られるとのこと。

 近頃の学校って何を教えているのだろう。道徳って小学生の時に習うものだと思っていた。6・3・3の12年(6・6とかあるのだろうけれど…)、子供たちは何をしているのだろう。

 と思いつつも、僕自身を振り返ってみればもう20年前になるが、試験前にひたすらカンニングペーパーを作ったし、学校のトイレのトイレットペーパーを持ち帰ったことがある。それを思い出すと、僕はその先駆けだったのかとも思う。自称インディゴチルドレンの先駆け的人間としては…。

 けれどもそれでも大学で道徳は習わなかったが今こうしてまともに(?)生きており、一人前とは行かないけれども、人さまに迷惑をかけないように生きている。そう考えると今の大学生も20年後にはそれなりに生きているかもしれない…。

 こんな僕に言う資格がないのかもしれないのだが、そもそもこのような問題が出ること自体、教育のシステムそのものを変えなきゃいけないのではないだろうか。

 最近僕がよく耳にするのは僕の身近なところでも、子供たちが学校へ行かなくなった。不登校になったということ。先日もひとり不登校の中学生にあうことがあった。特に問題のあるような子でもなかったのだが…。

 僕が言えることは確実に子供たちは頭でなくもっと別のところで変化を感じているということ。インディゴチルドレンは社会の体制にNOというために生まれたきた。クリスタルチルドレンは聖なる存在、レインボーチルドレンはその生まれてきた使命を知っている神聖なる存在。そんな彼・彼女達は現在の教育に対して間違っているということを分かっているのだ。

 現在の教育が社会に会うために様々な試みは行っているのだろう。けれどもその教育は旧体制のものが根底にある限り、表面の改革だけでは意味がない。すなわちマインドコントロールされた教育。システムの中での従順・順応が根底にある限り、いくら個性を大切にすると言ったってそれは皮一枚の世界。

 金融・人間優先の化学技術経済となっている中の、一皮むけば人間のエゴがあふれだし、競争を善とし勝者のひとり占めが許される世界。そんな世界の中でそのシステムをベースにした教育にNOを突き付けるのは当然のことだろう。

 人間それはほんの小さな存在。そして僕らはまだまだほんのわずかのことしか知らない存在。しかしながら同時にそのひとり1人はかけがえのない存在であり、大きな存在でもある。そしてその人間もこの地球の中でこの地球によって生かされている存在。僕たちは地球のお世話をする係であり、そして共に生きていく存在。そこには眼に見えない微生物から、手のひらに乗る虫や小動物、そして人間の何倍もあるゾウやクジラまでもが生きている空間。

 あるいは何万光年も続く宇宙のすべての生命体の中にある、このひとつの空間。そしてこの次元。僕らは幾重にもの不思議な空間の中で生きている。その中でできることは祈ることであったり、感謝することであったり。

 もちろん時にはその謎を解くために切磋琢磨する。けれどもどんなにその謎をひとつ解こうが、次なる謎が現れる。僕らはそのような世界に生きているのだ。

 僕たちは真実を知れば謙虚にならざるを得ない。それが嘘に塗り固められたシステムをベースにおいている教育である限り、子供たちは反抗する。そして社会に“NO”つまりは問題を突き付ける。



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2012年4月22日 (日)

つなぐ・育てる

 最近の僕の中にあるテーマ。「人と人をつなぐ。人と地球をつなぐ。そして心を育てる。」

 今僕の頭でこの言葉がグルグル回っている。このテーマで僕に何ができるだろう。まだ何も見えてきていない。けれども何かできそうな気がして…、ワクワクしている。そして今ひたすら思いを凝縮している。

 人間思いを巡らしそれを凝縮すれば、ある時ふとそのことについてよいアイデアが浮かんでくるから不思議。天の啓示とでも言うべきか、見えない世界(5次元世界)からお助けがやって来る。きっと僕らは高次元とつながっているのだろう。

 僕は今人と人をつなぎたい。それはなんだか新しいことができそうだから。社会にはすごくいいことをしようとしているのに、それが知られていないためにうまくいっていない人が多い。そこに関連ある人達をつなぐことができたなら、社会のよくなるスピードも確率も高くなる。

 人と地球をつなぎたい。今まさに地球は危機的状況にある。というより人間が危機的状況にある。実は地球にとって人間がいようといまいと関係ないのだ。地球に人間がいなくとも地球自身は生きていくことができる。けれども地球と人間が共に歩むことができれば、それは地球にとって地球自身だけよりも、よりよく発展していくことができる。そのことを人間に分かってもらいたい。

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2012年4月20日 (金)

エゴ

 ニュースで秋田のクマ牧場の事件のことを知った。クマに女性従業員2名亡くなられたことはすごく痛ましいこと出来事。お悔やみを申し上げたい。

 けれども僕が疑問に思うことは脱走したクマ6頭が射殺されたということ。何故射殺するのかと…疑問だらけだ。僕からすれば人間のエゴに過ぎないのではないかと思えてならない。人間はそんなに簡単に生き物の命を奪ってよいのだろうか。

 ニュースでしばしばクマが現れ射殺したということを聞く。クマが襲ってくるのは恐ろしいこと。でもそのクマが人間のすむエリアに出てくる原因の多くは人間にある。人間がクマの生息地まで進入したこと、そしてクマの食料となる山を荒らしたこと。それゆえクマは人間のエリアに出てくるようになり、そして殺される。
 
 人間を襲った生き物は何でも殺していいのだろうか。人間にクマを殺す権利はあるのだろうか。このままいくと日本のクマもやがて絶滅するのだろう。もし残るとすれば北海道のヒグマぐらいじゃないだろうか。

 人間はこれまで数多くの種を絶滅させてきた。その数をあげれば相当数になるのだろう。絶滅しかけると人間はあわてて絶滅危惧種と指定し、今度は守ろうとする。これもエゴ。そこまでしたのは自分たち人間ではないか。人を襲えば殺す。殺しすぎたら今度は保護する。なんて身勝手な生き物だろう。

 世の中の仕組みとして、自分が行ったことはいずれ自身の身に帰って来るといわれている。だからいずれ人間は滅びる運命にあるのかもしれない。前文明で人間が原始時代からやり直したように。

 そしてもうひとつ。射殺されたクマがニュースの映像でちらりと映されていた。何故もっとしっかりと映さないのだろう。これが人間を襲いもしたが、人間によって殺されたクマであると。

 あまり映さないのは教育上よくないとの判断かもしれない。でも本当にそうだろうか。しっかり映して、それぞれがどう思うか、それぞれが考えた方がよいのではないだろうか。その映像は子供が見たら泣き出すかもしれない。けれども生き物を殺すそのむごさを知ることは必要なことではないだろうか。

 僕は小さいころ多くの小動物を殺してきた。カエルに始まり、トカゲ、魚、そして鳩など。今考えれば随分むごく、無意味な殺生をしてきたものだと思う。けれどもだからこそ今生き物の生命を大切に思える。ある意味小さな生命が犠牲となり僕にそのことを教えてくれたのだとも言える。

 自然界の中に幸せな死などないのかもしれない。老衰で穏やかに息を引き取るってことなど少ないのかもしれない。自然とは優しくもあり、むごくもある。だから人間の仕打ちは仕方がないとも言える。

 けれども人間は優しくありたいと思う動物でもあると思う。現に僕たちはできることなら幸せな死を望む。それなら他の生き物の死のあり方も時には考える必要があるのではないだろうか。

 世の中矛盾がいっぱいだ。かく言う僕も晩御飯に、豚肉、鶏肉両方食べ、美味しいと思った。

 この時点で僕にはこんなこと言う資格はないか・・・?

2012年4月 8日 (日)

ライフシアター~死んだら映画館へ行きます~

人間死んだらどうなるのでしょう?臨死体験をした人たちによると、光の世界に入っていったとか、お花畑に行った、あるいはタイムトラベルをしたなど様々な体験談が述べられています。一体どれが本当なのか、正解は本当に死ぬ時にしか分からないのかも知れません。


死ぬときに際して次のような話があります。それは、あなたが人生を終えた時、最初に行くところは映画館だというのです。そこにはあなたの身近だった人~お父さんや、おばあちゃんなどあなたよりも先になくなった人々~が大勢おり座席に座っています。そしてあなたが中央の席に座ると同時に映画が始まるのです。

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その映画はあなたが今世の生まれる瞬間~あなたが母親の体内から出てくる時~から始まり、あなたの人生が終わる時~魂が肉体から離れるとき~までがずっとスクリーンに流れ続けるのです。母親に抱かれたときから始まり、小学校へ入学し、学校を卒業し、就職し、結婚し、子供が生まれ、出世し、退職し、ボランティア活動を始め、死を迎えるまで、要するに今回のあなたの3次元世界での一連の姿(人生劇場)がずっと流れ続けるのです。


そしてそれを見ている周りの人、あなたの身近な人々は、笑うこともなく、声を上げることもなく、最後までずっとその映像を見続けるのです。もちろんあなたもその映像を見続けるのです。そこにはかわいらしい姿もあれば、勇敢なる姿もあるでしょう。中には恥ずかしげな姿、みんなには見せたくない姿もあるかもしれません。それらすべてがみんなの前に映し出されるのです。そしてあなたを含めみんなであなたの今回の人生を振り返るのです。


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あなたはその映像を見てどう思うでしょうか。私は今回の人生よく生きたなと思うでしょうか。それとも恥ずかしくて穴があったら入りたい、と身を縮める思いがするのでしょうか。


あなたが死を迎えるとともに映画は終わります。終わると同時にそこにいる人々は座席から立ち上がり、ひとりひとりあなたを見て微笑みかけ、頷き、そして映画館から出ていきます。褒めたたえるわけでもなく、批判するわけでもなく、ただ優しげなる瞳であなたを包み込むようにみんなはあなたのことを見て出ていくのです。その一人ひとりの姿があなたにはとても印象的に残ります。


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やがてあなたは思い出すのです。あなた自身が今世で生まれてくる前に計画したことすべてを。今世ではこんな経験をして、こんなことを果たし、そして魂を成長させると計画したあのときのことを思い出すのです。そしてみんなに見送られながら(3次元世界へ)飛び立っていった時のことを思い出すのです。さああなたはその計画を果たすことができたのでしょうか。


そしてあなたはどう思うでしょうか。もう一度やり直したいと思うのでしょうか。それともよくやったと思うでしょうか。しばらくは魂のままでいて少し休んで、それから再びじっくり計画を考えようとするでしょうか。あるいは即次なるステージにいくことを決めるのでしょうか。


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輪廻転生。魂は永遠であり、3次元世界での体験を繰り返します。そう何度も何度も繰り返すのです。そして魂を成長させより大きな世界へと向かっていこうとするのです。ワンネスと呼ばれる世界へと向かっていくのです。


けれども今世の肉体(その姿)そしてその名前でのあなたは一度きりです。それは二度と取り戻せません。いくら再び生まれ変わっても、ひとつ前と同じ肉体、同じ名前をもつことはできません。たとえ顔は似てたとしてもどこかが違います。万が一名前が一緒になったとしても、そこで体験する世界は違うのです。


だから今あなたは貴重な時を生きているのです。その姿、その名前、それは一度きりの特別な時なのです。さあ生まれた時から現時点のあなたを振り返ってみてください。もし今あの世に戻った時に誇りが持てますか?映画館の椅子に堂々と座っていられますか?


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「終わりよければすべてよし。」という言葉があります。どんなにこれまでがよくなかったとしても、最後をしっかりと締めくくればすべてよしとなります。あのマザーテレサも「人生の99%が不幸だとしても、 最期の1%が幸せならば、その人の人生は幸せなものに変わる。」という言葉を残しています。とても響きのある言葉です。そしてそれは真実です。


けれどもどうせならば、最後の1%だけでなく、最後の5%~10%、できることならばより多くの部分を誇りを持ちたいと思いませんか?もしそう思うならば今から始めてみるのはいかがでしょう。今からでもその映画を誇り高きものとできるはずです。たとえ前半が恥ずかしいものであったとしても、後半が、あるいは最後が誇りが持てるものならば、前半のその姿も笑ってみることができます。映画ってそういうものが多いではないですか?


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いかがでしょうか?もし賛同されるならば、そのためにまずは意識の向上から始めましょう。なぜなら意識が変われば行動が変わってくるからです。


じゃあ、どうすれば意識が変わるか? ですって…。


大丈夫!これを読んでそう思った人は、すでに意識が変わり始めています。なぜならこれまでの人生を振り返ってみて、恥ずかしい、変えたいと思ったのですから。あとはどのような人生を描くか?そしてそれに向かって進むだけです。


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さあ、今から人生をアートしましょう!





らいふあーと~僕らは地球のお世話係~

2012年4月 1日 (日)

その常識は

 普段僕たちがあたりまえって思っていることが間違っていたとしたら、しかもそれが身体に悪い影響を与えていたとしたらどうしよう。自分自身の体ならあきらめがつくかもしれない。けれどもそれが我が子の体だったなら、良かれと思ってしていたことが我が子や子供たちに悪い影響を与えていたとしたら…。

 由井寅子さんの講演を聴いてきた。由井さんは日本のホメオパシーの第一人者。ちなみにホメオパシーとは、「ヨーロッパでの伝統医療」「体に害のない自然療法」「西洋版の漢方薬」となるでしょうか。同種療法と訳され「症状を起こすものはその症状を取り去ることができる」を基本とし、「症状を起こすものを非常に薄める事でその毒性を無くし、ゆえに体に優しく、そしてそれは薄められてはいるものの、活力を与える事で特有の情報だけが残される」という、とても体にやさしい療法(ホメオパシーって何だろうのHPより転載)である。

 由井先生の講演はいきなり母親がレイプされ、刺されて…となんじゃこりゃ、とど肝を抜かれるようなところからスタートしたのだが、要はホメオパシーレメディを用いつつ自分の心の中の問題(インナーチャイルド)を癒しながら自己治癒力を高め自然療法的に治癒していきましょうというものであり、その成果は素晴らしいものがあるようだ。

 さて由井先生の話しの中で知的障害者の話しが出てくるのだが、その知的障害の原因のひとつに「予防接種」があることを訴えていた。予防接種のワクチンの中には水銀やら様々な添加物が入っている。それらが障害の原因となっていたとしたら…。

 毎年摂取しているインフルエンザワクチン、最近いわれ出した子宮頚がん予防接種、その他子供たちには多くの予防接種が…。それらが障害の原因だとしたらどうだろう。

 講演の中で、傷害児の映像を見た。初めは多動で大声を発する障害児が、ホメオパシーのレメディを取り、数ヶ月後には落ち着きのある子供になっていた。
 またずっと夫に虐げられ、自殺することまで考えていた女性が、やはり数ヶ月後には前向きで、夫に対しても意見が言えるようになっていた。

 もちろんこれらはワクチンだけのせいではない。しかしながらそのワクチンが原因の一つならば、そしてそのワクチンが営利のため、あるいは世界人口削減のためだとしたら、これまでの僕たちの常識は崩れていく。

 病気とは、その名の通り気が病むと書く。かつて由井先生がホメオパシーのテクニックを用い、患者さんをどんどん治癒していたことがあったそうだ。しかしながらその患者さんは数年後また同じ病気(症状)で戻ってくるそうだ。
 そこで由井先生はテクニックだけで治癒したのではいけない気づかれ、心(の中のインナーチャイルド)を癒すことに力を入れ始める。また健康は食べるものからということで自然農法による農業もおこなっている。

 この「ホメオパシー」数年前、この療法で死亡事故が起き大きくバッシングもされた。信じる信じないはあなたの考え次第。

 けれどもあなたの中にあるその常識は大丈夫ですか?

ちなみに僕は肝っ玉寅ちゃん先生を応援します。

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