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2011年5月

2011年5月25日 (水)

見直しましょう。

 僕はこれまで僕なりにいろいろな世界を見てきた。アラスカに行き氷河が海に崩れ落ちるところを見たり、夏の終わりのデナリで高山植物が真っ赤な絨毯となっているところに、黄金に輝くグリスリー(灰色熊)が現れるシーン。はたまたミクロネシアで優雅に泳ぐマンタの姿、内海のサンゴとカラフルな小魚達が作る竜宮城のような世界、ギンガメアジの群れが作る海の中の壁。オーストラリアで3週間近く野宿をしながら仲間たちと旅をし、東西南北の3方から稲妻が近づいてきて大雨に襲われたこともある。満天の星空に次から次へと流れる流れ星。僕が載っているボートの横を3メートルぐらいあるワニが横切っていった。砂漠の中を30時間以上バスに揺られたり、はたまたタスマニアのオーバーランドトラック80キロをテントと食料を背負い歩きもした。
 象に乗って旅もした。アンコールワットはすごいと思った。ヨーロッパ建築アントワープやらブリュッセルのグランパレスなど見てなんて人間の創造力はすごいのだと感激した。

 四国88カ所を歩いて廻ったり、禅寺でひたすら坐禅を組んだり、炎の行者のもとでひたすら護摩行に耐えもした。伊勢神宮や出雲大社は神秘的だし、東寺の5重の塔、羽黒山の5重の塔もすごいと思ったし、しまなみ海道は感動モノだし、いまできているスカイツリーもすごいと思う。

 訪れた国の数はそれほどでもないけれど、僕なりにいろいろなものを見て、体験してきたつもりだ。そしてその結論は「地球はすごい。人間もすごい。」ってことだ。

 けれども残念ながら、今地球と人間がバラバラになってしまっている。それをもっとも現したものが今回の原発事故だと思う。今回の事件もテロという説もある。テロの地震にしろ、自然現象にしろ、人間が(欲望から)作った原発というものが爆発し、自然が汚され、人間も苦しみ、それらが見事に今の人間と地球の関係を現している。

 地球のダイナミズムや繊細さに人間は到底及ばない。そして地球の機能のどれ一つ欠けようと人間は生きていけない。けれども同時に人間は素晴らしき創造力を持っている。その能力の使い方次第で人間は地球を壊滅状態にすることもあるいは発展させることもできる。それでもやはり人間は地球を支配することはできないと。
 たとえ今世界にある原爆を全部爆発させ、地球を壊滅状態にし、人間も滅んだとしても、地球は何千年後、何万年後に新しい生命を育み、新しい地球世界を作りだすだろう。

 だから人間は今回の災害を通じて本気で自分たちの世界を見直すべきだと思う。今のように分離ばかりの世界でいいのか。考えてみればここ100年地球はそして人間の深層の意識はそれをずっと警告してきていたのではないかと思う。
 広島長崎の原爆、水俣病・イタイイタイ病などの公害、赤潮発生、バブルの崩壊、阪神大震災。他の食品偽装も、秋葉原事件もそしてイノシシやらヒグマの問題もすべては地球(自然)や意識の警告だったのではないかと思う。

 物質文明は確かに僕たちの生活を豊かにしてくれもした。車が電車が飛行機がいろいろなところまで行けるようにしてくれたのも確かだし、コンピューターが情報手段を変えてくれたし、そのおかげで僕は世界を旅することができ、こうして書くものを発信することもできる。
 文化の発達も様々な物質のお陰であり、僕は今もそれを享受していることも確かだ。そしていきなりこの物質文明を全部否定して捨てることもできない。

 けれども見直しすることはできるし、地球と共生していくものを選ぶことはできる。そして何よりも日本人はその力を一番持っている。もちろんネイティブアメリカンのホピ族、アボリジニア人らの自然と一体化する能力は素晴らしい。けれども日本人は自然と一体化する能力と物質文化、精神文化それらを含めて一体化する能力を持っている。

 今回の事件も今日本人はもたもたして、ゴタゴタしているけれど、最終的に解決するのは自然の力と日本人の持つ技術力、意識・精神性だと思う。だからちょっとの時間でいいから僕たちは生活の見直し、自分自身の見直しをし、そして地球との関係を見直してみるべきだと思う。



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2011年5月18日 (水)

太陰暦

 先日柳瀬宏秀さんの講演会に行ってきた。柳瀬さんはマヤの叡智を伝える日本の第一人者である。(そうだ。・・・実は僕はそのことを知らなかった・・・。)
 その日は「マヤの叡智から祈りへ」というタイトルでの講演会だったのであるが、マヤ暦が用いている太陰暦を現代人の時間の概念との違い(狂い)を解き明かしながら、そして日本人にも実はとてもなじみ深いのあるものであることをとても分かりやすく説明してくださった。

 現在私たちが使っている太陽暦(グレゴリオ暦)は地球が太陽の周りを公転する周期(約365.242199日)を季節に合わせるため12か月、1ケ月30日あるいは31日としおり、その30や31の数字にはにはほとんど意味がないのに対して、マヤの太陰暦は月の公転周期(27.32日)、満月の周期(29.53日)等が考慮され28日の13カ月となっており、1ケ月の28日には意味のある数字となっている。
 そして現在は太陽暦を基本に、時間の概念も直線的(時計的)に考えられているのに対して、太陰暦は月と地球そして太陽との関係で宇宙の流れとともにある暦であり概念だ。

 この周期に合わせて生活すると、人間のリズムが地球、月、太陽宇宙のリズムと合わさり、様々な面で好影響を及ぼしてくるそうだ。特に女性などは生理不順だったのがよくなるとのこと。そして何よりもこのリズムに合わせていくことでシンクロニシティが起こって来るそうだ。
 
 かつて日本でも江戸時代までは太陰暦が使われてきた。だから今もその名残で旧正月などといわれるし、「旧暦の・・・」とよく耳にする。もちろん日本の太陰暦はマヤ暦のものとは違う。けれども月を基本にしているところは同じであるので、共通するものも多い。

 考えてみれば、人間も動植物ももちろん太陽の日の出、日の入りを中心に生活をしているが、月との関係も切り離せない。女性の生理は28日周期であるし、出産も大潮と関係がある。サンゴの産卵も大潮の夜。そんなことを考えていくとどうも月との関係もすごく大切なように思えてくる。

 以前お寺の住職の説法で、旧暦の暦でカレンダーを見てみると、4年に1度のうるう年には睦月から師走のどれかの月が2度あるのだが、その年は不思議とその繰り返される月の特徴がある1年となるそうだ。例えば水無月(6月)が繰り返される年は長梅雨で梅雨が明けるのが遅かったり、、葉月(8月)が繰り返される年は暑い夏になる(ことが多い。)という話をしていた。
 これも何か関係があるのだろうか?

 日本人は季節を感じるのが得意な民族だ。けれども現在の日本人は昔の日本人に比べると、その季節を感じる力がかなり劣ってきていることは間違いない。クーラーに暖房に・・・コタツに入ってアイスを食べる民族となってしまったから・・・。

 けれどもそろそろそれを取り戻す時期がやってきたのかもしれない。今回の災害は文明災だそうだ。僕たちの作ってきた文明が自然とあまりに乖離し、人間のエゴによるものが行きすぎた結果でもある。

 今回の災害を機にこれまでの生活のあり方の見直しが求められている。それを見直す方法として、太陰暦の暦に合わせて生活するということもひとつの方法であるかと思う。

2011年5月 1日 (日)

謝るってこと

 以前勤めていた会社である時期からイライラし始めた。そのきっかけはいろいろあるのだけれど、そのいくつかは考えてみればほんの些細な事だった。今思えばなぜあの時きちんと伝えるか、話し合わなかったのだろうかと思う。
 もちろん当時の僕は仕事に追われて、その仕事をこなすことで手いっぱいだったこともある。また相手の方が悪いって思えることもある。理由を探せばいくらでもつけれらる。けれども今やそんなことはどうでもいい。

 ところで僕はこの数カ月様々な人達と出会ってきた。そしてそれらの人からいろいろな援助を受けてきた。ほんのわずかな出会いが、僕の未来をどんどん切り拓いてくれた。僕が思い描いていた仕事が得られたこともそうだし、これからいろいろな事で師事していきたいと思える人、そして仲間たちにも出会った。
 それらの人々誰もが、本当に僕にいろいろな援助やアドバイスをしてくれた。これまでにもいろいろな人々に助けてもらい感謝してきたけれど、今回のように多くの人々とかかわりを持ち、ありがたいと思えたことこれまでにはなかった。

 僕はこれまでどちらかといえば一匹狼的に生きてきた。福祉の現場でも、みんなとの連携を考えつつも、1人でもやってやるって考えが先行して、「自分は一匹狼だから…。」って気持ちを持っていた。もちろんそれでそれなりの成果は出してきて、僕なりに満足もしていた。
 それが今回のいろいろな人との出会いで、考えが変わった。人から助けてもらうってことを知った。「助けてもらっていいんだ。」って思えるようになった。そしたらなんだか(急に)楽になった。
 もちろんこれまで長年自称一匹狼でやってきたから、それがいっぺんに亡くなることはないけれど、助け合ってやって行こうと思うようになっている。

 そんな経験をして以来、かつての職場の人何人かに謝りたいと思うようになった。些細なきっかけでイライラしてしまい、それを当たってしまうようになった人に謝りたいと思うようになった。
 これまでの僕ならこんなふうに思うことはまずなかった。「もういいや。それっきりでいいや。」と思い、2度と会わないというのが慣例だった。それが今回は謝りたいと思った。そしてメールを送り、ひとりの人と会うこととなった。うまくは謝れなかったけど、それでも謝ることができた。おそらくその人も許してくれたのではないかと思う。

 そしたらまた自分が軽くなった。これまで背負っていたものがどこかに飛んでったような気がする。おまけになんだか成長できたような気がする。一回り大きくなれたような気がする。だから今は心も軽い。

 みんなと助け合うこと。そして自分が悪いと思ったときは謝ること。今回すごくいい勉強をした。これからの人生で役立つだろう。また広く切り拓けた。

 残念ながらもうひとり謝りたい人がいるのだけれど、その人には会うことはかなわないようだ。仕方がない。これは僕が背負っていかなければならないことなのだろう。

 それでも今はみんなに感謝の気持ちでいっぱいだ。みんなにお礼が言いたい。「ありがとうございます。」

 今日から5月。また新しい月が始まる。花も新緑も美しい。生命にあふれている。もちろん方や一方では大変な生活を強いられている人々が大勢いる。どちらも真実だ。その中で僕ができることは、自分ができることを精一杯行い生きていくことだ。


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