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2012年3月

2012年3月28日 (水)

実現するためにある夢

 僕の最近夢見みる近未来。

 みかん畑の前のアパートの一室を事務所にして、そこを拠点に活動する。事務員さんひとりぐらい雇って、あとは家族経営。事務員さんというよりもよきパートナーだな。そしてその時々に応じていろいろな人と組んで仕事をする。もちろんひとりでする時もある。

 眠たくなった時には、みかん畑に行き、ひふみ祝詞をあげながらお散歩&休憩タイム。もちろんみかんの木と会話もする。
 みかんは人間が作っているのではない。みかんの木が自ら作っているのであり、僕たちはそのお手伝いにすぎない。みかんができれば感謝していただく。(みかんに限らず野菜もそう。)

 昼事務所にいるときは、事務員さんや家族が作ったご飯をみんなで食べる。透明なボールに新鮮な野菜がたくさん入っている。それを皿にとりオリジナルのドレッシングをかけていただく。もちろんそこに出てくるおかずはマイ畑で取れた野菜類が中心。そしてそれは自然栽培で育てられた野菜で安心・安全、間違いなく新鮮そのもの旬なもの。そや、事務所の前に野菜市コーナーを作りご近所に売ってもいいね。

 食事は楽しみながら頂く。早食いではなくスローフード。昼休みの1時間をかけてゆっくりと。ついでに10時と15時は紅茶(ハーブティー)タイム。天気の良い日は外で頂くか。時にはアパート前でバーベキューパーティーなんか開催して。夏だとビールをグイっとやる。もちろん仕事が終わってから。みんなで和気あいあい。

 和気あいあいとしているから職場の雰囲気はとっても良く、冗談もよく飛び交う。時に大笑いする。そしてその仕事はもちろん自然との共生できることであり、よりよい社会・世界を創造していくこと。だから「売り手よし、買い手よし、世間よし、自然に良し、地球によし。おまけに宇宙によし!」。みんな仕事を楽しんでおり、喜びと感謝に充ち溢れている。だからよりよいアイデアも次々と生まれてくる。

 僕の職業はライフアーティスト。日常生活を創造空間とし、人生そのものをアートとする。(ホントは誰もがライフアーティストなんだけれどね。それを広めていくのも僕の仕事)。そのような社会づくりと、みかん畑と畑づくり。半農半Xな生活。時に机にじっと座ることもあるけれど、座ってばかりではない。農業で体も動かしバランスが取れている。

 子供達が帰って来ると、近所の神社やみかん畑で遊ぶ声がする。川の水も(かつてはどぶ川だったものが)きれいになり、魚や川エビもいる。季節が来ればホタルも飛び交う。そこでも子供達は遊ぶことができる。

 週5日間働いてもいいや。好きなことやっているのだから。もしかすると仕事も遊びも区別がないかも…。残業はなく、気候のいい日は、仕事上がりに自転車で海辺まで散歩に出かける。そして週末はビーチや山に行きのんびり過ごす。(家族と一緒にいく時もあるし、ひとりで行くこともある。)

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2012年3月24日 (土)

世界は誰のもの

 高齢者福祉から飛び出しはや1年。この一年間で思い知らされたこと。それは世の中には(僕よりも)頭のいい人は五万といるということ。自分など単なる凡人でしかないということ。このことは嫌というほど知らされた。

 物事を一瞬にして解読する人、法律がきちんと頭に入っている人、そしてまたその法律をつくり出す人。論理的に分かりやすく説明する人。あっという間に戦略を描く人。などなど世の中にはツワモノと呼ぶにふさわしい人が山ほどいる。どれひとつとっても僕にはない能力。努力した時もある。けれどもないものをひたすら求めても、その人には到底至らない。

 こうやって鋭い人が増えているのはきっと教育環境も整ったお陰でもあるのだろう。きっと20年前よりもそんな人が増えているのだろう。ピーター・ドラッカーのいう知的労働者という人達だ。お陰で社会はどんどん高度化していく。今では見知らぬ人でも一瞬にしてつながることもできる。SNSなんてその代表のようなものだろう。スマートホンにしろあっという間に使いこなしてしまう。

 こうして社会はどんどん高度化し、スピード化し発達していく。しかしながらこれだけ高度な能力をつけた人が増えているにもかかわらず、社会は幸せになったと言えるのだろうか。自殺者は毎年毎年3万人を超えているのはどうしてだろう。貧富の格差が広がっているのはなぜだろう。

 子供が学校へ行かなくなったってことをよく耳にするようになった。子供の数は減っているのに、どうして学校へ行かなくなる子は増えるのだ。心理学は発展し、カウンセラーやら高度な専門性をもった人が生まれ、体制も手厚くなっているはずなのに。
 
 子供に関していうならば、少し前にインディゴチルドレンと呼ばれる子供たちが生まれ、彼らは古い(教育・社会)体制にNOを突き付けた。そして聡明なるクリスタルチルドレンが生まれ、更には神聖なるレインボーチルドレンが誕生しつつある今、高度化した現代社会は彼らに対応できるのだろうか。

 そんな社会の中に僕らは生きているわけだが、僕は今仕事をしつつ思うこと、それは百姓となり大地と共に生きていたいということ。機械などほとんど使うことなく、鍬をもち大地を耕し、種をまく。そしてその成長を見て喜び、収穫をもって感謝するという生活。そんなシンプルな世界。そんな世界でレインボーチルドレンたちと一緒に暮らしたい。現代社会について行けなくなった男の解決方法であり、妄想だ。

 金融資本主義の崩壊が見えつつある今、それは最後のあがきをしているわけだが、新しい世界は少しずつその扉を開きつつある。その開く力をもう押さえつけることはできない。そしてその扉が開いたときには、そこにはきっと僕の憧れる世界が待っている。そのためのカギとなるのはやはり意識。意識が世界を変えていく。

 

2012年3月12日 (月)

 バトンは

 かつてこのブログで「バトン」と題して書いたことがある。東日本大震災後のある日みかん畑で作業をしていた時にふと心にわき出てきたメッセージ。

 亡くなられた方々は僕たちに「この日本を、そして世界を救ってくれ。よくしてくれ。」とのメッセージ。彼らは僕たち人間を代表して犠牲になってくれた。僕たちは彼らからそのもっと平和に暮らせる世界を作ってほしいとのメッセージと共にバトンを渡されたのだ。

 さて大震災から1年が過ぎた。世界はまだまだ暗黒の世界が続いているけれども、僕自身はどうだっただろうか。この一年を振り返ると僕は地域の事に関わり始め毎日毎日が不慣れなことの連続だ。それまでとは180°違った世界に生きている。

 それでも一生懸命にやてきたことは言える。けれどもまだ何の結果も出せていない。そして本当に僕にできるのだろうかと気持が揺らいでいる。それが現実であり現状だ。

 それでもやはり震災で亡くなられた人達のことを考える。そして原発被害で故郷を離れることとなった人達、子供たちのことを考える。そうするとやはり僕にできることはとことんやりたいと思う。渡されたバトンを次の世代に少しでもよくなった世界の中で渡したいと思う。

 そしてその芽は出始めている。まだまだ暗黒世界に包まれてはいるものの、確実に新しい芽はいくつも出始めている。「朝起きると畑にまいた種が芽を出していた。」そんな世界が訪れようとしている。

 その芽はこの人間社会を新しくする力をもつ芽。地球と人間が共生することができるようになる芽。僕らはこの芽をどんどん発芽させて成長させて行くのだ。いつかきっと美しき花園がこの地球に現れる。その時にきっとなくなららた人すべてが笑顔となれるだろう。

 その日のために僕たちはコツコツ積み上げていくのだ。意識を向上させていくのだ。そしてお互いががっちりと握手するのだ。
 

 

2012年3月 7日 (水)

ボランティア脳

 福祉を愛するヒトにはボランティア精神が旺盛な人が結構いる。僕もその一人だ。社会に貢献できることが大好きだ。そして自分が社会や誰か(特に社会的弱者と呼ばれる人)のために役立っているということに喜びだけでなく誇りさえも感じる。だからボランティア好きの人は熱い人が多いのだ。

 この精神はきっと誰からも素晴らしいと言ってもらえると思う。今の世の中自分のことだけで精一杯という人が多い中で、他人のためにあるいは社会のために尽くす精神を持ち合わせるなんて素晴らしいことだ。けれども時にボランティア好きのヒトで困ったチャンが生じることもある。そのひとつが原価計算、損益計算ができない人だ。

 ボランティアに損益計算も原価計算も関係ないと思われるだろうが、単なる一ボランティアをする人としての参加ならそれで構わない。そんなものは必要ない。けれどもその人が何かの事業をする際にはこのことをある程度理解していないと大きく損をしてしまうことがよくある。実はこれまた僕もその一人なのだ。

 世の中には原価計算・損益計算などしなくてもちゃんとやっていける人もいる。その人達はおそらくもともとの感覚として上手に損益計算ができているのだろう。しかしながらボランティア好きの人にはこの感覚が欠けていることがえてして多いのだ。だから事業を始める前の計画段階ではよいのだが、いざ実施しようとすると、お金どうしようかとなってしまう。そして少々の金額負担なら自分でかぶろうかと考える。実は今の僕がこれまたまさにそうだ。

 僕は今映画会と講演会を開こうとしている。始めは障害者理解として行おうと思っていたのだが、映画の内容、講演の内容から、障害者向けだけでなく、子育て世代や一般の人も含めて、生きることそれも生きる喜びをテーマとするみんながHappyになる題名にすることにした。

 そしてそれを行うことにしたのはいいのだが、では財源はと言われると、これがまた困ったことになってしまったのだ。今のところ1000円で実施しようと思っているのだが、ひとり当たりの映画の原価が800円あまり。どう考えても会場費、講演の謝礼、交通費を考えると足りないのだ。そこで足りない分はこりゃ自分で負担するか…と思ってしまう。

 映画を観て、講演を聴いてみんなに喜んでもらいたい。そしてひとりでも「救われた。」と思える人がいたら最高に嬉しい。大成功だ。そんな気持ちで行うわけだが、そして実際にそうなればいいのだが、その喜びは僕の持ち出しでそうなるのだ。そしてその僕はそんなにお金があるわけではなくて…。僕はおおよそ2万円お金を補てんしてみんなに喜びを与えるわけだ。ということは僕はみんなの喜びを2万円で買うのだ。

 何かヘン?と一瞬考えてしまうのだ。普通は喜びを受けた人がお金を払うのではないのか?喜びを受けた人がその対価としてお金をもらうのではないか。しかしボランティアとして考えると、ボランティアは自分が何かをして、それで喜んでくれる人をみて喜ぶ。なんだか分からなくなってきた。

 けれどもひとつ言えることは、これを続けていくことはできないということ。一度だけのスペシャルならいいけれども、続けていこうとすれば、どんどん僕の懐は苦しくなる一方で最後は破産となってしまう。そしてせっかくよいこととして行うものが消えていく。

 さてさてどうしたものか。料金はなるべく低くしておきたい。スポンサーの確保、補助金の申請…そんなの面倒だと思ってしまう。誰かお金を持ってきてくれる人いないかな。これでも一応大学の専攻は(管理)会計学。簿記2級も撮ってはいるのだが…。ボランティア活動にもマネジメントが必要な理由がここにある。

 仕方がないファンドレイジングの勉強でもしてくるか。お金出して…。


2012年3月 6日 (火)

はや1年

 いつの間にか3月がやって来ており気がつけば昨年2月で一般労働者をやめ、好きなことをやっていく主体的生産者となり1年が経つ。振り返れば「早い!」の一言に尽きてしまうのだが、それで後悔しているかというと全くそのようなことはなく、自分自身で生きているという感覚がある。

 もちろんまだ独立できたわけではなく、使われている身ではあるけれども、それでも僕自身の好きなことをやっているということもあり納得できている。辛いこと、嫌なこと、そして不自由なことも多々あるけれど、これもまた僕が更に成長していくための通過点と思えば前に向かっていける。

 そもそも僕たちは魂を成長させるために、人間として生まれてきたわけで、まだまだ僕のレベルでは、障害があるからこそ成長できるという段階だ。そして今地球がアセンションし、次元上昇しようとしているこの時、僕もひたすらそれについていこうとしているのだが、まだまだ課題から足を抜けられないというのが現状だ。

 残念ながら僕を理解してくれる人は少ない。職場でも異質の存在の僕は相手にしてもらえていないこともまた真実。それでも僕は僕自身が正しいと信じる方向に向かっている。もちろん皆と合わせようとしてもいるが、それでも僕自身で一線をひいているところもある。それ以上すると僕の信念からはずれると思えば僕自身の想いの方へ行く。

 しかしながら人間関係とは実に複雑だ。(気が)あう人もいれば、あわない人もいる。特に僕のような人間は合わないことが80%以上。だから人一倍大変だ。それでも好きなことを叶える為なら相手に頭を下げることもできる。下手に出ることもできる。

 この一年経って思うことは、僕にはできないことがいっぱいある。けれども僕が好きなことをやるためには、できる人に協力を求めるしかないということ。そしてその時は素直に僕ではできないことを認め、相手にお願いすること。このことはかつての一匹狼的に生きてきた僕にとっては革新的なこと。けれどもそれで僕自身のプライドが傷つけれらるわけでもなく、逆にそれは僕自身の夢に一歩近づいている。

 そして僕は今「娑婆」と呼ばれるこの世界にどっぷりと浸かっている。以前なら拒否していた世界に自ら飛び込み、そこにいる人達と一緒にもがこうとしている。でもそれは僕にとってひとつの手段。みんなが地球のお世話係と気付いてもらうためのひとつの手段。みんなと一緒に気付きの道を進むのだ。

 僕はこの地球のために尽くしたい。地球と人が、自然と社会が共生できる世界を創りたい。地球がアセンションしようとしており、そしてそのことを理解し始めている人が増えている今こそそのチャンスだと思う。ただ同時に僕たちは滅びの危機的状況にもいる。だからこそ今がんばってよい方向に持っていきたいのだ。

 その世界とは喜びと感謝の中で生きていくこと。その世界には争いもむさぼりもない。平和な世界。誰もが喜びから成長していく世界。その世界は今見え隠れしている。だからこそこの岩戸をしっかりと開けたいのだ。そして光を迎え入れたいのだ。

 だから僕はお金が欲しいわけでもない。権力が欲しいとも思わない。偉い偉くないなんてどうでもいいこと。ただ穏やかに生きていたい。いやそれさえも捨てて、ただただ「足るを知る」生活をしたい。そして皆と共に共生したい。

 2012年も3カ月目に突入した。そして僕の好きなことをして生きていくことも2年目となった。現在の地球の状況、社会の状況を見る限りまだまだ厳しい状況が続きそうだ。それでも僕は僕自身の目指す方向へと歩みを止めることなく歩き続ける。もちろんまだまだ時には振り返ってしまうこともありそうだ。(そっちの方が楽そうだもんな。)

 けれどもこの道は僕が生まれてくる前に決めた計画的道筋。課題解決の道。僕の後ろにいる人達も応援してくれているに違いない。孤独を感じることもある。しんどいと思うこともある。けれどももう引き返すことのできない道。切り拓いていくしかない。きっと先には光の世界が待っているはずだから。

 意識をしっかり向上させてまた1年がんばろう。TAOへの道。ライフアーティストへの道。


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