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2010年5月

2010年5月30日 (日)

今問われていること

 昨年の8月30日の衆議院議員選挙で民主党が政権を奪取したことは日本の「市民革命」であったことは間違いない。日本国民がこれまでの政権に愛想を尽かし、変革を求めて1票を投票し、その結果誕生した市民革命政権であった。けれどもそれから9ヶ月たつ今、その市民革命の火は鎮火しそうにしかない状態である。
 確かに私たちは今、現政権に裏切られた気持ちである。私たちの暮らしを変えてくれる。現在の閉塞感漂う社会に光を与えてくれると期待し、待望していたものが音を立てて崩れようとしている。そして人々は失望し、無気力に陥ろうとしている。
 さて改めて私たちは一体新政権に何を期待していたのであろうか。国民がある意味関心を持った事業仕分けのように不必要と思われるものをズバズバと斬り、社会の変革を求めたのだろうか。大阪府知事のように抵抗勢力にも負けずに、自分の信念を貫き、次々と変えていく姿を期待したのか。
 しかしながら、そこにあるのは実は受け身の自分たちでしかないのではないだろうか。他人任せの私たちがいただけではないか。誰かが何とかしてくれる、私たちの暮らしを変えてくれるというという救世主を求め、その人に任せてしまう私たちがいただけではないか。
 確かに私たちは一票を投じ手変革を求めた。そしてその結果として市民革命を成し遂げた。けれども本当はひとつの大きな壁を崩したに過ぎなかったのだ。私たちはその壁を崩せばそこには新しい世界が広がっていると勝手に思い込んでいただけなのだ。けれども現実には崩れた壁のその先にはまた別の壁があり、私たちはそれらを一つひとつ崩していかなければならないのだ。
 ひとつの壁を崩し、私たちはそれですべてが変わると思っていたのだが、そうではなく失望した。一方旧勢力はいくつもの壁をまだまだ作っており、そこで新たな展開を行おうとしている。国民のこの失望は彼らの思う壺だ。彼らにとってこのうまい汁をそう容易く手放すつもりはないのだ。
 私たちが目指す世界にたどり着くにはまだまだ苦痛が伴う。一つ崩したからすべてが変わるわけではなく、いくつもの壁は続く。あきらめてしまい再び従属するのか。それとも誇りと自由を求めて前進していくのか、今問われている。

2010年5月28日 (金)

聖なる3つのもの

 現在の世の中で、本来聖なるものであるはずのものが崩れてしまっているものが3つある。もっと探せば4つも5つもあるのだが、ここは3つに絞っていく。なぜなら自分の心の中にパッと入ってきたのが次の3つであったからだ。
 その聖なる3つのものとは「生」・「性」・「正(誠)」だ。辞書を調べてみるとほかにも「政」、「勢」、「省」、「清」、「誓」とどれも大切なものなのに、現在社会に失われているものがたくさんあるけれども、最初に浮かんだものが先に書いた3つだ。ただし正は誠でも構わないと思ったので含めることにした。
 まず最初の「生」。生命であるし、生きるということ。本来この「生」は人間の根源であり、根本であるのに、今一番軽んじられている。簡単に人が人を殺し、そして自殺する。本当は一生懸命に生きなければならない命なのに簡単にあきらめてしまう風潮が広がっている。「生」とは聖なるものだ。「生」を聖なるものとして輝かせねばならない。
 次に「性」。男性、女性であるし、セックスである。本来これも神が与え下さったものであり、神秘的であるものだ。それが社会がソフィストケイトされ、何もかもが混同され、快楽だけのものとなり果ててしまっている。「性」とは生命の誕生につながる聖なるものであるのに・・・。
 そして最後に「正(誠)」。本来人間は正しきを行うものであるし、またそれを追求していくものである。誠なるものを行っていくことこそが人間である。しかし現在それができなくなり偽りが世の中にはびこってしまっている。本当はこの「正」は当たり前のことであり「聖」としなくてもよいものであるのに、今ではこれを「聖」としなければならない。残念ながらそんな世の中と成り果ててしまった。
 しかしながら思うに善と悪は隣り合わせなものでもあり、表裏の関係でもある。だからひっくり返せば、ある日コロッと変わる事があるかもしれない。
 そのためにも人間はこの3つの「聖」を求めなければならないし、行わなければならない。そしてひとりでも自覚するものが増えていくならば、ある日きっと世の中は善なる方向に向きを変えるに違いない。

2010年5月15日 (土)

スターピープルの時代

 アインシュタインの言葉に「いかなる問題も、それが発生したのと同じ次元では解決できない。」というのがある。つまりその問題を解決するためには、違う次元(視点)から眺め、考えなさいということだ。
 今この地球は自然破壊・気候変動・人口爆発・資源の枯渇等をはじめとして危機的状況にあるのは周知の通りである。つまりこの問題を解決するためには、地球的次元を超え、宇宙的観点から地球を見ていかなければならないのだ。
 まもなく地球人は銀河人になろうとしている。そう先ほどの問題解決の答えはここにある。地球危機の問題を解決していくには銀河的視点で見ていく必要があるのだ。
 第2次世界大戦以降世界各地でUFOの目撃が確認されている。それはマスメディアの発達だけではなく、事実なのである。地球の状況を心配した宇宙人、アセンションというビッグイベントを控えた地球の状況を見に来た宇宙人はある特定の人々にメッセージを残していっているのである。そして宇宙の意思は地球人を銀河人へとすることにしたのである。
 それは今地球というキャベツが、人間という青虫に食い荒らされ、すべての葉が喰い尽くされる前に、人間はさなぎとなり蝶になるということである。そしてこの蝶となるために意識改革の目的と意味があるのである。
 青虫は蝶となり、今度は(蜜を吸うために)花から花へと移っていく。この蜜を吸うのと同時に蝶は受粉の役割を担う。青虫の時代にはキャベツにとって害虫でしかなかったものが、今度は受粉のための媒介者となり共生者となるのだ。
 今人間はスターピープルとなる前の転換期にいるのである。そのことに気がつく人々が増えていくことこそが新しい時代の力なのだ。既存の勢力・権力者たちは自分達の特権の維持のため、新しい力を恐れ、あらゆる媒体を使いゴシップを流し、人々を不安と絶望に陥れようとしている。
 けれどもこの宇宙的流れは誰にも止められないのだ。人々はこの事実に徐々に気がついていき、その想いを持つものは増えていく。そしてやがてマージングポイントを迎える。

2010年5月14日 (金)

乗り越えていくために壁はある。

 人生には壁があり、それを乗り越えていくことに意味がある。

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2010年5月 9日 (日)

ONE

 今や世界的アーティスト“U2”。彼らの曲は具体的に知らないとしても、U2というこの名前は聞いたことがあるという人がほとんどだろう。U2のリーダーボノ。彼がほとんどの詩を書いているが、彼の書く詩はどれもが印象的だ。
 彼らの代表曲のひとつにに「ONE」という曲がある。その曲の中で繰り返されるフレーズに “we're one. but we're not thesame. we got to carry each other, carry each other one・・・” がある。訳せば「私たちはひとつ。だけど全く同じって訳じゃない。だからお互い支えあっていかなければならない。支えあって、ひとつに・・・。」

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2010年5月 7日 (金)

私たちが今考えなければならないこと

 沖縄での普天間の基地移設反対、徳之島への移転反対。日本国民はこの米軍基地移転に関して高い関心を持ち、今後の展開がどうなっていくのか5月末に向け固唾を呑む思いで見守っていくだろう。
 多くの国民は沖縄県民のこれまでの苦しみに同情を寄せるし、美しい海が破壊されることを望まないだろう。そして徳之島に対しても誰もがこの静かな島に同情の念と、そして今回の3町長の反対に対して、それも仕方がないことと感じているに違いない。
 では今後この米軍基地をどうすればよいのか。簡単に言ってしまえば、現在のムード的には海外移転を望んでいく方向になっていくだろう。それもやむをえないことなのかもしれない。正直日本国民はこれまでの米兵の起こしてきた事件に怒りを感じているし、イラクやアフガニスタンへの派兵にも疑問を持つようになってきている。
 けれどももし日本が米国に基地の海外移転を申し出るのならば、日本は今後の自国の安全をどうやって守っていくかを真剣に考えなければならない。
 これまで日本は米国の安全保障・米国の核の傘下で安全は守られると信じて、経済活動に専念していればよかった。そして稼いだドルを米国に還元してさえいればよかった。すなわち労働の価値に対する搾取を気にしなければ生きていけるお気楽サラーリーマン感覚でよかったのである。
 しかしもし今後米軍に日本から出て行ってほしいと宣言するならば、日本人は直ちにジレンマに直面する。それは日本は今後の憲法第9条のあり方、自衛隊のあり方それらを国民は真剣に考えなければならないということ。そしてそれらは結局は日本人が周辺諸国に対して、あるいは自国に対してどのような責任を負っていくかということにつながってくる。これまで考える必要のなかった自国のあり方の責任を問われ始めるのである。
 そこで日本が大きく展開しなければならないことは、世界で唯一の被爆国であることを意識して考えていくことである。ここに今後の日本のあり方の意味がある。もし日本が世界各国と同じように軍事力で自国の安全を守っていくことを主に考えるならば、世界の危険度は変わらない。平和とは言葉だけの理想世界となってしまうだろう。
 けれども日本が軍事力ではない世界の平和・自国の平和のあり方を考えそれを推進していくならば、世界は新しい希望が持てるかもしれない。それについて国民は考えていかなければならない。
 現在米国は自国での核テロを恐れて、核拡散防止に躍起になっている。そして日本国民は徐々に戦争が一部の人々の利益のために起こされていることを理解し始めている。これを機に日本国民は自国の持つ責任と平和のあり方を自身に問いかけることが必要である。

2010年5月 4日 (火)

覚悟が必要だ

 「日本の債務残高は約1000兆円になろうとしており、これはGDP比200%以上」
まさに日本はこれまで借金を重ねてきた上での繁栄であったことがわかる。今年度の国家予算も国債発行額のは税収の2倍以上という異常さだ。
 月給約20万円の人が月50万の生活をするには30万の借金が必要だ。誰がどう見てもこの人が将来この30万円の借金をどうやって返していくか?毎月10万円の生活に切り詰めていくことができるか?旦那がこんなことをしている男ならば、女房はとっとと愛想をつかして出て行くだろう。それを日本はやっている。そしてそれは実は私たち自身の問題なのである。
 国の政策が悪い、政治が悪いと酒場の談義で花を咲かせる。もしかしたら、政治が本当に悪いのかもしれない。いや実際に悪いのだ。誰が考えてもそう思うはずだ。そう本を正せば日本の政治50年間の中で作ものだ。
 その政治家たち、少しばかり名の知れた人たちは、次から次へと分裂し、新党を立ち上げ、「私たちは(今の政治に不満があるから)改革のために新党を立ち上げました。」という。いまや政治は混乱と崩壊状態だ。そして自分たちが溜め込んだ債務のことは口にせずに、改革だ維新だという。けれども今本当に私たちが求めているのは覚悟を持って真実をきちんと国民に伝えてくれる政治家だ。
 いまや近づきつつある日本の債権のメルトダウン。そう結局のところその責任、そして苦しみを背負うのは私たち国民1人ひとりなのだ。どこかの政党、政治家が背負ってくれるわけじゃないのだ。私たち国民が嫌も応もなくそれを背負わなければならないのだ。未来の子供たちでもなく私達なのだ。
 だから今私たちに必要なことはその日その時の覚悟なのだ。それが嫌ならとっとと海外にでも移住するしかない。けれども逃げ場なんて何処にもないだろうけれど・・・。
 その日は1日1日と近づいてきている。繰り返して言う。今私たちに必要なことは責任を負う覚悟なのだ。そしてその日が来たときから私たちは苦しみを味わう。かつての幻の謳歌の分、おまけにその利子分の苦しみを味わう。
 けれども、私たちはその苦しみに耐えなくてはならない。そして耐え抜き、そこから抜け出した時、私たちは強くなっている。

2010年5月 1日 (土)

天に抱かれて生きる

 人間の定めとは「天に抱かれ、地に生きる。」ということではないだろうか。すなわちこの宇宙空間の中で宇宙の存在としてあり、この地球で大地に足をつけて生きていくということ。
 そしてこの地球で生み出すもの、表現するものが自分という証ではないだろうか。その関係を人間の身体で現すならば、心が天で、地が体だ。そしてその表現手段のひとつとして口すなわち言葉(音)がある。

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